2005年09月13日

天龍八部第33集

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葉二娘

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玄慈方丈

黒衣の男は葉二娘の息子・虚竹の父親はこの少林寺の高僧だと告げる。葉二娘は話さないでくれと頼むが黒衣の男は続ける。なぜ私がお前の子供をさらったのか。復讐だ。私の息子も私から切り離され少林寺で鍛えられた。葉二娘と少林寺の高僧との間に生まれた子供をさらって同じように少林寺に捨てたのだ。

黒衣の男は顔を覆った布をとる。そこにはなんと蕭峯の顔であった。男はその顔の下にもう一つの顔があった。その男こそ蕭峯の父親・蕭遠山であった。蕭遠山は蕭峯に母の仇である頭はここにいる、と告げる。蕭峯は奴は母だけでなく養父母まで殺したのです、というと蕭遠山はそれは違う、彼らを殺したのはわしだ。なんということか。養父母の仇・大悪人は実の父だったのだ、さらに蕭遠山は譚公・譚婆・趙銭孫ら、恩のある玄苦大師も手にかけていたのだった。蕭峯は「父のしたことは自分がしたことと同じ。皆が俺に疑いをかけるのも当然だった」と悟る。さらに蕭遠山は逃げようとする葉二娘と虚竹を引きとめお前が言わないのなら私が言おう。葉二娘は駆け寄って言わないでと乞いひれ伏す。その時、方丈が虚竹を呼び、24年間側にいて気がつかなかった、と詫びるのだった。虚竹の父は少林寺の高僧・玄慈方丈だったのだ。方丈は自分のために多くの者が命を落とした事を詫びた。蕭峯はその罪は死に値するが、尊敬の念は変わらない。方丈と生死を共にします。と叫ぶ。方丈はもう一人の顔を隠した男に呼びかけた「慕容博殿、あなたの偽の手紙のせいで大きな悲劇が生まれたのだ。胸が痛まぬのか」
その男は慕容復の父・慕容博であったのだ。父に無事を知り、ひざまづいて喜ぶ慕容復。全ては燕の復興のため、遼国と宋国が争えばそれに乗じて燕を復興できると言う考えのもとに謀られたことだったのだ。蕭峯は「貴様こそが元凶」と言い放ち逃げる慕容博を追いかけるのだった。

高僧・玄慈方丈は自らの大戒を恥じ、息子・虚竹と並び座って自らの身体に200回の杖責を求めた。やめてと止めに来る葉二娘を点穴して制し、父と子は罰を受けた。杖責が終わり、虚竹は母である葉二娘を抱きかかえ点穴を解いた。が、父である方丈はすでに息絶えていた。それを見た葉二娘は笑いながら我が身に刀を刺した。やっと会えた父母が死んでしまった虚竹は何とか生き返らせようと繰り返し真気を送り込むが手立てはなかった。疲れ果て虚竹はどっと倒れこんだ。
やっと出会えた父母を寄り添わせ虚竹は激しく泣くのだった。

蕭父子と慕容父子の戦いは激しく火花を散らした。やがて彼らは少林寺の蔵内に入っていった。そこへ鳩摩智が現れ慕容博に恩義があるため手助けをするという。3対2となってしまったわけだが蕭峯はまったく臆しなかった。
慕容博はそこで「わが命はくれてやるから取引をしないか」と持ちかける。慕容博は自分たち父子が大燕を復興するためにどのような思いでいるかを語り、大燕の玉璽と皇帝の系譜を見せる。そこには慕容の名があった。そして蕭父子と手を組んで遼国や他の国が力を合わせ宋を倒して領土を分ける、私たちは決して大遼国には攻め入らない。蕭峯も江湖の者達に復讐が出来る。いい話ではないかと言うのだ。だが蕭峯は母の仇を取引に出来るかと机を蹴り上げる。
慕容博は蕭峯は英雄だと聞いていたがただの鼻息の荒いだけの男か、忠義心はあるのかと笑う。蕭峯は「戦いが始まれば多くの罪のない家族が引き裂かれ、死んでいく。貴様は人々の犠牲の上に国を作るのか。俺の忠義は民を思う事だ」と言う(かっこいい)

その時、どこからか「蕭峯殿は本当に民の事を考えておいでだ」と言う声が聞こえる。声の主は外を掃いていた僧だった。僧は蕭遠山と慕容博がそれぞれ昔ここへ来て経書を読みあさった事を知っていた。「武芸書だけを読んでいき、仏法の書は読まず、魔道に落ちていった。二人とも何という愚行をされるのか」と僧は静かに言うのだった。

虚竹の出生の秘密と蕭峯の仇の正体という大きな事実が相次いで告白される。やっと会えた父母をすぐに両方失ってしまう虚竹が何とか二人を生き返らせようとする姿が痛々しい。

蕭峯は仇と思っていたのが自分の父親であった、というのは酷いことだ。父との再会も虚竹と違い蕭峯は複雑な思いを抱かざるを得ない。可愛がってくれて父母と信じて疑わなかった人たちを殺したのが実の父親、というのはあまりにも過酷だ。どうして蕭峯はこんなにも重い人生を歩まねばならないのだろう。

