2006年03月30日

そしてさらに「cut」を

そしてさらに1998年6月、NO.71「Cut」を手に入れたおたんこなすです。

特集は「Good Will Hunting」マット・デイモン&ベン・アフレックです。笑わば笑え。

まず表紙。二人の顔が逆光で写るモノクロ写真。二人とも映画のイメージとちと違う。でもなんだかいい顔です。
中身は二人がご近所付き合いの幼友達で非常に仲のよい関係である事が語られています。若くして共同執筆でこの映画により脚本賞を取った彼らですが、友達連中からは退屈だといつも言われていると。
映画そのものの彼らの雰囲気に羨ましくもあり、呆れてしまうほどですね。

まさに青春・友情という眩しい二人の表情です。
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「ブラザーズ・グリム DTSプレミアム・エディション」観る!

さーて、それこそ「黒い森・シュバルツバルト」へ入り込むような気持ち。わくわくしながら「ブラザーズ・グリム」スペシャルディスクを見ましたよ。

まずはメイキング。うーん、もうすでにグリムの妖しい世界へ迷い込む。
マット・デイモン、若い頃のマットとは全然違うイメージなのだ。やっぱりこの彼が好きなんだわ、と確認。ヒースもホントに素敵なのだ。

ギリアム監督はなんとなくマットとヒースを選んだそう。彼のイメージではマットが弟ジェイコブでヒースが兄・ウィルだったのだとか。ところがマットから「ウィルをやりたい」と言われ「君はジェイコブだよ」と答えたんだと。で、ヒースに会うと彼は「ジェイコブがやりたい」と言ったらしい。さすがにギリアム監督じゃもうそれでいいや、となったそうな。
よくそんなに上手くことが運んだものですね。

観ていて思うのはやはりテリー・ギリアムはイギリスのモンティ・パイソンの出身なのだと言う事。あのおかしさ面白さが合わない人はこの映画も合わないのかもしれないね。かなりぶっ飛びなんで。
このメイキングを観ていてますます「ブラグリ」の凄さを思い知った。
テリー・ギリアムが天才なのは間違いないし、マットとヒースがこれ以上ない素晴らしい組み合わせだと言う事も。

カヴァルディ役のピーター・ストーメアさんの素顔も見れてあのままの人物ではない事が判って一安心でした。

女王役のモニカ・ベルッチの素顔がまた美女で驚く。とても愛らしい方なのです。

テリー・ギリアム監督来日の際の舞台挨拶もあったのですが、その中でまたマットとヒースがいつもとは違うイメージの役をやっている事に触れています。
マットはいつもは知的で内向的な役なのに今回はむしろベン・アフレックのような演じ方をしている事。ヒースも非常にシリアスなのにロマンチックで奇妙な人物で今までにないヒースが観られます。ということでした。なるほど。

また別の箇所ですが、ギリアム監督はドイツの話で演じているのがアメリカ人とオーストラリア人で話す言葉がイギリス英語なのが面白いと言われております。まったく。

削除されたシーンも入っていて興味深い。

何度見てもグリムたちは可愛くてしょうがないのだ。
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「ブラザーズ・グリム DTSプレミアム・エディション」買う

ブラグリ.jpg

「ブラザーズ・グリム DTSプレミアム・エディション」を買ってしまった。馬鹿馬鹿。
まだ特典DVDは観てませんが、また記事にしますねえ。

一緒に入っていた説明書(というのか)を見てにやにやするのはやめよう。
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2006年03月29日

「悪霊喰」ヒース・レジャー

悪霊喰い.jpg

「ブラザーズ・グリム」の弟役・ヒース・レジャーも見ねば、と言うことで観てみました。

彼の「グリム」との共通点はおたくということでしょうか。宗教家というか神父の役なのでカソリックの方からは怒られるかもしれませんが、単なる普通の神父ではなく仲間内からも異端視されていた教会の住人ということでそう呼んでも差し支えないかもしれません。
違いは「グリム」弟はとてもおちゃめで可愛らしかったのにこちらでは眉間にしわのはいったかなり陰鬱な役でシリアスがお好きな方ならこちらのヒースはおススメです。
私はどうしても兄さんの後についていく弟ヒースが好きなんですがね。

と言ってもこの映画の見所は結局ヒースに尽きるのではないでしょうか。主人公でもあるからして出ずっぱりでお顔を拝見できますし、神父服を身にまとったストイックな彼の魅力を楽しめます(またカソリックからお怒りが)
「グリム」と違って陰のある何とも甘いハンサム顔でうっとり見つめる事ができますよ。
しかも途中から彼は神父である事を捨てて魂に傷を持った美少女(と言っていいかな)との恋に落ちるのですが、もうナンだろう。セクシー光線が飛び交ってますね、ヒースは。
眼差しが危険です。
特に彼女が倒れているのを見つけたときのヒースは色っぽさ爆発。とても冷静には見ておられませんよ。

