2006年07月30日

「チェ・ゲバラ&カストロ」

カストロ.jpg

正直言って中南米の歴史やゲバラ、カストロについて一握りの知識しか持ち合わせていないのでこの映画を観て感じることがどのくらい正しいのかそうでないのか判らない、ということがある。

もう一つの問題はこの作品が3時間以上のアメリカでのテレビ映画だったものを120分の映像に押し込めてしまっている、ということで作品の主旨がどのくらい変わってしまったのかが判らない、ということ。
この縮められた部分については知りようもないので観る事ができた限りでの感想となる。
またアメリカ資本でアメリカのテレビ放送用に作られた映画だというのも注意すべきことだ。

前置きが長くなったが、それを頭に置いて観たとしてもかなり上手く演出・構成されていたのではないかと思う。
ただこれを見る限りでは「チェ・ゲバラ&カストロ」ではなく「フィデル・カストロそして少しゲバラ」と言う感じである。
私は「モーターサイクル・ダイアリーズ」の映画の魅力とガエル・ガルシア・ベルナルによって中南米映画に入り込んで行った口なのでゲバラはややかじったが、カストロについては殆ど知らなかった。
この映画を観てカストロを演じたビクター・ヒューゴ・マーチン(ビクトル・マルティン?)が素晴らしいせいもあってゲバラの出番が少ないのは不満ではない。
ただ問題はそのゲバラの演出なのだ。カストロとは違って過激なゲリラ男というイメージが強くその活躍も大幅に端折られていたので、これではなぜ彼が出生国でない南米の各地でも英雄として尊敬されているのかが全く理解できないのではないか。最後の戦いの場面でもぶざまにつまずく様が彼を貶めているようでもあり製作者への悪意を感じてしまう。
そのくせより有名なガエルの名前とチェ・ゲバラの名前を先に出す辺りが商魂逞しくはないか?多分可愛いガエル観たさに買った人はがっかりだ。

またそれてしまった。
カストロがアメリカの支配に怒り、クーデターを企てしかもできるだけ敵の命を無駄に失わせる事はなく、ゲバラと出会い意気投合してキューバの独立のために戦うところまでは息を呑む思いだった。
だが独立をして自らが頂点に立った所からカストロに対する評価が厳しくなっていく。特にそれまでの貧しい人の為の革命というだけでなく、共産主義の道を歩みだしてからは独裁者の悲劇という映像になっていく。
ここからが私にはよく判らないのだ(勉強不足、認識不足である)製作者が「アメリカに反抗して戦った姿はかっこいいが、その後の共産主義はこのような悲劇を生み出したね」と言っているとしか思えないからだ。
そしてそれが本当なのかがまだよく判らない。あまりにも悲惨な国のように映し出されるのと音楽や明るい太陽というイメージが結びつかない。

そういうわけで多くの宿題を課せられた状況になってしまったのだが、そういう意味でもとても興味深い映画だった。
カストロを知るための入り口としてはいいのではないのだろうか。ただしこれでチェ・ゲバラを知った場合はさらに他の事で彼を知っていただきたい。偉大な革命家として名高い彼がこれだけの存在と認識されてしまっては困ってしまう。最後の彼の死の場面は「赤いキリスト」と言われた有名なチェ・ゲバラの写真を映像化したものだということを知って欲しい。
(私としては、映画を撮った人達はカストロとゲバラの姿を伝えたかったのだが、製作会社としては共産主義=悲劇という路線を守らねばならなかったんだろうと思っているが)

そしてもう一つ。アメリカテレビ映画らしくキューバ人が皆英語を話すと言う不思議世界になっているが、それが凄いスペイン語風巻き舌発音なのが愉快。英語圏の人になったらどんな感じで聞こえるのか「キューバらしい雰囲気が出てたね」ってことなのかな。

監督:デヴィッド・アットウッド 出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、 ビクター・ヒューゴ・マーチン、 パトリシア・ヴェラスケス
2002年アメリカ(中南米のカテゴリにいれてますが)

最後にこの映画でのガエルはファンとしては非常に寂しい。演出がこれなんでガエルとしてもあのいつもの扇情的表情も使いようがないしな。
おまけに小柄な体が悪い方に出ていてかなり体格のよかったチェのように見えない。「モーターサイクルダイアリーズ」の時みたいにごく若くて細い時はぴったりなんだけどね。


posted by フェイユイ at 20:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 中南米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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