2005年03月31日

「キム・ギドクの世界/野生もしくは贖罪の山羊」

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年度末、ということで忙しく、昨日今日明日といつものようには、書けそうにありません。が、どうしても書きたいことがちょいとあります。
実は昨日突然手にいれてしまった「キム・ギドクの世界/野生もしくは贖罪の山羊」(白夜書房)という本について。韓国語の本があるとはちらと知ってたけどそれを手に入れてもなー、と思ってたらなんとAmazonでちょうど翻訳本が売り出されるところだった。慌てて注文しましたとも。
で、早速忙しいのにも関わらず目を通しました。まだ完璧に読んだわけではありませんが、心は急いて飛ばし読みです。ちょっと怖かったですよ。なぜって、きっとこれにはキム・ギドクの映画のあの不思議なイマジネーションの答えが書いてあるわけでしょう。勝手気ままにキム・ギドクを解読したつもりになってる私には問題集を解いて後ろを見ながら自己採点するみたいでドキドキです。
結果、傲慢かもしれませんが、それほどギドク監督の思惑とかけ離れてるんではなかったと解ってほっとしてますwなーんて皆さんが読み比べたら「全然勘違うよー」と言われるかもしれませんがね。
でもでも答えが(自分的には)あってたと感じてますます不思議にもなってます。他の事ではちっともぴんとこない鈍い私がキム・ギドク監督に限ってはどうしてこうも考えちゃうのか。
ひとつには勿論彼の映画がすごく自分に響いたということがあるでしょう。
二つ目には最初に見た映画が「空き家」だったということ。セリフが極端にすくないこの作品はじっくり映像を見ることができた。それで映像の中に謎かけがたくさん仕掛けられていると気づくことができた。もし私が最初に見たのが「悪い男」だったら、もしくは「サマリア」だったら、こういう風にギドク監督の作品を見る、ということに気づかなかったような気がするのですよ。それに「空き家」はしっとりとした作品なので以前の過激作品より初心者には優しい仕上がりになっていますしね。

本の中には作品のことだけでなく監督の幼年期の様子など書かれていて興味深いです。そしてシナリオ作家から映画監督になりたての頃の大変な様子とかも。
 
とはいえこの中にキム・ギドクの全てがあるわけではないでしょうけどね。それに別にこの本を読んでキム・ギドクの全ての答えを見つけねばならないということもないですしね。もしくはなにも知る必要もないかもしれない。私はただとても好きな人なので読んでみた、ということです。そしてますます好きになりましたね。
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2005年03月28日

火線任務1

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うう、つい先刻、レスリーについてしんみり書いたのにもう台湾に飛んでしまうなんて。全くとんでもない奴です私(レスリーファンの皆様のあきれた顔が浮かびます)どうにも張孝全の顔が見たくて見てしまいました。張さんであることは一緒ですけど(どういう開き直りか)

事細かにストーリーを書いていくのはしませんが、主に張孝全くんの言動(ま、言についてはやや心もとないが)を報告したいと思ってますので(特に石公さんに向けて、ですね)必然ネタバレにはなりますので、その辺はよろしくお願いいたします。

いつも作品の始まりは期待と不安、というより不安の方が大きくて、がっかりしたくないなあ、などと意地汚く考えてしまう私です。このドラマもかなりびびりながら見始めたのですが、こと張孝全に関してはすごくいいのではないのでしょうか。「ニエズ」以来殆ど彼を見る機会のなかった私は彼の変化をかなり恐れてたのですが、何だか全然変わってないし、可愛いし、ほんの少しやせた気もしますが、そこがすこしだけ大人っぽくなった証拠なのでしょうか。

この回の最大の見所は張孝全のシャワーシーンでしょうかwかなりたっぷり孝全くんのおヌードがみれます(たはは)いやすばらしい裸体ですよ。

ストーリーとしては始まりにふさわしく、消防士の火事の中での勇敢な救助シーンから始まり、イケメンのライバル唐漢生(藍正龍)との小競り合いや仲良しの宋水来、そしてヒロインの安以軒(李嘉嘉)との出会いなどが繰り広げられます。

この回で私がすごく疑問に思ったのはデパートだか何だかよく解らないんですが公衆の中で突然産気づいた妊婦がいて、孝全たち消防士が駆けつける。そしてなーンと孝全くんが産婆さんをやるんですがー、いくら緊急事態とはいえ、公衆が見守る中で出産なんてあり得るのでしょうか。みんなして「吸って吐いてー」って、感動的なんだか、恥ずかしいんだか、よくわからないー。しかも女の子がそれをビデオ撮ってるし。うう、台湾ってそんなとこなのかなー。いくらなんでも日本だったら街中で出産はないと思うんですがねー。どうなんでしょう。

主要演員:張孝全、安以軒、藍正龍、GINA、阿pang、楊千霈、伊正
posted by フェイユイ at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 火線任務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

張国栄メモリアル映画祭

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張国栄メモリアル映画祭、4月2日から新宿で

張国栄(レスリー・チャン)の3周忌に合わせて、出演作8本を日替わりで上映する「レスリー・チャン メモリアル映画祭2005」が4月2日から、新宿のテアトル新宿(電話:03−3352−1846)で開催される。日本では映画祭で一度上映されたきりとなっている幻の作品『烈火青春(邦題:レスリー・チャン 嵐の青春)』(1982年)も上演。若き日のレスリーの魅力を堪能させてくれる。

  上映作品は
  『烈火青春(邦題:レスリー・チャン 嵐の青春)』(4月2−15日)
  『家有〓事(邦題:ハッピー・ブラザー)』(16日)
  『白髪魔女伝(邦題:キラーウルフ/白髪魔女伝)』(17日)
  『流星語(邦題:流星)』(18日)
  『大富之家(邦題:幸せはイブの夜に)』(19日)
  『九星報喜(邦題:歌って恋して)』(20日)
  『花田〓事(邦題:恋はマジック)』(21日)
  『恋戦沖縄(恋戦。OKINAWA Rendez−vous)』(22日)。

  上映時間は各、21時20分から。『レスリー・チャン 嵐の青春』のみ、3、9、10、16、17日の9時45分からも上演する。(〓=喜喜)

  チケットは1500円。前売りは1300円で、3回券(3600円)も劇場窓口で販売する。

  2、9、16日のレイトショーでは、先着50人にレスリー・チャン生写真のプレゼントもある。
 
以上、「中国情勢24」からの情報をいただいたものです。私は行けないのですが、もう3周忌なのかと改めて心が締め付けられる思いです。今でも、信じたくない気持ちもあります。
あれから時がたっても彼の代わりになるような人はいないものですね。
映画祭には行けないので、一人彼の映画を見ようかな、と思いました。
posted by フェイユイ at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | レスリー・チャン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月27日

