2005年01月31日

突然ですが感謝します。

ありがとう.bmp
「ありがとう、みんな」

どうにもキム・ギドク以外の映画が見たくなくって、今日は困ってしまい、「3iron・空き家」のメイキングを見たりしてました。でもメイキング、というのは映画関係者志望ならともかく、あまり見たくはないものです。とはいえ、それを見ていてもキム・ギドク監督の映画に対する情熱が伝わってきていい感じではありましたが。
それと撮影中、キム・ギドク監督は黒のTシャツに「NIKKATSU」と書いてあるのを着ていてちょっと気になりました。

ところで最近、私のブログに来てくださる方も少しずつながら増えてきて、本当に感謝です。今、とても多いのはな、なんと「射[周鳥]英雄伝」のお客様。エントリしてた当時はさほどなかったのがむしろ最近多いw金庸大好きな私としてはこの上ない喜びです。ありがとう。それにしてもDISCASさんが早く「英雄伝」の続きを仕入れてくださらないと、後がかけなくて困ります。はー。ファンの皆様になんとお詫びをしてよいやらw
(こればかりはキム・ギドクじゃなくてもちゃんと見ますよ)

そしていつもエントリすれば来て下さるのが、レスリーファンの方々。やっぱりレスリーファンて熱烈なのだなあ。特に、レスリー・ミュージカルの時は私のブログとしてはかなり多くの方に見ていただけたみたいです。感謝。

後は勿論、ジェイ・ジョウですねえ。もうすぐジェイのVCDも届くと思うのでこちらもやはり(キム・ギドクでなくともw)見たら即エントリの予定。乞うご期待!

またずっと気にもとめてなかったアフィリエイト。まさか私のブログで利用された方がいらっしゃるとは!思いもよらぬことでした。本当に感謝です。

新作の紹介などは殆どなく、自分の好きな映画のみを勝手気ままに書きなぐっているだけの私のブログに来てくださる皆様にはただ感謝するばかりです。途中からつけたとは言え、アクセス数も5000人を越えました。これからも自分流をやっていくばかりですが、よろしくお願い致しますね。
posted by フェイユイ at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月30日

「青い門・悪い女」キム・ギドク

青い門.jpg
やっぱり不思議な映画だった。そしてやっぱり泣いてしまった。いや、自分でもなに泣いてんのかよくわかんないんだが、なぜだか涙が出てくる。昨日のと違って、ほんとに自分の世界なんだなって感じる。
「青い門」のタイトルどおりその舞台は小さな青く塗られた門の中の民宿である(民宿の振りをした売春宿なのだが)ジナ(イ・ジウン)は昼は美術学校に通い、夜はその宿で売春をしているのだ。そしてその民宿の主人・おかみさん・大学生の娘・弟がそれぞれジナとの関わり合っていくのだ。
映画は小さな亀が車道をちょこちょこ歩いて危ないのをジナが救い上げるところから始まる。それはジナという女性が男性を救っていることを暗示している。またジナは魚も助ける。それは女性に対しても。ジナの愛情が向けられていることが示される。
民宿の娘(見たことある顔。おや、冬ソナでチェ・ジウの友達だった人ダ)は売春婦であるジナを毛嫌いしている。まるで触れると腐ってしまうか、とでもいうように。そんな娘ヘミにジナは何とか仲良くなろうとしているのだが、ヘミの心はいらだつばかりだ。
多分、この映画を説明する時、話題は売春している美術学生が、色んな男と関係を持つところに行ってしまうのだろう。だが、ここで一番、しみる話は売春をしているジナと売春を毛嫌いしているヘミの心のふれあいなのだ。
(余談になるが、この前言った「誰にでも秘密がある」のイ・ビョンホンがやるべきことをジナはやってる。皆がジナに惹かれていくのだ)
私がこの映画を好きになったのは、ジナとヘミの友情(もしかしたら愛のような感情)なのだ。
「空き家」でも感じられた静かなトーンはここにもある。そして優しい青い色は自分がジナの飼う魚にでもなってしまったかのようだ。
恐れることはなかった。感じたものは本当だった。キム・ギドクが好きです。それはもう絶対だ。
監督 キム・ギドク 出演イ・ジウン イ・へウン チャン・ハンソン 1998年
posted by フェイユイ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(6) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「風の丘を越えて ソピョンジェ(西便制)」

