2005年05月31日

「天下無賊」後半

葛優2.jpg
葛優(グー・ヨウ)

リー・ビンビン.jpg
リー・ビンビン

アンディ+レネ.jpg
アンディ・ラウ+レネ・リウ

あーおもしろかった。この映画についてはこれ以上言うこともないんですけど(笑)

大自然の中を行くかなり豪華な列車の中でのアンディ・レネ組とグー・ヨウ悪組のスリ攻防は見ごたえあり。このスピード感とおしゃれな感じを出すためにはやはり香港スターのアンディ・ラウの存在がなくてはならないものだったのでしょうね。
しかしグー・ヨウさんの悪者ぶりというのはいつもはまってます(笑)あの目が恐いんだよね。私的にはグー・ヨウさんの北京語を聞いてるだけでいつも楽しい。いや、意味が解るわけじゃないんだけどあの独特の口調は聞いててあきない。

えと若干ネタバレ。

途中から正体が解る乗客の男性がかっこいいです。どきどきはらはらおかしい場面もあって楽しめますが、最後はじーんとさせて締めとなる。うーむ、これぞエンターティメントですね。レネ・リウはかわいいけど、ちと色っぽくないからリー・ビンビンがその分がんばってます。きれいでした。
posted by フェイユイ at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「天下無賊」アンディ・ラウ、レネ・リウ、グー・ヨウ 前半

天下.jpg

ま、また不思議な映画を観てしまった!と言ってもまだ途中だが。作ったのはフォン・シャオガン。中国ではお正月映画でお馴染みという大人気監督さんである。「大腕(ハッピー・フューネラル)」の監督さんだ。(おもしろかったよね)
しかもご本人もちょいちょい映画に出ていらっしゃるらしくチャウ・シンチーの「カンフー・ハッスル」でもヤクザの役で出演してたと。ほえ、また観ねば。

しかしアンディとレネとグー・ヨウさんというものすごい3人である。香港と台湾と中国のそれぞれ代表選手がスリとなって大陸を走る列車を舞台に華麗なるスリ・テクニックを繰り広げる。いきなり、よそ者が見るとその不可思議な宇宙空間に取り残された気がする。なんだか違う惑星のようだ。地球のようでこの星ではないのかも知れぬ。
まず景色が全然異空間だ。ものすごく広い。大陸の人々の中でアンディとレネが浮いている。勿論、グー・ヨウさんはすばらしく不思議だ(笑)いつも不思議空間だもの。そしてアンディ+レネのスリコンビとグー・ヨウ+リー・ビンビンたちスリチームのへんてこな戦いが!アンディとグー・ヨウさんのゆで卵から剥き対生卵を指で割る対決はあまりにも珍妙な音楽とともにあっけにとられてしまう。また。カンフーのようなまた不思議なスリ攻防。
そういうみょうちきりんな争いの中で一人存在感のある少年が。おや「盲井」に出てたあの男の子だ。ここでも心根の優しい田舎モノの少年を演じているのだが、抜群にうまいです。この子だけ地球人だ。
実はこの子がこの映画の中心になる存在で、この朴訥とした少年が一所懸命稼いで田舎にもって帰ろうとしている大金を二組のスリチームが何とかして我が物にしよう、という話なのだ。(おいおい、可哀想じゃないか!)
グー・ヨウさんは上手いけどいつも普通じゃないですね(そしていつも頭が気になるグー・ヨウさんだがここでも白髪から黒髪になったりして妖しい)
レネも相変わらずであのきょときょとした演技がかわいい。アンディはいわずもがな。

しかしこれではなんだか褒めてないように思われそうだ。こんなにおもしろい映画もないと思って観ております。これは日本では上映されてないのでしょうか?中国ではやっぱりの大ヒットだったみたいですね。すごいなあ、フォン・シャオガン監督って。

*スタッフ*
監督・脚本:馮小剛 撮影:張黎 美術:趙京、趙海 
*キャスト*
アンディ・ラウ 劉若英(レネ・リウ)葛優(グー・ヨウ) 李冰冰(リー・ビンビン) 尤勇 ワン・バオチャン(少年)
2004年
posted by フェイユイ at 00:03| Comment(0) | TrackBack(2) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月29日

「見知らぬ女からの手紙」シュー・ジンレイ

姜文2.jpgシュー・ジンレイ.jpg
この美女がこのおっさんもとい男性に恋をする・・・無理か?そういうこともあるかもね。

ネタバレあり。(さらに途中「オールドボーイ」のネタバレあり。ご注意ください)

とても不思議な話なんですよね。ある作家が手紙を開くと衝撃的な文章が書いてあるのだが、どうしてもその女を思い出せない。
一人の少女が隣に住む作家に憧れ時を経て性的な関係を持つまでに親しくなります。だけどそう思ったのは少女の方だけで、元来、放蕩な作家は少女のことをすっかり忘れてしまう。少女はその時身ごもっており、男の子を生む。少女はやがて高級娼婦になり豊かな生活をするようになるが、再会した作家にまだ恋心は消えていない。だが作家の方はかつて愛したはずの女性を全く覚えていないのだ。
うーむ、すごい。ここまですっぽりと記憶が抜けてしまうなんて。シュー・ジンレイ演じる女性の方が長い時がたっても恋心が醒めないだけにその対比ははっきりとします。なんだかSF的ですらあります。普通だったらめそめそ男を思い続けている女と薄情な男という感じを受けてしまいそうですが、シュー・ジンレイがさっぱりした感性の持ち主なのか、全くそんな感じではないし、むしろ最後のシュー・ジンレイのにらみつける目がすごくて(迫力ありました)とんでもない大ボケの姜文が哀れです。シュー・ジンレイのインタビューで「最初、原作を読んだ時は、女が哀れで男はひどい、と思ったが、数年たって読み返したらかわいそうなのは男の方だと思った」と言われてましたが、映画の中の作家さんは(姜文の演技力ですね)まさに情けない男そのものでした。
ラストシーンのカメラが姜文の目からずーっとズームアップしていくと女の顔が窓に映っていてびびりました。こ、怖かった。
まーったく違う映画ですが、韓国映画「オールドボーイ」もこういう大事なことをとんと忘れた男の話で、ひたすらひどい目にあうわけですが、モノは忘れないようにしないといけませんね。どんな怖い目にあうかしれません。(いやこの映画はあんなことしませんよ)

シュー・ジンレイは、初めて観たのですが、さすが中国4大美女の一人だけあってお美しい。しかもこの映画監督をした才媛であります。姜文も久し振り観れてうれしい。いつものパワフルな演技でなく渋い感じに押さえていてとてもよかったです。かっこ悪い感じも上手く出てましたし。少女が恋する相手としてはおかしい、という意見が多そうですが、もしかしたらこの少女は見てくれじゃなく作家というステイタスもしくはそういうイメージに憧れるタイプだったのかもしれませんね。大体、作家さんってモテるからなあ。頭よさそうに思えるでしょ。
それに確かに肉体関係を持つと男が悪い、といわれてしまいますが、この話は少女の方が積極的に恋をして想い続けてるわけですから、作家さんは全くかわいそうではアルのですよね。少女というのは一人で恋をしてしまう、という話なのかもしれませんね。
そういう不思議話が私好みの中国情緒たっぷりの映像のなかでくりひろげられてとてもおもしろかったです。
posted by フェイユイ at 23:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の映画史

