2006年08月14日

ティム・バートンとジョニー・デップ

ティム・バートンというとても面白い映画監督がいて結構作品は観てる。つい最近も「チャーリーとチョコレート工場」「コープス・ブライド」「エド・ウッド」を観たし以前から「シザーハンズ」「スリーピー・ホロウ」も観て好きだ。だのになぜかここで取り上げてなかったし、あえて一つ一つの作品を批評したい、とまで思わない。それは彼の秘蔵っ子(?)のジョニー・デップもそうなんだけどデップが好きでかっこいいと思うんだけどひたすらのめり込むような感じにならずお二方とも「好きだなあ」の範疇である。いやホントに好きなんだけども。

ジョニデはさらに今現在人気ナンバーワンって感じなので私まで騒ぐ必要もないか、ってところ。どの作品でも素晴らしいですが。
彼の一番いい映画はっていうとどうしても最初に観た「シザーハンズ」の印象が強いんですよね。でも作品的には「スリーピーホロウ」が好きで結局ティム・バートンですね。「夜になる前に」の女装ゲイも捨てがたいけど。
それと最近観たせいだろうけどジャック船長も好きなんだけどね(笑)

ティム・バートンという方も好きなんだけどスゲエ好きってまではいかないのは何故だろう。
しかし「チャーリーとチョコレート工場」観るとどうしてこんなものを作るのか?と感心してしまう(変わっているよなー心底)「コープスブライド」ならまだわかるんだけど。

とか言っててもこの二人の作品は(別々でも)これからもずっと観ていくんだろうとは思うのだけどね。
勿論とても楽しみにして。


posted by フェイユイ at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

「パパは出張中!」

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何故いきなりこの映画なのか、解る人には当然わかる。

タイトルは知っていたし、有名な作品で秀作であるという評価は聞いていたのだが、観始めてこんなに陰鬱な映画なのかとさじを投げそうになった。
大体私はふざけた映画が好きなのでこうシリアスに淡々と進行されるとめげそうになる。
だけども何となくやめられず最後まで観てしまい、そうしてみると冒頭の「メキシコの歌ぐらいしか歌えない」とかこんな大変な状況で生きていかなくてはならないのに女には目がないパパだとか「政治なんぞクソ食らえ」というおじいちゃんだとか妙な味わいのユーモアがあるわけで。
とにかく派手な演出が多い今の映画を観る目で見れば怖ろしく物事が静かに起きていくのだが(チトー政権下での理解しがたい罪を押し付けられてもそれで家族が酷い目にあってもありのままを映していくだけといった感じ)事実歴史はそのように過ぎていくのだろう。

少年の語りで構成される映画というのは特にこのような緊張を強いられる状況を和らげるのに適しているものだが、ここでもややおっとりした風のマリク少年が上手く物語を運んでいっている。
女癖の悪いパパのせいなのか、政治がいけないのかマリク一家は不安定な時期を過ごすことになるのだが、それでも家族が支えあって生きていく姿がなんともいえずほっとする。
マリクが初恋の少女と宿題をするのが幸せでずっと宿題をしていたい、と思う場面なんて微笑ましい。
またマリクが晴れ舞台で上手くやれす泣いてしまう場面は心が痛んだ。その事でパパが再起を願っていたのだろうけど上手くやれなかったマリクをいたわる様子に安堵する。

マリクは夢遊病になって町を彷徨い親たちを心配させるのだが、最後にまた夢遊病になってこちらを見てにやり。おや、これは全てマリクがうったお芝居だったのだろうか。

映画の中でマリクがずっと欲しがっていたのがサッカーボールそしてラジオからユーゴスラビアのサッカーチームの活躍ぶりがすっと放送されている。
オシムやストイコビッチを生んだ国ユーゴスラビアなのだ。

監督:エミール・クストリッツァ 出演:モレノ・デバルトリ ミキ・マノイロヴィッチ ミリャナ・カラノビッチ
1985年 ユーゴスラビア


posted by フェイユイ at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょっとした企み

盆前仕事を終え、いつものぐうたらフェイユイの日々に戻れそうです。ぐうたらになるということはここでの活動は活発になるということなんですが。

というわけで、「藍空」がますます充実(?)しようかという時にナンですが実はこの8月いっぱいで「藍空」を閉めようかと思っています(わ!ようかという字の変換が「楊過」になったのでびっくり。さすが!)
と言っても先日大騒ぎしたブログをやめるのどうのと言うのではなく、引越ししようかと思っているのです。
と言っても別にここ(Seesaa)には何の不満もないし内容が変わるわけでもなくただ手狭になったので別の部屋に移りたいなあと思いまして。
何しろ再構築に時間がかかって、特に重いときはいつになるかわかんないって感じなのでここでちょっと身軽になりたいと考えました。

9月に入ってからのことなので少し気が早いのですがこういうことを企んでおります。もしかしたら目ざとく見つけてしまった方もおられるのかもなあ。
っていっても何もまだ書いてないのですけどね。
posted by フェイユイ at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

「盛夏光年」待ち遠しい!

