2006年05月30日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第28集

康煕が容妃を訪ねた目的は彼女を福建への里帰りを勧める為であった。愛妃が墓参りをすることで江南の人々が皇帝の愛妃が先祖と民を大事にしている事を示せるからだ。それと共に皇帝の寛容と徳を知らしめるためであった。
皇子を欲しがる事のない穏やかな容妃のそばで康煕は眠りについた。

恥をかかされたと泣きながら帰ってきた慧妃は部屋で息子インスーと皇太子インロンが仲良く語り合っているのを見る。
インスーと二人きりになって母・慧妃は息子に「いつまでも兄弟仲良くやれるわけではない。あなたは長男なのよ。手柄をたてて座を奪うのよ」とけしかける。
私は皇帝と皇太子に忠義を立てています、というインスーを母親はなんて馬鹿なの、と罵るのであった。

皇帝から福建総督に任じられた姚啓聖は食料を狙って大陸へ来る台湾水軍を苦しめる為に全海域を封鎖し、沿岸住民の内陸移動・遷界令を命じた。そしてさらに広東、浙江にもその令に従わせた。
だがこのために収穫が半減したと東亭からの報告があり、大臣らからは姚啓聖への激しいバッシングが起きるのだった。
だが康煕は独断で姚啓聖を信じるとした。明珠はせめて台湾に講和を申し出ては、と言い出す。そこへ姚啓聖からの上奏文が届き「講和はせず、あくまでも台湾の鄭経の降参を待ってください」と書かれていた。

姚啓聖は先祖の墓荒らしに苦しめられていた。遺骨を掘り返されてしまったのだ。姚啓聖は自ら墓を作ってそこへ骨を収めたが、翌日には再び掘り起こされていた。
仕方なく姚啓聖は骨を燃やして海に捨てた。それを沿岸の住民が見ていた。姚啓聖は「頼むから内陸へ移動してくれ。そして戸口に台湾の親戚への手紙を張っていてくれ、大陸に帰郷するようにと」
それを聞いた住民は内陸への移動を始めた。こうして遷界令を終えたのだ。

住民がいなくなった土地に施琅の軍が上陸した。誰もいない村にたくさんの米が残されていた。それは啓聖がもとの教え子施琅に残していったものだったのだ。
施琅は台湾へ戻り延平王にこのままでは食料がなくなり兵士たちから不満がでることが心配だと進言する。
王は「遷界令を緩和し講和に来るよう朝廷に手紙を出した」と言う。

台湾とのいざこざは遠い昔からのことなのだなあ。2頭のパンダではどうにもならないもののようです。
それにしても大陸の人達に比べ台湾人役の役者さんはちょっとかっこ悪い人が多いような気がするのは気のせいか?
posted by フェイユイ at 22:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第26・27集

康煕は一人の蒙古王と話しあった。トゥルトゥはグールダンと手を結んで金をもらっていたのだった。トゥルトゥは康煕にグールダンからもらう金を皇帝に送ると約束した。

康煕の第一皇子インスーは台湾討伐を任じられる。が、康煕はインスーに会場での戦いは避けるように忠告した。

靖海将軍・薩木爾は皇子の援軍に渋い顔をする。あからさまに手柄を立て皇帝に褒めてもらいたい気持ちが見え見えだったからだ。
案の定、インスーは初戦での勝利に気を良くし、ゆったりと構える将軍に対し不平を言う。そして指揮権を譲れと迫った。仕方なく薩木爾は海上での戦いをインスーに任せる。だが海に慣れた台湾水軍に福建水軍がかなうわけもなかった。インスーは全水軍を失ってしまう。薩木爾は皇子の失敗を我が身に被るのであった。

勝利の報告の後、水軍の敗戦を聞き康煕は「海での戦いは戒めたはずだ」と怒る。台湾の施琅は神出鬼没の勝利を収めていた。
そこに東亭が康煕のためにオランダ船の模型を持って登場した。高額の船だが康煕は東亭を褒め称えた。
これからは清にも水軍が必要だと康煕は考えた。

康煕は北京に戻る事になった。
牢に閉じ込めていた姚啓聖を引っ張り出し凍てつく道中に檻に入れて運ぶが途中から自らの車に乗せた。車に積まれているたくさんの本に啓聖は目を見張る。康煕は読むことを許した。
宿に着いて小屋に入れられても啓聖は本を読むのをやめない。康煕はいきなりそこへ入り啓聖に「お前の心が死に価するのだ。お前は漢人で満人である我らを軽蔑している。役人になるのを嫌い馬番に甘んじているのはそのためだ」と吐き捨てる。心を見透かされた啓聖は康煕の洞察力に驚きひれ伏す。

康煕は啓聖に勉強会に参加するように言い渡した。

康煕たちの一行はついに北京に戻った夜の闇の静寂のなか馬車の音だけが響き渡るのを啓聖は「皇帝の馬車が雷鳴のようで静寂でもある」と表現した。康煕は満足気であった。

冬の大陸の寒さは厳しいだろうなと思いながら見る。蒙古とも台湾とも戦わねばならず康煕は太る暇がないね。勉強会も欠かさないという。忙しい人です。ここでもやはり東亭は康煕の心を汲んでいてさすが。

康煕は父親の残した書(啓聖は二度と用いないと書かれたもの)を燃やして啓聖を使う事にした。
索大臣と明珠はこれを快く思わない。

康煕は福州総督・薩木爾を退けて啓聖を総督にした。
実は啓聖は施琅の師匠であったのだった。施琅の行いが悪い為破門したのだと言う。
啓聖は清の力なら船は作れるが海将は無理だと言う。そこで啓聖は施琅を
清に引き入れる事を提案した。