私はこれをレンタルDVDで観たのですが、特典で監督の解説がかなり長時間ついており、まだ見終わってません。
ヒースを褒めちぎっているのでこちらも見る価値ありですね。

そして私、これを観ていてヒース・レジャーもある東洋人俳優に似てると思ってしまった。が、恥ずかしくてとても言えません。
ヒントはこのブログでよく取り上げた方です。もう一つのヒントはこの映画の役どころかな。また思い込みですのでは発表するほどもないでしょう。

監督:ブライアン・ヘルゲランド 出演:ヒース・レジャー、シャニン・ソサモン、ベノ・ファーマン、マーク・アディ 2003年 アメリカ
posted by フェイユイ at 23:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブロークバックマウンテンDVD発売予定!!(BlogPet)

字幕を予約されたつもりだった
フェイユイは、大きい中国語とマウンテンとか、大きい中国語とかを注意しなかったの♪
と、フェイユイが考えてるみたい♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「じえるん」が書きました。
posted by フェイユイ at 09:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「リプリー」マット・デイモン

ripley.jpgリプリーb.jpgリプリー.jpg

で、今日は「リプリー」です。観るのはなぜか3回目。
これでアラン・ドロンまで観てたら大変だ。一応「太陽がいっぱい」は観てるんだけどね(それも何回か)美男子の代名詞であるアラン・ドロンのリメイクと言う事で最初観た時は「またリメイクか」と思っていたのですが、これがショックでしたね。私的にはドロンよりマット・デイモン=トム・リプリーのほうがいい!と思いましたねー。ドロンもまあいいんですけどね。


なぜ何回も観てるのか、やはり人間の心の闇と言うのか人を騙す事、偽りのさらに偽り、人として最低の事をやり始めてどんどん深みにはまってしまう恐怖感がたまらないからなのですよ。
「太陽がいっぱい」の時は(私が覚えてる限りでは)そういう部分がまだ美しく描かれていたとおもうのですが、マットのリプリーは醜い。見てて耐えられないほど情けないと感じる。そこが好きですね。
主人公としての設定は昨日観た「グッド・ウィル・ハンティング」と似ている。天才的頭脳を持ち(向こうは数学でこっちは詐欺のだが)人に心を開かない貧しい境遇の若者である。
が、あっちはよき人々に出会って明るい未来へと旅立つが、こちらは闇の奥へと堕ちていく。
が物語としては、比較できないほどこちらが面白いですね。(あっちも好きなんだけど甘いから)マットの演技も徹底的にはまっているのが感じられます。

アランとマットは随分違いますが、ディッキー役のモーリス・ロネとジュード・ロウは印象的に同じイメージです。ジュード・ロウの方がよりハンサムで甘い感じでこちらもお坊ちゃまらしくて素敵でした。
グゥイネス・パルトロウ。最初観た時なんか彼女が素敵で見惚れていました。ほっそりした上品な美女で優しく微笑む所と愛するディッキーを殺したのはトムだと気づいて恐怖に慄く場面、怒りをあらわにするところなど実に魅力的な人ですね。彼女の立場に立ってしまうとトムが邪魔でイライラするんですがね。

フレディ、彼もトムを何気に怪しいと感づいていた人物です。単に意地悪なだけかも知れませんが。彼の存在でトムの狂気が早まったのではないでしょうか。重要人物です。

ピーター。もしかしたらトムの闇を消してくれるのでは、と期待を抱かせた人なのですが。

マット・デイモンが持つホモ・セクシュアリティな部分と影の部分がとても上手く表現されていて最初から最後まで観客を不安とスリルで肝を冷やさせる質の高い映画ですね。
結局トムは誰も愛してはいないというのが悲しいことなのでしょうね。

そして気になるジェイとの相似点なのですが(笑)髪をきちっと分けて眼鏡をしてる時はそう似てませんが髪を下ろすとまた私の病気が。
単に前髪の感じが似てるだけか?
いやいいんです。私が勝手に喜んでるだけなんで。


監督: アンソニー・ミンゲラ
出演: マット・デイモン /グウィネス・パルトロウ /ジュード・ロウ /ケイト・ブランシェット /フィリップ・シーモア・ホフマン /ジャック・ダベンポート
1999年・アメリカ

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2006年03月28日

「グッド・ウィル・ハンティング」ガス・ヴァン・サント

グッド・ウィル・ハンティングa.jpgグッド・ウィル・ハンティング.え.jpgグッド・ウィル・ハンティング.jpgグッド・ウィル・ハンティング.b.jpgグッド・ウィル・ハンティング.贈.jpgグッド・ウィル・ハンティング.d.jpgグッド.jpg