「Wild Animals 野生動物保護区域」前半

キム・ギドク監督の2作目です。フランス・オールロケ。韓国語とフランス語が飛び交う。韓国版ビデオで字幕なし(つーかフランス語の時は韓国語字幕)ギドク監督のフランス時代を反映して作られたのでしょう。パリを舞台に仲間の絵をこそ泥して売ることで小銭を稼いでいるチョンへ(チョ・ジェヒョン)は密入国者であり北朝鮮の脱走兵であるホンサン(チャン・ドンジク)のかばんをこれも騙し取ってから奇妙な関係となる。チョンへはけんか強いホンサンを利用してまた金を稼ごうと画策する。
というような話です。一作目よりむしろ軽くてあまり凝ってない作りになっていますね。まだ前半しか見てないので、これからどうなるか、というところでしょうか。
私としては救いのない「コーストガード」を見たすぐ後なのでむしろほっとして見てますが。
チョ・ジェヒョンがとてもかわいいです。フランスにいるせいか、何だかおしゃれな感じですw髪型が「大人は判ってくれない」的でかわゆい。フランス語もしゃべってますw
相棒のホンサン役のチャン・ドンジクは男らしくてかっこいいです。

相変わらず水の風景も出てきます。って順番的には2番目なんですけどね。

1997年制作
posted by フェイユイ at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「コースト・ガード」(海岸線)

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ひどく辛い映画、苦しい90分だった。今まで見てきたキム・ギドク監督の映画にはないこの激しい憎悪は何だろう。他の映画で表現されていた寓話的なものも思わず笑ってしまうようなユーモアもなく、あの溢れるようなイマジネーション、魅入ってしまう美しい色彩などもこの映画には全くないのだ。(わずかにいつもの水と魚による心情表現、後半出てくる歪んだ視界によって表される精神の歪みだろうか)
きっとキム・ギドク監督にとってこの映画は他のものとは違う生の自分だからなのではないか。これを見たら、ギドク監督にとっていかに軍隊が憎むべき存在だったのか、ということだけが恐ろしいほど伝わってくる。それは他の映画で表現されていた批判とはかけ離れた激しさだ。
映画はいつもの意味をこめた表現などでなくただストレートに怒りと悲しみともどかしさを訴えている。
その苦しみを抱えた主人公カンを演じるのが大スターであるチャン・ドンゴンだ。だが、この役は決してスターが演じるような華やかなヒーロー像ではない。民間人に惨めに殴られ、自分の感情もコントロールできない哀れな存在だ。

主人公カン上等兵は 南北軍事境界線の海岸を警備していた夜、立ち入り禁止区域で逢引をしていた民間人をスパイと間違い、射殺してしまう。男はばらばらになって死に、女は気がふれてしまった。カン上等兵は軍からは任務を遂行したと表彰され、殺された男の家族や仲間から激しい怒りをぶつけられる。そしてカン上等兵自身少しずつ狂っていってしまうのだ。

「春夏秋冬そして春」でキム・ギドク監督は「何かを得るために何かを失わねばならない」ということをいつも訴えている、と私は書いたのだが、このしっぺ返しはあまりにも悲惨であろう。体を鍛え、軍の規律を守り、忠実に不審者を射殺したカン上等兵が得た褒美と失った心の平安。
この映画を見たものはみなやりきれない空しさだけを感じるのではないだろうか。そしてそんな感想を持ってしまうような軍隊に関する映画をキム・ギドク監督は作ってしまった。
軍隊を持つ国である韓国としてこの映画はどう評価されるのか。敵が攻めてきて狂ったのではない。自分たちのなかだけで異常となってしまったのだ。その異常さはさらに悲しいことに恋人を撃ち殺され気がふれた女の身にも襲い掛かってくる。

キム・ギドク監督の凄まじい憤りをそのまま感じる映画だった。
posted by フェイユイ at 22:04| Comment(2) | TrackBack(2) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月26日

「春夏秋冬そして春」

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いい映画だなあ。いつものようにキム・ギドク監督らしい懇切丁寧な映像による説明が豊かな想像力で表されている。そのつくりはとても明確で解りやすいものだ。この凄さを私が表現できるとは思えませんが、いつも通り思いつくままを綴っていきたいと思います。お話は書いていってしまいますので未見の方はご判断ください。


映画はタイトルが示すように季節ごとにひとつずつのエピソードが提示される。
まずは「春」画面を覆う門の2枚の扉にはそれぞれ力士増が描かれている。その扉が開くと一面は湖。そして不思議なことに湖の真ん中に小さなお寺が浮かんでいるのだ。
そのお寺にはすでに年取った僧侶とまだ小さな男の子がふたりきり住んでいる。二人の関係がどのようなものかは解らない。男の子はとても無邪気で小さな魚や蛙や蛇に紐で石を括りつけ動物たちが動きにくくなるのを見て楽しんでいる。僧侶はそれを見て寝ている少年の背中に石を括りつけてしまう。戸惑う男の子に僧侶は「動物たちは取ることもできないのだ」と言い放つ。少年は重い石を背負ったまま動物たちのところへ。魚は死に、蛙は助けることができた。最後の蛇の元へ急ぐが蛇はもう動かなくなっていた。少年はそれを見て泣くのだった。

「夏」16・7歳くらいだろうか、成長した少年僧と年を増した僧侶のところへ病気の少女が治療にとやってきた。僧侶は少女の病は気から来るものと見ている。最初は遠慮していた少年僧だが、少女への欲望には耐え切れず、また少女も少年僧に興味を持ったのか、二人は体をあわせてしまう。少女への愛は止まぬものの少年僧は、戒律を破ったことへの恐れを抱く。それは壁のない扉を通らないことによって表される。その扉を通って向こうへ行くことは規則であり、少女と肉体的つながりを持った時に少年僧は規則を守らないものとなってしまったからだ。
やがてその事実は僧侶の知ることになり、気から来る病であった少女はもうすでに寺を訪れた時のような体が動かないような状態ではなくなっていたため僧侶は少女を返すことにする。しかし少年僧はもう少女のいない生活はできないのだった。
少年は仏像を盗み、寺を出て行く。

