2005年07月10日

「青春神話」・後半

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この映画もまた台湾を舞台にして雨の多い映画だ。
それは心の中をも表しているのだろう。

この映画の中でシャオカンはずーっとひとりぼっちだ。両親は愛情を持ってくれているが、若者の常としてその愛情はシャオカンにとって重荷でしかない。

シャオカンが予備校に行っていないことが両親にばれてしまい、家を追い出されてしまう。

もう一人の若者・アーツーには共に悪事を働き遊び回る友人がいる。悪事がばれて友人アービンが捕まってぼこぼこにされた時、一人逃げてはいたもののアーツーはアービンのところへ戻って血だらけの身体を抱えて自分の部屋へ運んだ。(このシーンはすごく鮮烈なイメージで描かれていて、作者はきっとこの血だらけの友を運ぶシーンを撮りたかったに違いない、と思わせる。またひどく雨が降っている)(DVDの表紙まで主人公じゃなくてこの二人の場面だ。このエントリに使った写真と同じ)
兄貴の彼女であった女性・アーグイもアーツーに好意を持っている。

シャオカンには友達もいない。遊びまわり、盗みをする仲間同士の姿を見続けた後、シャオカンはアーツーのかっこいいホンダのバイクを切り裂き,AIDSとペイントする。そしてソレを見つけたアーツーの呆然とする様を見て奇声を上げ、跳ね回るが、シャオカンはそんなことをしたかったのだろうか。

バイクを店まで押していくアーツーを見てシャオカンは「手伝おうか」と声をかける。唯一シャオカンとアーツーが接触する場面だ。だが、アーツーは罵声を返すだけで、シャオカンを見ようともしない。ついに二人が交わることはないのだ。

シャオカンの父親は一度閉ざした家のドアの鍵をはずし、少し開けている。シャオカンがいつでも戻れるように。

アーツーの家の下水が再びつまり、水が溢れてくる。アーツーは布巾でその水を押さえようとする。が、水はたちまち部屋に溢れ出す。

シャオカンは行くあてもなく頼る人もなくテレフォンクラブの店に入る。飲み物を持ち狭い部屋に入るとすぐ電話が鳴り出すが、シャオカンはとろうともしない。
そしてすぐに店を出てしまう。この映画の中でシャオカンはとうとう誰とも心を通じることがないのだ。両親から注がれる愛に彼は答えないし、シャオカンが惹かれながらも返って酷いことしてしまう相手・アーツーとは一方的に見つめ続けていただけだ。そして金を払って相手を見つける手段さえ、まだ始める前に空しさを感じて放り出していく。 

若いときに観たなら、きっと自分とシャオカンを重ね合わせ、同じ痛みを感じただろう。今はただ、そんな感情を懐かしく思い出すだけだ。

外はまだ雨が降っている。少しだけでも日差しはさすのだろうか。空はまだ曇っている。

原題は「青少年ナタク(うう、漢字が文字化けして出せないの。前半の時に使った写真に書かれてる文字です)」と言うのだが、ナタクというと思い出すのが二つあって「封神演義」に出てきた戦いの申し子と言う強い少年。蓮から生まれた少年。父・李靖から嫌われ、見捨てられた少年である。もう一つは諸星大二郎さんで知った地下に暮らしている王子。母親と睦みあい、いつか天下を取ろうと考えている(と言うか母親にそう願われているやはり強い少年)である。主人公シャオカンの母親は信仰深くて息子シャオカンに対する期待は大きい。変な札を料理に混ぜて食べさせ、シャオカンはおなかを壊してしまう。
また、アーツーのバイクを壊した時、地面に「ナタクここにあり」などと書いている。ナタクという存在がすんなり解らないので、それ以上何もいえないが、そのことも主人公シャオカンの苦悩に通じているのだろうか。

監督:ツァイ・ミンリァン

出演:リー・カンション/チェン・チャオロン/ワン・ユイウェン/レン・チャンピン/ミャオ・ティエン /ルー・シアオリン

1992年制作 
posted by フェイユイ at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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