また台湾には3つの力と3つのいたわりが必要と説き、武力で抑えるのと同時に先祖を供養していたわることもするべきだと言うのだった。

台湾の延平王は施琅と義兄弟の契りを結んだ。清に対しては和平を結ぶとは言え、力を見せ付けるのだという気構えであった。

帰京した康煕はまずばば様に周培公からもらった地図を見せた。太皇太后は
自分の故郷を虫眼鏡で見つけ大いに喜んだ。
そして康煕に清の隅々まで足を運ぶ事を約束させた。咳き込むばば様を康煕は心配したが太后は「自分よりあの子の方が体が弱いのだ」と薬を取りにいくスマラグのことを思いやるのであった。

康煕が訪ねて来ないことを慧妃は悔しがる。やっと宦官の李が康煕の知らせを受け「女は年齢が上の方が気がつくもの。若いだけでは陛下の世話はできないわ」と喜ぶ。
が、それは間違いだったのだ。康煕は慧妃ではなく容妃の下へ行く。
その様子を見た慧妃は泣き出してしまった。容妃は康煕は来る事を知らず
紙を切ってウサギを作って遊んでいるところだった。

やっと女性の話が出てきてほっとする。でもスマラグは何かの病気なのでしょうか。心配です。
康煕の心を掴んでいる容妃はどんなひとなのでしょうか。
posted by フェイユイ at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「戦火の勇気」エドワード・ズウィック(BlogPet)

フェイユイは
言葉による理解は完全ではないのですが、それでも深く心に染み込んで来るマットでした。
っていってたの。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「じえるん」が書きました。
posted by フェイユイ at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第24・25集

周培公は図海を従えて王輔臣に大砲でもって攻撃した。さらに攻撃を進める図海に周培公は「今、いい思いをしても平和になれば歴史は我々を殺戮者とみなす」と言い過剰な殺戮を止めた。図海は周培公の深い考えに感心して従う事にした。
周培公は王輔臣に単身会いに行く。王のもとでは彼の息子が戦死したと思われ喪に服しているのだった。だが、吉貞は生きていて父親に再度朝廷への帰順を願い出る。ついに王輔臣も折れて敗北を認めた。周培公は王に感謝するのだった。

周培公が王輔臣を帰順させたと聞き、康煕は喜ぶが大臣は「これでは周培公が力をつけ朝廷に謀反を起こすかもしれません」と忠言する。
康煕は仕方なく周培公を北京へ戻すことにした。

朝廷からの命を受けて周培公は「こうなる事はわかっていた」とつぶやく。呉三桂討伐の名誉は図海に預け周培公は帰京することになった。
こうして康煕皇帝は長い年月をかけて三藩を平定したのであった。

康煕は平和になった祝いに大臣らに行痴大師が長年かけて品種改良した米を配る。収穫が3倍になるという米であった。
これで富国強兵することができる、と康煕は考えるのであった。

台湾の鄭施琅が数万の兵で穆将軍を倒し2県を占領した。穆将軍は朝廷に書を届けるよう配下に申し渡す。その男は穆将軍が施琅の攻撃を受け占領された、と呼ばわりながら走り出す。
その途中で海関総督の東亭は男を休ませ代わりに大声を持つ男を数人「穆将軍が鄭の攻撃を破り大勝した」と叫ばせながら朝廷に書を運ばせた。

康煕は大勢の王子たちと食事をしようとしていた。もうすぐ盛京へ旅立とうとしているのだった。
皇子たちにそれぞれ留守中の注意を与えていると穆将軍からの書と東亭からの上奏書が康煕の手に渡された。それを読んで康煕は気分が悪くなってしまうのであった。

第一皇子を伴って康煕は盛京へと旅立った。途中で康煕は臣と皇子に東亭からの知らせを教えるがここで皇帝が騒いで帰京すれば余計に民も敵もそれに気づいてまずい事になる。ここはこのまま旅を続けようということになった。
盛京で康煕は蒙古王を帰順させようと考えていた。そして盛京に派遣していた周培公を訪ねた。が、南方育ちの周はすっかり身体を壊して病の床についていたのだった。
康煕は周培公を再度起用したいと言い渡した。

活躍すればしたで疑いをかけられてしまう周培公も辛いが一時も気が抜けない皇帝は大変です(気安いな)
オクテと思っていた康煕、いつの間にか子沢山に姫はまだ他にいると言う事だからなかなかやりますね。しかしこの可愛い王子たちも結局権力争いに巻き込まれていくのかと思うと気が重いです。やはり庶民が一番です。

それにしてもスマラグや太皇太后が出てこないと魅力半減ですなー。康煕がスマラグにぴしゃりとやられるところが一番好きなんですが。お婆様はまだご健在なのでしょうか。

周培公は慣れない氷の土地で命を縮めてしまう。何よりも皇帝から疑いをかけられたことが辛いことだったのだ。再度起用する、という皇帝の言葉にももう春まで持たないと答えるのであった。代わりに周培公は「姚啓聖」という男の名前を教える。無名だが智恵を持つと。
そして康煕に「絵を描きましたので持ち帰って見て下さい」と言う。戻ってその大きな絵を広げてみるとそれは広大な大清の地図であった。康煕は感動を覚える(見てるこちらも感動した)周培公は10年かけて古今東西の歴史をこの地図に描いたのであった。
康煕がそれを見ている間に周培公は命を落とした。

康煕は臣を集め台湾をどうするか閣議する。ある者は捨てろと言い、ある者は捨ててはいけないと言う。皇子インスーは台湾を攻撃する事を望んでいた。
台湾には福建、広東、浙江の三省の出身者が多くそこは清の食料庫・金庫なので切り捨てるわけにはいかないというのだ。
康煕は台湾よりも蒙古のグールダンはもっと恐ろしい、と感じていた。