盆前の集中勤労で精神と肉体が分離しそうであるが、これはまた美しい写真が。
例によって石公さんのとこから移動させただけでなんとも申し訳ないです。

「盛夏光年」

時間がなくてちらりと見ただけですが綺麗な映像です。うーん、早く動く絵を観たい。

追記:タグ・クラウドで「張孝全」の後に「同性愛」というタグが来てしまったのは私のせいではありません。そりゃそういうタグを書いてしまったのは私ですがね(笑)
ラベル:張孝全
posted by フェイユイ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月09日

仕事にへばってオシム観る

お盆前で仕事が忙しく精神モーロー状態。さすがに何か映画などを観る集中力はなく今日はオシム初日本代表戦(間違ってない?)をだらしなく観る。
殆どワールドカップ代表メンバーがいなくなってるとは言え、まるで代表ではないような動き。ただしいつもは最初はいいけど次第に日本チームらしくなるという怖れもなきにしもあらずなので、この初々しい感じをずっと保っていってほしいものです。あまりにもオシムに対しての評価と期待が高いのですがなんのことはない私もやはり皆と同じですっかりオシムびいき。選手がワーキャー言われるメンバーではないようなのでみんなの目線はオシムに注がれておりますね。
オシム監督としては「負けても中身が大切」てな発言をされていたようですがうっかり2点差で勝ってしまってこれは幸先いいスタート。なのでしょう?また近く試合があるし楽しみ楽しみ。

高校野球もたけなわだが先日の沖縄×千葉の試合はよかった。八重山商工やったね!(千葉の人ごめん)
ラベル:オシム
posted by フェイユイ at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

「康煕王朝」を観終わって/その2

とは言ってもこの「康煕王朝」面白かったのは確か。前にも書いたけど全く康煕帝に関しての知識がなかったので全て新鮮に観る事になりました。

嫌いと言っても若い時の康煕帝は可愛いんですよね。東亭とスマラグが康煕を支え、まだ未熟な康煕もお婆様にしかられたり、一所懸命頑張ったり後でその頃を懐かしむ場面がありますがほんとにそうだと思います。
康煕が大人になるほど悩みが増え後で容妃が嘆くように康煕は身近な者にあたっていくようです。
しかし一体どうしてこんなにいい人・好きな人ほど酷い目にあわせてしまうのでしょうか。
一つは康煕の公平な精神と言うものを表現するためなのでしょうか。公平ではなく好きな人に対して不公平のようにも見えますが。

康煕たちのような満人と征服された漢人というのは知ってはいてもあまり考えた事がなく、このドラマを観て少しわかったような気がします。
それにしても圧倒的に数の多い漢人を征服してしまった満州族というのは物凄いものですね。

最初観た時はびっくりする弁髪も女性のあの大きな髪形もいくつかのドラマや映画を観ている内に慣れてくるものです。大体日本の侍のまげの方がかなり特殊なのであれがいいんだったら弁髪はまだまだ可愛い方です。女性の髪形も日本の江戸時代の髪型を大げさにしたような感じでもありますしね。後ろ髪のはね具合とか。

中国にはイスラム教徒がたくさんいる、というのも知らなかったことで康煕がイスラム教も公平に見ている、という話なんかは凄く興味深く見ました。

最後になりましたが、目的だった陳道明とスーチン・ガオワーは本当に素晴らしかったです。
この話、スーチン・ガオワーのお婆様がいなければ魅力半減かそれ以下です。かっこいいんだもんなあ、太皇太后。
陳道明、「ラストエンペラー」もこれもどちらも凄い。考えたら康煕皇帝は皇帝としてはすごいけど(このドラマとしては)人間性に乏しい感じ。それに比べたら溥儀は運命的に落ちていくばかりだけど人間ドラマとしては格段に面白いですね。康煕の前で溥儀褒めてて申し訳ないけど。
ラベル:康煕王朝
posted by フェイユイ at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「康煕王朝」を観終わって