改めて書きます。もう私としてはマット・デイモンを見ていたのか周杰倫を観ていたのか混同してわからないほどになってきたので、これはあくまでもマット・デイモンの主演ということで書いてみます。

かなり殴り書きの取り留めない話になると思うのでご容赦を。

それほどまで思ってなかった、と書いたマット・デイモンですがこの映画を再鑑賞して惚れこんでしまいそうです。
監督がゲイであるガス・ヴァン・サントということもあるのだろうか、それともそういう資質の持ち主なのかマット・デイモン演じるウィルはかなりゲイ的なニュアンスを感じさせる登場人物である。
と言っても物語的にはなんらそういう部分があるわけではない。
ウィル青年の持つ繊細な神経、内気そうな表情がそんな雰囲気を出しているのだろうか。

人物設定が普通人とはかけ離れた明晰な頭脳の持ち主であるのにも関わらず、過去に受けた心の傷のために他人との触れ合いができない青年であるとなっている。そのために学業にも仕事にも恋愛にも積極的な行動を取れないのだと。ストーリーが面白いので引き込まれて観てしまうが、かなり現実離れしている感もある。ちょっと少女マンガ的というのか、そんな感じ。
とても頭のいい感のある脚本なんだけど、かなり甘い部分もあるのだよね。(何しろ脚本がマット・デイモンとベン・アフレックなのだ)
だがまあそれは一種の例えであって判り易く極端に設定した、と思えばいいんだろう。それにしたっていい先生に出会えて、愛してくれる彼女ができて、心からウィルの人生を心配してくれる親友もいるんだから考えたらかなり幸福な青年ではある。それを打ち消すためのバランス配合として幼い頃に酷い虐待を受けた負い目を持つということになってると考えてはいけないか。
と言うと、なんだか反感を持って書いているようだが、とんでもなくその逆で主人公に大いに共鳴できると思えたのであった。
勿論、自分がこんな大天才と肩を並べられるわけではない。なのだが、妙に突っ張って、心を開けず、自分を偽ってしまうということ。過去に負った傷が性格をゆがめてしまっていることなどは誰でも共感できる心理なのではないだろうか。

現実にこんな教師や友達に出会えるとは限らない。
もっと辛い時期を長い間耐え抜いていかなければならないかもしれない。ウィルはそれに気づいたのが21歳の誕生日だった。充分すぎるほど若い。実際は中年過ぎてもどうだかわからない。
それでも同じような魂を持つと感じる者はウィルに共鳴してしまうだろう。

ラスト。ウィルはせっかく手に入れた「いい仕事」を捨てて傷つけてしまった恋人のいるカリフォルニアへと向かう。
彼は結局敗残者となってしまうのか。答えは否だろう。そう信じさせるいいラストシーンである。

出番はそう多くないがウィルの親友チャッキー演じるベン・アフレックがとてもかっこいいです。金もないのに物凄いおんぼろ車をプレゼントするのが最高。「お前が突然いなくなるのが俺の夢だ」と言うセリフの泣かせる事よ。

ロビン・ウィリアムズはまったく持っていつもの彼ですね。小さな熊さん的風貌。あの泣き出すような笑顔。みせてくれます。

マット・デイモンは若い魅力を溢れさせてます。といってもハンサムなのかそうじゃないのか判んなくて体つきもなんだかどてっとしてシャープじゃないし、そういうところがとても好きです。
そして時折、はっとするほど美しい表情になるのですよね。ゲイであるガス・ヴァン・サント監督の思い入れなのかぞくっとするほど色っぽかったり。でもなんか変な顔にもなるし。その辺の不安定さが魅力的ですね。

監督:ガス・ヴァン・サント 脚本:マット・デイモン、ベン・アフレック出演・マット・デイモン、ロビン・ウィリアムズ、ベン・アフレック
1997年製作 アメリカ
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2006年03月27日

「グッド・ウィル・ハンティング」におけるマット・デイモンと台湾のR&B歌手・周杰倫

ナンだか「アジア以外の国」が続いて申し訳ない。何となく浮気しているようで落ち着かないのだが、まだまだアジア系で行くつもりなのでご心配なく。

とは言え、何故これかと言うと、勿論、「ブラザーズ・グリム」のマット・デイモンが出ているからで(しかも同じ「ウィル」と言う名前!)またこの映画の監督はガス・ヴァン・サントであるからして次はリヴァー・フェニックスとキアヌーを観ねばならなくなり、きりがないのである。

一応この映画は以前テレビで後半を観ていた。マット・デイモンがなかなかよいな、と印象に残っていた。
が、今回観直して衝撃を受けたのだった!

周杰倫(ジェイ・チョウ)にそっくりだ!!!!