康煕は周培公がいい残した姚啓聖を捜す。彼は格下げを繰り返し田舎の厩番に身をおいていた。
康煕は彼を捕らえさせて牢にいれ食事は与えるが何も話してはいけない、と言い渡す。姚啓聖は食事だけでなく本をよこせと叫んだ。

蒙古王の間でも戦争が繰り返されていた。土謝図はグールダンに攻められ王は傷つき姫に復興を託した。皇帝に頼むのだと。
posted by フェイユイ at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「欲望という名の電車」にマットをキャスティングしたならば

さて「欲望という名の電車」と言う映画を観たのだがそれの感想はもう書いたんだけどマット・デイモンがもしこの映画のリメイクに出演したならば、という部分を抜粋。(もう読んでくれた方同じ内容です、ごめん)

さてここから先はお遊びコーナー。
このような名作は色んな俳優に是非演じて競ってもらいたくなるものである。どんなスタンレーやブランチが表現されるのかが見物だからである。
そこで今私の一番のお気に入り、マット・デイモンにも当てはめてみたい。
普通ならスタンレーをやってもらうんだろうけど、いくらマットが演技派とは言え野獣のようなスタンレーをやるのは無理のような気がする。友人ミッチは「身長185センチ体重92キロです」とか言わなければいけないからもう体格でアウトである。
となるとマット・デイモンにはブランチをやってもらおう。いい家庭の出身で高学歴を鼻にかけたブランチ役はまさにマットにぴったりではないか。
男女を入れ替えただけでは話がおかしくなるだろうからここで物語を大きく変更させてもらう。
寄る辺のないマットは仕方なくゲイパートナーと暮らすゲイの弟の家へ押しかける。(ここではマットはゲイではなくストレートと言う事になっている)心優しい弟はこころよくマットを迎えるがゲイパートナーの彼氏は高学歴を自慢するマットに我慢できない。しかも世話になっているくせにゲイである事を差別するのだ。しかしそういうマットは実はゲイ売春をしていた事を隠していたのであった。
最後に高慢ちきなマットは弟の彼氏に強姦された上に施設に送られてしまう。(弟は妊娠できないのでそこはどうする?)
(書いててちょっと怖くなったがあくまでもこれは冗談なのでお赦しを)
他の3人の配役はどうしたらいいかな。スタンレーはベン・アフレックならできそうな気がするけど(マットもうれしかろうし)でステラはケーシーがやるのか?(怖い、やめよう考えるの)
posted by フェイユイ at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「欲望という名の電車」

欲望3.gif欲望2.jpg欲望.jpgブランド.jpg

この前、自分でこのタイトルを書いたら急に観たくなってレンタルした次第。
ディレクターカット版という奴です。(と言っても普通版とどこが違うのか細かくは判らないのだけど)なぜディレクターカットなのかと言うとこの映画はテネシー・ウィリアムズの戯曲をエリア・カザンが演出した舞台が喝采を受けて映画化されたものなのだが、その際内容に問題があるとして当局から手直しを命じられたのであったのだ。

どの場面が問題なのかと言うと、最後にブランチが妹の夫スタンレーに強姦されてしまうのだが「これはいかん!しかも強姦したスタンレーは処罰も受けないのだからこれでは強姦を認めた事になる」と言うわけでなにやらほのめかしたような演出になっているのだが、昔の映画と言うのは強姦などは演出によってほのめかすのが通常だったわけで当時の観客なら「これは強姦だ」とわかるだろう。が、ディレクターカットだからこうであるのかも、通常版がどうなっていたかはわからない。
だが問題はむしろその後の場面、映画では夫スタンレーが姉ブランチを強姦したとあってステラは「今度こそはここにはいられない」といい捨てて2階の友人の家へ駆け上がっていくのだ(2階に行くって言うのは大した逃走ではないような気はするが)
戯曲ではステラはやっと姉がいなくなってむしろほっとした、と感じるのである。何たる違い!
だがこのことで行き場のないブランチの哀しみはより深まるのだし、こうでなければ物語の意味がないのだ。

もう一つは裕福な家の出身であるブランチが何故、教師の職も失う羽目になるような行為、男を漁り売春婦となっていったのかという理由である。
映画では若い頃に結婚していたブランチが少年のような夫に対して「詩を書くしか能がない。仕事のできない情けない男だ。臆病者」と罵ったことで若い夫は行き場をなくして自殺してしまう、と説明する。
これが理由なら理解しがたいではないか。そんなことがあるのだろうか?戯曲ではブランチの若くハンサムな夫はそれを隠していたゲイで男と密会しているのをブランチが見てしまう。そして夫に「見たわよ」と告げてしまい傷ついた夫が自殺してしまうのだ。これなら当時のゲイ差別を踏まえてみれば納得がいく。

つまりこの物語の重要な要素が二つとも変更されてしまったわけでこれでは戯曲を読まず、もしくは芝居を観ずにカザン監督のこの作品をみた者はナンだか意味がわからないのではなかろうか?と思われてしまう。
大変に面白い戯曲なだけに残念である。

が、それを我慢したとして(我慢できないけど)やはり観るべきものがある作品だと思う。何と言ってもマーロン・ブランドの溢れる魅力!むんむんとむせ返るようなマッチョな肉体美。端正な顔立ち。荒々しい言動。こんな人が「以前」の人だなんて信じられない。私の世代ではブランドと言えば「ゴッドファーザー」の迫力あるコルレオーネでやはり素敵だったが、若きマーロン・ブランドはまだ可愛いといっていいほどでしかもセクシーでありしかも男らしい!スタンレーを彼以外にやれるのか?と言うくらいのものである。

そしてビビアン・リー。私には彼女はやはり「風と共に去りぬ」である。アメリカ南部の金持ちのお嬢さんという設定がダブってスカーレットが落ちぶれてブランチになってしまったかのような錯覚に陥る。そのため余計にブランチが哀しく思われてしまうのだ。