今日は私の映画人生、ということでこれまた誰も知りたくないと思いますが、書いてみます。

小さい頃はまあ、テレビでやっていた映画を観るのは好きだった。DVDはおろかビデオも(一般的には)ない時代、テレビでは毎日映画をやっていたと思う。モノは大概アメリカ産。コメディや西部劇なんかが好きでした。ヒーローはジョン・ウェイン。憧れの人はマリリン・モンローでしたね。

中学・高校ともなれば次第に大人びたものを観たくなり、初めて一人で観に行ったのがヴィスコンティの「家族の肖像」だったりする。よく解んない筈だが、それなりに満足してました。ともあれヘルムート・バーガーはかっこよかった。「スター・ウォーズ」が最も愛する映画であると同時に変わった映画も好きになっていく。漫画の萩尾望都さんなどの影響で少年愛とか同性愛に興味を持ち出し、映画でも探し出す。西洋映画には美しいそれらの作品があって少女時代は、ひたすらヨーロッパ映画に夢を描いていた。

20代前半まではあまり趣味的には変わらず、しかし最も映画を観まくった時代。今と違って自由の身だったし(笑)映画館にもどしどし行った。ビデオも借りまくり今以上に観てた。惜しむらくは何にも記録はとらなかったこと。それこそ今のようにパソコンなんてものがあって、ブログなどというものが存在したら、今以上に書きまくってた筈。
ただし、アジア圏の映画は殆ど観てない。というか、「少林寺」とジャッキー・チェンとブルース・リーとキョンシーしか観てない(キョンシーがすごく好きだったwつか、ジャッキーとブルース・リーとリー・リンチェイも大好きだった。なのに他の映画は観ようともしなかったのだね・・・韓国映画なんて考えたこともなかった)とにかくアメリカ・ヨーロッパ映画だけは観まくった(この辺りの映画について興味を持ってくださるような方がいらっしゃるなら、別部屋の「ムーダンの妖しい小部屋」にぼちぼちアップしております。よろしければどうぞ(^^ゞ)

その後、結婚し子供ができると嘘のように映画を観なくなった。泣く泣く観なかった。というのではなくて何だかさっぱり縁を切ったしまった感じだった。仕事もしていたので(今もだが)それどころじゃなかった、というのもある。なのでその時代は10年以上全くと言っていいほど映画をみていない。私の映画史の空白期間だ。したがってそのころ売れていた役者さんはよく知らない。多分この頃から香港映画は盛んになってきたのではなかろうか。だもんで私はすっかり乗り遅れたアジア圏映画愛好家ではある。も少し早く観始めてたらな、と思った時もあったが、まそんなこと言っててもしょうがないからな。

このブログで何度も書いたが、私のアジア圏映画鑑賞の始まりはレスリー・チャンの「ブエノスアイレス」である。たちまち恋に落ちててしまい、しばらくはレスリーへの溺愛生活を送る。
中国語を学びたいと思い始めるのもこの頃、なぜなら、アジア圏映画をより多く観たいと思うなら、(私が映画館に行けない境遇にあるのも関係する)輸入物(日本語字幕なし、ということ)に頼らざるを得ないし、何も解らんで観るよりは少しでも会話を解りたい!それにうれしいことに中国映画DVDには中文字幕がついている!同じ漢字圏民族として、こんなに頼もしいものはない。ありがとう、漢字!
それともうひとつには、レスリーが「自分も映画を作りたいが、作るなら香港だけでなく大陸の人や世界の中国人が見れるよう普通語で作りたい」という記事を雑誌で読んだから。レスリーがそういうなら、広東語でなく普通語を学びたい、と思ったのでした。その夢は叶わぬものとなりましたが。

レスリー一筋に熱をあげてたものの、人間は(私は)貪欲なもの。レスリーの映画を観るにつれ、他の香港映画、中国大陸ものにも興味を持ち出す。しばらくは何を見ていいやら、という楽しくもおぼつかない中国映画探検期間をすごす。この頃観た「芙蓉鎮」「変面」やチャン・イーモウ作品などはやはり中国映画を好きになる者には一応観ておかなくては的作品だろう。見ごたえあるしね。葛優さんや姜文などに興味を持つ。
台湾モノは映画もだが、なんといってもこのブログの最初を飾ったテレビドラマ「ニエズ」により台湾への憧れが。歌手・周杰倫を知るにいたって燃え上がる(映画ではないが)
韓国モノはなんとなく、中国モノと違ってとっつきにくくてしばらく敬遠していたのだが、このブログを始めた頃から夢中に。なので、はじめたときは「藍空」フェイユイと中国的(?)なネイミングにしたのに中身は韓国モノが占めているというおかしなブログになってしまった(笑)

以上、極簡単に我的映画史を語ってみました。書き足したいとこは色々あるけどね。
posted by フェイユイ at 01:57| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月27日

恒例のありがとうございます。

いつも拙ブログへお越しいただいて読んでくださっている方々、さらにコメント・トラックバックをしてくださる方々、ありがとうございます。

皆様のおかげでアクセスカウンターが25000を超えまして(Seesaaのカウントとは違うんだけどね(笑))恒例のご報告(誰も期待してはいないって)
最近の傾向、と言っても前とあまり変わりません(笑)常にトップを占めているのは相変わらずの「カテゴリ・射[周鳥]英雄伝」うーむ、根強い。ありがとうございます。しかし一体どなたがアクセスしてくださってるのだろ。けっこう謎のカウントなのですよねー。
次はこれも変わらずの「イ・ビョンホンのバンジージャンプをする」うう、いくつかエントリあるのでどれか知らないんですが(そこまで調べてない)やはりこれはビョンホン人気の賜物。強いです。いい映画だし。
次第に増えてきたのは「キム・ギドク」関係。特に「サマリア」ですね。しかしけっこう他のもあって自分も夢中なだけにうれしい。(ま、夢中なのしか書いてませんが)
そしていまだに「女のヌード」というので検索されてる・・・「謎の青年」というエントリについ書いてしまった言葉ですよー。
後はジェイ・ジョウ、藍正龍、(張孝全もこの前あった!)などですね。本当にうれしいです。
「トイレどこですか」もあったりして。陳果監督再燃してますし(私が)
毎日のアクセスも上下しつつも少しずつ増えて、感謝です。こんな、最新作のないDVDのみの感想ブログですからねー。語学力ないのに輸入ものばかりだしな。えと、私はほんの少し中国語をかじっている程度で中文字幕をひたすら読んでいるような状態です。したがって、勘違い多し。
後はレンタルだ(DISCASさん、頼りにしてます)テレビということはあまりない。そのまま見る時間がないし、ビデオはあるけど、専用にできないし、DVDレコーダーは買えないから。
こんな、状態のアジア圏映画感想ブログですが、これからもよろしくお願いします。
posted by フェイユイ at 19:50| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