正直言って、ちょっとなんとも言いがたいのである。ひとつにはちとタイミングが悪くて私の頭の中がキム・ギドク見たい!だけになってる時にレンタルDVDが届いてしまって、キム・ギドクがまだ来てないので・・・という状況であったこと。
もうひとつは正直言ってそんなには感動しなかったのだ。つーか、理屈としてはよく解るわけですが、パンソリ(その中に東便制と西便制という2派があるそうだ)ここでは西便制に属するユボンが血のつながっていない息子と娘に厳しく芸を教えていく、というもの。息子の方はいまいちでしかも貧しい旅芸人生活に疑問を持ち出て行く。その息子が別れた父と義理の姉を探し訪ねていく、という筋立てになっており、その演出も見ごたえはある。物語を締めるエピソードも悪くないんですが、なんだか私がのめりこめなかっただけ。
比較するものではないのかも知れませんが、中国映画の芸人の物語「変面」を見たときは、その優しいつながりに涙あふれたんですが。
もひとつまずいのは、私はどうしても親が子供に無理やり何かを教え込む話が嫌いなんです。ぞっとする、というか。そこで躓くんで、映画の出来はどうでも親父が憎くてこちらが「恨」でいっぱいになってましたが。それで多くの人に感動を与えたパンソリと映画だったわけですが、どうにも嫌悪感が襲ってきて。
しかし不思議な娘さんなんだよね。息子の方は親父が好きになった女の連れ子というエピソードがあるんですが、肝心の娘の方は、「血のつながった娘じゃないんだ。歌を教え込もうと思ってね」という一言だけで話が片付けられている。そして普通、息子のように「こんな貧乏嫌だ」といって逃げて当たり前だが、じっと父親についていくだけだし。ワンシーンだけ「ご飯が食べていけるの」と父親に言うとこがあったけど。泣き叫ぶわけでなし。ま、そういう幼いときから悟りきってるような風なので親父に「お前の歌はきれいなだけで「恨」がない」などといわれてしまう。そしてそのために娘は恐ろしい体験をするのですがね。こういう感情の起伏の乏しい人が歌手になるのは大変だろうと同情します。
パンソリ自体が時代に取り残されて(皆、西洋音楽に夢中)親父は酒びたりで子供を折檻。息子には才能がなくて、娘はうまいけど感情がない。どうにも八方ふさがりの物語。そこになんともいえない侘しさがあるといえばそうなんですが。
とにかくこれは好みの話じゃなかった、ということで。そしてイム・グォンテク監督の映画って私にはいつもうまいと思うけど感動しない、ということばかりなので、そういう感性のすれ違いなんだろうと思います。
監督 イム・グォンテク 出演 キム・ミョンゴン オ・ジョンヘ キム・ギュチョル
1993年
posted by フェイユイ at 00:24| Comment(2) | TrackBack(1) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月29日

ククルクク・パロマ

レスリーとトニー.jpg
「ブエノスアイレス」 

トーク・トゥ・ハー.jpg
「トーク・トゥ・ハー」

トーク・トゥ・ハー」という映画をご存知だろうか?眠ったきりの恋人(片方は片思いだが)を持つ二人の男の奇妙な愛情と友情の物語である。評価は「すばらしい!」と「気持ち悪い!」に極端に分かれるのがおもしろい映画なのだが、私は大好きである(特に泣く男さん)が、ここで話したいのはその映画のストーリーではなく、中で歌われる、ひとつの歌。主人公がある演奏会を見に行くのだが、そこで歌うのがブラジルの歌手、カエターノ・ヴェローゾ。あの「ククルクク・パロマ」を歌ったといえば,お解かりだろうか?映画「ブエノスアイレス」で流れた、静かなささやくような歌声「ククルクク・パロマ」という消え入りそうな歌を聴くとレスリーが思い出される人は私だけではあるまい。あの歌をまさかスペイン映画のワンシーンでしかも歌手のコンサート(小さなコンサートだ)という形で見られるとは思わなかった。映画のすばらしい出来とは別につい涙ぐんでしまった。まさかペドロ・アルモドバル監督もこんな効果を期待したわけではないだろうが。
そういうわけで「ブエノスアイレス」が好きな方は必見の映画でもある。ストーリーはレスリーとは関係ないがwまた好き嫌いの大きく分かれる映画なのでその辺はご了承ください。(「ブエノスアイレス」のサウンドトラックはいいですよねえ。私も勿論持ってます)

2006年1月12日追記:文中、「あの歌をまさかスペイン映画のワンシーンで観られるとは思わなかった」と書いてますが、これおかしいですよね。どっちかつーと香港映画で使われていたほうが変わっていたのでした(笑)アジアを中心に考えておりましたですよ。ご勘弁くだされ。
posted by フェイユイ at 01:36| Comment(6) | TrackBack(10) | レスリー・チャン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キム・ギドクの夜「うつせみ」(3-iron)

トドメです。最後まで話してしまいますので、「3iron・空き家」見てない人は、くれぐれもご自分の判断でお読みくださいませ!

迫ってくる夫。なびかない女に腹をたて叩く。女、初めて夫を叩き返す。めがねが吹っ飛ぶ。
青年、独房にいる。若い看守、姿が見えないので入ってくる。青年は扉の上の小さなくぼみにしがみついていたのだ。かっとなって看守は青年を棒で殴る。
青年、両腕を広げ、にやりと笑って、指先だけを動かす。鳥のように。
女、前に二人で行った古い美しい屋敷を訪ねる。そこの主人が庭を掃除していて女に声をかけるが、女は黙ったまま、青年とお茶を飲んだ長いすに横たわる。その様子を見て主人はなにもいわずまた魚の泳ぐ甕の手入れをする。このシーンはまるで動く絵画のようでこの部分だけでも必見。キム・ギドク監督はずっと水をモチーフにしてきたそうですが、この映画ではあえて言うならこの魚の泳ぐ甕なのでしょうか?奥さんが帰ってきて咎めようとするが、主人は「眠っているんだ」というのみ。やがて女が目を覚まし、お辞儀をして帰って行く。
青年の独房、また看守が覗くが、見えない。中に入ると服が脱ぎ捨てられている。看守、ゆっくりと独房を歩く。真っ白な独房、何もない部屋だ。青年は看守の後ろにぴたりとついていたのだ。看守青年の影に気づいて、毒づき、殴る。
青年、掌に目を描く。その目をつけた掌を動かす。静かに笑う。
また姿が見えないので、看守、中に入ってくる。青年を探す。と、いきなり、ひゅうっと言う音と共に倒れる。また音がして看守外へ飛び出す。別の看守を呼び、青年、二人の看守に腕をつかまれ、どこかへ。
女は浴室で手で洗濯をする。それを見て洗濯機を使えと咎める夫。