が、このブランチと言う女性はビビアン・リーが熱演すればするほど変な女になっていく。この口ぶり、けたたましいおしゃべり、美と若さへの異常な執着。私には彼女の姿は女性と言うより女装したゲイの感覚に近いように感じられてしまう。
やはりゲイであるテネシー・ウィリアムズが自分の心を写し取ったかのようなブランチはどうしてもそうならざるを得なかったのであろうか。
無論、それがいやなのではない。そう思ってしまうことがブランチというキャラクターを本当に寂しい存在にしていると感じるのだ。

ところで人は登場人物に感情移入して観ていくものだが、私は思い切りスタンレーである。奥さんのステラには少し移入できるがブランチにはならない。
突然やって来て家庭内に入り込み好き勝手して高慢ちきな言葉を話すブランチには我慢できない。私なら1週間も無理である。スタンレーは優しいとさえ思う。いなくなった時は正直ほっとした。これでは映画の本質を理解していないか?
かといってブランチに全く自己を投影できないわけではない。次第に年取り若さを失っていく女の哀しさは女である身としては理解できる。突然現れた新聞代集金の若者に舌なめずりをする心境にも同感できるわけである。

さてここから先はお遊びコーナー。
このような名作は色んな俳優に是非演じて競ってもらいたくなるものである。どんなスタンレーやブランチが表現されるのかが見物だからである。
そこで今私の一番のお気に入り、マット・デイモンにも当てはめてみたい。
普通ならスタンレーをやってもらうんだろうけど、いくらマットが演技派とは言え野獣のようなスタンレーをやるのは無理のような気がする。友人ミッチは「身長185センチ体重92キロです」とか言わなければいけないからもう体格でアウトである。
となるとマット・デイモンにはブランチをやってもらおう。いい家庭の出身で高学歴を鼻にかけたブランチ役はまさにマットにぴったりではないか。
男女を入れ替えただけでは話がおかしくなるだろうからここで物語を大きく変更させてもらう。
寄る辺のないマットは仕方なくゲイパートナーと暮らすゲイの弟の家へ押しかける。(ここではマットはゲイではなくストレートと言う事になっている)心優しい弟はこころよくマットを迎えるがゲイパートナーの彼氏は高学歴を自慢するマットに我慢できない。しかも世話になっているくせにゲイである事を差別するのだ。しかしそういうマットは実はゲイ売春をしていた事を隠していたのであった。
最後に高慢ちきなマットは弟の彼氏に強姦された上に施設に送られてしまう。(弟は妊娠できないのでそこはどうする?)
(書いててちょっと怖くなったがあくまでもこれは冗談なのでお赦しを)
他の3人の配役はどうしたらいいかな。スタンレーはベン・アフレックならできそうな気がするけど(マットもうれしかろうし)でステラはケーシーがやるのか?(怖い、やめよう考えるの)

監督:エリア・カザン 原作戯曲・脚本テネシー・ウィリアムズ 出演:ビビアン・リー、マーロン・ブランド
1951年アメリカ
posted by フェイユイ at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

マット・デイモンの一番いい映画は?

マット・デイモン作品でランクをつけて遊ぼうかな、などと考えていたのですが、現時点でのほぼ全作品を観終わって私にとってのマット・デイモン最優秀作品は何と言っても「ふたりにクギづけ」なのです。(前にも言ってしまったとは思いますが)
で、いつも相棒がいるマット作品においての「パートナー」第1位は?うーん、普通ならベン・アフレックというべきなんでしょうが、これもそのコンビプレイの素晴らしさに敬意を称してやはり「ふたりにクギづけ」のグレッグ・キニアですね。女性の相手役といってもマットは極端に女性運が悪い人なのでこれもやはり「ふたり」の相手役のチャイニーズガールがそのハッピーな行く末としても文句なしなわけで。これしか考えられないのでした。

この「ふたりにクギづけ」は性格の全く違う結合性双子を描いた物語ですが、考えようによっては一人の人間の中の明暗を表現しているとも受け取れるようで、暗の部分を消してしまってはいけないよ、と言うメッセージとも感じられました。
ファレリ監督からは「そんなにややこしく考える必要はない」と言われそうですけどね。
とにかく物凄く仲のいい兄弟で離れられないことがおかしく悲しくそして最後にほろりとさせられてしまう映画としてこれ以上ない出来栄えだと思いますね。
マット・デイモンとしても最高に楽しく力を発揮できたのではないでしょうか。
と言うことで私にとってのマット・デイモンの一番いい映画は「ふたりにクギづけ」ということですね。

追記:一番嫌な映画は私的には「プライベート・ライアン」です。でもそれは映画のことであってマットが演じたライアンはやはり素晴らしいものでした。助けに行ってそれがマットだったらやっぱり頷けますよね。正義感溢れる若者をとても爽やかに演じていたと思います。でも嫌ですね、これは。

他の作品はホントに見ごたえのある作品が多くて恵まれてもいるし、努力の人なんだなーと思いますね。
posted by フェイユイ at 15:26| Comment(2) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「同じ月を見ている」エディソン・チャンを観たくて

どうやら私はこの世界の住人ではなかったらしい。少し前に観たのですぐ感想を書いてもよかったのだが、何とも書きようがなくためらっていた。
少し時間を置いて思い返せばなかなかいい話だったように思える。むしろとても好きな話なのだ。だがその演出とか手法とかが私の求めるものではなかった、というだけだろう。

とはいえ元来の鑑賞の目的であったエディソン・チャンは素晴らしかった。ちょっと前に彼の作品を追いかけていたことがあったが観ることができる作品数が限られておりあっという間に尽きてしまった。その為、この作品のDVD化を大変期待していたのだ。
香港人であるエディソンはカナダ生まれであるので英語は凄くうまいのだが、日本語はまだ勉強中ということでせりふは極わずか。だがその整った顔立ち、品のある佇まいとそれ以上に心に響いてくるような眼差しが非常に印象を残すのだ。それだけはこの作品でも確実に表現されていた。

