2006年06月12日

「ブエノスアイレスの夜」いくつかの謎

「ブエノスアイレスの夜」をもう少し。書き忘れたことがある。

この映画は謎解きの要素がまた不思議な雰囲気を出していて面白いのだ。まず、冒頭。カルメンの妹アナが帰ってきたカルメンを見て眩暈を起こす。これは彼女が妊娠していたせいもあるのだが、これから起こる怖ろしい出来事を予感していると思わせる。
アナが妊娠している、という設定も何か表しているのだろうか。

他にも判らないことがいくつかある。アレハンドロはアナがいけた花をみて「派手すぎる」と言い、実際カルメンはいけられた花を掴みあげる(その後のシーンはカットされているが)これは何故?そんなに派手には思わなかったんだけど。
カルメンと父親の関係もほんの少しの会話から推察するしかない。「私がお前を助けた」と父親は言うが、酷く傷ついているカルメンを見てるとそう思えないし、カルメンの父親への態度もかなり冷たいものだ。母親に対してとは随分違う。何故なのだろう。

一番の謎と言うのはカルメンが何故突然自殺しようとしたのか、ということだろう。愛したグスタボとやっと初めて(グスタボがアナに「寝たよ」といったのは嘘だろうから)結ばれたのにすぐに自殺を図ってしまう。
多分、カルメンはこの時すでにグスタボが子供だと知っていたのではないだろうか。もしかしたらもっと前から子供かもしれないという思いを少しずつ強めていたのかもしれない。

カルメンはアレハンドロが(多分)軍に命じられて子供を殺してしまったんじゃないかと疑っていたのかもしれない。だから彼をあんなに憎むような言い方をしていたのじゃないだろうか。仕方ないとはいえ。
そのアレハンドロが今度は自分の命を救ってくれた。生き返ってカルメンはやっと落ち着いて考えたのかな。「これでよかったんだ」って。

それにしてもアレハンドロはずっとカルメンの事を想っているのに恨まれるばかりで辛い男です。

グスタボの世話をしていたカルメンの友人ロクサーナ女史の顔が好き。

南米って言うと、一時期南米文学の全集みたいなのが出て、ガルシア・マルケスだのバルガス=リョサだの読んで衝撃を覚えた。
それまでヨーロッパの統制の取れた知的な文学に慣れていた頭には南米文学と言うのは理解しがたいものがあった。
勿論、日本なんかとは全く違う世界なのだ。
映画で見る以上に文学の南米は不思議な世界であった。無秩序な性と暴力の描写が物凄い力でせまってくるようで怖ろしかった。
今、映画で観ていても南米のものはそういう理解しがたい恐怖を感じさせられる。
このブログではまだ取り上げてないのだけど「シティ・オブ・ゴッド」のような感じ。

この映画から離れてしまったけどそういう恐怖、というものがこの映画の底にも流れているのが感じられるのだ。

posted by フェイユイ at 21:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 中南米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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