2006年06月10日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第29集

延平王は清朝廷に講和を求めることにした。

康煕は明珠、索大臣と話し合い明珠を特命勅使とした。条件は台湾国民の剃髪、臣となること。朝廷と台湾の関係は二つの国ではなくあくまでも朝廷とそれに従うものであること。であるから明珠を講和使節ではないとした。そして索大臣には軍を強化するよう指図した。
明珠は康煕に「すでに姚啓聖が指揮をとっているところへ私が行くのですから、いざという時どちらに指揮権があるのでしょうか」と問う。康煕は仕方なくその場合は明珠が指揮するよう命じたのであった。

姚啓聖は明珠を愛想よく迎えたがやはりおもしろくない。が、明珠は皇帝からいただいた指揮権に関する文書を読み上げ。自分の地位を誇示した。
姚啓聖は「やはりいざとなれば皇帝は満人を持ち上げてくる。自分は第二の周培公になる」と気落ちした。

明珠は台湾の鄭泰から鄭経に謀反を起こそうという意志を聞く。なぜなら鄭成功亡き後、争いが起こった際に切羽詰った兄・鄭安は弟・鄭泰に「自分の首を切って持って行けば、泰経に信用されると言い出した。そのために鄭泰は鄭経に復讐しようとしていたのだった。
「なぜ弟のお前でなく、兄の首を切ったのか」と疑う明珠に鄭泰は「兄は宦官で子供がない。子供のいる自分が生き残ることになったのだ」
鄭泰は鄭経を暗殺しようと企んでいた。

朝廷では康煕は明珠の軽率を怒っていた。姚啓聖から「鄭泰は鄭経の暗殺に失敗し、従って台湾が蜂起し平定が遅れることになる」と。
明珠に指揮権を預けた自分が悪かったと言う康煕に大臣は「姚啓聖が我慢しないのがいけないのです」と申し上げる。
康煕は「漢人は皇帝が満人ばかりをひいきする、と思い込んでいる」と嘆く。
そして今回は姚啓聖を褒めず叱り付ける、奴は叱るほど余と奴が近くなったと喜ぶぞ、と言う。事実、姚啓聖は大いに喜んだのであった。

明珠は鄭泰と組んで延平王・鄭経を暗殺しようと企てたが失敗し逆に鄭泰は殺され明珠もすんでのところで命を落とす所だった。が、鄭経は康煕に「臣となっても剃髪はしない。内地には行かず台湾を離れない。朝鮮と同じく属国であり続ける」と明珠に伝えさせた。そして財宝を売り大清との戦いのため自らを戒めたのだった。

康煕は失敗して帰ってきた明珠を迎えた。「何故お前は見抜けなかったのだ。見ろ、鄭経は決意と台湾人の心を固めてしまったのだ」

姚啓聖の弟子でもある施琅は間違って鄭経に家族の命を奪われてしまった。帰順させようとする姚啓聖を振り切って施琅は去っていった。
posted by フェイユイ at 22:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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