私としては窪塚が演じる幼馴染との話より山本太郎演じるやくざ崩れの青年との話が好きで、できることならエディソンと彼との出会いから物語が始まって欲しかった。
で、なんか理由あり、てな感じのエディソンに山本青年が興味を持って、ってな話になる。エディソンが幼馴染との仲を取り戻したいのだってことになって力になってやるって言うような。
んでもってずっとやくざ青年とエディソンのいちゃいちゃで持っていってほしかったなー。で、やくざ青年が幼馴染に嫉妬したりしてな。三角関係、と言うわけです。窪塚は最後でがんばってもらえればね。
いいなー。そんな話を私は望む(笑)

とにかくエディソンはまだ出演作品が少なくてしかも主演が少ないので寂しいのである。
それだけの演技力と魅力を持っていると思うのに、惜しい!次回作に「呪怨」があるのかな?・・・むむ。いや。きっと彼のことだから素晴らしい演技をしてくれることでしょう。また期待。

posted by フェイユイ at 13:44| Comment(2) | TrackBack(2) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

「グローリー・デイズ〜旅立ちの日〜」

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マット・デイモン観たさに借りてしまいました。その場面は極僅か、とは言えやはり印象的でありますね(それ目当てなんだから印象に残るに決まってるが)上のような次第であります。セリフなし。いたいけな感じでした。どうしてこう可哀想な役が似合うんだろ。

物語は美術大学卒業の前後の日々を描いている。
ジャック(ベン・アフレック)は卒業を目の前にして同居している仲間達との楽しい生活を永遠のものにしたいと考えもう一年同じ家で皆で暮らそうぜ!と提案するのだった。
卒業制作の出来栄えも心もとなくガールフレンドにはふられ、両親は固くて話にならない。全く未来の見えない22歳の若者の悩める青春を描いている。

いや〜、なんだか他人事として観られませんでした。と言うのは私自身も似たような生活を送っていたな〜という記憶があるわけで。殆ど自分を思い出しながら観てしまいました。
芸術ではなかったけど美術関係の勉強であったしな。美術なんて特に何の将来性もないしとか。
もう少し男女混合してはいたが。まあ若かりし頃の話ですからね。今思えば赤面ものの馬鹿もやっておりましたね。いや恥ずかしい。
飲めもしないのに酒を飲んだり、タバコも吸ったし(今は全然煙りダメ)海辺も彷徨いましたとも(近くに浜辺があったのさ)
きっと同じ年齢の時に観たら「こんなの!」って気になるかもしんないけど今の年齢になってみれば笑うしかありませんね。

女の子との話もナンだかしんみり。上手く行かないというのもまた青春ですね。

しかしこうやって失いたくないものを破壊することによってキリをつけてしまえるのは羨ましい。実際は過去を引きずりながらなんとなくだらだらと大人になってしまうものだけど。
ベン・アフレックが最後に男らしく旅立っていく時、腰に巻いたチェック模様のシャツが勇者を示すキルトの様に感じられたのですが(ベンはアイリッシュなので)
 
バスの運転士さんが「恋の方程式 あなたのハートにクリック2」のフィルさん(ジェイ・ラコポ)でした。

監督:リッチ・ウィルクス 出演:ベン・アフレック、サム・ロックウェル
1996年アメリカ
posted by フェイユイ at 23:50| Comment(1) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「リプリー」サントラも

マット.jpg
(別に意味なし)

マット・デイモン映画を見尽くしつつあり絶望の淵に佇むフェイユイであるが、こそこそマット関連ものを購入したりする。

まずマット・デイモンも歌っている「リプリー」のサントラ盤。
「アメリカ人になりたい」は歌の上手い方々に紛れて歌っているので問題なし。映画でも印象的な凄くノリノリのイケてる歌ですね。
そしてマットが一人で歌う「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」これがいい!なんだかもーマットが傍で歌ってくれてるー(笑)なんか高音になると心細くなる声がたまんない。ファンなら聞ける!

後は写真集だとかな。でもそういうのってあんましないのね。韓流スターのなら物凄くあるんだが。(今頃こういう趣味の自分に問題ありだよな)雑誌コーナー韓流ばかりだし。
西洋系雑誌でもナンも載ってない。この前凄く小さい写真が載っていたのを見つけた。
それなのに雑誌の人気投票では10何位かだった。周りにハリソン・フォードとジャッキー・チェンがいた。うーん。一位はジョニー・デップとかね。
ナンだかまとまりない独り言でしたー。
posted by フェイユイ at 19:18| Comment(1) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「グエムル」=怪物?!ポン・ジュノ

グエムル.jpg

ポン・ジュノ監督の映画『グエムル』が韓国映画史上最高の価格で輸出されることが予想される。

金額だけが全てではありませんが、やはり凄いですね!!やはりカンヌ映画祭の権威の影響あり?!
この前まで「怪物」となっていたタイトル「グエムル」に変わったのでしょうか?ナンだか気になる響きでこれもいいですね。

「王の男」と「タイム」そしてこの「グエムル」いずれも観たい映画!です。
posted by フェイユイ at 18:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

「ブロークバックマウンテン/断背山」余韻に浸る

昨日見た「ブロークバックマウンテン/断背山」の余韻に浸りながらDVDに付属していた特典を眺めアニー・プルーの原作を読む。
特典のDVDにはあの二枚重ねのシャツの横にブロークバックマウンテンの写真が貼られている、あの絵柄が用いられている。