映像はここから青年の視線をカメラとして捉えられる。地価の駐車場で青年をいじめた刑事にゴルフボールが次々と飛んでくる。うめいて苦しむ刑事。
ボクサーの家、夫婦喧嘩中、気配を感じるがわからない。
古い屋敷、奥さんが庭の手入れをしている。いつの間にか、青年と女が座ったいすの赤いクッションが動いているが、気づかない。
ヌード写真のあるマンション。主人は電話中。女の切り刻んだ写真は、またもとの形に戻りつつあるが、よく見るとまだ完全ではない。これも暗示か?また、気配を感じられるが、気づかれない。
視線は女の家を訪れる。寝室に夫と女が寝ている。夫、気配を感じてゴルフクラブを握り、探すが、解らない。が、女は寝室のすりガラス越しに青年の姿を見る。夫は執拗に女を抱きしめる。夫が眠るのを待って寝室を出る女。ゆっくりと部屋を歩く。鏡を見ると背中越しに、青年が映る。振り向かず青年の顔をさわる女。
夫がゴルフクラブをもって起きて来る。怒った顔で「何をしている?」女、にっこりと笑って「サランヘヨ(愛している)」(初めての言葉だ)夫、驚くが喜んで妻を抱きしめる。
女、夫の背中の向こうに腕を伸ばす。画面を横切って青年の手が女の手をとり近づく。そして夫の背後から女にキスをする。それはこれまで味わったことのない甘い甘いキスだ。
朝、女は明るく朝食を作っている。「ご飯よ」夫、うれしそうにテーブルに近づく。そのすぐ後ろを青年がついてくる。青年は独房で気配を完全に消すことを学んだのだ。夫食事をする。女、うれしそうに笑う。夫のすぐ後ろに青年が立ってご飯を食べるのだ。夫「うれしそうだな。しかし、不思議だ。昨夜から突然そんなふうになった」女は笑って、青年が取れるよう、おかずを夫に近づける。夫がいぶかしんで後ろを振り向くが青年は夫の視野から外れるように動くので気づかれないでおかずを取る。女は笑う。夫は気づかない。
夫、戸締りを注意して、幸せそうに出勤する。女見送る。主婦というのは夫が出かければ、その家は自分だけのものになるものなのだ(これは男にとっては怖い話だね)女、部屋にゆっくりと戻るが、今度は青年が女の背後についているので姿が見えない。しかし女は両腕を広げてゆっくりと青年を壁に追い詰める。青年、壁につく。女、振り返り、青年とキスをする。ゆっくりと。二人は体重計に乗っている。その重さは二人合わせてちょうど0kgだ。
「私たちの住む世界が現実、あるいは夢なのか伝えるのは難しい」

ということはどういうことなのか。これは単に女が見ている夢なのか?それとも本当にこんな不思議なことがあるというのか?それは見る人によって違っていいと思う。
この映画を見る前に私はちょうど相方とけんかをしていたのだった。肉体的暴力ではないが、かなり精神的にまいっていた。その時にこの映画を見てしまった。どうしても映画と自分のおける状況とは作用するものだ。私が、映画の中の青年に女と一緒になって恋をしてしまっても仕方のないことだと思う。それはこれを演じている実際の男性ということでなく、空っぽ(空き家)になってしまった心に入り込んだ来た夢のような存在だ。女の受けるキスを私はただの映画とは思えなかった。苦しいほど甘いキスだった。映画は私に浄化作用をしてくれたようだった。それはうまく言えないけど、この映画を見て、何かが溶けてしまった。
映画を見て、何かが変わってしまう。不思議な体験だった。
posted by フェイユイ at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月28日

キム・ギドク

すげー気になったんでキム・ギドクについてちょっと調べたの。したら、ものすっごい暴力と残酷性と女性差別って書いてある。ほえー。「3Iron・空き家」見てる分にはそう感じないけどな。「最近は随分毒が抜けてがっかり」なんても書いてある。ひええ。それにぞっこんな私は何?とにかくキム・ギドクを見ずにはおれないんで、次、「青い門」見る予定。かなり評価が分かれるそうだよ。彼の映画って。フェミニストにとっては敵らしい。しかも残酷!!期待しちゃうなあw次のを見て私ががっかりするか、ますますはまるか賭けてみる?