「メイド・イン・ホンコン(香港製造)」後半

サム・リー.jpg
この映画じゃないのかどうかよくわかんないけどサム・リー。かわいい。

熱くていい映画だあ!なんか一回観たように書いたけど観てませんね(笑)これ観てたら忘れるわけないもの。もう今頃何なんですが、サム・リーがめちゃめちゃかっこいい!(笑)かっこいい身体の役者さん選ぶときは絶対サム・リー入れるよ。また、ぴたーとした服着て髪つんつんでヘッドホン、ズボン短くて足首に刺青あるし、手足がひょろ長くてもうめちゃ絵になるんだ。監督インタビューで陳果監督は街で遊んでいたサム・リーの上半身裸をみてその裸に惚れたそうな(笑)「映画に出てくれ、連絡を待つよ」といったけど連絡来なくて(単にホモのおじさんと間違われたんじゃないの?)再度アタックして「でも演技経験ない」ってサム・リーが言うんで2ヶ月間演技指導した、他の男の子は考えられなかったんですと。しかしストック・フィルムを使ってスタッフは5人だけ、スタイリストもなし。と言う状況でよくこんなすごい映画作れたものです。いや、だからこそ、このエネルギーこのスピード感、なのでしょうか。

ネタバレ注意!

映画は中国返還前の不安定な心理状態にある香港そのままに未来の見えない若者たちの心を表しているのでしょう。重い腎臓病の16歳の少女、知的障害者でいつもいじめられている男の子、家族に見放され、ただ一人で生きていかねばならない主人公チャウもそういった香港そのものを具現化しているのでしょう。それにしてもチャウたちは立ち止まったりせずいつも何かを求めてさまよい歩いています。障害者のロンは病気の少女がエレベーターで上がってくるだけで鼻血が出ちゃうし、明日をも知れないペンすらぱっとスカートをまくってロンに鼻血を出させて喜んでいます。ラストについては何だか悲しくなってしまうのだが、勿論3人は香港の具象化であるから、返還によって香港がなくなることを暗示しているのだろう。毛沢東の言葉による「生気はつらつとしている若者」と言うのは香港を示してるわけで。じゃ、香港が本当に死んじゃったのか、というと現に存在しているわけだしね。この映画は香港でとても受けたそうだけどまさに自分たちをこんなに魅力的に表現されてるわけで当然の結果なのでしょうね。

一応最初のお題のキム・ギドクと似てるのか、なんだけど昨日は似てないっていったけど、やっぱり似てるのかもしんない(笑)ていうか確かに表現や明るさなんかは違うんだけど、その芯の部分が通じているのではないか、と思いました。
posted by フェイユイ at 23:22| Comment(4) | TrackBack(0) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「メイド・イン・ホンコン」フルーツ・チャン  前半

メイドインホンコン.jpg

何故急にフルーツ・チャンかというと、この前の「1:99電影行動」で石公さんに「これからはもっと香港モノを観ます!」と約束したのもあるし、キム・ギドクについてshitoさんが「北野武というよりフルーツ・チャンを思わせる」と言われて、私は「私もそう思います!」といったくせに実はもう「メイド・イン・ホンコン」ってどんなだったっけ?(す、すみません)と言う有様で(「ドリアン・ドリアン」と「ハリウッド・ホンコン」「パブリック・トイレット」はよーく覚えてます!あと「餃子」!)慌ててレンタルしました。

で、前半みたのですが、こんなによかったんだなあ。あらためて、フルーツ・チャンが好きに。前半見てての感想としては、意外とキム・ギドクじゃないなと思いました(ひゃは、shitoさんごめんなさい)底辺を生きる人々・若者、汚い感じ、ぎょっとするような暴力表現という同じ題材を扱っては、いるのですが、その映画の中に溢れてるリズムや雰囲気は明るくてすごく楽しい。友達や親との連帯感が全然違うのです。サム・リー演じるチャウはすごく友達思いでやさしくて行動力があって全く自分を惨めに感じていません(ああこのサム・リーの魅力的なこと!こんなに痩せた身体が素敵に思えたことってない!このサム・リーを見た人はみんなそう思うんだろうな。いつもパンツを低く下げてはいてるんで腰のなんというのか付け根の線がくっきりと見えててものすご色っぽい。頭の弱い友達(子分?)のロンが学生たちに痛めつけられてるのを助けてやり汚れた体を洗ってやるシーンなんてすごくいい)

似ていると思わせるのに何か違う。それは韓国人と香港人との違いなのでしょうか。フルーツ・チャンが描くと画面には熱気や汗、匂い、いつもがやがやとうるさい音、が溢れています。また、はっきりとした話作りをするキム・ギドクと違って陳果(こっちが短かったw)はぐちゃぐちゃと話が混ざり合ってるようでおもしろくて大好きです。私としては陳果の映画のほうがとても映画としての楽しさに満ちている、と思います。

別に比較せずともいいのですが、ここではあえて好きな二人の監督を比べてみました。かいつまんで言うと同じような曲を弾いてはいるがその音色は全く違う、というような。
でも、解りませんね。ここまであくまで前半なので後半を観てまた感想を続けたいと思います。
posted by フェイユイ at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月24日

「悪い男」再びそして後半

Bad Guy4.jpgBad Guy2.jpg

今日も全部最後まで書いてしまいますのでよろしくお願いします。

ソナは変わっていく。売春宿の前でねぎの皮をむく女たち、手伝おうと言うハンギの子分。ソナもそれを手伝おうとする。束の間のほっとする時間だ。

だが、すぐに運命は大きく変わっていく。以前この街で荒稼ぎしていたダルスというヤクザが出所してきたのだ。ダルスはソナに目をつけ部屋へ向かう。ハンギと子分たちはすぐに駆けつけソナからダルスを引き離す。ダルスの子分がハンギの頭を石で殴る。ハンギは落ちていた紙を折りたたんで先を鋭く尖らせその子分の喉をさすのだ。(キム・ギドクの映画はいつもどこかしらおかしいのだが、石と紙で喧嘩しているという図がなにかしらおかしい。グーとパーだから?)