「秋」少年僧はすでに30歳を越えて寺に戻ってきた。実は彼は愛した人が別の人を好きになってしまったためにその人を殺めてしまったのだ。そして盗んだ仏像を返し、ここで死のうとしたのだった。だが、ふたりの警察が彼を捕らえにやってくる。僧侶は警察官を押し止め、床に猫の尻尾で般若心経を書き、おびえる男にその文字を彫らせる。またその字を警察官がきれいな色で彩色するという不思議な作業が行われる。
それも完成し、男は警察に連れて行かれる。警察官は湖に浮かぶ寺からボートで男を運ぶのだが、なぜか最初漕いでも舟が動かない。それは僧侶の心が船を止めたのであろうか。やがて船は動き出し、男は再び寺から去る。残された僧侶は「閉」と書いた紙を目と鼻と口と耳の上に貼り、船の上で焼身自殺する。

「冬」さらに年を取った男が寺を訪れる。多分、すでに刑期を終えた男が寺に戻ってきたのだ。男は凍りついた湖の上を歩いて寺に入る。男は上半身裸となり、体を鍛える。
ある日紫のスカーフで顔を隠した女性が赤ん坊を抱いて寺を訪れる。女はけして顔を見せようとはしない。なんの言葉もないがひどく辛い状況にある人のようだ。女はある夜、赤ん坊を残して寺を去ろうとする。が、男が湖に張った氷に一箇所穴を開けていたため、そこから落ちて死んでしまう。男はかつて自分が動物たちにしたように紐で重い石を体に括りつけ、さらに仏像を抱いて、自然の中を歩き回る。湖が凍りつくほどの寒さの中を半身裸でさ迷い歩く。アリランの歌声が心を打つ。男は這い蹲るようにして重い石を引きずり山頂に仏像を置く。

「そして春」年老いた男とあの赤ん坊が少年となり湖に浮かぶ寺に住んでいる。少年は最初の「春」の時と同じ男の子が演じているためまるでぐるりと時が戻ったかのようである。僧侶となった男は少年を優しく見つめながらその顔を描いている。その絵には愛情がこもっているのが解る。
少年はあの時の男のように亀を叩いて遊んでいる。あの時の男のように船を漕いでいる。湖の中に浮かぶ古い小さな寺。山頂から男が運んだ仏像がその様子を見つめている。

キム・ギドク監督自身が言われているように確かにこの映画とこれまでの彼の映画は違うのかも知れません。でもギドク監督の最初の作品「鰐」から今のところ最後の「空き家」まで見てきて(何作か抜けてますが)彼の人生に対する考えが大きくは違わないと、私には思えるのです。人は何かしら罪を重ねて生きていき、またそれに対する罰というものがあり、また救いというものがある。何かを得るために何かを失わねばならない。だけど暴力的な「悪い男」にしてもこの罪を負った「春夏・・・」の男にしても生き続けていくのです。それは映画の中でキム・ギドク監督自身が「冬」の主人公になって表している重い石を引きずりはいつくばってさまよう男の姿にも現されていると思います。

「冬」の主人公をキム・ギドク監督が演じているのですが、その鍛えられた体には驚きでした。軍隊で悲惨なまでの訓練を耐えたというのは知ってましたが、またまた驚かされました。あの運動も全てやってるのでしょうか。またあの絵も自分で描かれたのでしょうか。ほんとに驚かされることばかりです。
ラベル:キム・ギドク
posted by フェイユイ at 23:55| Comment(4) | TrackBack(12) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ワールドカップ最終予選・対イラン戦

 サッカー・2006年ドイツワールドカップ(W杯)アジア最終予選B組の第2戦、イラン―日本は25日午後10時38分(日本時間)、テヘランのアザディ競技場でキックオフ。

結果惜しくも敗れてしまいました。難しいなあ。でもまだまだ先は長い。めげるな。
posted by フェイユイ at 00:38| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月24日

ドラマ「火線任務」のさわり

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ものすごくお久しぶりの張孝全くんです。まだちらりと15分くらいしか見てないのですよ。でもかわいらしさは全然変わってないみたい。
とにかく今私は見たいのが山積みといううれしすぎる状況にあるのですが、キム・ギドクも見たいし(ていうかまた途中まで見たんですが、これは全部見てから書きたいなー、と思って。さあ、どの作品でしょうかw途中までとはいえ相変わらず心は捕まれました)
張孝全に話を戻して、早くこのドラマを見たいのですが、もう少し待たなきゃいけないかも。でも我慢できずちょっとずつ見ちゃうかも。ん〜、楽しみは尽きない。ぐふ。
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アニタ・ムイの蝋人形

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香港のビクトリア・ピークにあるマダム・タッソー蝋人形館にアニタ・ムイ(2003年12月30日に亡くなった)の蝋人形がお目見えしたとのこと。
除幕式にはお母さんたちも参加された。

この蝋人形館にはアニタ・ムイの親友だったレスリー・チャンの蝋人形も展示されている。

しかしすばらしい美脚ですね。
posted by フェイユイ at 00:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月23日

射[周鳥]英雄伝を見終えて

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やー、長い長いドラマでしたが、見ごたえ充分、キャラクターも魅力ある人がたくさんいるし(No.1はやっぱ洪七公、大好き・憧れ)ストーリーも波乱に満ちてて楽しいことこの上なし。中だるみのようなことは殆どなかった。
金庸、江湖ものがすきでこのドラマを見てつまんないことはありえないと思いますが、思いつくままこのドラマの魅力を書いてみたいと思います。
まずは主人公郭靖が育った場所が蒙古である、しかもチンギス・ハーンの時代、と言うのは本当にロマンをかき立てられる設定だ。司馬遼太郎さんの「草原の記」が好きでドラマを見ながらあの文章が思い起こされたものである。
郭靖という主人公がいかに魅力的かはもう何度も書いたが、その人柄が好かれるため、たくさんの師匠に恵まれるその方たちも大変魅力的だ。まずジェべ師匠。江南七怪の大師匠。丘道士。洪七公。兄貴となる周伯通。
永遠の恋人・黄蓉は美しく賢く強く料理も上手い、とちと出来過ぎの感があるが、ドラマとしては周迅が演じることで可愛らしい小悪魔的要素も加わって、まあ私としては周迅目的で見始めたのですから文句などありませんwまさに完璧な恋人役でしたね。ラブシーンがまったくない、というのも今のドラマとしては希少価値かも(何しろ夫婦と言うのがナニをするのかわかってないという恋人同士だ)
残念なのは楊康だったんですが(好みじゃなかった)、これにはすごく疑問もあって、楊康は仇を討たない裏切り者として描かれているのですが、生まれた時から完顔洪烈を父として育ちまたとても可愛がられていたわけで急に仇だ殺せといわれても無理だと思うんですが、気の毒な境遇なのですよね。
で思うのは、この話の設定は少しずつ不思議がある。郭靖と楊康の親の代ではむしろ康の親たちが主人公的要素が強かったので主人公の親はこちらかと思ってたら目立たない郭夫婦の方が主人公の親だった。
無二の親友だった郭・楊の子供たち靖・康はついに仲良くなることはなかった。などということだ。
それにしても最終回はすばらしかった。モンゴルの草原を郭靖と黄蓉が馬で祖国に帰りながら語らうシーン、「英雄、英雄(インシオン、インシオン)」というのはよかったな。射[周鳥]英雄伝というタイトルにふさわしいラストでしたね。
すごくおもしろいエピソードに溢れる物語だけに言い尽くせないが、主人公郭靖は確かにすばらしいヒーローでしたね。
ラベル:周迅 金庸
posted by フェイユイ at 22:52| Comment(0) | TrackBack(2) | 射[周鳥]英雄伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「鰐」後半・タブー