「康煕王朝」50集を見終わってなんとも言い難い気持ちに陥りましたね。何と言っても衝撃だったのは康煕が最も信頼しまた美しさと気品と愛情豊かな容妃を康煕自身が奴隷の身に貶め、便器を洗うという毎日を送らせ(便器を洗う職業の方には申し訳ないですが)しかも60周年のお祝いに他の囚人(索額図と明珠)は呼んだのに彼女の事は忘れてしまい、がっくりした容妃は便器に押しつぶされて死んでしまうなんて。
これは一体史実なんでしょうか???私は恥ずかしながら康煕帝のことを全く知らずこのドラマで初めて知った(それまでは名前を見ても何も思わなかったわけですね)のですが、一応歴史書を見ると類稀なる名君とあります。事実このドラマのように幼くして皇帝となった後、三藩の乱を平定し、台湾を奪回し、モンゴル・ジュンガル・チベット・青海も平定、ロシアとネルチンスク条約を結び、「康煕字典」を作り、西洋の数学・天文学・地理学を学習し、学問を奨励するというまだ多分書き足りてないほどの偉業を次々と行ったまさに皇帝、という物凄いお方ですね。
そのお方が最も愛する妃に対してこの仕打ち。ドラマを観ているとそれは康煕の皇帝としてのどうしようもない立場から、ということで陳道明の悲しい眼差しについ涙をこぼしてしまいましたが、どうしたって凡人の私には康煕のやり方が理解できませんね。(史実でなくドラマ製作者の演出ならごめんなさい)
とは言え、思い出してみたらこのドラマでは康煕と深く関係して言った人々は皆不幸になっているのですよ。
敵の大将は仕方ないですが才能豊かで人徳もある家臣や身内が康煕のためやむなく不幸な道を辿っていく。
康煕と清のためにと大地図を書き上げた周培公の最後は悲しかったですし、李光地も身を粉にして働いてると言う感じなのにと最後は台湾に送られてしまいました(私は台湾がいいけど)
太皇太后にはさすがに酷い仕打ちはしてませんが何となく不安を抱かせたまま死を迎えさせてしまったのではないでしょうか。
愛娘・藍斎姫はかわいそうに嫌な男の所へ嫁入りさせられその人を好きになったら親父から戦争されて未亡人にさせられ愛する母親は奴隷にされ、と散々に心を踏みしだかれてしまいます。
賢かったスマラグはそういう目には会いたくない、と康煕との結婚を拒絶したのでしょうね。それでも深い悲しみに傷ついた最後でした。
腹心というべき魏東亭は最後はまあ康煕と添い寝したりして仲直りしたんですが、貯金したり大変な働きをしたにも関わらず完璧じゃない、とばかりに台湾に追いやられたりして気の毒でした。
舅である索額図や明珠もまた反逆の志があったとはいえ惨めな末期を過ごしています。
唯一康煕をしてやったりと言う感じなのはバオリーロンメイ姫くらいですか?なにせ康煕を強姦したあげく身ごもったかもしれないというバイタリティ溢れる姫ですね。彼女の去り際はかっこよかったです。

それにしてもこのドラマの人間模様が史実なら私はどーにも康煕皇帝は好きになれませんね。優秀かもしれませんが可愛げが全くないではありませんか。
ドラマとしての演出なら英雄というべき皇帝をここまで非情の人物に描いた、ということに驚きます。最後なんか主人公・康煕に憎しみすら感じましたからね。やっぱり最後には名誉より愛を選んで欲しいっす(いくら甘いと言われても)やだやだこの皇帝。

このドラマの男性で一番魅力があったのはグールダンでした。私だって康煕の城に帰るより藍斎姫のしたとおりグールダンの元に戻りたいですね。
ラベル:康煕王朝
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2006年08月07日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第50集

張廷玉が康煕に60周年のお祝の宴を申し出た。康煕は寂しかったから華やかにやりたいと言い出す。

盛大な宴が設けられ大勢の人が集まった。囚人である索額図と明珠も首かせをはずされて宴に参加した。二人はすっかり打ち解けて仲よく席に着いた。

康煕の幼馴染である魏東亭も孫を連れて参上した。康煕は喜び酒を酌み交わした。

康煕は太皇太后の杯を持ってこさせ幼くして両親を失った自分を育ててくれた太皇太后に感謝を述べて飲み干した。そして宴に参加した60歳以上の老人達にも礼を言い杯を干した。それから敵であったアオバイやグールダン、朱三皇子らにも敬意を表し杯の中の酒を捨てた。
それを見ていた臣下たちは皇帝を賛辞して跪いた。

その頃、容妃は粗末な家でひとり繕い物をしていた。彼女に声をかけるものはいなかった。

宴では明珠と索額図も酒を振舞われた。二人はすっかりかつてのわだかまりもないかのように互いをいたわった。

容妃のところへは宴で使われた便器が運ばれた。容妃はそれを洗いながら康煕が自分を思い出して迎えに来てくれることを信じていた。彼に対しては恨みはない、と。

康煕は今までのどの皇帝より長生きし、133人もの子供と孫を持ったことに満足していた。居並ぶ子供達から次の皇帝がまたその次の皇帝もでることに喜びを感じていた。
だが魏東亭は「一人足りない方がいます」と言う。

