2006年05月03日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第21集

朱国治は追い詰められた。妻は自害し、子供達は朱国治が自ら命を絶った。そして自身は呉三桂の下へ急ぎその反逆を戒めた。呉三桂は「何故漢人のお前が満人の皇帝に従うのか」と問いつめる。が、朱国治は「康煕皇帝は満人でありながら漢語を話し、漢人の文化を大切にしている。お前はただ私利私欲のために民衆を苦しめているだけだ」それを聞いた呉三桂はただちに朱国治の首を切った。

こうして呉三桂はついに清を倒し明を復活しようと蜂起したのであった。

康煕は宦官・黄敬の甘い誘いに乗って楊起隆の妹である眠月楼の歌姫・紫雲に家を与えそこを訪ねた。
紫雲は歌を歌い。康煕はそれに聞き惚れていた。その頃、宮廷では太皇太后が康煕を探していた。正后に子供が生まれそうになっていたのだ。
間諜を命じられた宦官・毛子も慌てて康煕を探していた。康煕が訪ねていった紫雲は楊起隆の妹で、皇帝になろうとする兄・楊起隆の企みで康煕を毒殺しようとしていたのだ。宦官・黄敬はそれをお膳立てしたスパイだったのだ。
それを聞いた東亭は慌てて康煕を探した。
康煕は今まさに紫雲に酒を注がせ飲み干していた。紫雲も康煕に勧められるままに酒を飲み干した。
飛び込んできた東亭に康煕は嫌な顔をする。「その女は陛下を毒殺しようとしているのです」「まさか」康煕の胸にもてれかかった紫雲の顔を上げると彼女はすでに毒を飲んで死んでいたのだった。彼女は皇帝には普通の酒を飲ませ自分で毒入りの酒を選んだのだった。
康煕は怒り黄敬を捕らえて切り刻めと命令する。間諜を成功した宦官・毛子を褒めた。
毛子は楊起隆が朱三王子で広徳皇帝を名乗っています。また呉三桂がついに反清のために挙兵しました、と告げる。これには康煕はでたらめだと信じなかった。そして毛子に楊起隆の所へ戻り「康煕は死んだ」と言うように命令した。毛子は承知し「もう戻る事はないでしょう」と言う。康煕は玉璽を与え、死んだ皇帝から盗んできたと言えば逆に褒美をもらえると言うと毛子は大変喜んだ。

康煕の元に連絡が入り、やはり呉三桂が謀反を起こしたのだと伝えられた。康煕は激しく落ち込んだ。周培公が康煕に上奏を勧める。それは賢明な周培公ならではの解析であった。失意の康煕もはっとして周培公の言う通り事を進めるのだと言い渡す。

激しいショックで康煕は熱を出し席が止まらない。が、周培公が来たのをみてオンドルの上に座るよう勧めた。
呉三桂の勢いは物凄く火事のようであると。すでに南の半分は失ったと言う。

王という者は皇帝と呉三桂が互いに闘って弱くなった所を叩こうと考えていた。

いつも太皇太后や皇帝が座る壁際の椅子らしき場所はなんだと思っていたらあれはオンドルだったんですね。では暖かいわけですね。

しかし皇帝というのは不眠不休です。他の皇帝で遊んでばっかの人もいたと思うのに、康煕は確かに病気になっても不思議はないですね。


posted by フェイユイ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「レインメーカー」再考(BlogPet)

きょうフォードの、マットも表現したかもー。
なぜならフォードと主人公へ指示されたみたい…


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「じえるん」が書きました。
posted by フェイユイ at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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