2006年07月25日

「王の男」コンギルとチャンセンそして王

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「王の男」

今日はまた思い切りネタバレなので注意しといてください。

昨日の興奮も覚めやらぬまま、という感じなのだがちょっとだけ落ち着いて考えてみたらよくこの作品が大鐘賞を取りまくったものだなあ、と改めて感心。
莫大な制作費をかけて作り上げたものも多くあるだろうに(最近あまり知らなくてすみません)この「王の男」ははっきり言って小粒で地味めであるし、そのテーマからしても観客を限ってしまいそうだ。低い制作費で作られたという事実が映像にも表れていて手作りっぽい印象がある。
そういう映画が大鐘賞総なめ(に近く)韓国での観客動員数1200万人という驚くべき成績を上げたのは何故なのだろう。

正直、私には答えが出せないでいる。

やはりコンギルを演じたイ・ジュンギは綺麗さが原因の一つであることは確かだろう。
写真だけ見た時は「動いたらどうか判らんからなー」という危惧もあったが実際の動く映像での彼の方が本当に可愛らしくて魅力的なのだ。
無論韓国男性らしく、その美しい皮膚を持つ繊細で女性的な顔立ちと逆に背は高くて逞しい体つきをしているのがわかる。私は逞しい綺麗さが好きなのでもう完璧なのである。おまけににこっと笑う笑顔をみたらホント男でも思わず「かわいい!」と思ってしまいそうである。

もう一つは純愛。韓国映画としては定番と言っていいテーマだが、反面、韓国映画ではタブー(?)というべき同性愛の純愛がモチーフになっているところが却って人々の興味をひきつけたのであろうか?
許されざる関係であるだけにより悲しく切ない愛情を感じるのだ。この物語のなかで主人公二人がずっと互いを思いやっているのが感動的だった。
その悲しさを際立たせるのが二人の置かれた身分制度。貴族である両班や良民(自由民)の下に置かれる賤民である彼らは人間として扱われる存在ではないのだ。劇中では王のために彼ら芸人を獲物にして狩をする場面がある。一応矢じりを潰しているとはいえ、人間相手にできることではないだろう。狩られる彼らの方は取り立てて文句を言うわけでもなくひたすら逃げる事に必死になっている。
勿論コンギルが王のお召しを断れるわけがない。コンギルを愛しながらもチャンセンが強く反対できないのは彼のことを思えばこそだし、コンギルもチャンセンのことを思って王の元へ行くのだ。

そして燕山君の時代背景も興味深い。15世紀末から16世紀初頭ということであの有名な「チャングム」とも時代が重なっているのでドラマを見ていたらかなり馴染み深い感じがするだろう。
燕山君は暴君として名をはせているようだが、母親を毒殺されたという悲しい幼少の記憶がありそれを語る王には同情を禁じえない。「母上に会わせて」という願いすら聞き届けられなかった王の寂しい心。
涙を抑えきれなかった場面の一つは王の悲しみの場面だった。

つまりは最高の位に就く王と最低の存在である主人公たちが両方とも自由ではない世界の中で生きているということなのだ。
この後、王は臣下たちの反乱によって死を迎える。結局王を心から愛した人はいなかったのではないか。その毒殺された母親を除いては。

相反する何も持たない主人公たちはそのお互いしか愛する人はいないのだ。他には何もない。

コンギルに惹かれ寵愛する燕山君どこかで見た!と思ったら「アウトライブ」で大好きになったたナムグン家の息子・ジュングァン(チョン・ジニョン)ではないか!あの時も「お気に入りの美女の絵」にそっくりの主人公(男!)を「美しい。俺の理想の女に似ている」と言って友達関係を結ぶといういい趣味をしてたっけ。怪しい(笑)素敵だ(笑)


ラベル:同性愛 旅芸人
posted by フェイユイ at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第43回大鐘賞映画祭授賞式での「王の男」を顧みる

「王の男」に痺れぼうっとなりながら改めて第43回大鐘賞映画祭授賞式のようすなど見てみる。

15部門候補、10部門受賞という怖ろしい数である。
これでもイ・ジュンギの人気の程が伺える(後ろのイ・ヨンエは綺麗だなー)

私は何と言ってもカム・ウソンのチャンセンに惚れてしまったのであるがカム・ウソンって普段はこうなのだ。うはー、映画のワイルドさと違ってインテリジェンスな男前だ(ってメガネに騙されてる単純な私?)

全員集合写真で見えているのは助演男優賞のユ・ヘジン

しかしイ・ジュンギはやっぱきれいだなということで。
ラベル:同性愛 旅芸人
posted by フェイユイ at 18:28| Comment(4) | TrackBack(2) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「王の男」

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観終わったばかりで目が痛いです。まさかこんなに泣いてしまうとは思いもしませんでした。

散々韓国での凄い興行記録を聞き、大鐘賞映画祭では10部門受賞 などということで期待も高かったのですが、こんなに切ない物語だったとは。韓国映画が涙を絞るのに長けていると判りつつも涙なしには見れませんでした。

時は朝鮮王朝、暴君で名高い燕山君の時代(1500年頃)。旅芸人というのはそれだけで卑しい身分なのだろう。特別詳しい説明はないのだが、少しずつ語られる言葉で主人公芸人チャンセンと女と見まがう美貌のコンギルは幼い時から互いを頼りにし芸を磨いて生きてきた。
事件を起こして二人は田舎から王のいる都会へと逃げ延びる。そこでチャンセンとコンギルは知り合った芸人と手を組んで命知らずにも王を嘲笑する芸を披露し捕らえられてしまった。

王というのはかくも力のない存在なのか。いや王とはいえやはり人の心を捉えるのは難しい事なのだろう。
居並ぶ貴族達の中で王の力はあまりにも頼りなく虚勢を張らずにはいられないことなのか。
王が自ら行った影絵で愛する母に会えない悲しみを訴えた時、思わず涙がこぼれた。狂気と言ってもいいような気まぐれな王なのだが結局この王には何もすがるものがないのだ。

同性愛的要素がある、ということでも話題になっている映画だが、他のもろもろの映画のように露骨にそういう場面があるわけではない。言葉すらない。
それでもチャンセンのコンギルへの愛はその何も語らない演技からにじみ出てくるようなものでそれが却って切なく心を打った。
幼い時から寄り添い生きてきた二人にもすがるものはなかった。卑しい身分である二人には互いの存在しかなかったのだ。
二人は身分は卑しいが抱きあうことのできる互いがいる。王は何も持たないのだ。

チャンセンのコンギルへの想いがいつまでも熱く悲しく感じられるのとコンギルもまたチャンセンを想う気持ちも強いのがなんとも言えず泣いてしまいましたね。

幼い時からの互いに芸を鍛えあったというのと男らしい風貌と女性的な存在、そして映画の中で京劇をやるというので「覇王別姫」と重なる事もあるかもしれませんね。
ただ「覇王別姫」では蝶衣からの一方的な思いだったので私的には寂しかったのですがここでは二人が愛しあっていると言う事がまた涙涙でした。

またもう少し書くと思います。

監督:イ・ジュニク 出演:カム・ウソン、イ・ジュンギ、チョン・ジニョン、カン・ソンヨン
2005年韓国
ラベル:同性愛 旅芸人
posted by フェイユイ at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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