康煕は部屋の片隅に明珠と索額図の姿を見つけやや白んだ気持ちになった。
その明珠と索額図は手をつないで仲良く牢に帰って行った。

容妃は便器を洗いながら康煕のお召しをひたすら待っていた。宦官が早くしろ、と声をかけたので「皇帝のお呼びですか」と問い返した。だがそれは便器がたくさん到着したので早く車から降ろして洗え、ということだった。
茫然となった容妃は力の無くなった腕で車から便器を降ろそうとした。が、抱えたまま彼女は気を失い倒れてしまう。その体の上に車に積んだ便器が一斉に落ちてきた。
容妃は死んだ。

李徳全は宴たけなわの康煕に容妃が亡くなったと知らせる。康煕は「疲れた」と言って宴を終えた。

康煕は自ら容妃の遺体が横たわる便器の洗い場に行った。亡くなった容妃を見つめ康煕は聞いた「容妃に仕えていた者は何名だ」「20人の宦官です」「彼女が便器を洗っていたのを見た者はすべて殉死させろ」
容妃の葬儀が盛大に行われた。康煕は側にいる東亭に「あの宴の時、お前が一人足りないと言ったのは容妃のことだったのだな。私は思い出さなかった。彼女は私にとってとげだ。深く刺さったとげなのだ。お前はそれを抜けと言う意味で言ったのだが、私はこのとげを刺したまま黄泉の国へ行こう」

康煕は妃の墓に入りインレンの母親である妃の墓に謝った。康煕はインレンを皇太子に立て廃しまた立てた。だが大器になれなかった皇子に後を継がせるわけにはいかないと。
また康煕は容妃の墓の蓋を開け彼女を孝慈仁皇后としこれから永遠に共にいる、と約束した。そして容妃の素晴らしい孝行と知性と節操と品行を後世に残す為に史書として書き記す事を命じた。それには康煕と容妃は27年間仲睦まじく過ごした、と書かせると。
康煕はなおも心でつぶやいた。容妃が太皇太后の遺言を守ってインレンの皇太子を守ろうとしたのは知っていた。だが清のために無能な者を世継ぎにするわけにはいかない。自分はあえて容妃に主君を欺いた罪を着せて冷たくあしらったのだ。

康煕は寝所で魏東亭と添い寝していた。そして自分たちは老いた犬達のようだと笑った。
康煕は明日の朝会で後継者を発表すると言い、東亭にその者の名前を見せた。東亭は驚いた。康煕は意外だろう、と笑う。
東亭はあなたは聖君だ、と言って息を引き取った。康煕はなおも話しかけたが答えず目をつぶっている東亭を見て寝るのが早いじじいだと呆れて眠った。

翌朝、死んでしまった東亭を見て孫の小魏子は泣いた。康煕はそんな小魏子に優しく接し、朝会に一緒に出ようと言う。

後継者発表の朝会に臣下と康煕の子供・孫らが出席した。宦官・李徳全が「後継者を皇帝自ら発表される」と呼ばわった。
康煕が東亭に見せた紙を箱から取り出した。そこで動かなくなった康煕を心配そうに小魏子が見た。「皇帝は天に帰った」

1722年11月13日康煕皇帝崩御。戒名聖祖、69歳であった。
ラベル:康煕王朝
posted by フェイユイ at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第49集

康煕は皇子たちの反逆を怖れた。
そして李光地にインスーの家を捜索させインスーを捕らえさせた。実の弟を殺そうとした事が許せなかったのだ。そしてインレンは無実として医者に見せた。

容妃は身分を落とされ粗末な寝床で寝ていたが太皇太后の言葉を思い出していた。人は眠る時はみな夢の中だと。
皇帝である康煕が今、悪夢の中にいることを容妃は案じていた。

花を見に来た康煕に容妃は太皇太后の遺言である「インレンは欠点はあるがいい子なのだから皇太子を廃してはいけない」と言う言葉を繰り返した。
康煕は容妃に紅玉が自害した事を知らせ何故逃がしたのかと聞いた「朕が残忍だというのか」容妃ははい、と答えた。インスー皇子もいい所もあるのになぜ廃してしまったのか、あなたは心が狭いのです。
これを聞いた康煕は怒り出て行った。容妃はさらに身分を剥奪され奴隷となった。

このことを聞いた慧妃は大いに喜び宦官に「彼女を殺しても傷つけてもいけない。宮中の便器を洗わせなさい」といいつけた。

容妃は山のようにある便器を洗い続けた(ほんとかね。たくさん人がいると思うんだけど。容妃だけじゃおっつかないよ)しかも慧妃の宦官達が意地悪をしにやって来て容妃を苦しめた。