少しだけメイキングも見たんだけど、すっごい雑な感じでよくあんな美しい映像が撮れるもんだと感心。褒めてんのかわかんないけどw全然、映画の勉強なんかもしてないし、映画も見てないって・・・信じられん。しかも無骨な感じの人だ。この人が一番謎の男だね。

posted by フェイユイ at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月27日

「うつせみ」謎の青年

えと、今日もばりばり書きますんでよろしく。あ、「3iron・空き家」について。

昨日勘違いしたことがあった。「貧しい青年」と書いてしまったのだが、映画中何も説明はなかったのだから、彼が貧しいのか、金持ちかは解んないわけです。とにかくこの人は謎の人で、全く話さないから、声もわかんないし、バイクは乗れるし、ゴルフはうまいし、洗濯、料理ができて、他人の家の鍵を開けきれるし、その上、すらりとした美貌の青年。一体、なんなんだろう。
で、昨日の続きで、今度は二人で他人の家のドアノブの上にチラシを貼り、しばらく待ってそのままだったら、留守だというわけ。で待ってる間、ゴルフボールに穴を開けワイヤーを通し木の根っこにくくりつけてスィングの練習をしたりする(よくそういうの思いつくね)
入ったマンションの中にはヌード写真がたくさん貼られていた。そしてなぜか女のヌード写真もそこにあったのだ。CDをかける。いつも同じ曲がかかる。ラテン風の歌。ギターの音色。青年は壊れた時計を直す。女は自分のヌード写真を切り刻んでモザイク模様のようにする。これは、自分がばらばらになってることを暗示してるのか。
そして二人は部屋の写真の前で記念写真を撮る。
青年がゴルフの練習をするすぐ側に立って邪魔をする女。
今度はボクサーの家へ入る。女は青年に髪を切ってもらう。二人、酒を飲む。そしていつものあの歌。泣き出す女の肩を抱く青年。二人、ベッドに入って寄り添って眠る。そこへその家の主人が帰ってきた。青年、ボクサーに殴られる。
コンビニで勝ったカップヌードルをふたりですする。青年がいつものようにゴルフの練習をしようとしてまた女が邪魔をする。青年がよけて向きを変えて打つとそのボールが車の中の女性の頭にあたり、女性は血だらけに。青年は泣き出す。
古い美しい屋敷にはいり、お茶を飲む二人。女は足で青年の脚をさする。そしてふたり、キスをする。
古びた汚いアパートに忍び込む。そこには老人の死体が。その横に小犬が寄り添っていた。二人は老人をきれいに拭いて死に装束を着せてやる。そして食事を取ろうとすると、老人の子供たちが様子を見にやってきたのだ。とうとう二人は警察に行くこととなる。
女は家出リストに載っており、夫に連れ戻される。夫は青年に憎悪をぶつける。残った青年は担当の刑事にひどい目にあう。部下が「あの老人は、癌で死んだのだ」と告げる。だが刑事は容赦しない。
女が心を開かないため、夫は刑事に金を渡し、青年を外に連れ出させ、ゴルフボールをぶつけて、憂さをはらす。その後も刑事にひどい目に会い、反抗する青年。慌てて部下が止めに入り、かっとなった刑事は画面の外で青年に・・・。何をしたか見えないだけ怖いシーンだ。
青年は牢でけんかをして独房に入れられる。まっ白に塗られた何もない部屋だ。看守が覗き込んで驚く、いない?実は扉側の壁にへばりついていたので、みえなかったのだ。怒鳴りつける看守。にやりと笑う青年。看守が去ると今度はまっすぐな壁を彼はよじ登り始めた。
posted by フェイユイ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キム・ギドクにとり憑かれてしまった「うつせみ」

