2006年07月02日

「ミッドナイトエクスプレス」アラン・パーカー

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最初観たのがいつだったか定かではない程の時を経て再び観たのだが一番驚いたのは全く今観ても遜色のない迫力であったことだ。

だが以前観た時より感じるのはこのあくまでもトルコを未文明の土地であると言う描き方、主人公の犯罪に対する考えの甘さが観る者に反感を覚えさせてしまう危険性が非常に高いということだ。
だがそれは監督が描きたいものを強調する為に設定されたに過ぎない。

実際監督のアラン・パーカーは社会派映画監督というレッテルが貼られているのだと今頃気づいた。
というのは若かりし頃、非常に好きだったこの監督に対して社会派という意識は殆どなかったからである。
このアメリカ・トルコの政治を動かしたとさえ言われる「ミッドナイトエクスプレス」でも私にとっては青年の心の葛藤・成長を描いたごく個人的映画だという認識だったのである。

無論、この映画は実話であり、実在のビリー・ヘイズがちょっとした出来心で本人的には僅かなハシシの密輸でちょいとした金をもうけようとしたために当時のトルコの政治的な生贄となり4年の刑期がいつしか30年と言うものになってしまう。そして言葉も通じない刑務所で残虐嗜好の所長により同性愛的拷問を受ける。劣悪な環境の中でビリーは「ここから抜け出すには『ミッドナイトエクスプレス(脱獄の意のスラング)』に乗るしかない」とはアメリカ人仲間から言われる。

(実は私、この映画の暴力だの同性愛的場面だのガールフレンドのおっぱいだのは覚えていたのに肝腎の脱獄場面はすっかり忘れていた。つまりタイトルの意味も覚えていなかった、とほほ)

アラン・パーカーの映画というのは脚本の「小さな恋のメロディ」から「バーディ」「ザ・コミットメンツ」「アンジェラの灰」など主人公の成長、古い制度からの脱却を描いたものが秀逸である。
私にとっては「ミッドナイトエクスプレス」も甘い考えで怖ろしい監獄に入れられてしまった若者が家族や恋人の援助を受けながら自分で活路を見出すという映画だと感じられた。
劣悪とはいえトルコ刑務所の独特の雰囲気も(その悪さが)素晴らしかったし、パーカー監督の映画に感じられる同性愛的情景(この映画ではあのシャワーシーンのことね)も凄く好きなものだった。

そして何と言っても魅力を感じるのは主人公ビリーを演じたブラッド・デイビス。私はこれ以外では「炎のランナー」と「ケレル」でしか彼を観ていないのだが癖のある演技とあの表情がとても好きなのだ。小柄な体つきも顔もなんともゲイっぽくて(特に坊主になってから)アラン・パーカーの手にかかるとなんだかナルシスティックですらある。

ビリーが怒りで看守の舌を噛み切ってしまい次第に精神に異常をきたしていく。言葉が上手く話せなくなりガールフレンドに話す時にも発音がおかしく「シルブプレ」などと言ってしまう。最後に所長を串刺しにして自由に向かって駆け出すシーンは社会派にしては物騒な表現ではあるが、はっきり言って爽快感を感じてしまったものだ。

こういったアラン・パーカー独特のニュアンスと言うのは「エンゼルハート」にも色濃く出ていた。

国を動かすほどの問題性を含めながら実は個人の心の奥を覗き込んでいるという所がこの映画の妙である。

製作:デビッド・パットナム/アラン・マーシャル
監督:アラン・パーカー
原作:ビリー・ヘイズ/ウィリアム・ホッファー
脚本:オリバー・ストーン
出演:ブラッド・デイビス/ランディ・クエイド/ジョン・ハート/アイリーン・ミラクル/ポール・スミス/ボー・ホプキンス
1978年アメリカ

刑務所内で知り合ったマックスを演じたジョン・ハートが印象的だ。


posted by フェイユイ at 22:00| Comment(2) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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