康煕は李光地を呼び台湾知事をしている魏東亭を呼び戻したいという。だが優秀な彼の代わりがいない。言葉の意味を察し李光地は「では私が台湾の知事をやります。ただもう呼び戻さないでください」と頼んだ(繰り返すけど朝廷の泥沼にいるより台湾にいたいね私も)

突然、藍斎姫が朝廷にやってきた。驚き慌てて迎える康煕。前日は藍斎の誕生日だったのだ。
喜んでオルゴールをプレゼントする康煕に藍斎は母に会いたいという。康煕は宦官の李徳全に耳打ちして容妃を迎えに行かせる。

容妃は藍斎がここにくればいいと言ったが、皇帝の威厳のためにお願いします、藍斎様はお母様に会いたくて長い道のりを帰ってきたのですという徳全の願いに仕方なく容妃はみすぼらしい作業着を豪華な衣装に着替えて藍斎に会う。藍斎は何の疑いもなく再会を喜んだ。
息子のアミダはもう大王として国を治めているので来年は会いにこれます、と言う。もう恨みも残ってはおらず清と仲良くするつもりですと伝えた。
藍斎が休む為に場を離れると康煕は容妃に冷たく帰るように言いつけた。
容妃は足が悪く痛む足を庇うようにしてその場を去った。宦官の李徳全だけが彼女を見送った。

戻ってきた容妃を見た宦官達は彼女の服を剥ぎ取りあざけった。されるがままに容妃は思った。
もう康煕のために生きていくのは嫌、あなたが天下を治めるように私は便器を磨いていく。でもあなたの天下よりこの便器の方が綺麗かもしれない。

藍斎はうれしげに母の住居を訪ねた。だがそこは荒れ果て誰もいない建物となっていた。追いかけてきた李徳全に藍斎は容妃の居場所を問いただす。
口ごもっていた李だが藍斎の剣幕にとうとう容妃の居場所を教える。
奴隷となって便器を洗う母の姿を見て藍斎は泣きながら抱きついた。そしてすぐ国に戻り兵を起こす、と言う。容妃は押し止め、今、陛下は肉親の争いで苦しんでいる。そのために最も近しい者を苦しめてしまうの。いつか彼は私を迎えに来てくれる、その日を夢見て待つわ。
藍斎は泣きながら戻るしかなかった。

藍斎はすぐ康煕に暇を告げる。何も言わないが康煕からもらったオルゴールを床に落として割った。
それを見て康煕は「容妃、永遠に許さないぞ」とつぶやく。

康煕は庭でぼんやりと過ごしていた。その様子をみて李は気が気ではない。皇帝が何を考えてるかわからず皆怖れてます、と申しあげる。
康煕は晩のおかずのことしか考えてないと言う。
そこへ張廷玉が来て近く康煕帝になって60年の節目です。いままでに60年もの間国を治めたものはいません。皇帝がなさらなくても我々がお祝いをいたします、と申し出る。

最後に来て物凄いいらいらです。全く今までのどの敵より朝廷内の家臣や息子の問題より康煕自身の心が敵ですね。今まで尽くしてきてくれた容妃に対してこの仕打ち。ほんとにもうはらわた煮えくり返ってます。
次の最終章で一体どうなるのか、容妃のことだから飛び蹴りなんかはしないんだろうなあ。
 
ラベル:康煕王朝
posted by フェイユイ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第48集

李光地は索額図を弾劾しようと試みるが策額図は狡賢く罠にはまろうとはしない。
康煕は奴はお前達の手には負えないようだなと笑う。李光地は拷問を勧めるが孫である皇太子は反対する。
康煕も身内である索額図には酷いことはできない。そこで登場してきたのが明珠であった。
仇敵である明珠は索額図のあらゆる悪行を覚えており次々と彼を告発した。さすがの索額図もこれには反論できない。
明珠は索額図によって自分も次第に悪の道に入っていったことを告白もした。

明珠による索額図の28の反逆を知った康煕は激しい怒りに震えた。だがそれでも索額図を死刑にはできない。
康煕は索額図と明珠を牢で天寿を全うさせる事にした。
さらに康煕は皇太子インレンに索額図が計画した康煕暗殺を知っていたのかを問う。正直に答えよという康煕にインレンは知っていたと答える。

康煕は一族を集め祖先の霊前で「インレンを皇太子からはずす」と明言した。これを聞いた容妃は「太皇太后の遺言で皇太子をはずしてはいけません」と叫ぶ。
康煕は邪魔をされ容妃を殴った。容妃は「太皇太后の遺言では花の面倒を見るように」と言う。康煕は「枯らしてしまえ」と冷たく言った。