映画を観た後に原作を読むと自然とその映像が浮かび上がってくる。映画は原作をかなり忠実に映像化していると思える。
私が映画の中で一番好きな場面は4年ぶりにジャックから会えるという知らせを受けてイニスがいつものクールさはどこへやら。そわそわしながら待ち続け、やっとジャックが姿を現すと飛んでいって抱きしめキスをする。それを見た妻の涙ながらの言葉など耳に入る余地もなく頭の中は「うおお!早くやりたてえええ!!!」っていうことだけがぐるぐるまわっているに違いない、って顔をしながら再び飛び出して行くところ。どうしようもなく直情型のイニスがおかしいやら可愛いやら。
ここは小説でもかなり「来ちゃう」場面ですね。

また映画で「どうなのだろう」と思う箇所も小説では文章で説明されるわけで解答を得られる部分がありました。

DVDの特典では香港で「ブロークバックマウンテン/断背山」についてアン・リー監督を招いてのティーチ・インなどもありました。
突然、字幕もなく広東語をまくしたてられるので驚きながら見つめているとアンディ・ラウが登場!なぜかは判りません(笑)続いてアン・リー監督。監督と話す部分は勿論普通語で(監督は台湾出身ですからね)
これは日本盤DVD特典にはつかないでしょうからアンディ・ラウファン及び中国語が聞き取れる方は必見?!(あ、勿論監督のファンも)
posted by フェイユイ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ブロークバックマウンテン」アン・リー

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DVD中文字幕で「ブロークバックマウンテン」を観ました。
なので言葉による理解は完全ではないのですが、それでも深く心に染み込んで来る物語でした。

それほど内容について知っていたわけではないのですが、アン・リー監督の技量と言うものなのでしょうか。言葉ではなく映像によって伝わってくるものがあったと思います。

冒頭からカメラが映し出すものは荒涼と言っていいほどの淋しい風景です。広大な空間にぽつんと立てられた粗末な建物。そこへ走ってくる古ぼけたトラック。建物には男が寄りかかって何かを待っている。トラックからも男が降りてくるが二人の間には会話もない。

二人はブロークバックマウンテンで羊の放牧をまかされる。言葉数は少なく自然の中には羊達と二人の男の姿だけが存在する。二人をとりまくのは大自然の脅威だけ。この時が二人の最も美しい時間だった。

自ら愛を求め二人で暮らそうと願うジャックに比べ、イニスの心は怖気を振り切ることができない。幼い時に観た同性愛者の男達の悲惨な末路を忘れる事ができないのだ。
イニスの行動は奇妙なものだ。ジャックに素直に気持ちを伝えることなく彼が去った後に狭い路地に入って憤り、気持ちの定まらぬまま結婚し娘をもうけそれなりに賢明に父親を演じる。そして4年ぶりにジャックに再会した時にはまるで子供のようにはしゃいで駆けつける。妻にジャックとのキスを見られたのに気づかぬまま釣りに行くと言ってでかけ魚を釣ってきた事がない。やがて離婚するがそれがジャックとの逢引を増やす事にはならない。寡黙で沈鬱な魂の持ち主なのだ。だが、イニスのジャックへの想いは心を揺さぶらせずにはおかない。たとえそのために妻子が非常に辛い状態になってのだとしても。どうしようもなく不器用な情けない男なのだと思っても。

互いに結婚し子供も持ちながら二人は別れることはできない。が突然に別れが訪れる。それはジャックの死によって。
ジャックの妻に電話をかけながら、イニスは昔見た同性愛者の惨殺の場面を思い出す。ジャックの死もまたそうなのか。
イニスはジャックの両親の元を訪れ、彼の部屋の箪笥の奥に二枚重ねのシャツを道ける。それはかつて二人が心が通じ合わない為に殴り合いの喧嘩までしてしまった時にイニスの鼻血でシャツが酷く汚れてしまった、そのシャツだったのだ。イニスがそれを抱きしめて泣くシーンはそれまでの彼の寡黙さを打ち消すかのような切ないものだ。

映画の終わりでイニスが血のついたシャツを見つめながら「I swear…」とつぶやくシーン。上映の際には「永遠に一緒だ」となっていたようだが中文字幕では「ジャック、俺は誓うよ」となっていてやはりこちらの方がより気持ちが伝わってくるような気がする。

この映画を観る前にヒース・レジャーが気になる存在になっていたのでいくつか映画を観ていたのですが、そのどれとも違うイニス役に驚きました。本当に体の大きな西部男を演じきっている、と感じました。無骨な男という雰囲気がにじみ出る素晴らしいイニス役でした。
一方のジェイク・ギレンホールは初めて観たのですが、あえて比較していうとヒースのイニスよりジャックという役をこんなに魅力的に演じきったギレンホールに私は参りました。写真で見ていた印象よりもっと若々しくて深いものがあると感じさせてくれます。こういう役は本当に難しくまた偏見もより激しいのではないかと思うのですが、じっと見つめる眼差しが心に残ります。

監督:アン・リー 出演:ヒース・レジャー、ジェイク・ギレンホール
posted by フェイユイ at 00:16| Comment(2) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

海外では好評のキム・ギドク監督、母国では公開も危うい状況

時間.jpg

相変わらず大変ですね、この記事によると。キム・ギドク監督の顔が沈んでますー。
海外では高い評価を受けながらも自国では公開もままならないとは。

何も言えませんがこの状態のせいで映画が作れなくなったら困ります。
しっかし一体どういう内容なんだろうか?整形手術で愛を確認していくって・・・想像できない。

追記:なんとか韓国で公開されるようです。が監督自身はご不満の様子。
posted by フェイユイ at 17:30| Comment(2) | TrackBack(0) | キム・ギドク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