実は数日前に、見てしまってたんだけど、なんとも表現に困ってしまって今日になった。そういう風だからこのエントリは随分わけわからんものになる(と思われる)いつもどおり全部書いてしまうので未見の方ご注意を。

何を困ったかと言うと、いつものようにねちねちとストーリーを追って書いていこうと思ってたんだけど、はっきり言ってこの映画で驚いたのは、悪男の主人公の心の変化でもなく、美しいブルーの映像でもなく、主人公「鰐」が酒場で男に声をかけられた後に続く場面なのだ。
一人「鰐」ことヨンペが、酒場で酒を飲んでると突然男が近づいてきて酒をついでくる。怪訝な顔をするヨンペ。男はなおもヨンペに何事か話しかけ(韓国語・字幕なしなので私にはわからない)ふたりは別の部屋へ移動する。店のものは解ってるという風だ。こじんまりした部屋で男はヨンペに酒をついでやる。そしてテレビをつけるのだが、映されるのはホモポルノのビデオだ。ここでヨンペが逃げ出すかと思いきや、黙ってみている。男はヨンペの肩を抱きシャツをはだけさせ、胸にキスをする。ここでヨンペは酒瓶を取り思い切り男の頭に叩きつける。痛みで悶絶する男にホモポルノのビデオテープをぐるぐる巻きつけ、冷蔵庫を開けてきゅうりのようなもので男のオカマを掘ってしまうのだ。うーん、ゲイ・シーンとしてうれしくもない展開ではあるのだが、私は韓国映画で「ロードムービー」以外にゲイもしくはゲイっぽいものと言うのを見たことがない。それをキム・ギドク監督が主人公にからむ話として描いていると言うのは私には驚きだった。これを初作品でやってしまうならなるほど彼が韓国映画界のアウトサイダーになってしまうのもうなづける。

ずっとギドク監督の作品を見てきてすごく好きでまた色々な愛の形を描いている人なのでいつかギドク監督のゲイ・ムービーというのを見せてもらいたいと思っていたが、こういう形であれ、初作品にすでに描かれていたのかというのがまあ私だけの感動であった。

映画「鰐」の感想としては、ギドク監督の後の映画に出てくるギドク・アイテム例えば「絵を描く女性」「青い色」「亀」「水」などがすでに使われていること。表面は汚い河なのに中に入ると(別撮りだからとはいえ)透き通った青の美しい世界だということの意味すること。映画の勉強を全くしていないと言われるギドク監督だが、これを見る限り、そんなことはないと思う。昔懐かしいフランス映画を思わせるようなカットが多く、後の映画に比べるとまだギドク映画として消化されてない感じでそういう勉強した影響が生で出ていてまた微笑ましく、楽しい。

なんとも言葉が足りないな。また、機会を見つけて感想を書きたいと思っている。
posted by フェイユイ at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第42話・射[周鳥]英雄伝最終巻・草原の記

ああ、いよいよ最後です。途中、ブランクもありましたが、めちゃめちゃおもしろいお話で、こんなに長かったという気がしません。しかし、思い返すととても長い間、郭靖と黄蓉を見てきたわけで、お別れするのは寂しいものです。では参りましょうか。

勿論、ネタバレです。

「ふと訪れてふと帰る。他に理由などない」といいつつ一灯大師は帰られました。

イングーは周伯通を追いかけて「今迄で一番楽しかった時は?」なんて聞きます。武芸馬鹿の周伯通、「えーと、兄貴と修行してた時かな。チウと追いかけっこしてた時かな」などと言い、イングー怒り心頭。周伯通、「今は思いつかん。ゆっくり考えさせてくれ」

洪七公師匠と弟子である郭靖と黄蓉。華山での戦いを控え、黄蓉は「師匠が父に負けたらご馳走を作るわ」なんていってます。突然欧陽鋒が現れ、七公との戦いに。内功が完全でない七公が危うくなり、黄蓉、九陰真経を唱えます。すると欧陽頭を抱え崖から落ちてしまったではありませんか。ほっとしたところへ、黄薬師の登場です。郭靖挨拶するも無視されます。

七公「早く勝負しよう」と黄薬師にけしかけます。「いや七公は今欧陽と戦ったばかりだから、ゆっくり休んでからにしては」ここで黄蓉「父が七公が不利にならない方法があるわ。ふたりがそれぞれ郭靖と戦うのよ」「これは驚いた」と七公「父親の味方かと思ってたら郭靖を天下一にするつもりだったのか」

黄薬師よかろうと笛を吹きます。郭靖は対抗して龍拳をくり出します。美しくも激しい戦いのなか、欧陽が紛れ込んできて、皆倒れてしまいます。欧陽はすでにおかしくなっていて、はしゃいで皆に自分が天下一であると認めさせます。そして郭靖を実の子・克であると思い込みキスしちゃいます。「克よ。父が天下一だ」もう隠すことも忘れてしまったのでしょうか。黄蓉「あんたより強い人がいるわ。それは欧陽鋒よ」「なんだと。そんなに強いのか。私は誰だ?」もう全く変になってしまったのでした。

黄蓉がご飯を作って、七公の持っていくと壁に「我去也」と書いてあった。自由な洪七公はどこかへ行ってしまったのだ。

黄薬師は郭靖に「お前は母もいないのだから、江南七怪の大兄を呼んで桃花島で結婚式を挙げたらよかろう」喜んでいると、鷲が飛んできて手紙を落としていった。コジンからの手紙だった「蒙古は襄陽を攻めようとしています。あなたのお母さんがなくなったのは私のせい。私はもう西の国へ行って帰ってきません。どうか幸せになってください」黄薬師は郭靖に襄陽を守って来い、黄蓉と待っている、と言うと黄蓉がむっとするので「ふたりで行って来い」

郭靖は「大ハーンに俺たち親子が逃げ出す計画を知らせたのはコジンなんだろう」と言う。ふたりが馬で進んでいると赤ん坊の泣き声が。側には若い女性が倒れていた。それはあの念慈さんだった。「この子は楊康のようにならないよう育てるわ」