うーん、これは両方知っている人じゃないとわかんない。特にジェイは今のとこ役者とは言い難い(失礼)ので普通の人(って言うのも変だが)には判らないだろう。
でもこの表情、このしぐさ、ジェイそのものではないか?!
まだ私はマット・デイモンの映画をそれほど観たわけじゃないので、マット・デイモンとジェイが似てるのか、主人公ウィルとジェイが似てるのか判らない。
単なる想い過ごしかも知れない。

特にこの物語のウィルは天才だが心を開かない、という役なのでますますジェイと重なってしまう。ちょっと人を小ばかにしたようなでも内気な表情がジェイを思わせる。

とにかくこの感想は知ってる人だけわかる、と言うものでありますがね。

あの笑顔があんまりよくなくて卑屈そうに笑うのが特によく似てるなあ。にやあっていうの。

列車の窓から外を見ている様子なんてジェイそのものだもん。
果たして?
ジェイはマット・デイモンの演技を取り入れているのか、それともマット・デイモンと同じ才能を持っているのか。

答えは判らないけど・・・どちらでもいいや。

posted by フェイユイ at 22:49| Comment(3) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ウィン・シャ エキシビジョン」のHP

毎度、じえるなさんから情報を寄せていただきありがとうございます!!

今回は「ウィン・シャ エキシビジョン」のHP 幻想的な映像の数々、どうぞご覧ください。

「Photo Gallery」内「Celebrity Photo」の「Movie」のページ
に「ブエノスアイレス」の写真があります。
「Next Exhibition」でもレスリーさんが見られますよ。

とのことです。

レスリーの横顔が素敵です。



写真展未公開作品の「兄弟愛」の少年達が気になりますねえ。
posted by フェイユイ at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | レスリー・チャン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アクセス解析「国/言語」

NINJATOOLSのアクセス解析「国/言語」を見るのは楽しい。

当ブログはアジア圏ブログを名乗っているだけに日本語は勿論、中国語・韓国語からのお客さんははもう当たり前。英語はいつも多い。他には少ないながらもタイ語・フランス語・スウェーデン語。
2月11日はノールウェイ語(と書いてある、うちはノールウェイからのお客さんが多いの♪)12件もあるのだわ。なぜ?
アラビア語、ポルトガル語、スペイン語、マレー語、ロシア語、アゼルバイジャン語というのもあったな(どこなんだろう)
それが最近ドイツ語が頻繁に。おお、やはり「グリム」って書いたからか?って日本語でだけどさ。

世界各国から本当にうれしいです。ありがとう。これからもよろしく!
posted by フェイユイ at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第12集

ひゃー、康煕めちゃかっこいいです。ばば様はもっとかっこいいけどね。二人がアオバイを倒そうと話し合っている場面は凄く高揚感があって言葉が強くて惚れ惚れします。

16歳の康煕はもう行動あるのみ。まだまだ可愛い顔をしていますがアオバイを倒さんと智恵を絞ります。アオバイはバン大人の甘い言葉で皇帝を失脚させようとしますが、そのバン大人はアオバイを利用しようとしているだけ。うーん、もう誰も信用できませんね。
康煕は急に頼もしくなりました。
アオバイを倒すためにばば様を非難させようとしたり心遣いも忘れません。
臣下の胸の内も読み取るようになって大人びてきました。しかし16歳にして白髪が出たそうで気の毒です。(ところで弁髪って初め見た時はびっくりしますが、ずっと見てるとなかなかかっこよく見えてくるからふしぎです。ラーメンマンのおかげかな)

呉六一さんはほんとに真面目なお人です。しかしせっかく恩赦で出獄した義父を自分の手柄で牢から出してあげたいということで、「牢屋に戻るよ」と言うお父さんが偉い。

しかし恐ろしい敵と思っていたアオバイを騙そうとしているバン大人は飛んだ狸ですな。

ところでなかなかこれの記事を書かなかったのは、しばらく画像が観れなかったからなんですが、実はたまったファイルを削除すればよかったんですね。中に説明もされてます。以前、一度やっていたのに、すっかり忘れていたのでした。もし観れずに困っている方いらっしゃったら一度お試しください。
posted by フェイユイ at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「さらばわが愛・覇王別姫」後半

日本軍の前で演じた貴姫のもう一度シーンを観る。燃えるような赤の中の蝶衣は美しく儚い。日本軍将校と張り合って拍手を送る袁の姿も面白い。

ところでこの映画を観て驚いた事の一つは悪の権化であるはずの日本軍がかなり柔かく描いてあったことだ。小樓に対しては無礼な態度をとるが、蝶衣に対しての賛辞、特に将校である青木は蝶衣に強い愛情を示していて描き方としても紳士的ですらある。蝶衣も青木の好意をこころよく思っている。なぜなら蝶衣にとっては彼の芸術を理解してくれる人間こそがいい人間なのだ。恐ろしい革命軍の裁判においても「青木は京劇を日本に持っていくつもりだった」と話す。