ソナは積極的に客に声をかけて呼び込むようになる。ハンギはそんなソナのほうへ歩いてくる。と、そこへダルスの子分が抱えるほど大きなガラスの破片をもってハンギの腹を刺す。叫ぶソナ。おびただしい血がハンギの体から流れる。ハンギはじっとソナを見つめる。

ソナの心は次第に変わっていくのだ。怪我をしたハンギの帰りを待つ。また子分がやったダルス殺害の罪で刑務所へ入ったハンギをソナはののしる。すぐに出てきてと。ハンギがいない間、ソナは荒れ狂ってしまう。店の姉さんがソナにいう。ハンギは今日出所したと。それでソナは突然落ち着いてしまう。そして鏡を見る。鏡の裏にはハンギがいて中からライターをつける。鏡越しに互いの姿が見える。そうだ。この時二人を隔てていた鏡ソナからは見えない鏡が取り払われ互いの姿が見えるのだ。このときのハンギの顔はこれまでに人に見せたことはないであろう悲しげな表情だ。ハンギの顔が映るのをみたソナは激しく鏡を打ち割る。ソナ自身が二人を隔てていた鏡に穴を開けたのだ。

ハンギとソナは同じ部屋の中にいる。ソナはハンギの顔を叩き泣き出す。ハンギはソナを抱きしめる。ソナもハンギの体を抱く。指は鏡を打ち割り血が流れて痛々しい(実際この時ソナ役のソ・ウォンは怪我をしてしまったらしい)

ハンギはソナを売春宿から解放する。二人は初め出会ったベンチに座る。女子大生であるソナの隣にヤクザのハンギが座ったことで、ソナがハンギを蔑んだ目で見たあのベンチだ。ソナはそっとハンギの手を握る。だがハンギはその手を離し去っていく。

ソナを手放したことを恨む子分はハンギをののしる。ハンギは初めて言葉を口にする。「ヤクザが何が愛だ」とかすれる声を出して去る。子分はハンギの後を追う。川べりで小用をたすハンギの腹を子分は刺す。だが、ハンギははじめから解っていたかのようにその刃物を深く受け入れる。子分が逃げ去った後でそのナイフを砂の中に隠すハンギ。ハンギはかつてこのような気持ちを持ったことがあったのだろうか。

深く刺されたはずのハンギが起き上がる。このシーンはとても不思議だ。またもやキム・ギドクの魔法なのだろうか。子分の刺し方は確かに致命傷と思えた。ハンギは死んだ、と。だがハンギはゆっくりと起き上がり汚れた服を取り替えさえする。

ソナは家に帰ることもなくさまよっている。誰から命じられたわけでもないのに、通りがかりのトラックの運転手とセックスをする。多分、海まで連れて行ってくれることと引き換えに。

ソナが向かったのはハンギと来た浜辺だ。あの時赤いワンピースの女が座った場所にまた座ってみる。ソナは何気なく砂を掘ってみる。すると奥から写真の切れ端が出てきたのだ。それは以前拾った、欠けていた男女の顔の部分だ。それはソナとハンギの顔だった。

最初、見た時この女性はなんなのだろう。ハンギの昔の恋人なのか、と思った。しかしこの赤いワンピースの女性はソナ自身なのだろう。あの時見た女は時間を越えて二人の前に現れたのだ。なぜならハンギが誰かを愛したことがある、とは思えないからだ。ハンギはソナに会うまで誰も愛さず誰からも愛されたりしてはいないのだ。

ソナは赤いワンピースを買いに浜を離れる。そしてハンギが浜へたどり着く。不思議なことに服には血のあともないし、痛みもないようだ。ハンギはそこに座る。ソナが赤いワンピースを着て登場する。ソナはハンギの側に座りそっと寄り添う。ハンギはソナの方を優しく抱く。

二人は一台の赤い幌のトラックのなかに布団を敷き男を呼ぶ。そしてソナが男と売春をしている間、ハンギは海を見ながら待っているのだ。そして事が終わるとハンギはトラックの中のベッドを整える。二人は赤い幌のトラックに乗り込み、旅に出る。

美しいラストシーン。ソナとハンギはもう離れることはない。でも、これは本当なんだろうか。
ハンギが子分から刺されたあの瞬間、やはり、ハンギは死んでいたのではないか。その後の映像はひどく幻想的だ。刺されたハンギが何事もなかったかのように歩いてくる。赤い幌のトラックで売春のたびに出る、というあり得ない物語も夢だからではないか。では、二人が見た海に入っていく赤いワンピースの女はソナの姿なのか。ハンギを失ってしまったソナは海に入っていってしまったのか。違う魂を持った二人が出会って一つに共鳴してしまった、そのことは許されないことなのだろうか。キム・ギドクはひどく意地の悪い笑顔をして、よく考えて、と言っているようだ。
posted by フェイユイ at 23:39| Comment(5) | TrackBack(2) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

「悪い男」再びそして前半

Bad Guy3.jpgBad Guy7.jpgBad Guy6.jpg

全部書いてしまいますので、未見の方は注意してください。


2度目と言っても何度も見てるような気もするし、久し振りのような気もする。でもやはり久し振りに観たのだろうな。最初のチョ・ジェヒョンを見て昨日見たチョンへとあまりに違うので驚いてしまった。昨日のジェヒョン=チョンへの饒舌で可愛らしかったのに対して「悪い男」のジェヒョン=ハンギのまるで腐りきってしまっているかのような悪党ぶりはどうだろう。
何も知らない女子学生ソナを自分をにらみつけた、と言うだけで売春宿に送り込んでしまうような男である。二人の子分を使ってそれらのことをやらせるようなやくざである。(たとえ、追加として男たちに殴られ、彼女から唾を吐きかけられたといってもそれは自分がやった人前で強引にキスをした結果である)その汚さを女学生ソナは酔いつぶれてハンギの腕に吐瀉物を吐き出すことで表現している。

ソナが出来心で目の前に置かれた財布を自分のものにした、という行為の代償はまだ21歳でしかない彼女の人生を犠牲にするものだった。清純な彼女が売春宿に送り込まれる過程は見ていても大変に惨たらしくつらいものだ。女性なら何故あのくらいのことでこんなにもひどい目にあわせられるのか、と憤りを覚えるだろう。それもみなハンギをにらみつけた一瞬から始まったこと。全てはハンギが仕組んだおぞましい罠なのだ。

ハンギにはのどに大きな傷がある。そして言葉を話さない。それはその傷のためのように思われるが、ハンギは話せない、のではなくて話さない、ということらしい。
ハンギは一言も話さない。それで観客は全てを想像することになる。ハンギはソナに好意を持ったはずではないか。なぜこんなにもひどいことをするのだろうか。それともハンギは全くソナを好きになったりはしなかったのか。ただ彼女の自分を軽蔑した視線に対しての復讐だったのか。では何故ソナが別の男に抱かれている時、ハンギ自身が苦しんでいるかのように見えるのか。売春宿であてがわれたソナの部屋にはマジックミラーがはめ込まれており、彼女側からは鏡として見えるものが、裏の小部屋からはハンギが中の様子を覗けるようになっている。そこからハンギは自分につばを吐いたソナが他の男(あるときは自分の子分)に抱かれている様を覗いているのだ。が、その表情は苦悶に満ちており、とても復讐を楽しんでいるとは思えない。

ソナはハンギの計略を知り、怒り狂う。が、結局この売春宿から逃れられないのだと意を決したかのようにかつらをかぶり真っ赤なルージュを引く場面がある。この時、ソナは知らぬうちにハンギが見ている鏡に近づき顔を寄せる。ハンギはそっと恥らうかのようにソナの頬にキスをする。鏡越しに。ソナは知らず、目を閉じる。この映画の中で美しいシーンの一つだ。