インスーはインレンの恋人であり朱三皇子の娘紅玉を捕らえ康煕の前に引き立てる。娘の腹にはインレンの子供がいると聞いて康煕はその子を産むまでは容妃に面倒をみるよういいつける。
容妃は太后の遺言どおり花の世話をしながら紅玉に城を出る方法を教え皇居に入ってはいけないと言った。
紅玉は父の墓を参ってそこで自害した。

容妃が花の世話をしていると慧妃が訪ねてきて容妃の心配をする。だが慧妃はもう太皇太后はいないのだからと言って鉢から花を切り落として持っていくのだった。

索額図が捕まり皇太子が廃されて明珠は牢の中ながら優遇されていた。そしてインスーに皇太子になる為の知識を与える。
インスーはすっかり落ちぶれ果てたインレンを訪ねた。インレンの精神はゆがみ始めていた。

インスーは康煕に会い弟インレンの言葉を伝えようとした。康煕はちょうど19皇子の病気見舞いにいくところだったがインスーは構わずそうとする。
そしてインレンが皇帝の座を狙っているといった事を伝え康煕の怒りを蘇らせた。インスーが「こんな卑劣な奴は私が処分しましょう」というと康煕ははっとして「お前は弟を殺そうと言うのか」と嘆いた。
病気の弟の見舞いに来ていた兄はいなかった。康煕が来て慌ててやってきた兄達を見て康煕は肉親の非常さを訴える。康煕は自分にはないだろうと信じていた肉親同士の争いが現実に起きつつあることを怖れた。
ラベル:康煕王朝
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2006年08月05日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第47集

藍斎の兄インスーは容赦なくグールダンの首を切った。喜び勇んで首を持ち帰ると康煕は「自害させてもよかった」と言いインスーを休ませ自ら藍斎を迎えに馬を走らせた。
藍斎はグールダンを葬ろうとしている所だった。「帰ろう」という父・康煕に藍斎は強い反感を抱く。そしてとうとう首を縦に振ることはなかった。グールダンの息子アミダは康煕に復讐を誓う。康煕はまだ幼いアミダに短刀を渡しもう復讐はするな、だが心が変わらなければ来るがよい、と言った。

藍斎は幼いアミダにもう復讐はせず清と仲良くして欲しいと頼む。そして父が残していった箱を開けると昔叩き割ったウサギの置物が修理されて入っていた。

葛礼は印空大師に「索大臣は今こそ康煕を討つ時だと考えている」と伝えた。
そして細かく康煕を討つ手配を教えたのだった。

康煕は勝利に酔っていた。美しい女性達の舞を見て祝いの美酒を飲み干した。それぞれが康煕を讃えた。
康煕はバオリーロンメイと連れ立って草原を駆けた。後にインスーやお付きの者が従って走った。
「疲れた」という康煕にバオリーは草原にマントを敷いて康煕を寝かせた。そして自分も服を脱いで康煕と添い寝した。
それを見たお付きの者たちは慌てて皇帝の周りを布で目隠しした。バオリーに心を寄せていたインスーもまたそれを手伝いながら涙をこぼした。
康煕はバオリーに「余を強姦したな」と笑い貴妃にすると言った。だがバオリーロンメイは種族の者達が8年も待っていると言って康煕にはついていかないと言う。
お前も私から離れるのかと言う康煕にバオリーはおなかに皇帝の命が宿っているといいのですが、とささやいた。
そして彼女を待つ部族の所へ戻っていくのだった。

なんという衝撃の康煕強姦されシーン!まさか皇帝が青空の下で強姦されるとは思いもしない展開でした。しかも相手はお姫さまだし。インスーかわいそ。果たして種はしっかりバオ姫に宿ったのでしょうかねー?

索額図の腹心・葛礼と朱三皇子(印空大師)らが康煕を襲った。だが康煕の護衛に殺されてしまう。
それを見て康煕は帰京を急ぐ。途中でインレンたちが白装束で待ち構え、康煕に「太皇太后様とスマラグが亡くなった」と泣く。康煕は気を失いそうになる。

明珠は再び牢に入っていた。そこへ最大の敵である索額図も入ってきた。同じ場所にはいられないぞといいながら明珠は不思議に思う。
皇太子は李光地になぜ索額図が投獄されたのかを問う。答えなかった李光地だがつい皇太子に索額図とは一線を引いたほうがいいと助言して平手打ちをくってしまう。

皇太子は父・康煕に会おうとするが護衛のインスーに止められる。むっとする皇太子だがインスーはどんな事があっても自分は皇太子のみかただと言う。
そこへ康煕が来て皇太子、インスー、李光地、廷玉に索額図を取り調べるように言い渡す。