襄楊で蒙古軍のパオを覗いたらそれはトゥルイであった。そこへ大ハーンの使いがやってくる。「馬から落ちて具合が悪くなった。早く戻って来い。郭靖の罪も許すから戻ってきてくれ」郭靖我慢できずテントを裂きトゥルイと会う。「俺も戻る」「どうしてここに」「お前を殺しに来たのだ」二人抱き合って泣く(ここは感動的だ)。「まるで子供ね」と言う黄蓉だった。

大ハーンは郭靖を歓迎。「私は義兄弟・ジャムハを殺したが、お前たちはいつまでも仲良くな」3人草原に向かう。大ハーン、鷲を見つけて矢を射ようとします。だが矢は当たりません。「初めて獲物を逃した。もう終わりだな」そして「ここはかつてない大国となった。わしに並ぶものがいるか」郭靖「いません。ただ多くの人々がそのために泣きました」「なんだと」と怒る。「大ハーンに恩はありますが。母を失った悲しみは・・・」そして「本当の英雄とは民の幸せを願うものです」

1227年チンギス・ハーン死去。

夕日の中、郭靖と黄蓉が馬を進める。
「大ハーンは最後なんといったの?」「14歳の時、馬を8頭盗まれ、5日間追いかけた。その時ジャムハに出会った。彼は、世の男の苦しみは共通だ。一緒になら倒せる」「でも噂だと臨終の時にうわごとを言っていたそうよ。“英雄、英雄”とね」
ラベル:金庸
posted by フェイユイ at 00:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 射[周鳥]英雄伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月22日

第41話・「母」

さてネタバレです。

郭靖の母は「20年前、私は牛家村でお前を身ごもった。その時丘道士に刀と名前をいただいた。郭家には郭靖。楊家には楊康。その意味は?」「靖康の恥を忘れるな」「その通りよ。でも楊康はそれを忘れ道を誤った。お前は誤まらないで」そう言って母は郭靖を縛った綱をその刀で切り、自害した。動かなくなった母を抱き上げ郭靖は大ハーンの下を飛び出した「郭靖を捕まえろ」すかさずトゥルイは「生け捕りにしろ」と叫ぶ。郭靖は母を抱いたまま大勢の兵士を蹴散らす。「殺すな」と命令されたため兵士は郭靖を傷つけられない。馬に乗って走り倒れ、また母を抱き上げたまま逃げる郭靖。
郭靖を追い込んだのはあのジェべ師匠と大勢の兵士だった。「せめて母を埋葬させてください」遺体を埋め立ち上がる郭靖に「お前を捕まえはしない。早く行け」とジェべ師匠。「俺を逃がせば処刑される」と言う郭靖にジェべ師匠は「ここにいる兵士はお前の部下だ。お前たちの中に郭靖を捕まえるものはいるか」「私たちは将軍を見送りに来たのです」と言う兵士たち。郭靖が慕われていたのがわかるシーンですね。そこへトゥルイ・アンダも駆けつける。「郭靖に手を出すな」そして郭靖の馬と金塊を渡し、別れを告げるのだった。「俺たちは兄弟だ。また会えるだろう」友達っていいものです。
だが、最愛の母を亡くした郭靖はひどく落ち込み酒場でも「蒙古人だ」と言って殴りかかるものたちのされるがままに。自分を守ろうともしない郭靖を救ったのは丘道士だった。「俺は随分と修行を積んだのに母親さえ守れなかった。もう戦いたくない」すっかり気力を失っている郭靖だった。丘道士は「黄薬師は俗悪を嫌っているがそれだけに身勝手だ。欧陽鋒は言うまでもないだろう。それに比べ洪七公は貧しい人を助ける立派な人だ。郭靖。一緒に華山に行かないか?」そこへまた周伯通がチウを追いかけてやってくる。懲りない人たちだ。
郭靖と丘道士は山道を歩みながら話を続ける。丘道士の話に郭靖は「そうか。大ハーンも他の王たちもみな天下を賭けて碁を打ってるようなものなのだな」

そこにまた例のチンピラたちが襲ってきて丘道士と戦う。その様子を郭靖はただ悶々と考えながら見ているだけだ。

その時欧陽鋒が「頭が痛い」と叫びながら走ってきた。郭靖が後をつけると、欧陽が黄蓉と言い争っている声が。郭靖、やっと黄蓉と会うことができた。すねて見せた黄蓉だったが、「死んでよ」と言った黄蓉の言葉に飛び降りようとした郭靖に驚き、つい許してしまう。二人はもう絶対に離れないと誓う。
また、周とチウが争ってやってくるがそこへイングーが入り込んでくる。そして一灯大師も。イングーはついに周伯通に会えて、二人の間に子供がいたこと。それをチウが傷つけてしまったこと、そして段皇帝・一灯大師が自分の武芸のために助けてくれなかったことを告げる。そしてチウを殺して子供の仇をうって、と言う。が、周伯通は人殺しはしたくないと逃げてしまう。
残ったチウは「自分だけが悪人か」とふてくされ、礼をする振りをして七公に打ってかかる、それを大師自分の胸をたてにして防ぎ、「もう一度やり直せ」という。チウは毒づき崖から落ちてしまう。大師は後を追って崖から飛び降り「もう一度やり直すのだ」と言って助ける。ついにチウは大師にひれ伏して弟子にしてくださいと頼む。大師引き受けてチウを連れ去ろうとする。洪七公「なぜ黄薬師にあっていかない?」と問うのだった。
ラベル:金庸
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2005年03月20日

第40話・大ハーン

いよいよほんとの最後のDVDとなりましたw今度はホント。だと思いますw気を引き締めてまいりましょうか。

ネタバレ。

最後にふさわしい豪快な展開です。頭を足蹴にされた洪烈。大ハーンは「敵とはいえ見所はある奴だ。立つことを許す」と言い渡す。「まさかこんな結末を予想したか」「予想したさ」と洪烈「テムジンを生かしておけば災いの元だと父にもいった。ジャムハにも言っておいた」「降伏しろ。死に方を選べ」「首をはねろ。愛する妻に死なれて以来生へのこだわりはない」「釈放しろ」と大ハーン。「生死まで命令されたくはない。自分で死ぬ」と剣を取り、自らの命を絶つ。
「お願いしたいことが」「何でもかなえてやろう」と大ハーン。ここで郭靖、コジンとの婚約の破棄を願い出るはずだった。が、この時、郭靖の耳に町の騒ぎが聞こえた。蒙古軍によって殺される民衆の叫び声が。(歴史的にも蒙古軍に人口の4分の3が殺されたとある)郭靖はつい「兵士たちに殺戮を止めろと命じてください」と言ってしまう。むっとした大ハーンだったが、何でもかなえると言った手前、その願いを聞き届ける。