ハンギの子分の一人がソナを好きになったことを利用して、ソナは売春やどの脱出を図る。が、すぐにハンギに捕まってしまう。二人は浜辺へ行く。この浜辺は「悪い女(青い門)」でジナが座った浜辺だ。赤や緑の光が眩い売春宿通りとは違い、この浜辺には色彩がない。どんよりと曇っている。その海に一人赤いワンピースの女の後姿がある。髪が長くソナの後姿にも似ている。不思議な光景である。
浜辺にソナとハンギは並んで座る。最初出会いのとき、ソナはベンチに並んで座ろうとしたハンギを嫌い、にらみつけた。ここで二人は砂の上に並んで座ったのだった。それはソナの心が変わっていく過程だった。
また女の座った後にはばらばらにちぎられた写真が埋められていた。ソナはその写真を急いでポケットにしのばせる。
ソナは抵抗を見せるがハンギはソナを元の売春宿へ連れ戻す。

ソナはばらばらにちぎれた写真をつなぎあわせてみる。だが、男女の寄り添った写真が2枚だとは解るがその二人の顔の部分だけが足りない。ソナはそのままその2枚の写真を鏡に貼り付ける。

ハンギは再びソナの部屋に行く。今度はハンギの子分(ソナを好きになった奴ではない方)がその様子を覗いている。
ハンギはただベッドに横たわりソナの手を握りしめ、やがて安心したかのように眠ってしまう。戸惑うソナもベッドからは降りたもののその傍らで眠りに付く。ハンギはまるで胎児のように体を丸くして眠っている。

やはり辛くて苦しい物語だ。売春婦にさせられたソナは勿論だが、ハンギの苦しみ方は何なのだろう。後日、続けます。多分、明日。
ラベル:キム・ギドク
posted by フェイユイ at 23:44| Comment(0) | TrackBack(2) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「野生動物保護区域」2度目

野生動物.jpg
香港製なのでこういうタイトルでございます。

ホントはまずデビュー作「鰐」を観たかったのだけどまだ字幕DVDは手に入らないので2作目から観ていこうかと思います。

前回は字幕なしビデオだったのですが、今回中文字幕付きDVD。中文とはいえ意味が少しでも解るのはありがたい。と言うか全然違います。前回観た時は退屈にさえ感じたのですが、今回はまるで違う映画を観ているかのようでした。

前回観た時に書いたことを繰り返し書くかもしれませんが、思ったことを書いていってみます。ネタバレにはなりますのでご容赦ください。

舞台はフランス・パリ、画学生をしながらコソ泥などして生活しているチョンへ(チョ・ジェヒョン)と北朝鮮からの脱走兵ホンサン(チャン・ドンジク)が出会い、暴力団の一味になり人々を襲い金を巻き上げ、また自分たちも殴られ血を流しながら生きていきます。その有様はなんの救いもなく耐え切れぬことのように思えます。

この作品では後の作品の原型になると思われる要素が多々表現されています。出だしの針金細工は「魚と寝る女」をストリップショーのマジックミラーは「悪い男」のそれを。またこのミラーは男と女の愛を隔てまた導くための鍵として用いられています。また水の中の撮影、画学生であるチョンへがホンサンの似顔絵を描くことが愛情の表現になっていること。など繰り返しキム・ギドクの様式とも言える原型がこの映画の中にあります。

逆に他の映画と全然違うと思えるのは男同士の友情が描かれていることです。チョ・ジェヒョン演じるチョンへはくどいほどホンサンを裏切り肉体的精神的また金銭的にも卑劣なことを繰り返すのですがホンサンはチョンへを許し、自分を笑ったフランス人をやり返したことに感謝する表情さえ持ちます。チョンへはとうとう「俺を殴れ」と言いますが、ホンサンは笑ってチョンへを固く抱きしめます。小柄なチョンへは背の高いホンサンの肩の辺りにすっぽりと収まってしまいます。チョンへはただたくましいホンサンの胸の中で涙を流すだけでした。

このときのチョ・ジェヒョンはすごく可愛くて思わずかばってやらなければならないような男を演じています。他の映画例えば「悪い男」や別監督の「清風明月」の時には気づかなかったのに随分小柄に思えます。そのため、北朝鮮の脱走兵ホンサンがすごく背が高くてたくましくかっこいいんです。目がすごくよいですね。フランス人のボスも「お前は目がきれいだ」と言っておりました(笑)

確かにもっと上手く見せる方法もあるだろうし、全体に切れ味が悪いのかもしれませんが、字幕つきで観てとてもいいと思いました。一つ気になったのはホンサンが一味の一人をボスから消せと言われてひとり赴き、恋人と眠っているところに針金で細工をして自ら手を下さずにそいつを殺す(結果女の方に当たってしまうのだが)という緊迫した場面で右下の方にマイクらしきものが見えている・・・まさか!そんな初歩的な間違いをするものでしょうか?でもなぜかマイクが見えてるしなあ。なんだったのでしょうか、アレは。写ってたとしても処理できますよね。私の気のせいか、解る方がいたら教えてくださいな(笑)いやこれは揚げ足取りです、ごめんなさい。

物語にはフランスに住む韓国人女性(幼い時幼女としてフランスへやって来て捨てられたと言う身の上らしい・韓国人は外国人に養子にされることが多いとも聞く)が登場し、ホンサンが心を寄せる存在となる。彼女はストリップショーをしている踊り子で恋人に命じられクスリの運び屋をしているようだ。彼女の恋人エミールはチョンへに殺され腕時計を盗られる。目隠しをされ恋人の血を舐めてその死を知るという演出がなされる。あとでこの盗んだ腕時計で彼女は誰が恋人を殺したのかを知る。

男の友情はラストまで続きます。抱きしめあった二人は棲家にしている船のうえでのんびりと幸せを味わい、ホンサンはチョンへに絵をかけるように用意をしてあげる、というまさにハネムーン状態なのだが、一転、暴力団一味、ホンサンが殺しそこなった男が仲間とともにチョンへ・ホンサンを殺しにやってきたのだった。二人は海を臨むがけっぷちに追い込まれ互いの手に手錠をかけあい、抱き合って袋の中にはいるよう命じられる。そして崖から海へ放りこまれるのだ。このとき裏切り男チョンへは自分の親指を切り取って手錠をはずし、ふたりは助かるのだ。

再び街の中を笑いながら歩く二人は幸せそうだ。その時、恋人をチョンへに殺されたローラが二人をピストルで撃ち殺す。おびただしく流れる二人の血はどこからか流れてくる水に薄められながら排水溝へと落ちていくのだった。

見所は色々あると思うのですが、私としてはホンサン役のチャン・ドンジクがめちゃかっこいいこととチョ・ジェヒョンが他では見れないくらい可愛いというのが、よかった。二人の友情も熱々ですごくいいですね。とにかくギューっと抱きしめられるチョ・ジェヒョンがみれました(笑)




posted by フェイユイ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月21日

「1:99 電影行動」

images.jpg1:99.jpg

実はよく内容も見もせず、「お、フルーツ・チャンも噛んでいるオムニバス映画かあ」などと思い込んで借りてしまったwトンでもない。コレは香港・中国を襲った新型肺炎SARSの流行で打撃を受けた香港社会を元気づけようと、香港電影工作者總會が企画したキャンペーン「1:99電影行動」。映画監督15人によるショートフィルム11編は、いずれも香港市民を励ます内容のものだ。香港特別区政府も支持するこのキャンペーンは非営利で運営され、経費を除いた後の収益は慈善団体に寄付される、というものだった。