うーん、確か暮れだったかな。韓国の映画監督でまだぐちゃぐちゃになってしまうような人はいない、と、文句を言ったのは。年明け早くも1月に出会ってしまったような気が。しかももうすでに何作も作ってる方ですからねー。ここで早くも出会えたことを感謝します。でもってもはやすっかり頭はキム・ギドクにつかりこんでおります。名前からしてチトやばい感じだよね。ギドクって。
で、今日も見ましたよ、全部。2回目となると退屈かと心配したがこれがちっとも。時間も90分と短いせいもあるし、何より1つ1つのシーンが意味があるので、つい魅入ってしまう。年増の奥様もきれいだなあと見飽きないし、モチ青年はとても美形だしね。
で、今日はぞっこんになってしまった「空き家・3iron」のことをぐちぐち語ってみたい。ので、もう全部話すので見てない方、そのおつもりで。
なんといってもこの話、あり得ないことありにくいことだけでできあがっている。それはたとえば、かなりの豪華な邸宅に住む顔の腫上がった美しい人妻と謎の美青年、という設定。貧しそうな青年がなぜかBMWを乗り回していること(これについて説明があるのかと思ったらなかった。細身の青年が乗るには大型排気量(1200ぐらい)のBMWは大きすぎるんじゃないか?ッて気もする。私としてはも少し小型(800くらいの)のイタリア製(ドゥカティとかさ)とかかっこつけてクラシックタイプ、もしくはスズキなんかが似合うと思うのにな)(それともBMWってのにも意味あるのかな)に現れている。
DVDではまるで宗教画のような3人の構図のイントロダクションから始まる。顔を向こうに向けて妻を放すまいと抱きしめている夫。夫の腕から逃れようと身をのけぞらせている妻。その人妻である女にまるで天使のように空中から舞い降りてキスをするかのような青年。女の顔は笑っているようにも苦しんでいるようにも見える。
そして物語の始まり。ネット越しの女性の石膏像にゴルフのボールを打ち込む夫。それがなんとなく打たれ続けている妻の姿を思わせる。
人気のない家に上がりこんでは、飲み食い、シャワーを浴び、なぜかその家の洗濯をしたり、壊れたものを修理する青年。女の家にも上がりこむが実は女がいたと気づかず、料理をし、風呂にはいる。
ほっそりとしたきれいな体だ。青年は女の写真集を見つける。隠してはいるが、ヌードを写したきれいな写真集。青年は風呂にはいって、湯のなかに写真集を浸ける。そしてあがってからアイロンでそれを乾かすのだ。その後、青年は毛布の中でその写真を見ながら自慰をする。その様子を女はじっとみつめる。そこでやっと青年は女の視線に気づく。
一度は逃げ出した青年だったが女の寂しげな様子を思い出しまたバイクを戻す。夫が帰ってきて女に暴力を振るう。やがて夫は青年の存在に気づき警察を呼ぼうとする。青年は夫の体にゴルフボールを打ち込むのだった。
起き上がれない夫。青年はバイクにまたがりスロットルを回して排気音で女を誘った。
posted by フェイユイ at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月25日

「うつせみ」3-iron (空き家) 後半

今日はちょっと冷静には書くことができない。これはなんていう映画なんだろうか?韓国映画を見て初めて、「これはなんという映画だろう?」と感じた。
そして初めて「感じて」しまった映画でもある。それは主人公の一人である女性が自分と近い年齢で、夢のような美青年とのあり得ない恋物語だから、と笑われればもうしょうがないことだ。確かに行き場のないもうすでに年を取った女に殴ることでしか愛情を示せない夫。そして自分を遠くへ連れ出してくれる現実味のない不思議な青年との突然の出会い、という映画に自己投影してるといえばときたら、現実逃避願望といわれるだけだ。
ただこの映画に感じたものはそれだけではないはずだ。考えれば他人の家に入り込むこともそこで飲み食いし眠ることも現実にあり得ない話だ。この青年が何なのか、よくわからない。何故この二人は全く言葉を交わさないのか、いや、一言だけ女は言葉を発するのだ、とても静かに。夫はそれを自分に当てた言葉だと思い喜ぶ。だが、女の言葉は・・・。
この映画についてもう少し、考えてみたいと思う。今、言えるのはこれはとても大好きな映画だということだ。
キスがこんなに官能的であるのかと初めて思った。
posted by フェイユイ at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私って

どうもすぐにピンと来る頭脳でないのでエントリ終わった後で「あー、あー書けばよかった」と思うことはしばしば。で、もし読み返して下さるような奇特な方がいらっしゃれば、「アレ、この前読んだときと違うぞ」ということもあられるでしょう。チョコチョコ書き直したりしておりまする。お時間ありましたら、見つけてくださいませ(そんなひまがあるか、ぼかっ、いてっ)
posted by フェイユイ at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月24日

「うつせみ」3-iron (空き家)前半

空き家を探してはそこで寝泊りするという生活を送る青年(イ・ヒョンギュン)は、ある一軒家で傷だらけの女性(イ・スンヨン)と出会う。その女性(ソンファ=イ・スンヨン)は、暴力をふるう夫に監禁されているのだ。彼女を置いて逃げるように去った青年だったが、彼女の助けてほしいと懇願するような目が頭から離れず、また彼女の元に引き返す。そこで夫に暴力を振るわれているソンファの姿を見た青年は、近くにあった3番アイアンのゴルフクラブを握りしめて・・・。
不思議な映画なんですよ。まずすごい美青年が現れたんで、「あり、まちがえたかな?」と美青年をみると逃げ腰になる私はややへこんだ。しかしこの美青年をカメラは執拗ほどなほど思い入れたっぷりにうつしていくのだ。全裸も披露され彼がいかに美貌であるか、言葉でなく映像によって説明がされる。次に腫上がった顔の中年女(って言い方はいけないか?30代)が現れ、この二人が全くしゃべらない。しゃべらないんで苦手な英文を読まなきゃいけない私はすごく楽だ(いい映画だ)動きのみで映画が進んでいく。他人の家に入り込むというのはいけないことだが、彼は奇妙なルールを作って自らに課している。そして年上の女との出会い。物語はますます不思議な方向へ走り出していく。
空き家.jpg
監督キム・ギドク 出演イ・ヒョンギュン イ・スンヨン(彼女は以前、従軍慰安婦に扮した写真集を出してしばらく表に出てなかったらしい。ここではとてもいい演技をしています)
2004年
posted by フェイユイ at 23:11| Comment(0) | TrackBack(1) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イ・ビョンホンと韓国映画