勝利を聞き、喜んでコジンは「すぐに結婚を」と郭靖に言い寄る。それを聞いた黄蓉は姿を消す。郭靖慌てて黄蓉を探す。が、姿はすでにない。郭靖はコジンを残し黄蓉を追いかける。

ある場所で、欧陽峰は倒れている人間とその手にある九陰真経を見つける「黄蓉?」近づこうとするとそこは砂地獄だった。たちまち吸い込まれていく西毒。そこへ馬で走ってきた郭靖。西毒を助けると途端に点穴を突かれ、動けなくなる。欧陽、郭靖を乗せたまま馬を走らせる。

その頃、チウは砂をついて修行中。突然、周伯通がやってきた。あっという間にぼこぼこにされるチウ。わけわかりません。

欧陽は郭靖を馬に乗せあるぼろ小屋へ入る。「お前を殺しはせん」そして食事の用意。なかなかの腕前らしい。へー。「食ったら九陰真経を教えろ」

チウと周伯通は追いかけっこ。「なぜわしをいたぶるのか」とチウ。「わしから逃げて見せろ」と周伯通。

またまたご飯の用意をしてる西毒さん。まめなひとだったのね。郭靖も少しずつ技を教えます。「なかなかうまくいかんな」と言うところにチウが周伯通の攻めから飛び込んできます。「周兄貴!」郭靖は周に欧陽の相手を頼んで、期蓉を探しにでていきます。さすがの西毒も周伯通が相手では難しいらしい。謎の人物だなあ、周伯通って。

黄蓉が見つからぬまま郭靖は疲れ果て母のいる蒙古に戻ります。「私はいいから黄蓉さんを探してあげたら」と言う母に「もう駄目だ。ずっとここで暮らすよ」と泣く郭靖でした。
大ハーンからお呼びがかかり金を攻める策を練る。大ハーンの案をさらに上回る郭靖の奇策に大ハーンも感心する。郭靖は「金を征伐したらただの遊牧民に戻してください」と大ハーンに頼む。
家に戻ると母は郭靖に「大ハーンからたくさんの贈り物があるの。何か大ハーンには考えがあるのよ」郭靖は大ハーンからもらった「金を倒した時に開けろ」と言われた袋を開けてみる。中にはなんと「金を滅ぼしたら次は宋を倒すのだ。そこの王となれ。逆らえば首をはねる」と書いた紙が。ふたりはもともと宋の人間なのだ。大ハーンの恐ろしさに気づき二人は脱走を考える。だが郭靖が馬を連れてくる間に母は大ハ−ンに連れ去られていた。
命令を破って袋を開けたことも大ハーンに知られ大ハーンは怒りで「郭靖を殺せ」と命じる。そこへ大ハーンの息子であるトゥルイが駆け込んでくる「どうか郭靖アンダの命だけは助けてください。郭靖、ずっと蒙古にいるのだ。宋を倒してくれ」と互いに頼む。決心を変えない郭靖に大ハーンは郭靖の母を連れてこさせ「命令を聞かなければ母親を殺す」と言う。母は「私に説得させてください」と郭靖に近寄るのだった。

サマルカンド  
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2005年03月19日

第39話・サマルカンド城・後半

いやー、昨日は忙しくてとうとう穴を開けてしまいました、無念。今日も忙しかったんですが意地で書いております。

ネタバレ。

崖の上には果たして!郭靖の思い人・黄蓉、その人が立っていました。にっこりと微笑んで。いつもあなたを見ていたという黄蓉になぜでてきてくれなかったとぶーたれる郭靖。「私が無事ならコジンと結婚するんでしょ。そんなのいやだから隠れてたの」
黄蓉話しながら、欧陽峰の影に気づく。そこで突然「明日ここで九陰真経の訳文を教えるわ」と言い出す。
崖を降りてから郭靖に欧陽峰を見たと教える。そして次の日。
わざと欧陽に聞こえるよう話すふたり。やがて、大ハーンの召集の笛の音がしたと言って、ふたり下へ降り、崖につるしていたはしごを燃やす。欧陽が気づいたときにははしごは焼け落ちていた。悔しがる欧陽峰。
「今度は逃がさないで」と言う黄蓉に「いや。3度逃がすと約束したんだ」「じゃ、約束を守りながら捕まえるのよ」とまた智恵を働かす。

今度は本物の大ハーンの招集の笛の音が。大ハーンの孫が戦死したのだった。額に刺さった矢には完顔洪烈の名が刻まれていた。改めて復讐を誓う郭靖たちであった。

戦いから疲れて帰って来る郭靖をテントで迎える黄蓉。めちゃかわいいです。少女のようなかわいらしさなんだよね。かまってくれない郭靖に甘えるのもかわいいです。ふたりの強い愛情を感じるいい場面です。

そして別の日なーンとあの欧陽峰が布を使って空を飛んでいくではありませんか。まー。悔しがる郭靖に「今日こ城を落とせるわ」と力強い黄蓉の言葉でした。
郭靖は部下たちに戦いの陣形と天幕を取り外すことを指示する。
その天幕を使ってハングライダーかパラシュートのように空からサマルカンド城を攻撃するのです。かっこいいけど、あんな小さなパラシュートで飛べるかなー?超能力がないと無理のような。
かくしてサマルカンド城は陥落。倒れた敵を見ていた黄蓉はある男に目を留めた。すぐ郭靖を呼ぶ。それは最大の仇・完顔洪烈だった。飛び掛ろうとする郭靖を抑え、「大ハーンに渡して婚約破棄をお願いして」と言う黄蓉。やっと理解した郭靖は大ハーンのもとへ洪烈を急がせる。洪烈は郭靖に「私はお前の義弟の育ての親だ。せめてひとおもいに殺せ。テムジンの元へ連れて行くな」と願う。郭靖は「お前のせいで郭家と楊家はめちゃめちゃになったのだ。宋を脅し、蒙古を挑発したのだ」と怒る。洪烈大笑いし、「笑わせるな。全て強いものが征服するのだ。かつては宋が金を踏みつけていたのだ。今度はテムジンが宋を踏みつけるのだ。テムジンにあわせろ。・・・眠ってるぞ。テムジンでも眠るのか」なおも笑う洪烈を兵士らが取り押さえる。目を開けたテムジン・大ハーンは完顔洪烈を見て、その頭を踏みつけたのだった。
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2005年03月17日