皇太子インレンにとっては索額図は祖父でもある。その索額図を引き出して自ら取り調べる事となった。葛礼と朱三皇子の康煕殺害の陰謀は索額図が謀ったものなのか。
無論、索額図は知らないと答える。
ラベル:康煕王朝
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「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第46集

太皇太后は訪ねて来たスマラグを暖かく出迎えた。酷く具合の悪そうなスマラグを案じて太后は今までの人生は満足だったのか、何か康煕に言う事はないのか、と訊ねた。
スマラグは「お婆様は何でもご存知なのです」と言って泣いた。もうすぐ死にます、というスマラグに太后は一緒に行こうと言って見送った。

戦場にいる康煕の所へ行く者に太皇太后は「自分は元気で花の世話をしている」と言うように命じた。そしてスマラグを訪ねて康煕への伝言を伝えるように言いつけた。

使いの者がスマラグに太后の言葉を伝える。スマラグはその者を待たせて手紙を書いた「スマラグは陛下をずっと愛しておりました」と。
だが彼女はその手紙を焼いてしまう。驚く使いのものに「スマラグは手紙を書いて焼いてしまった、と伝えてください」と頼んだ。

太皇太后は容妃に遺言を伝えた。「私が死んでも皇太子を廃することがないよう、康煕に頼んでおくれ」
太后は皇太子を廃してしまったら残された王子たちがその座を狙って戦うだろう、ということを心配していた。

太皇太后は気に入りの服を着て容妃に頼んだ「今までいつも大勢の者にかしずかれていた。今は一人になりたい」容妃がお付きの者を全員下がらせると太后は容妃にも出て行かせた。
そして太皇太后は一人死へと向かった。
その日スマラグも亡くなったのだった。

戦地ではバオリーロンメイが食料と兵士を連れて戻ってきた。やがて朝廷からの食料も到着するとあって康煕は喜んだ。
毎日太皇太后が元気であるという知らせを受けて康煕は太后の使いの者に真実を聞いた。使者はついに本当のことを話した。
康煕は下がっていいと言っただけだった。

ついにグールダンとの決戦の時がきた。
激しい戦いの後、藍斎は酷く傷ついたグールダンを馬に乗せ、アミダを連れて逃げた。
グールダンは馬から落ち、殺せと頼む。泣く藍斎の所へ兄のインスーの軍隊が追いついた。
以前命を助けたのだから今度はグールダンを助けて、と頼む藍斎にインスーは俺はいいが父が許さない、とグールダンを刺し殺した。
ラベル:康煕王朝
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2006年08月03日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第45集

康煕は大臣達を前にして朝廷内の腐敗を嘆き叱咤した。そして「正大光明」という言葉を掲げた。
康煕は今まで様々な敵がいたが本当に怖ろしい敵は朝廷の中にいた。肉親や大臣達の中にいたのだ。

康煕は再びグールダンを討つ為に北へ向かった。今度は明珠を檻に入れて運ぶ。インスーは手柄をたてて助けると約束した。

索額図が印空と通じて皇帝を暗殺しようと企てたという風聞が出ていたことを索額図に知らせた者がいた。
索額図は皇太子が気に入っている紅玉が実は朱三皇子の娘であると教える。
皇太子は驚きどうすればいいのかと泣きつく。だが索額図が皇帝の命を狙っているのを感じ索額図を跪かせて命をとらないことを誓わせた。皇太子の祖父に当たる索額図はこれが気に入らなかった。

索額図は葛礼を再び印空大師(朱三皇子)に会わせて娘が紅玉と言う名で生きている事を教えた。そして彼女が皇太子に気に入られている事も。
もし皇太子が彼女を娶れば清の皇子と明の皇女との結婚になるという。印空皇子も娘が皇太子を産んでくれればと願った。

康煕の部隊の食料が燃えてしまった。運搬は索額図の一派である葛礼の責任だった。その後姿を消してしまった。
明珠はこれは間者がいるためだと言う。康煕はそれを聞いてまた索額図を陥れようというのか、と渋い顔をした。だが檻に入れられほったらかしにしていた明珠を出してやるよう命じた。
バオリーロンメイは康煕の手紙を預かり旧部族を頼って食料を調達しようと康煕の元を離れた。

太皇太后は容妃を側に呼んで花の世話をさせた。容妃の美しさと働きぶりを太后は褒めた。
二人が話しているところへスマラグが訪れた。スマラグは体の具合がよくなさそうだ。
容妃が優しく介助するのをスマラグが申し訳なく答えるので容妃は陛下の姉気味ですから、と言うのであった。
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2006年08月02日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第44集

李光地は風聞という提案をして朝廷を混乱に陥れたと康煕に詫びた。だが康煕はこの混乱はわかっていたとしてさらに李光地に見せなかった上奏書、索大臣が康煕の暗殺を企んでいたということとインスー皇子がグールダンに捕虜になったという風聞を聞かせた。李光地はそれは信じられない、と言う。