出だしの「狂想曲」からしてジョニー・トー監督アンディ・ラウを筆頭にサミー・チェン、ラウ・チンワン、チャップマン・トーらが歌い踊るという、のりのりのミュージカルもの。2番目の「子豚は体調不良」はフルーツ・チャン監督サム・リー、shine出演というまたこれもフルーツ・チャン独特のあのタッチで描く香港の匂い立つようなw映像です。3は可愛い男の子の可愛らしいミュージックビデオ風。4、ツイ・ハークはアニメです。5の「香港必勝」はチャウ・シンチー愉快です。なぜかメイキングの時のチャウ・シンチーがかっこいい。6、「ミス香港は誰?」は一番可愛い人がミスに選ばれますよ。7、「飛んでる家族」「インファナル・アフェア」の時とは違うアンソニー・ウォンがみれまする。8、「運よ、開け」かっこいいアーロン・クォック、ウォン・ジーワー、パロディです。9、「マクダルの1:99」星の王子様に扮した子豚がかわいいです。くしゃみをするカモも。10、「2003年春・追想」コレを見たくて借りるもしくは買う人もいるかもね。ピーター・チャン監督トニー・レオン出演なぜかしらんコレだけはすごくシリアスでまた可愛らしくもかっこいいトニーがみれますよん。カメラもクリストファー・ドイルという凝りよう。本人も出演してます。やはり映像が美しい。最後の11はスター総出演といったかんじで香港でのさまざまな困難を乗り切った歴史を振り返りながらそれでも香港は負けない!最高さ!という力強い言葉を投げかけてます。

全く香港人の明るいエネルギッシュなフィルムでした。あの恐ろしいSARSに襲われた直後とは思えないほど。またオリジナル版やメイキングも付いていて見ごたえあります。
特にメイキングの最初に、2003年香港アカデミー賞授賞式でエリック・ツァンの「今、香港はSARSに襲われ、また親愛なる張国栄を失い・・・」というスピーチがあり、はっとしました。エリック・ツァンの続けて言った「辛い出来事に全てを放棄したくなった」という言葉にレスリーはやはりそういう存在の人だったのだ、と胸が詰まる想いでした。

時間にすればごく短い11篇なのですが、香港の困難を笑いで吹き飛ばす根性と底力をみせつけられます。何でこんなに楽しいのだ?

作品リスト

「狂想曲」 監督:杜[王其]峰(ジョニー・トー)、韋家輝(ワイ・ガーファイ) 出演:劉徳華(アンディ・ラウ)、鄭秀文(サミー・チェン)、劉青雲(ラウ・チンワン)、杜[シ文]澤(トー・マンザッ)、林雪(ラム・シュッ)
「小豬不舒服」 監督:陳果(フルーツ・チャン) 出演:Shine 、李燦森(サム・リー)、嘉嘉龍
「向好看」 監督:陳徳森 出演:薛立賢
「信不信由[イ尓]」監督:徐克(ツイ・ハーク) 原作:王澤 出演:老夫子、大蕃薯、秦先生、陳小姐
「香港必勝」 監督:周星馳(チャウ・シンチー) 出演:Jenny Yip、元秋、呉凡、洪維濤、蘇醒、李漫芬
「誰是香港小姐?」監督:馬偉豪(ジョー・マー) 出演:陳奕迅(イーソン・チャン)、胡楓(ウー・フォン)、張英才、周麗淇(ニキ・チャウ)、何韻詩(デニス・ホー)、應釆兒(チェリー・イン)、李蘢怡(ティファニー・リー)、劉思惠、茜利妹、Mini Cookies、趙頌茹
「我的飛行家族」 監督:羅啓鋭、張婉 出演:黄秋生(アンソニー・ウォン)
「等運到」 監督:林超賢(ダンテ・ラム) 出演:郭富城(アーロン・クォック)、梁詠[王其](ジジ・リョン)、黄子華(ウォン・ジーワー)、何超儀(ジェシー・ホー)、黎姿(ジジ・ライ)
「麥兜 1:99」監督:謝立文 声の出演:林海峰(ジャン・ラム)、the Pancakes、陳浩峰、香港童聲合唱天地
「2003春天…的回憶」監督:陳可辛(ピーター・チャン) 出演:梁朝偉(トニー・レオン)、原麗淇、杜可風(クリストファー・ドイル)、張堅庭、杜[シ文]澤、田蕊[女尼]、呉君如(サンドラ・ン)、黄貫中(ポール・ウォン)、張同祖
「輝ける未来」監督:劉偉強(アンドリュー・ラウ) 、麥兆輝 出演:劉嘉玲(カリーナ・ラウ)、呉鎮宇(フランシス・ン)、黄秋生(アンソニー・ウォン)、余文樂(ショーン・ユー)、曾志偉(エリック・ツァン)、劉徳華(アンディ・ラウ)、張學友(ジャッキー・チョン)、陳冠希(エディソン・チャン)
posted by フェイユイ at 23:09| Comment(11) | TrackBack(4) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月19日

周迅の「美人依旧」後半

ジョウシュンアップ.bmp
(これは映画ではありませんが可愛いので。なんだか周に弱い私)

フーアン.jpg

中華情緒たっぷりの映像ですが、なかなか忍耐を試させられますw制作にはアメリカも加わっているようですが、むしろヨーロッパ映画の雰囲気があります。

ネタバレです。しかし中文を読んでのことなので多分大いに勘違いあり。

お金持ちの父が亡くなって屋敷に戻ったシャオフェイ(周迅)はずっと慕っていた姉イェンツィ(ヴィヴィアン・ウー)との再会を喜ぶのですが、姉はシャオフェイを利用するだけで恋人ホアン(王志文)と外国へ行って結婚しようとしていた。むかついたシャオフェイは姉の恋人ホアンを自分のものにしようとするが。というとなんだか、よくある女同士の嫉妬劇のようですが、おやコレは結局姉と妹が仲良くなるためにホアンさんが使われたようで。最後には姉と妹がにっこり笑って手をとりあってると言う、結局この姉と妹が仲良くなるお話だったわけですね。うーん、なかなか凝ってますね。耽美を堪能したい時はいいかもしれませんよ。

周迅は文句なく美しくて雰囲気あります。王志文を見たい方もまたいいことでしょう。中国のこういう雰囲気にたまには浸りたくなる私です。
ラベル:周迅
posted by フェイユイ at 23:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジェイはしげのさんに気に入られたか?