この物語は中国が旧世界から新時代へ向かう過程を描いている。日本軍の侵攻から文化大革命を経る歴史の中で京劇役者・小樓、女形・蝶衣、小樓の妻・菊仙、3人の人生が絡み合っていく。
小樓を挟んで蝶衣と菊仙は恋敵であり激しく互いを攻めあうのだが、そんな二人のふれあいを映した場面がある。
一つは絶望して阿片に溺れた蝶衣の部屋を訪れた菊仙が「お母さん」と泣きながらつぶやく蝶衣を抱きしめるシーン。劇団に捨てられた時の記憶が戻ったのか蝶衣は母親を求めるのだ。そんな蝶衣を疎んじていたはずの菊仙が優しく抱きしめるのを見て切なくなる。結局は菊仙も遊郭にいた身の上。親に捨てられたような境遇だったのではないだろうか。
一つは最後、文化革命の厳しい自己批判の責め苦を受けて小樓は「(売春婦だった)菊仙を愛してなどいない」と告白する。
命を奪われる事はなかったが、菊仙は死を選ぶ。菊仙の名を叫ぶ蝶衣。やはりここでも同じく愛する小樓から見捨てられた者として菊仙と蝶衣はつながっているのだ。
そんな小樓は蝶衣をどう思っていたのだろうか。物語の中で彼は何度もあるときは自主的にある時は妻から説得されて蝶衣と別れようとする。
がいつの間にか二人は元に戻って覇王と姫としての芝居を続けるのだ。
小樓の愛を得られない蝶衣は袁世卿の寵愛で慰めとする。自己批判の際に小樓は蝶衣を責める。「袁世卿と蝶衣は・・・!」自らは蝶衣を(肉体的に)愛する事はなくとも心の中で嫉妬していたというのか。では蝶衣の愛はどこで受け止められるというのだろう。

自己批判がなければ小樓もそんな事を叫ぶ事もなかったのだ。が、歴史は残酷にも彼らを追い詰めていった。

どんなに京劇を愛していても芸術を悪とする革命は蝶衣を締め付けていく。だからこそ、蝶衣は「日本軍の青木は京劇を自分を愛してくれていた」と言ってはいけない言葉を発してしまうのだ。

そして京劇の世界にも昔を知らない若者達が次第に幅をきかせてくる。蝶衣は取り残された存在となっていく。

歴史に飲み込まれていった3人の男女の運命は過酷なものであった。蝶衣が想いを寄せる小樓の腰の刀を引き抜いた所で物語の幕は閉じる。
posted by フェイユイ at 21:10| Comment(0) | TrackBack(1) | レスリー・チャン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「さらば、わが愛 覇王別姫」前半

覇王別姫.jpg覇王別姫c.jpg覇王別姫b.jpgaurahysterica13-img600x450-1127014973dsc07047.jpg

心に残る名作であり、また非常に思い出深い作品なのだ。

私がこれを最初に観た時は、レスリー・チャンにのめりこんで間もない頃であった。
「ブエノスアイレス」で衝撃を受けた私は次にこの作品を観たのだ。「ブエノスアイレス」での奔放な役と違い、幼い頃から厳しく律された生活を送り、切れそうに張り詰めた弦のような魂をもつ女形京劇役者・程蝶衣を演じたレスリー・チャンに私は再び打ちのめされる事になる。

女形の化粧を施されたレスリーの美貌になんと言い様もなく胸を締め付けられた。
その目の表情にも立ち居振る舞いにも心を奪われていった。

また中国映画を観始めたばかりの頃でもあったのでその作品の質の高さにも目を見張った。
この映画の魅力は導入部の二人の京劇役者の幼少時代によるものが大きいのではないだろうか。
蝶衣(レスリー・チャン)の相手役となる兄貴分の段小樓(チャン・フォンイー)は石頭というあだ名を持つ。芝居が中断され不満を持つ観客の前で頭で石を割って見せる。
遊女を親に持つ蝶衣は指が6本ある。母親は、遊郭では大きくなった子供を育てられない、と言って蝶衣を劇団に連れてくる。しかし蝶衣の指を見た団長はそれでは客が怖がって観に来ないからダメだと言う。思いつめた母親はその指を切断するのだ。
遊女の子をあざける子供たちの中で小樓だけは蝶衣をかばう。以後、蝶衣は小樓を兄として慕い、小樓も蝶衣をいつも気にかけ何かと世話をやく。
蝶衣は女形としての稽古を受けるが「女として生まれ」というセリフを何度やっても「男として生まれ」と言ってしまう。大事な時に再び失敗した蝶衣を見て小樓はその口にキセルを押し込み激しく叱る。蝶衣はついに「女に生まれ」というセリフを言えるようになる。