「SPIRIT スピリット」ロニー・ユー

spirit.jpg

1910年、史上初の異種格闘技戦。マーシャルアーツの創始者であるフオ・ユアンジアが世界の強者たちと闘う。

李連杰の格闘技は強いだけでなく美しい。その美しさは最初出会った「少林寺」でのまだ初々しい頃の彼のイメージそのままだ。
体が弱かった幼少期から強くなりたいと思う気持ちは人一倍だったフオ。その願いをかなえる為、武術家である父親の反対を押し切ってその跡を継ぐ。
が、強くなる事に固執するあまり彼は傲慢となり親友の忠告を聞かず、敵を死に至らしめる。その代償としてフオは最愛の母と娘を失う事になる。
傷心を抱えたまま彷徨い命を落としかけたフオはある村人に助けられ、盲目の娘の看病と優しい心のおかげで立ち直っていく。目の見えないその娘の心の優しさこそが真の強さではないのか。そう思ったフオは故郷である天津へと戻る。
そして新しく生まれ変わったフオは再び格闘家としての道を歩み始めるのだった。

天津に戻った時のフオの表情の優しさを見てほっとしました。幼馴染の親友・ノンの助けがあったからこそフオも武術の道を進んでいく事ができたのだと思います。
波乱に満ちた格闘家の短いとはいえ一生を描くには104分じゃ短い。どうしても舌足らずになってしまったのは勿体に気もします。
李連杰の美しい武術もゆっくり見たいし、物語もたっぷり語ってもらいたいし、で両方とも大急ぎの早送りみたいになってしまった気もします。やはりこれはどうしてもロングバージョン見なきゃ納まりませんね。
中村獅堂の出番ではなんだかホントに日本を背負って出演してるんだから頑張ってくれって感じでした。いやー、いい人でよかった。

まさに舞うような武術。三節棍のかっこよさ。そして弁髪が素敵なのだよ。
この迫力ある武術を見せつけられて「もう引退します」はないですよね。よれよれのおじいちゃんになってもやり続けて欲しいです。

そして緊張のエンディング・テーマ!!緩やかにクレジットが流れる中、ジェイの歌がかかりました。本来なら映画館でもこのようにクレジットが流れ感動を覚えた観客達が席を立つ中でこの歌がかかるはずだったわけです。こうやってDVDで観ていたとしても最後に流れる曲として相応しく主人公フオ・ユアンジアを讃える素晴らしい歌であった思います。
どの感想記事を見ても(ジェイのファンではない人々が)口をそろえて「最後の日本人の歌が酷かった」と言うのを読んで「ジェイの歌だったらきっと皆満足して帰れたはず」と悔しい気持ちがこみ上げます。劇場で聞かなかったことだけが私の唯一の救いです。

監督:ロニー・ユー 出演:李連杰、中村獅堂、スン・リー

李連杰は8歳で武道を始め、中村獅堂は8歳で歌舞伎の道に入ったと言う。なるほど。

美術も綺麗で町並みや田舎の風景も素晴らしかった。また子役の子たちが凄く可愛かったですね。
posted by フェイユイ at 23:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

「戦火の勇気」エドワード・ズウィック

戦火の勇気.jpg

マット・デイモンが「プライベート・ライアン」の2年前に出演している戦争映画。

湾岸戦争が舞台。デンゼル・ワシントン演じるサーリング中佐は戦闘中に殉死したメグ・ライアン=カレン・ウォールデン大尉に名誉勲章を授与のための調査を任じられた。
そのサーリング自身は戦闘中に誤まって自軍の戦車を攻撃し親友を殺してしまったという心の傷を負っていたのだった。
重い心を抱きながらも調査を進めていくうちにサーリングは生き残った部下達の証言が食い違うことに疑問を抱く。が、軍は初の女性名誉勲章ということでサーリングの疑惑をもみ消そうとする。
救助ヘリのパイロットであるウォールデン大尉は本当に勇敢に部下達を守ったのか。

イラク軍との戦闘シーンは緊迫感があり恐怖が伝わってきた。イラク軍の姿は全く見ることがなかってので敵がイラクの兵士だというイメージは僅かに言葉での説明だけである。(敵を口汚く罵るシーンはある)この映画はイラクとの戦争を描いた映画ではなく戦争における兵士たちの葛藤を描いたものであるから湾岸戦争であるかどうかは全く問題ではないのである。
ここが後の「プライベートライアン」とは全く違う点である。「プライベートライアン」はあくまでもドイツ軍=ナチスが敵なのであり、それを虐殺するのがスピルバーグの狙いだったと思えるからだ。
とは言え、戦争という非常に重くて嫌悪感を覚える題材でこのように面白く感じられる物語を作ってしまうことに却って反感を持ってしまう人もいるだろう。
私は「プライベートライアン」のような虐殺戦争モノにはどうしても拒否反応を示してしまうのだがこれのように戦争を題材にして人間の心理を描いていく話だと非常に惹き付けられて観てしまう。湾岸戦争が舞台になっているのは他の戦争を舞台にするよりその時のアメリカ人がリアルに感じられる為だけだったのだろう。

デンゼル・ワシントンはその風貌からも正義感のある苦悩の中佐を見事に演じているし、ロマコメの女王と思っていたメグ・ライアンはさすが!こういう役をやってもソツなくこなしてくれている。部下の証言で様々に変わる大尉の姿を演じているのだ。

そしてマット・デイモン。まだ26歳だった彼は湾岸戦争での戦闘に参加し女性大尉ウォールデンのもとでの過酷な体験のために薬物中毒になった衛生兵を演じている。戦争中の彼の顔は平常の元気なはつらつとした顔なのに帰国してからの彼の顔はシェルショックと薬物中毒のために無残なほどやせ衰えているのだ。マット・デイモンはこの時、役作りのために18キロの減量を行ったらしい。しかも自己的に行った偏ったダイエットのために身体を壊してしまったということらしい。この極端に痩せたマットの顔を見ただけでも私としては衝撃を感じてしまった。その顔や身体は筋張ってしわが目立ち本当に薬物中毒の人のように見える。目だけがいつも以上に大きく見え悲しかった。そんな状況でもマットの演技は確かなものであり、サーリング中佐をある時は疑惑に陥れある時は解決に導く重要な役なのである。ここでも彼は苦悩に満ちた役であったことも間違いない。