明珠は康煕の側に仕えている者に康煕の様子を尋ねた。そして昨夜康煕が李光地を読んだ事と伽をした女性はいなかったことを知った。

索額図がロシアとの談判に成功し条約を結んだ事で辺境の安全は保たれた。明朱は康煕に早速お祝いを申しあげ、次いで自分が60歳になる祝いをしていいか伺いをたてる。
康煕はめでたいことで是非祝うがいいと言い渡した。

明珠の60歳の祝いの宴が行われ次々と客が訪れた。インスー皇子も駆けつけた。
李光地は遅れながらも康煕からの祝いの品である書の掛け軸を渡した。大喜びする明珠に李光地は自らの祝いの品を読み上げた。それは李光地が書いた上奏書で明珠の今までの悪行を連ねたものだった。明珠がいかに残忍な奸臣であるか書いたものだった。

康煕は帰ってきた索額図に苦言を呈していた。今までの悪行、明珠との争いをこれまでになく厳しく戒めた。
そこに明珠も来て康煕に罪の言い訳をしょうとしたが康煕は何も言わず帰した。
入れ替わってきたのはインスー皇子。皇子はついにグールダンに捕虜になったことを打ち明けたのだ。康煕の悲しみ、悔しさは酷く、インスーの頬を打った。

日を改め康煕は明珠の家宅捜索を行った。明珠はすでに覚悟を決めていた。

太皇太后は容妃を使って大切な花の世話をさせていた。康煕は太后にまたグールダン征伐に行くと伝えた。太后はそれには是非バオリーロンメイを連れていくよう勧めた。康煕は乗り気でなかったが太后はロンメイが蒙古人で地理に詳しくグールダンの戦法にも詳しいのだからと繰り返した。

明珠は牢の中で公務をつづけていた。張が休むようにいっても30年働き続けた者が急に休むと退屈でたまらないと言う。そして明るい灯りを求めた。
張は明珠に自分の罪を書くように言い渡す。だが明珠は「自分に間違いがあっても罪はない」と言い切った。
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2006年08月01日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第43集

康煕の怒りにひたすら謝るインレン。康煕はインレンにいつか皇帝になるのだ、焦る事はない。私の心配はその時お前が大清を支えていけるかということだ。
皇太子剥奪かと思いきや、康煕はそういうつもりはないのですね。この人が突然偉い人物になれるのだろうか?

バオリーロンメイは李徳全に頼んで康煕に会えるようにした。きっと康煕は自分が気に入っているのだ、という心積もりでいたのだ。
だが、康煕には全くそういう気配がなかった。
バオリーロンメイは一人琴の音を響かせるのみだった。

フランス人の宣教師は朝廷に呼ばれ康煕に西洋の知識を伝授していた。康煕は彼らをロシアとの話し合いの使節団に索額図と共に加える事にした。

李光地は康煕に皇帝の留守中の索額図のよからぬ行動を伝える。明珠の繋がりの大臣を更迭し、身内を入れていたのだった。
康煕は李光地にさらに索額図の行動を見張るように命じた。

索額図がロシアとの条約の談判に出かけるのを機に今度は明珠が権力を振るい始めた。

康煕と李光地は二人の攻防を見つめ新たに4人の青年官吏を入れた。これは皇帝の人選によるものだった。
彼らは明珠には手の出せない存在となっていた。

索額図は清の安全のために課せられた重要な談判に頭を痛めていた。その間に明珠が再び権力を強めている事を知っていたが、索額図は康煕の入れた官吏が気がかりだった。

明珠は妹である慧妃を訪ね己の不安を打ち明けた。索額図と自分とどちらかが罷免されるのではないかと。

索額図と明珠の尽きることのない勢力争いに愛想の尽きた康煕は李光地に愚痴をこぼす。李光地は先代の皇帝が禁止した風聞の制度を再現しては、と言う。あえて根拠のない噂でも聞いて朝廷の膿を出そうというのだ。
康煕は肯き実行した。あっという間に上奏書が集まる。
康煕は山のように積まれた上奏書を前に明珠らに鬱憤をぶちまけた。

夜遅く康煕は李光地を呼んだ。
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ソン・ガンホ、テレビで見たけど

今朝の「めざましTV」でソン・ガンホの姿を見てうれしくなってしまった。映画だとふざけたりしてるのが多いのでそんなイメージだけど普通の時はなんだか素敵だなあ。
勿論「グエムル」の宣伝での来日ですね。うーん、韓国では物凄いことになっているようだし、日本でも大当たり!するのだろうか?
ラベル:怪物
posted by フェイユイ at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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