第39話・サマルカンド城・前半

ネタバレです。

大ハーン率いるモンゴル軍とムハンマドとの戦いが始まった。郭靖は兵書で一所懸命お勉強中。そこへ突然、欧陽峰が入り込んできて「黄蓉をよこせ」と言い出す。黄蓉がすでに欧陽から逃げ出したと聞いて喜ぶ郭靖であった(欧陽峰に飲み物まで出してんの。お人よしたあこの人のことだよ)だが傲慢な欧陽の言い方にさしもの郭靖もかちんときて、「お前はもうすでに年を取ってる。俺はまだ若い。今にお前は俺に捕らえられる」そして「黄蓉に危害を加えなければ俺はお前を3度まで逃がす」と約束する(だからお人よし)

伝令が来て「サマルカンド城を包囲せよ」沸き立つ兵士たち。

「また来る」と言った欧陽の言葉が気になる。物乞いの長老が落とし穴に欧陽を落とす準備をする。欧陽は罠にかかるが「3度許す」といったためせっかく捕まえた欧陽を逃がすことに。
次の日も長老たちは落とし穴を。「裏の裏をかくという。果たして欧陽は引っかかり水をかけられ氷づけに。だが「約束だ」とまたもや郭靖は欧陽を逃がす。

なぜ長老たちにこんなにいい作戦が浮かぶのか、訝しがる郭靖。「黄蓉の居場所を教えなければ首をはねる」と言う郭靖に長老たち「氷の崖の頂上に着蓉がいる」小刀2本で氷の崖をよじ登っていく郭靖。果たしてそこには?
続く。また明日ね。
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2005年03月15日

第38話・蒙古に戻る

ネタバレ注意!

息子・康が毒にやられたので、ひざまずいて西毒・欧陽峰に助けを求めるパパ・洪烈。この人は悪人と言われてるけど愛する気持ちは本当なんだろうけどね。やはり出だしが間違うとずーっと駄目っていうことかね。しかしいくら拝まれてもこちらも愛する甥っ子を殺された欧陽峰、康を許す気にはなれないのでした。そして康も血を吐きながらこの段になって「あなたは本当の父じゃない。母を死なせた憎い敵だ。許さない」と言い放つ。敵を父とした裏切り者って設定だが、生まれた時からパパと思って育ったんだから無理はないと思うんだが。パパと思って慕っていた人を急に仇として殺せという方が無理じゃない?考えればかわいそうな人生の人でした。こうして、郭靖の義兄弟でありながら悪役だった人、恋人の念慈から「親の仇を討たないの?」と責め続けられた不幸な人・康はその短い一生を毒によって閉じたのでした。

九陰真経を狙う欧陽峰は黄蓉をさらっていく。大師匠はやっと正気に戻り、黄蓉が弟たちを殺したというのは勘違いだったと嘆く。そこへ馬に乗って郭靖登場。「私たちはふたりとも大バカものだ。早く黄蓉を助けろ」と大師匠は郭靖をどやしつける。ん〜、そんなこといったってあなたがゆったんだしい。郭靖とにかく馬を走らせます。

郭靖、途中で蒙古軍と出会う。「トゥルイ・アンダ!」「郭靖・アンダ!」と言うわけで幼馴染のトゥルイと再会。そのまま蒙古に帰っちゃいました。

トゥルイは大ハーンの前で「金と宋が手を組むと危ない。先にこちらが宋と手を組めば」と提案。
郭靖にひたすら思いを寄せているコジンはやっと結婚できると喜んでいる。困ったのは郭靖。黄蓉への愛もコジンへの義理も欠くわけに行かない。そこで「黄蓉が無事なら戻ってきてコジンと結婚する。黄蓉に何かあったら一生結婚しない」と約束する。

そうこうしていると物乞いたちの長老ら3人が郭靖を尋ねてくる。黄蓉が洪七公から受け継いだ物乞いたちだ。国中に広がっている物乞いたちをしても黄蓉は見つからないという。

そんな折、ホラズム国のムハンマドとの戦いとなる。大ハーンは郭靖を1万の軍の将軍に任命。そして大ハーンは自ら退位して息子に受け継がせたいと言い渡す。人徳熱いオゴタイに決まったが、長男ジュチとチャガタイが争いを始める。
郭靖は本を読みながらの勉強を始めたばかり。物乞い長老たちの言う「九天玄女」のお告げどおりに兵を動かす。作戦がばっちり当たって大ハーンを驚かせる。「敵をやっつけるのはいつでもできるが、お前がいなければ息子を失うところだった」と大喜び。なかなか黄蓉を探すため、コジンと結婚はできないのだ、とは言い出しきれない郭靖だった。
posted by フェイユイ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 射[周鳥]英雄伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢の中のオートバイ映画

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「モーターサイクルダイアリーズ」

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「スズキ・刀」

オートバイが出てくる映画がすごく好きだ。と言ってもそんなに見てはいないのだけどね、じつは。
日本映画ではむかーし昔、「狂い咲きサンダーロード」をみたぐらい。他にも有名なバイク映画はあるが(あえてタイトルは書かない)あまり見たくない(わけわからんな)

で、話は殆どアメリカ・ヨーロッパもの、となる。もち「イージーライダー」であり「アラビアのロレンス」の冒頭部分、ルトガー・ハウアー出演オランダ映画「スペッターズ」のバイクもよかったし、リバー・フェニックスとキアヌー・リーブスがタンデムする「プライベート・アイダホ」ジャン・ジュネ原作・ファスビンダー監督の「ケレル(ブレストの乱暴者)」に映っていたのは確かに「スズキ・刀」だったと思うんだが、2回目見たときは殆ど見えなくて途方にくれた。最初見たときのあの喜びは夢だったのか?しかしフランス・西ドイツ合作となってるから刀が映っててもいいような気もする。最初見たときは「まるで“刀”のコマーシャルフィルムのようだ」と思うほど映ってた、という記憶があるのだが。今となっては謎のまま闇に葬り去られるのか?(おおげさ)
そんな私が若き日のチェ・ゲバラがオートバイで南米大陸を走っていくという「モーターサイクルダイアリーズ」を見たくないわけがない!もう予告編を見ただけでうっとり状態であります。

で!なぜアジア映画ブログであるここにわざわざそんな話題を持ち出したか、と言うと(ああ、やっと本題だよ)韓国映画にはあまりオートバイが出てこないw(それをいうためだけに前の長い前振りかよ)自動車はさんざん出てくるが、私がみたとこでは、オートバイは不良が乗ってたホンのわずかなシーンのみ。ふーん、バイク嫌いなのかな?寒いから、と言うのもあるかもしんないがドイツだってオランダだって寒い。だがしかし私が好きなキム・ギドク監督のにはわりと出てくる。ふーむ、これもヨーロッパ帰りの影響かしらんw「空き家」の青年はずーっとBMWにまたがってたしね。「魚と寝る女」にもバイク登場。まだ半分しか見てない「鰐」でも使われてた。こういうとこも趣味があうのかなーとひとりにんまり。