今朝、フジテレビの「とくダネ!」で韓国映画の特集をしてましたね。特にイ・ビョンホンにインタビューしたものだったので、これは見ずにはおれないでしょう!イ・ビョンホンて、なんだか年取るほどきれいになってきたような気がするんですが、なんだか今朝見たときなんて、女性的といえるほどきれいでしたよ。かっこいいというよりきれい。どういうこと?
キム・ジウン監督の次の映画「甘い生活」の撮影現場だったんですが、相変わらず、スタッフのみんなにはジョークを言う優しいお兄さん、そして演技においては監督の要求を実にクールにやってみせる。というかっこいいとこを見せ付けてましたね。そして撮影中、かっこよく歩くシーンでちょっとこけてしまって皆大笑い。いやあ、かっこいいとちょっとつまづくだけでみんな幸せになるからいいね。「床が血のりですべるんだよ!」といういいわけもかわいかったです。
でもってインタビューはとてもまじめ。恥ずかしながら、私、ここで初めて、韓国の「スクリーン・クォーター制度」というのを知りました。映画館はひとつのスクリーンで外国の映画だけでなく自国の映画を必ず年間106から146日上映しなければいけないという保護政策なのですが、6年くらい前にそれが廃止されそうになってイ・ビョンホンを含む映画人たちが立ち上がったそうです。髪をそるなど(これはビョンホンじゃなかったが)のかなり激しいストライキの結果、制度は続くことになったのですが、それだけに頼らず我々はよりいい映画を作らねばいけない、と、イ・ビョンホンは熱く語っていました。が、今現在の韓国映画はその割り当てをはるかに超える上映数らしい。以前は韓国人はほとんど韓国映画を見なかったのに、今は外国映画より自国映画が面白いと言うことらしい(これはほんとそうだね)そしてその原因のひとつに国自体がお金を出してるということもあるのだよね。うらやましがってばかりいてもしょうがないけどやはり自分の国・日本もも少しがんばって欲しいなあ(結局愚痴になるなとほほ)
しっかし、このエントリ、今日かじったばかりの怪しい知識なので、間違ってたらごめんなさい。まだまだお勉強はこれからです。

純愛.jpg

写真に別に深い意味はないw
posted by フェイユイ at 18:22| Comment(0) | TrackBack(3) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月23日

「マグダレンの祈り」後半及びドキュメンタリー「マグダレン修道院の真実」

少女たちを突然襲った過酷な運命。だが、なんだろう。アイルランドというところの特徴なのか、私はそれほど暗いばかりの映画とは思わなかった。少女たちはしたたかに生きてやろうという根性もあるし、神父にいたずらもする。クリスピーナという女性はとてもつらい境遇なのだが、変なおかしみもある。特にバーナデットとローズの行動はやはり応援せずにはいられない。恐ろしさと可笑しさを淡々と語っていく映画だった。
映画を見終わった後、ドキュメンタリー「マグダレン修道院の真実」という特典映像をみた。これは当時のそのマグダレン修道院に実際入っていたという今はもうかなり高齢の女性たちのインタビュー映像だ。映画そのまま、というより彼女たちの口から語られたのは、むしろ映画のほうが生易しいとすら思わせる生々しい言葉だった。性的虐待や暴力を年老いた人たちから聞くのはつらいことだ。そして、生まれたばかりまたは1年ほど育てた母親から子供を奪い取っていったということ。こんなに酷いことができるのだろうか。その罪の殆どは未婚の母ということらしい。その頃のアイルランド・カソリックにおいて未婚の母は、死罪に価するというのだ。その相手の男たちはどうなったのか全く語られてないのだが、女たちはそれだけで家族や社会から見捨てられ、マグダレン修道院において神父や修道女からの性的虐待と暴力をうけていく。それは全く信じられない悲惨さだ。映画で語られていたようにその容姿が美しいからというだけで入れられた孤児の方もいた。男と変なことになるのを未然に防ぐために。
昨日のエントリでは「カソリック側に言い訳はないのだろうか?」と疑問を抱いたものだが、少なくともドキュメンタリーに出演された女性たちにはもうカソリックとは悪魔のようにしか受け取られていないようだった。
magdarene2.jpg
主人公3人とまた別の地獄を生きる女性、右側の愛称クリスピーナは、息子との再会だけを夢見て生きている、だが、彼との絆であるペンダントを失ってから、彼女の歯車は少しずつ狂いだしていく。修道院のどす黒い部分を引き出していく役である。
ところで映画の冒頭に歌われる歌が奇妙な意味深げな歌なのだ。結婚式のようなのだが,こんな変な歌、歌ったりするんだろうか?
posted by フェイユイ at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月22日