厳しく辛い京劇役者の修行時代。間違いをすれば稽古用の刀で尻を打たれ、手を打たれる。あまりに凄まじく皮膚が破れて血が噴出すほどだ。
小樓と蝶衣は兄弟以上に互いを支えあい、慈しむ。他に逃げ場所のない子供達のその姿を見て心は痛むが目を離すことはできない。
二人の絆を表す悲しい子供時代なのだ。
蝶衣は美しい女形の運命として金持ちの老人に身を任すことになる。ふさぎこむ蝶衣に言葉が投げかけられる「運命に逆らうな」
酷い言葉ではあるが歴史はさらに蝶衣を過酷な運命に巻き込んでいく。
日本軍の侵略。慕い続けた小樓の菊仙(コン・リー)との結婚。袁(グー・ヨウ)との出会い(袁というのは袁世凱のことであろう)蝶衣は満たされぬ想いを袁からの愛で塞ごうとする。この袁役のグー・ヨウの鬼気せまる演技。最初観た時はまだ彼を知らなかったのでその怪演に度肝を抜かれた。決して大げさでなくこの時の彼を見たら誰でも忘れられないだろう。主人公たちがめげそうなほどの印象である。蝶衣への賛辞を送るその目は狂気に満ちている。(グー・ヨウ氏が中国では指折りの役者だと後に知る。最初から叩きのめされたよ)
やがて盧溝橋事件が起こり、日本軍が北京へも侵略してくる。日本軍の前で舞う蝶衣。この時のレスリーは言葉を絶するほどに美しい。
日本軍に逆らったために投獄された小樓を救うため蝶衣は日本軍の招待を受ける。それを知った小樓は助け出された後、蝶衣の頬を打つ。
蝶衣には絶望しか残されていない。やがて彼はアヘンにはまっていく。

小樓の妻役のコン・リーもこの時知る。激しい気性にまた驚いた。何が起きてもまったく挫けない根性は西洋人にもない強さだ。彼女の作品も以後たくさん観ることになる。今でも魅力溢れる演技を続けている凄い女優である。

思い出が多いので半分でも言いたいことが溢れる。
兄貴分・段小樓のチャン・フォンイーは他には「始皇帝暗殺」しか知らないが、非常にけれん味のある演技で大柄で見ごたえあった。

レスリー・チャンは素晴らしい仕事をたくさんしている人だが、特にこの「覇王別姫」は1993年カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞しているわけでこれによってレスリー・チャンの名はずっと残っていくはずだ。
この美しさを後世の人も観てきっと胸をうつだろう。この人は誰なのかときっと調べる事だろう。

監督:チェン・カイコー
出演:レスリー・チャン、チャン・フォンイー、コン・リー、グー・ヨウ
1993年製作
posted by フェイユイ at 00:08| Comment(0) | TrackBack(2) | レスリー・チャン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月25日

ブロークバックマウンテンDVD発売予定!!

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「ブロークバックマウンテン」DVD USバージョンということです。
yesasiaで4月11日発売予定。もう少し間がありますね。
USバージョンということでリージョンが1ですのでご注意。字幕の有無も未確定。中国語ではないってことで(勿論、日本語ではない)。

その上で早く観たい方はご予約を!!
posted by フェイユイ at 16:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月24日

「百年恋歌(最好的時光/Three Times)」侯孝賢(ホウ・シャオシェン)第3話

最好的時光.e.jpg

第3話は現代の台北。台北の町の光景って殆ど日本と見分けがつきませんね。実際に行ってもそうなのかしらん。

なぜか,第3話目に字幕が入らなかったため、殆ど眺めてる状態。セリフはかなり少ないんですけどね。

現代の恋愛はやはり喧騒と怠惰と空虚さに象徴されるのでしょうか。苛立ちというものもキーワードですね。そして携帯とパソコンです。携帯っていうのは今の恋愛映画には絶対欠かせない小道具ですね。これを持たない映画を作ったら殆どリアリティなくなってしまうんでしょう。私としてはもうこれがでてくるとかなりげっそりするんですが(だから時代劇観たくなるの)
怠惰と空虚を絵にするには必須アイテムであります。

スー・チーはどの時代でも魅力的ですね。チャン・チェンは今回は特に出番が少なかった。でもバイクの運転をしてスー・チーを後ろに乗っけているんですが、私はただバイクで二人乗りしてるっていうだけでかなり弱いのです。ってことは3つとも好みのシチュエーションであったということですね。
posted by フェイユイ at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「百年恋歌(最好的時光/Three Times)」侯孝賢(ホウ・シャオシェン)2話まで