これが中国映画になるとけっこういい感じで出てきちゃう。「ふたりの人魚」「青い稲妻」どちらもよかった。特に「ふたりの人魚」はかわいい周迅を運ぶ役、いとしい恋人を探し回るライダーと言う設定でとても好きでした。中国ではバイクは自然な感じで使われてるからでしょうか。

何だか取り留めない話し方で申し訳ないが、こんな風で、私がオートバイ映画に求めるのは、「果てしない旅をする」「体をさらして走り続ける」「2輪であるがゆえに不安定」時には「死へ向かって走っていく」というようなひりひりした感覚である。それは青春と言う言葉と重なり合うし、反社会的な匂いも常にもちあわせている。
自分勝手な願いではあるが、まだ見ぬサイコーなオートバイ映画をいつも夢見てしまうのだ。

追記;ものすごく眠い中で書いたので少し書き直しました。半分夢の中だったので、文章メタメタです(いつもだろ)
posted by フェイユイ at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月13日

第37話・犯人は誰?

はい、勿論ネタバレっす。

郭靖と康が言い争い。が、念慈の話に動揺を隠せない。そこへ丘道士たちが助けに入る。が、康には欧陽峰がついていた。「敵を父とし、悪人を師とし、義兄弟を裏切るとは」怒る丘道士であった。康は黙って欧陽峰に従っていくのだった。

江南七怪の大兄は苦痛にうめいていた。黄蓉はそんな大兄の手当てをする。兄弟の敵と思っている大兄はそんな黄蓉の振る舞いに耐え切れない。二人は「鉄槍廟」と言う建物にたどり着く。そこは大兄が幼い時、弟たちと遊んだ場所だった。黄蓉は大兄に食べ物と失った鉄槍の代わりのものを渡す。それをなぜながら思い出にひたる大兄。眠った黄蓉に槍を向ける大兄。「殺しなさい」槍を取り落とし、「命の恩人は殺せない。だが、兄弟の仇は取らなければ」と言って泣く。そこに欧陽峰の笑い声が。

完顔洪烈と康も一緒だった。この廟で休むことにしたようだ。「甥を殺したのは郭靖だと思っていたが、全真教らしい。白駝山には後継者がいない。王子は頭もいいし、行動力もある。弟子にしよう」喜び合う洪烈・康親子であった。

一行の中にあの曲三の店のおつむの弱い女の子もいた。なぜ?突然女の子は、「肉団子の幽霊がでた!」と騒ぎ出す。大兄は「肉団子と言うのは三弟のことだ。なぜ、三弟が黄薬師じゃなく、楊康を殺しに来るのだ?彼らを殺したのは黄薬師ではないのか」「今頃わかったの」「ではなぜ四弟は黄薬師が殺したと?」

黄蓉は「誰が私を殺したか父に言って。そして郭靖に真相を話して」と大兄に言い渡し、欧陽峰たちの前に出る。驚く康たちにひるみもせず、黄蓉は真相を解き明かす。この証明、シャーロック・ホームズかのような名推理。見ごたえ充分です。「ついでに甥っ子の欧陽克を誰が殺したのかも教えるわ」おつむの弱い子に脚の悪いお兄ちゃんを殺したのは誰?「あのお兄ちゃん」と言って指差したのは康だった。「脚の悪いお兄ちゃんは女の人を抱いていたわね。それがどういう人か知ってる?」「知ってる。あのおにいちゃんのお嫁さんだよ」

愕然とする欧陽峰。「王子の妻に手を出すなら殺されて当然だ。違うか?」凍りつく康。陳述を続ける黄蓉を康はいきなり打つ。と、あっという間に康の掌に黄蓉の細かい針がびっしりと打ち込まれた。血を吐く康。「息子を助けてください」ひざまずく洪烈に「王たるものが恥ずかしくないのか?立つのだ」言い放つ欧陽峰であった。

posted by フェイユイ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 射[周鳥]英雄伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月12日

第36話・約束の戦い

ネタバレです。

約束の戦いの場所・煙雨楼に人々が集まってきた。全真教の丘道士たち全真七子たちがまずやってくる。
その時、洪烈・康親子は欧陽峰と策略を練っていた。

郭靖の到着を見て、丘道士が声をかける「江南七怪達との再会が楽しみだ」ご馳走や思い出の甕も用意している。郭靖はやっとの思いで大師匠以外の師匠が殺されたことを知らせる。怒りで甕を割る丘道士。

そこへ黄薬師がゆったりと登場。たちまち飛びかかる郭靖。見る間に黄薬師と全真七子との戦いがはじめる。大師匠も加わり、戦いは激しい。この様子を屋根の上から洪七公が眺めていた。郭靖に声をかける「見ていろ」

だがどうやっても全真七子は黄薬師を倒せない。子供だましの技を繰り返すばかりだ。かなりかっこ悪いです。そこへ郭靖が飛んでくる。黄薬師驚き「なぜはむかう?」皆でかかるが黄薬師の強さは、半端じゃない。黄蓉も戦いに加わる。パパ・黄薬師に「郭靖が信じてくれないの」「かわいい娘を泣かせたな」いきなり黄薬師にびんたを食らう郭靖。ははは。

戦いは決着がつかずとうとう夜になる(いい加減にしろよー)よせばいいのに欧陽峰までやってきて「助太刀する」と言う。(やめれ)ついに高みの見物・洪七公が降りてきて「もうよせ。戦いの日は明日だ」と言う。みな、納得してやめたが(すぐやめたのはさすがに疲れたからだよね)すぐ明日になったw再び皆元気に戦いだす(よーやる)

七子と欧陽峰が戦い始める。黄蓉は郭靖に「父の敵を目の前に怖気づいたの?」見ると煙雨楼の側の川に浮かぶ船に洪烈の姿が。飛びかかる郭靖だが、チウ・チエンレンによって止められる。周伯通も到着し、そろい踏みとなる。戦いは果てしない。そこに康が計画通りに号令をかけ、毒ガス・毒蛇を放ち、兵たちに矢を射らせる。散り散りに逃げ出すみんな。「目の見えない私には逃げ道がわかる」と大師匠。が、大師匠も脚を傷つけられ倒れる。それを黄蓉が助ける。大師匠は嫌がるが黄蓉にツボをさされてされるがままの大師匠である。しかし大師匠、何か隠し事があるようです。それは一体なんなのでしょうか?
posted by フェイユイ at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 射[周鳥]英雄伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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