「マグダレンの祈り」前半

このブログで2つ目のアジアでない映画。1つ目はブラジルの刑務所「カランジル」2つ目がアイルランドのマグダレン修道院。むう、私の趣味が見事に現されているな。大体、アジア映画ばかり見るようになってから、見たその他の国の映画って前記と「ショーシャンクの空に」と日本映画だけど「刑務所の中」だ。ちょっと自分が怖い。
前置きはこれくらいにして、この映画は1964年アイルランドが舞台。性的に堕落した女性を矯正させるというマグダレン修道院。その名は聖書に記されるキリストによって改心した娼婦マグダラのマリアからきたものだ。閉鎖された1996年までに延べ3万人もの女性がそこでの過酷な生活を味わったという。女性は少女からかなり年配の女性(勤務40年と威張る女性登場)までいる模様(解説に少女とだけあったが、お年よりは無視か?)
同時期に3人の娘が修道院に入れられる。一人はいとこにレイプされた罪(レイプされるのって罪だったんだね)のマーガレット。一人は孤児院で育ち、塀の中から外にいた男の子たちとしゃべった罪(とほほ)のバーナデット。もう一人は結婚せず子供を生んだ罪(もうなにがなんだかわからん)のローズ。彼女たちはわけのわからないままつれてこられ(さすがに本人たちはそんなに罪とは思ってなかったようだ)罪深い魂を清めるため、厳しい労働と自由のない生活を始めることとなる。一番院長からにらまれたバーナデットはおしゃべりしただけで男と寝たわけでもないのにと脱走を企てるが、彼女を待っていたのは精神的屈辱だった。
またお堅いはずのシスターたちがなぜか?少女たちを全裸にして裸の品評をするシーンがある。おっぱいが大きいとか陰毛賞だとか。またそれも少女たちに屈辱感を与えるのだが、シスターたちは単なる遊びなのよと一向に気にしてないのだ。一体何故ここのシスターたちはこんななのか。カソリックというものがもうそういうものなのか?その辺の説明までこの映画でされるのかどうかわからないが、ただシスターたちが狂気の如く描かれるだけではいけない気もするが。そういうものなんだ、ということなのか?そういう疑問も抱えつつ、明日後半を見たい。magdren.jpg
監督ピーター・ミュラン ノーラ=ジェーン・ヌーン(バーナデット)アンヌ=マリー・ダフ(マーガレット・マグワイア) ドロシー・ダフィ(ローズ・ダン)
イギリス・アイルランド制作 2002年
posted by フェイユイ at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

POPASIA NO.43

本棚を何気なく見てたら昔買って2、3度目を通しただけってな感じのポップアジア発見。まっさらで折り目なし。別にいつも買ってるわけじゃなく、たまたま何回か買ったのみ(レスリー目当て)だったはずだが、この2002年8月10日発行になんと!ジェイ・ジョウが載ってるではありませんか!くー、この時はまだ彼のことを知らなかった(泣)表紙にまず名前があり、ジャッキー・チュン(が表紙にも)、ワン・リー・ホンの後に、ジェイの2ページ分の記事。しかし、すでに「ファンタジー」も出し、スターのはずなのに、えらく地味ですw前ページのワン・リー・ホンの派手さと比較するとまるで近所のあんちゃん。髪ぼさぼさだし。いや、勿論可愛いですけどwインタビューの内容は歌に関するまじめなもの。口調もま、日本語に訳してあるわけだからなんだけど、「あります、思います」的なまじめです。好きなクラシック・アーティストはショパンだそうです。また、「日本のどんなとこが好きですか?」の問いに「田舎の空とか道とか、空気も。」むむ、これは後の「七里香」の情景ではないか。てことはアレはジェイが大好きな世界なのだな。
でもって、P30・31にも作品ガイドが。「中華圏にセンセーションを起こした天才」であるとかいてあります。そのとおりですな。
ボーダー

オーバーオール


今はもうすっかりお星様のごとくきらきらきれいです。
オーバーオールってめずらしくない?(ちょっと見えづらいかな。かわいいオーバーオールで片方だけかけてます)

 
posted by フェイユイ at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月21日

「死亡写真」後半

んー、こちらは前半おもしろく感じたんだけど後半はどうなんだろ?いや、けっこうはらはらして見てはいたんだけど、なんとなく男性の欲望だけでつくられてる気もするし。そりゃラストはあーでしょうといわれてもなんとなくとってつけた感じもする・・・。私としてはこういうんじゃなくてずーっとおかしな女の子という設定でやって欲しかった。な。後半からアメリカ某映画そのもののようになった(ニコラス・ケイジの・・)ような。
退屈はしないと思いますけどォ。
posted by フェイユイ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月20日