ThreeTimes.jpg最好的時光.b.jpg最好的時光.c.jpg最好的時光.jpg

台湾映画は久し振りです。この前が去年の8月28日、ツァイ・ミンリャンの「浮気雲/天邊一朶雲 (The Wayward Cloud)」となってますから随分たちます。
輸入DVDの中文字幕で観ましたので深くは触れられませんが、思った以上に好きな映画でした。
それは主役のスー・チーとチャン・チェンの魅力によるものが大きいと思うのですが、セリフの少ない静かな物語に引き込まれて観ていました。

映画は3部からなるオムニバス形式。英字のタイトルどおり3つの時代におけるそれぞれの恋人たちを描いています(3話目は観てませんが、多分)
侯孝賢らしい淡々とした語り口ですが1部が短いので苦にはなりません。と言うとおかしいけどもう少し観ていたかったのに、と思わせる時間構成とも言えるでしょう。実際もう少し観たかったです。

第1部は1966年が舞台。兵役中の青年(チャン・チェン)が休暇中にプール・バーで働く秀美(スー・チー)と出会う。意気投合したと思ったら、突然秀美は姿を消してしまう。僅かな休暇中に青年は秀美を探し求める。
スー・チーが可愛らしいです。狭くて1台しかないのかな、粗末なプール・バーの動かしにくい引き戸をがたがた動かして日が差すのがほっとして新鮮な空気が入ってくるような気がする。そのひびが入ったガラス窓から見えるスー・チーの顔が可愛い。
再会して一緒に食事をするシーンがおいしそうで仲がよさそうでホントにいい感じなのです。

第2部は1910年。文人であるチャン・チェンが遊郭で働くスー・チーのもとへ通う。
詳しいわけじゃありませんが、この辺の雰囲気に物凄く弱い。音楽といい調度品といい衣装といい、惹かれちゃうのだなあ。
チャン・チェンは弁髪。似合います。眼光鋭くて、顎がとがってかっこいいです。
スー・チーは美しく髪を結い上げてこれも品格があってすばらしい。物凄く美人に見えますね。
これは無声映画仕立て(音楽は入ってますが)でセリフはあっても声が聞こえず画面が切り替わって字幕が入ると言う奴なのでよけいに古めかしい形式美を感じさせられます。こういう感じの時代物の面白い映画を観たいものですね。

監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)出演:舒 淇(スー・チー) 張震(チャン・チェン)2005年製作
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2006年03月22日

愛するグリム・ブラザーズよ!(マット・デイモンとヒース・レジャーに堕ちました)(BlogPet)

じえるんは王様が伝承したかも。


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2006年03月21日

ジェイ:映画『黄金甲』では激しいアクションを披露

ジェイ:映画『黄金甲』では激しいアクションを披露

チャン・イーモウ監督にコン・リー、チョウ・ユンファ、リウ・イエといった物凄い共演者。緊張しないわけないですよね。
しかも激しいアクションですか。あー、心配です。ジェイを信用してないわけじゃないですけどね。
怪我をしないよう気をつけて欲しいです。コン・リーさんに襲われるシーンとかあるんでしょうか。
「イニシャルD」の次がこれって、凄すぎませんか?
posted by フェイユイ at 22:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ブラザーズ・グリム」パラノイア(妄想症)

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また今夜も「グリム」に耽溺させていただきます。
全くテリー・ギリアムの魔法をとくのは難しいようです。

なんだか、テリー・ギリアムで借りたにしては殆ど内容に触れず、マット・デイモン&ヒース・レジャーのことばかりでお恥ずかしい。しかもアジア圏ブログなのに「アジア以外の国」でこんなに浸ってしまうとは。西洋人を好きになってしまうなんてここ何年もなかったのに、なんてこった。しかも言っちゃ何だけど「グリム兄弟」なんぞに・・・泣。(これが「ブロークバックマウンテン」だったら格好もつくがこういうのを好きになるのが私らしいのかなあ)

悲しいのは他の方のブログをちらちら見てたら結構叩かれている?!ちっとも面白くないとかB級映画だとか、私が惚れてしまった兄弟達も兄と弟が逆だとか(えー、いや絶対マットが兄貴で正解ですよ。最初は確かにマットが弟役だったらしいけどね(笑))もっとかっこいい人がやって欲しかったなんてのもあったし(二人ともハンサムなんですけど(泣))マット・デイモンは作品を選んで欲しいなんていうのも・・・絶句。
褒めてくださっているのもあったけど非情な確率で悪評でした。
これから観ようかなと思っている皆さん!そんなことありませんよ!とーっても素晴らしく面白い映画なんです!!
それは最初の子供のジェイコブが雪の中を駆けてくる場面からすでにこの映画の雰囲気の重々しさが伝わってくるし、コントラストが強い画像も美しく、大人になった兄弟の登場の格好も意味深で心惹かれるではありませんか。