整列.jpg
(写真は記事と直接関係ないんですけどね。ジェイこじんまりと立っていて可愛いです)


映画「イニシャルD」を原作者のしげの秀一さんが気に入ってくれたそうでひとまずよかったね(ふ〜)


当分ジェイの話題はこれだね。しかしコレもあるが、こちらはもう私には何も言えぬ事ゆえ、ジェイにおまかせしますわ。しかし周りうるさすぎ。独身の若者なんだからさ。同情しちゃうよ。
posted by フェイユイ at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

「美人依旧」周迅 ・前半

美人・а2.jpg美人・а1.jpg

周迅目当てで買っちまいましたよ。内容は全く知らないでいたのですが、なかなかアンニュイでよいです。つーか、こういう中国のお金持ちの退廃的な雰囲気と言うのがやはりたまんなく好きですねw

40年代、青島を舞台に退廃的ムードと妖艶なチャイナドレスが美しい。資産家の父を失ったイェンツィ(ヴィヴィアン・ウー)は、遺言に従い、かつて追い出した腹違いの妹シャオ・フェイ(ジョウ・シュン)を家に呼び戻す。15年ぶりに一緒に暮らし始め、徐々にお互いに愛情を持ち始める2人。しかし、イェンツィが想いを寄せているカジノ経営者のホァン(ワン・チーウェン)が、シャオ・フェイを気にするようになってから姉妹の歯車が狂い始める。と言うお話。

周迅の美しさはわかってるとはいえ惹き付けられますね。粗末な服でバラッとした髪でも(むしろそちらの方が)可愛らしい。また王志文もまたなんとも雰囲気のある伊達男振りで素敵です。
シャオ・フェイの友達役の女の子は「橘子紅了」でえーとジョウ・シュンの嫁ぎ先の姪っ子(?)(大太太といつも一緒にいた)あの子じゃないのかな?よくわかんないけど。
王志文は「北京ヴァイオリン」の先生だった人。監督の胡安は「西洋鏡」の監督さんですね。

監督(女性)胡安 出演 周迅、王志文、ヴィヴィアン・ウー 
ラベル:周迅
posted by フェイユイ at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キム・ギドク、チョ・ジェヒョンと共演

またここのニュースですがw一体どんなCMなのでしょうか?うーん、きっと男臭い感じなのでしょうね(くす)
posted by フェイユイ at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キム・ギドク監督の「弓」公開!

弓.jpg

おお!もう韓国では公開されてるのですねえ。仕事が速いなあ。しかし、
コレって多いのか、少ないのか?
「小規模公開」戦略、とあるからには、コレでいいのでしょうね。第1週目だし。996人って・・・。キム・ギドク氏としては順調なのでしょうか?ね。

それにしてもはやく観たいぞ。
posted by フェイユイ at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月17日

第18集・栄慶、皇帝になる

ネタバレなタイトルでしたが、中身もネタバレです。

瑞王のわがまま娘は皇太后に会い、栄慶との結婚を褒美に武昌の張之洞にあって皇帝交代を認めるよう勧める役を仰せつかる。

思い悩む栄慶に元六兄貴はやめるよう説得する。隠れ聞いていた遊女の英児は飛び出していってふたりをなじる。また付き人の章徳順も煮えきらぬ栄慶に嫌気が差し、密勅を返させる。行き場のない章さんは首をつって死のうとするが思い直した栄慶がコレを止め、兵士が捜しに来たことを元六さんが教え、4人は別の場所へ移る。

瑞王は栄慶の叔父・恩海を男装したわがまま娘の護衛として頼み、武昌の張之洞に会いに行かせる。

武昌の張之昌に光緒皇帝の味方になって欲しいと頼みに行く栄慶たちだったが、けんもほろろに追い返されてしまう。ここで英児は妙案を思いつき年頃の似ている栄慶に皇帝の振りをさせるのだった。最初は嫌がる栄慶だったが、他に皇帝を守る道はないと皇帝の演技をする。張之洞はすっかり栄慶が光緒皇帝であると信じてしまう。よく考えても皇帝に違いないが何故突然こんなところへ。だが、北京からの報告に「衛士ら何人かが武昌へ向かった」とあり、栄慶たちを本物と確信する。そして、馬くんに命じて他の総督らにも「皇帝廃立反対」を提案する。満足する張之洞だったが、そこへなぜか北京よりの使者・乾清門の衛士を名乗るものが訪ねてくる。

出演 スーチン・ガオワー、レネ・リウ、朱旭、ホアン・ハイビン
posted by フェイユイ at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 西太后の紫禁城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それって、バイってことですか?

指輪.jpg

こんな記事がありましたよ。

だから何?と言われたら困るが。初めて聞くわけではないし、そうなのかなあ?と思わなかったわけでもないが。んー、結局、私は期待しているわけなのか?親友の劉畊宏がマッチョであるから、とか。この前、美女と噂があったばかりなのになあ。とりあえずゲイでもストレートでもバイでもかまわないよ、ジェイが何であってもね。
posted by フェイユイ at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

第17集・章徳順の計略

今回はなんだかはらはらドキドキ。おまけにちょっと怖いです。なぜかしらこのドラマはホラーの要素ありなんですよ。しかもマジで怖い。なぜ?
ネタバレ。

茶水章の章徳順は光緒皇帝陛下に珍妃の髪飾りを渡します。愛おしく髪飾りを撫でられる陛下に章は「王商の代わりに陛下にお仕えします」と言う章に陛下は礼を言ってひざまずこうとします。慌てて押しとどめる章でした。そして章は陛下に「珍妃様に会わせて差し上げます」と言うのでした。

瑞王のわがまま娘は栄慶がいなくなってしまったことに腹をたてモノに当り散らし宝の掛け軸を燃やし家も燃やしてやる!と父親・瑞王を脅します。それが嫌なら栄慶を連れ戻せ、とわめきたてます。娘に弱い父親はうなづくしかありませんでした。

章は手はずを整え、夜の闇に紛れて陛下を小船で渡らせ、珍妃に会わせます。ところが勘の鋭い皇后は李蓮英の「珍妃は絶食をやめ食事を取りました」の一言で珍妃の住処に向かうのです。もうここは心臓どくどくです。陛下は未練たっぷりで珍妃の手を離そうとはしません。皇后は輿に乗って珍妃が眠っているのを見、次に皇帝の住処へ行くのです。ここでなぜか吟児が
「ワンアル姉さん。ワンアル姉さん」と叫ぶのです。ぎょっとする皇太后。ここはなぜだかすごく怖い場面です。

急いでもどった陛下と章でしたが、最後に章は片足を水につけてしまいます。皇后が部屋へ入る前に皇帝は寝台についてはいましたが、章はずぶぬれになった片足を拭いているところでした。目ざとい皇后と李総監がそれを見逃すはずはありませんでした。

翌朝、皇后が瑞王に皇帝の交代の命令をしていると(だが皇后は巷に皇帝交代の噂があると聞いてその噂を押さえようとします)李総監が「章徳順が脱走した」と告げにきます。

ここで皆様、なんと!あの朱旭さんの女装姿が見られますぞwいやこんな背が高いおばさんバレルって。とにかく女装姿の章さんは無事検問を通過し、逃げ延びます。そして途中で待っていた遊び女の英児と落ち合います。目指すは栄慶でした。