そしてサーリング中佐にまとわりつくワシントンポストの記者にスコット・グレン。「ライト・スタッフ」での渋い魅力もそのままに。素敵なのであった。

監督:エドワード・ズウィック 出演:デンゼル・ワシントン、メグ・ライアン、マット・デイモン、スコット・グレン
1996年アメリカ

監督のエドワード・ズウィックという方は「ラストサムライ」を作った人ですね。

posted by フェイユイ at 23:04| Comment(1) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第23集

太皇太后の助けで皇帝・康煕復活。皇帝を続けることを決意。

朱三皇子は自害しようとしたが部下の助言で復讐を誓って逃走。宦官・毛子は殺された。

呉三桂の息子は太皇太后の前に出て造反の謝罪する「父が挙兵すれば従わざるを得なかった」太后は「お前は有罪だが。間違っていない」と言い渡す。呉息子はひれ伏した。

康煕が出陣すると言い出すと周培公は反対する。皇帝が出陣すれば皆が迷惑すると。康煕は立腹するが周培公は「皇帝は満人だけではなく漢人を起用するべきです」康煕はそれは賛成だ。国民の8割は漢人なのだから、と言う。

太后の所へ大勢の客が訪れた。慕われるお婆様を見て康煕は感心する。そして自分も作戦を開始した。
まず捕虜にしていた王吉貞に父親に手紙を書かせた「過去は忘れるから忠臣となって戻ってきてくれればこころよく出迎える。朕は必ず呉三桂に勝つ」と。
家に戻る事を許された吉貞は父に手紙を見せるが父親は前日に呉三桂からも手紙を受け取っていた。呉三桂は旧王なのであった。息子・吉貞は朝廷に従う事を勧めるが父は朝廷と呉三桂の戦いをしばらく見て決めようと言うのだった。

康煕は漢人ではあるが聡明な周培公を将軍に任じた。新将軍である周培公は兵士たちに馬鹿にされてしまう。だが逆らう者たちを皆の前で打ち首にして周培公は兵士たちを統率する。そして今与えられる金は僅かだが敵・ツァハル王を打ち破れば1億両を手にすることになる。その半分を皆で分けるのだ、と言って士気を高めた。
周培公率いる軍隊は短期間でツァハル王に勝利しさらに西南へ向かい王輔臣と戦う事になった。吉貞の提言も空しく父親は「ここで周培公を完膚なきまで叩きのめし皇帝に自分たちの価値を認めさせ無罪と安全を公言させた上で帰順するのだ」

周培公は皇帝が外国から購入した大砲を使い王輔臣を攻撃した。
posted by フェイユイ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

年下の老師

最近マット・デイモンに狂ってアメリカ映画にうつつを抜かしているフェイユイですが、久し振りに中国語教室に行って(毎週行ってるのだが、先週忙しくて行けなかった)お勉強。

長い間教えてくださっていた老師が国に帰られて新しい老師になったのだが、これがハンサムな若者なのですよ。しかも若いだけあってびしびし厳しいのだ。
だが、すっかり怠け者になってたうえ、浮気をしていた天罰がくだり、脳みそは汗だく。しかし明快な教え方をしてくださるので何とか凌ぐ。

こんなステキな老師に教えてもらえるなんてことは滅多にないことなのだからこれからは頑張ろう、中国モノも観よう!と決意(ハハハハハ)
ナンだか下心丸出し(別に何かよからぬ事をしようとしてるわけではございませんが)の女の決意なのであった!!馬鹿だな(恥ずかしいけど自分に鞭打つ為に記してみました)
ラベル:周辺記事
posted by フェイユイ at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「満城尽帯黄金甲」撮影現場

コン・リーdv.jpg
コン・リーお姐さま

王子.jpg
左からジェイ、リウ・イエ、秦俊杰ですと

これってジェイだと教えてもらわないと全くわかりませんねー。リウ・イエはリウ・イエって顔してますが(笑)
なかなかに格調高い王子様像ですが。こういう格好はどこの国でも重そうで大変そうです(ジェイお疲れのご様子)七五三と言う感じで(しかしジェイはとても美男子に見えますよ)
コン・リー姐さまはさすがに貫禄でその辺全く意に介しておられませんね。素晴らしい。

こういうの見ちゃうと早く作品を観たくなりますね。

周杰倫王子造型曝光
ラベル:周杰倫
posted by フェイユイ at 19:15| Comment(5) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月18日

遍歴の果てにグリムの森

「ブラザーズ・グリム」でマット遍歴が始まりここで再び(三度よたび)「ブラグリ」鑑賞。
久し振りに観るマット=ウィルの素敵なこと。やっぱりこのマットが一番かっこいいなあ(っていつもどれでも言ってるような)もみあげが素敵なんだよね。
でマットがやるはずだったヒース=ジェイクの可愛い事といったら!確かに今観たらマットがやるような役ですね。でもよくぞマットとヒースが役を交換したものです。二人がお互いに交換したいと思ったということですからそういう運命だったんでしょう。マットがやる兄貴というのもこうして観てると凄く合ってる感じがしますね。
兄貴と言う役なのでいつもより年をとっていて大人びて落ち着いていてセクシーです。いつもと違って女性にもててるし(やはり兄貴のほうがもてるのか?)小狡いところもグッド。

何度観ても凄く楽しくて面白い作品です。なんといってもヒースとマットの掛け合いの妙が見ごたえたっぷりです。素晴らしくキャラクターがたってる印象がありますね。もうずっとこの二人の物語を観て来たような気がします。
posted by フェイユイ at 23:31| Comment(7) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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