オキサイド・パン「死亡写真」前半

まずタイトルが怖いです。といっても残酷嫌、残酷嫌、と繰り返した私としては、まあ死体はみてもいいかw 裕福な家庭で何不自由なく育った美少女・ウィンケイ(レース)は、写真を専攻する女子大生。すでに多くの写真展で受賞し、その才能を認められているウィンケイだったが、彼女自身はその作品に満足していなかった。実は彼女にとって、最も美しいものは"死"−。幼い頃のトラウマから死体に異様な興味を持つ彼女は、死体の撮影にのめりこんで行く。
 異常に気づいたルームメイトのバクペイ(ロザンヌ)の助けで、彼女は自分の犯した過ちに気づく。しかしその頃、彼女と全く同じ嗜好を持つ何者かが彼女たちを狙っていた・・・。というとこまで見た。
出だし見てすぐ思い出したのが、タランティーノが総指揮の(葬式ではない)「フェティッシュ」という愉快な映画。中身はまったく違うんだが、かわいらしい女の子が殺人現場にものすごい興味があって、現場の掃除屋さん(こんな仕事があるんですねえ?)に就職、殺人現場に嬉々としておもむく、というコミカルな映画で大好きだった。こちらは、やや沈痛なムード、そしてウィンケイとパクペイはなんともビアンな関係でなかなか楽しい。ビアンな感じの映画って見たいと思うんですが、男同士以上にあんまりないよね。ま,それはそれとして、けっこうおもしろいです。筋書きとしては、そんなに珍しくはないんだけどもね。何故だろ。撮り方がおもしろいのかな。後半ウィンケイがどうなってしまうか、楽しみですね。
監督オキサイド・パン 出演2R(レースとロザンヌ) 梁俊一 2004年
死亡写真
怖がりの方、ごめんなさい。グフフ、怖いよね、このジャケット。
posted by フェイユイ at 22:47| Comment(0) | TrackBack(1) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょっと待った!「誰にでも秘密がある」残り三分の二を見た!

できることなら、昨日のエントリ見た方はこれも読んで欲しい!つーのは3分の1以降、私の見方がチョイ変わったからだ。あ、ネタバレしちゃうんですみません。
確かにね、これをすげーおもしろいと褒め称えるワケにはいかんのかもしれんが、後半に入り込んで、「こりゃ全然ラブストーリーじゃないじゃん」と思ったとたん、興味がわいてきたw、何かラブストーリーに恨みでもあんのか?いや、ま、いいんですけど、これなんていうの、私、うまくいえんが、微笑みはキラースマイルだが、お話はエンジェルハートだったのね(サッカー用語です)まさかピエル・パオロ・パゾリーニの「テオレマ」のうらをかいて、このお話ということではないのだろうね。ま、それならお母さんとも関係を持って欲しかったが、さすが韓国ではそこまでできなかったというところが惜しいね。弟とはなんとなく変なシーンがあるけどやはりダメだし、その辺が芸術作品にならなかった弱みですな。(つーか、お母さんもお父さんも3人姉妹も小さな女の子も弟もみんなイ・ビョンホンに恋して成り立つ話であるはずだ)勿論、芸術作品じゃありませんよー、ということを示す為にコメディ仕立てになってるし、全体に逃げ腰、及び腰、どうせセックス映画やるなら徹底的にやってほしかった!しかしこれ、普通の目で見ていたら、妙に猥褻に見えては来るわけで、その辺の中途半端さが評価を下げてしまうと思うよ。こういう天使キャラストーリーは日本でも色々あるよね。今、思いついたのは、ほら、山岸凉子の「メタモルフォシス伝」ですが、こういう天使キャラストーリー(これ私が今思いついた造語なんできになさらずに)ってけっこうおもしろいんだよね。後、映画もあったがタイトルがでてこない。
ただねー、さっきも言ったけど、このまとめ方じゃ、皆ついてこないでしょうなあ。イ・ビョンホンとのラブを期待してたら、さよーならだもん。お姉さんや妹はいいとして、チェ・ジウはあのひとでいいのか?
私としてはちょっと懐かしいような、あるあるこういう話、というので後半面白かったが、も少し解りやすく、もしくはえげつなく演出して欲しかった。私的にはイ・ビョンホンと長女のだんなさんとのラブシーンが見たかったね。ふっふっふ。
びょんほん
posted by フェイユイ at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月18日

誰にでも秘密がある3分の一

すげー苦手な分野なんで3分の一しか進まねー。それにイ・ビョンホンのキラースマイルをみると消えてしまいたくなるし(消してしまいたくなるのではない)私としては彼にあまり笑って欲しくないのだ。どっちかつーと苦しんでる方が好き。後、むっとしてる時もいいね。(イ・ビョンホンファンのかた、すみません)
ロマンチックラブストーリーというふれこみだったのでちゃんと覚悟はしてたんですが、これほど見るのが苦痛であるとは。しくしく。
あ、イ・ビョンホンはかっこいいですよ。チェ・ジウもとても愛らしい。やはりこういう世界に私は足を踏み入れるべきではなかった、のでしょう。殆ど苦行としかいえん。
それに「バンジージャンプをする」のすぐ後にこれをみるって、やはり駄目でしょう、やっちゃ。うー。
ストーリーはもう皆さんご存知。3人の美しい姉妹が、プレイボーイのイ・ビョンホンに振り回される。ということですね。でもなあ、私にはイ・ビョンホンがてんでガキンチョに見えるんで、3人の女を操れるほどのタマかなあ。というところ。3人の美女に振り回されるの方が、あってるような。
まだまだ後3分の2残ってるんで、明日また気合いれてみまっすっ、押忍っっ。
誰にでも秘密がある
監督チャン・ヒョンス 出演イ・ビョンホン チェ・ジウ チュ・サンミ キム・ヒョジン
2004年
posted by フェイユイ at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

周杰倫、生日快楽!お誕生日おめでとう!

1月18日、ジェイ・ジョウ、お誕生日!おめでとう!!これからのますますのご活躍をお祈りいたします。

ピアス
ラベル:周杰倫
posted by フェイユイ at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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