その頃、栄慶は元六兄貴とともに武芸を見せてお金を稼いでいるのでした。そんな栄慶を英児は章のところへ連れて行きます。章は栄慶に陛下の血で書かれた詔を渡すのでした。「私を救え」と。

吟児は皇太后に呼ばれます。そして珍妃と皇帝について聞かれますが、話そうとはしません。皇太后は吟児に自分をどう思うか聞きます。吟児は「皇太后様は自分の父親に似ている。ひどくしかるがそれは期待をしているからだ」と。皇太后は「それはどういう意味だ」と問われるのでした。

出演 スーチン・ガオワー、レネ・リウ、朱旭、ホアン・ハイビン
posted by フェイユイ at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 西太后の紫禁城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月15日

キム・ギドク「空き家/3−Iron」「青い門」と韓国映画への疑問

キム・ギドク監督の作品を一通り見終え、また折々に見直してみたいと思っているのだが、ここで少しわたしなりのキム・ギドク感を書いてみたい。といっても多分今までのまとめ的文章になるだけと思いますが。なお、そのために全体にネタバレは必至ですのでよろしくお願いいたします。

キム・ギドク作品で初めて観たのは最新作の「空き家」です。しかもこの時、私はキム・ギドクと言う名前も全く知らず、当然彼の評価など知るわけもありませんでした。ではなぜ彼の映画を観たのか?それは今となっては偶然としかいえません。これは私にとって最良の条件・タイミングだったと思います。なぜなら韓国映画というものを短い期間とはいえ経験してから観ることができたわけで(これはあくまで私にとって、ということで韓国映画を知らなければ彼の映画が解らないということではありません)また何も知らなかったので全く無垢のまま「空き家」を観る事ができたからです。

「空き家/3-Iron」は衝撃でした。その感動は今、思い出しても溢れてきます。うれしいことに「空き家」にはセリフが殆どなく全くストレートにその思いは私に伝わってきたと信じています。(これは私が韓国版DVDを見たからです)今、思い返せばキム・ギドクの作品の中で「空き家」は最も洗練されていてキム・ギドク世界を精製したともいえる作品なので初体験にはもっとも優しく入れる扉だったのではないでしょうか。もし私が始めて観たのが「悪い男」もしくは「コーストガード」であったらこんなにたやすくギドク監督の世界を受け入れることができたのか、よくわかりません。多分難しかった、と思います。なぜならキム・ギドク世界はその核に触れる前に強制的なセックスと残酷なまでの暴力性という最も忌むべきものに触れなければいけないのです(この二つはキム・ギドクのみに関わるわけでなく、韓国映画の最も悪しき特徴である、と私は感じています。ただそれがまた韓国映画の魅力にもなっているのですが)「空き家」ではこの二つの呪縛が解かれてしまったかのようで核を閉ざしてはいません。しかもギドク監督らしいユーモアのセンスもまた上質に現されていて作品を見やすくしています。

何も知らなかっただけに「空き家」を見た時、私は「この映画監督はとても女性的な男性で、もしかしたらゲイなのかもしれない」と考えました。なぜなら映画における視点が完全に人妻である女性のものだったからです。暴力を振るう夫は滑稽で愚かにしか描かれていませんし、それに人妻が恋する青年は(この青年は現実とも人妻の夢とも取れるのですが)すばらしい美青年で裸体を惜しげもなく披露します(まあ、韓国映画では割と美男子がその肉体を誇示することは多いですが)青年は韓国では珍しくオートバイに乗って人妻を連れ去ります。オートバイは(これは全く私の好みにしか過ぎませんが)ゲイ的な要素の強い乗り物でもあるし、映画の全体の美しい絵画のような雰囲気(これも後でギドク監督が画家志望なのを知る)でこんな美しい映画を撮る人はゲイに違いない、と思ったのです。まあ、これは今となっては何ともいいようがありません。そうなのかもしれないし違うかも知れない。とにかくこれ以前の映画を観たら、全く違ったわけですから。

2番目に観たのが「青い門」ブログを見て貰うと解りますが、「空き家」を観た後、「この人は本当にいいんだろうか」などと心配していました。他のが嫌いだったら悲しいな、なんて。2番目が「青い門」だったのもまたうれしいことでした。ワケはこのテーマが女性同士の友情、それはもしかしたら恋に近いものかもしれない、というものだったからです。
これも全く独り言なんですが、私の願望で「女同士の友情の映画、しかも一人が売春婦である」というものを観たい、というのがあったのですよ。こういう映画が他にあるのか知らないし、いっぱいあるじゃないか、なんていわれると困りますが、私は見たことがなくて、とてもそういうのが見たくてずーっと期待していました。だれか作ってくんないだろうか。この「青い門」は私が思っていたそのものでは勿論ありませんが、もっとリアルに描いてあると思っています。最初仲が悪い時はどうなるかと思っていましたが、大学生ヘミの売春婦ジナへのその反感が、好きだからこその裏返しだと解って次第に二人が心を近づけていくくだりはもうドキドキしました。ここではキム・ギドクらしいw性と暴力が表現されていますが、女性同士の友情に目を奪われていた私には男たちのセックスなどどうでもいいことでした(といえば男性を傷つけるのかな、すみません)

後はもうキム・ギドク世界に入っていくことに恐怖を覚えることはありませんでした。性と暴力はキム・ギドクが自分を隠す盾のようなものでしょうか。だが次第にそれは監督自身が取り外されていかれたのだと思います。韓国映画において性と暴力がここまで露骨に表現されるのは何故なのか、キム・ギドクもその一人だったに過ぎないのではないだろうか、ではなぜキム・ギドクはその表現を捨てたのか(今回だけであって、次の作品はやはり、かも知れませんが)ただし、ここでも私はキム・ギドク監督を弁護しますが、ギドク監督の性・暴力は他の韓国映画におけるそれとは違うと私(あくまで私です。私の好みにしか過ぎません)は思っています。「痛い」と言われる「魚と寝る女」の女が自分の性器に針をかけるのも女の心を映した表現だからです。

《他の韓国映画の多くにおいて性・暴力の露骨な表現は単に色つけに過ぎないと感じ、嫌になります。これも私の好みだけの言い分だとは思いますが。この文章は言い過ぎと感じる方もいるかもしれません。だけど韓国映画の残酷趣味はどうしても受け入れがたいものがあってそれが全体の作品の低下になるのではないか、と思う時が往々にしてあります。逆に例えば韓国映画である「殺人の追憶」などではそういう残酷趣味が表現されてはいません。猟奇殺人と言うストーリーなのに》

上の文章は余談ですが、自分としては韓国映画に対して最も感じる疑問です。ただ、それに人が惹きつけられるのも解るので、困るのですが。

以上、私のキム・ギドク作品で愛する2作品について自分なりの感想です。また、見直して新しい気持ちがわくかも知れません。自分でもそれが楽しみです。
posted by フェイユイ at 22:51| Comment(2) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。