その頃、阿紫は両親たちから離れて脚を折って動けない游担之をおぶってどこかへ行こうとしていた。目の見えない阿紫が游担之をおぶってまで行くとは、何かわけでもあるのだろうか。それまで人のために何かしたことのない阿紫だけに気になります。


なお、ここで紹介するのも何なのだが、原作「天龍八部」第6巻のあとがきによると、香港映画に「新天龍八部之天山童姥」(1994年)というのがあるそうな。これには天山童姥、李秋水、無崖子さらに秋水の妹も登場して再創作した外伝的ストーリーだそうです。これは是非見てみたいものですね。

出演:胡軍(蕭峯)ジミー・リン(段誉)リウ・イーフェイ(王語嫣)高虎(虚竹)申軍誼(丁春秋)馬浴柯(游担之)修慶(慕容復)陳好(阿紫)周冰清(梅剣)周玉[さんずい吉](竹剣)
posted by フェイユイ at 23:52| Comment(8) | TrackBack(0) | 天龍八部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「南極日誌」再挑戦その4・完

ついに最後の段落です。昨日は怖くて怖くてぶるぶる震えてしまいました。こんな怖いのもそうないんじゃないでしょうか。

ラストは怖いというシーンはなくて物語を締めていくことで形作られています。
こうやって観て私が思うには、やはり子供のシーンはない方がよかった、ということですね。設定自体を変える必要はなく、このままでいいのですが子供の霊を出す演出のみが間違っていたんだと思います。
なぜなら、この映画は若い隊員ミンジェによって語られていく表現方式をとっているのですが、であるなら出来うる限りミンジェが見て聞いた物が映画として表されるべきであり、隊長が霊を見る、というインパクトの強い映像が何回も入る事でどちらが主人公なのか少なくともこの映画を語っているのかが解らなくなってしまったように思います。
結構見た人の多くが「よく解らなかった」と言われているようですが、この視点がぶれる事でどちらに肩入れしていいかがわからなくなるのではないでしょうか。
勿論、ミンジェに投影して観ていったがいいわけで、最初尊敬し憧れていた隊長が次第に変わっていった、とするほうがわかりやすいはず。多分隊長役がソン・ガンホなので彼の出番を多くしたかったのでしょうが、それが却ってマイナスに働いてしまった。できるなら、ミンジェが見てると隊長が何かを見たような顔をしている、という場面を作っていって、最後に隊長の側に子供の霊がいるのをミンジェが見る、とした方がまとまったのではないでしょうか。

主人公が隊長の方になってしまうと「なぜこんな事を主人公がするのかわからない」と言う事になり、ミンジェが主人公なら若い時に憧れた人の重い運命を見たということでまとまるし。
ま、この重い運命と言うものがよく解らないんだろうけど。南極に魅入られてどうしても進まざる得ない男の運命とそれによって犠牲となった家族と隊員の怨念を背負っているわけですよね。
もしかしたらソン・ガンホが隊長じゃないほうがよかったのか(笑)もしれない。ミンジェ役のユ・ジテは「オールドボーイ」の時はすごく怖かったけど、ここではかわいい最年少隊員をとても初々しく演じていてとてもよかったと思います。ソン・ガンホは上手いけどかっこよさが(すみません、わたしだけの感じ方かもしれませんが、すごくセクシーでかっこいいと思ったのですよ、でも)むしろ仇になってしまった気もする。なにか違う役をやってみたかったんだろうなあ、という感じでした。

総じて私はこの映画はとても恐くて面白い、と思います。映画と言うよりおもしろい小説を読んだような感じでした。
posted by フェイユイ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「南極日誌」再挑戦その3

次の第3場面(というのは私が勝手に4等分してるだけだが)はまたおもしろくなっていく。だが前に感じた疑問を引きずっているので、腑に落ちない気がしてしまう。そこで、第2部分は切ってここだけ観るとものすごく恐くて面白いことがわかる。

途中、子供のシーンがいくつか入るが無視しよう。とにかくこの映画は子供シーンを抜き取ってしまうとすごくおもしろいのだ。

ここに到ると隊長だけでなく(二人をすでに失ってるが)他の3人も精神状態がおかしくなっている。ただ逃げたくても隊長がELT(非常位置発信機)を持っているため従わざるを得ない、ということで4人は狂気の進軍を続けることになる。猛吹雪の中、一行は進み続ける。ふと気づくと4人だったはずの一行が5人になっている。これに気づいたときはぞっとした。そして彼らが見たものは。通常の生活をしている者には解らない極限状態での恐怖の一つが表現されていて、この映画の恐怖の頂点のひとつである。ここは恐い。

一行は何とか冷え切った小屋にたどり着く。もうどうしようもない絶望的な男たちの行動。恐怖はますます強くなっていく。観ているだけで凍りつく寒さと恐怖が重なって描かれている。すごく見ごたえのある映画なのに、少しだけ疑問を持つのが惜しいのだ。

その2で言った、手が大人の女性のようだと見えたのは、子供が見たという白い人影の手だったのかもしれない。不明だが。

最後の場面はまた明日書くことにする。
posted by フェイユイ at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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