もしかしたらこの映画は表向きの軽くて笑いを含んだ表現のためにその中の重くて深い闇の部分が隠れてしまいそう思われてしまうのかもしれません。
確かにテリー・ギリアムは照れ隠しの冗談のせいでふざけた映画を作っているように思われてしまっている気もします。
黒い森の中で起きている事件が静かであるために人々は気づかないのかもしれません。
そして困ったことにこれを解読するにはかなりの知識が必要なのです、きっと(いや、私には知識はないんですが、すみません)無論「誰にでもわかるように作らない方が下手なんじゃないのか」という意見もあるでしょうが、これを誰にでもわかるように作ったらただの解説書みたいになってしまう。せめて謎のある面白さを感じて後で解読していけばいいのではないかと思うのですよ。
(しかしこれをケルトの森と書くのはまずいですよ。ドイツとアイルランドじゃ全然違うし)
そしてマット・デイモンとヒース・レジャーの演技。二人のしぐさ、言葉、眼差し、そういうのを見ているだけでもなんていいんだろお、とばたばたしてしまいます。ちょっとした目配り、指の動き、立ち居振る舞い、見ているだけで映画の世界へ引き込まれてしまうのです。

実を言うと私も判らないことだらけで、例えば何故虫がたくさん出てくるのか、馬は何故ジェイコブに色目を使ったのか、馬がエルシーを飲み込む場面は何を意味しているのか、数えていたらきりがない。イタリア人の存在も謎。それらはたぶん適当ではなくてグリムあるいはヨーロッパの伝承など知っている人にはわかるのかもしれない。そういうことが多すぎて難しくわかりにくいものになっているのかも知れないのです。ふざけた部分は目だってしまうのに。

泥人形のジンジャーブレッドマンも知っていなきゃナンだかわかんないだろうし、とか。

ジェイコブが塔の屋根に上る所のイマジネーションは素晴らしい。私は物凄い高所恐怖症なので見ているだけで膝がくがくなのだが、それまで本にしがみついていたジェイコブが活躍し始める場面。オタク少年が頂上に登り風を感じて地上を見る。それは監督自身の姿と重なっているのではないかと思う次第。

ジェイコブが兄ウィルの胸を刺してしまう場面。「父親殺し」という人間の成長の一過程があるが、弟ジェイコブがここで兄貴を殺してしまうことで一つの成長をしたと思うのである。兄貴も自分を殺させる事で弟との陰湿な過去(妹を死なせてしまった、という過去)を断ち切らせているのではないか。

そしてその後の弟からのキスで仲直りをしたグリム兄弟は改めて兄弟としての繋がりを強めていった、というお話。

また、女王が蘇生するために幼い少女達を12人誘拐してその血を飲むのだが、身代わりとして大人のアンジェリカが眠らされた。少女達と年齢が違いすぎると言われている向きもあるようだが、これは単にアンジェリカが処女だった、というのじゃないのかと思う。こういう「血」と言うのは大体、処女の血であるし、この時代、女性は随分早く処女でなくなっていたと思うので処女の生き血と言うならごく幼い少女になってしまうんだろうけど、アンジェリカはまだ処女だったのではないでしょうか。男をはねつけている雰囲気だったしね。

以上、書き綴ってまだとても語り足りないのだけれど、この「ブラザース・グリム」がとてもいい映画だと言う事だけは言いたい。
タイトルどおり「ブラザース・グリム」パラノイアの独り言と思ってもらっていいのですが。

無理な願いではあるが「ブラザーズ・グリム」をテレビの連続ドラマでやって欲しいのである。毎週あちこちの村を訪ねて妖怪を倒すわけですね。勿論主役はマット・デイモンとヒース・レジャーでなきゃ嫌だ。
これはまあ夢のまた夢ですね。

こういう記事を隣の部屋で書いていたよ。
posted by フェイユイ at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ブラザース・グリム」マット&ヒース

昨日に引き続き(日付は変わってないか)だが、紹介の順番めちゃめちゃです。かんべん。

グリムf.jpg
マット・デイモンってこんなにゴリラ顔だったっけ。すてき。惚れた。

グリムm.jpg
繊細な弟をヒース・レジャーが演ず。可愛い。かつセクシーでもある。

グリムg.jpg
グリム兄弟の図。決まってるね。

グリムj.jpg
兄貴お手製の偽物鎧。意外と役にたつ。

グリムn.jpg
もう私は冷静にこれが見れないんだわ。兄弟って別に趣味じゃなかったんですけど〜。ふにゃ。
posted by フェイユイ at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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