2004年11月17日

末代皇帝の最後

とうとう最後の27・28話をむかえました。ネタバレです。どうぞ。

「自白には寛大な処置を」ということで戦犯たちは自らの罪を語りだしますが、溥儀はなかなか踏ん切りがつきません。お付きの者から「自ら隠し持った宝を差し出してはどうですか」という手紙での忠告ももみ消してしまいます。政府から役人が訪れて溥儀の話を聞こうとしますが、溥儀は反省したそぶりを見せるだけでまだ全てを告白することはできません。特に東北地方へ逃げ延びた経緯は日本人から無理やり連行されたといい続けます。政府の役人はただ「今、かつての溥儀と今からの溥儀が心の中で戦っているのだ、つらいだろうががんばれ」と言い渡します。溥儀はあまりの心の葛藤に倒れてしまいます。

その時溥儀に刺繍入りのシャツを渡して朝鮮戦争に行った韓さんの戦死を知らされ溥儀はついに所長に自分の宝物を差し出します。「宝を隠してたと知られたら処刑されると恐れてました」という。所長は「これで重荷が下りたろう。この宝は預かっておくよ」

そんな中、他のものたちは家族との面会を許され始めます。溥儀も分かれた最後の妻、玉琴を懐かしく思い出します。その姿を見て所長さんは玉琴の住所を調べだし、溥儀との面会をはかります。ところがやっとであえた玉琴なのに溥儀は自分のことばかりを話し大変な思いをして生きてきた彼女のことを思いやろうということを考え付きもしません。傷ついた玉琴は離婚を求めます。溥儀は面くらい思い直して欲しいと頼みますが折れない玉琴にやっと自分がいかに勝手だったかを悟って離婚を認めます。

所内でお芝居が演じられます。溥儀は変装させられ「私は惨めだ」というせりふを与えられます。ところが自分の番になっても何も言いません。「惨めだ、と言えよ」促されると「私は惨めじゃない。幼い頃無理やり皇帝にさせられ、満州では傀儡皇帝にさせられて幸せだったことはない。今、私は真人間になれた。何で惨めだろうか?」

その後溥儀たちは中国のいろいろな場所を見学します。日本軍に惨殺された村のことも知ります。騙されて村中の人が撃ち殺されたのです。ひどいことです。ほんとに悲しいことです。

そして特赦が出され、溥儀は三歳で皇帝にさせられてから紫禁城に閉じ込められ、天津に閉じ込められ、満州に閉じ込められ、シベリアまた中国に戻っても塀の中に閉じ込められ、やっと本当に外に出られたのでした。

溥儀は周恩来首相とも会い、自分が本当に国民になったと自覚します。そして植物園で働くよう勧められます。

最後に溥儀は故宮博物館に出かけます。そして子供たちに「なぜ皇帝がすわってないの?」と聞かれます。溥儀は「人民が国の主人公になったからだよ」と答えました。

溥儀の長いそして自分からは別に何もしてないお話は終わりです。ほんとに何もしてない人です。そして何もできない人です。なんだか、ある種の男性像(女性もいるかもしれませんが)と重なる気もしますね。(自分の身の回りのことを一切しないとか、女性を道具のように思ってるとか)そういう人が自分が間違ってるとか女性に優しくしなきゃいけないとか突然反省することはかえってないのかもしれません。溥儀の場合は規模がでかいので国家ぐるみで改造させられたわけですが。溥儀さんに関して言えばやっぱり幸せになれたんでしょうね。皇帝であった時はまったく心休まる時がなかったわけですから。人間の幸福ってやっぱり世界征服みたいなんじゃなくて小さいものなんだろうな、と思います。しかし、生命力の強かったかたでした。参った、ってことがないんですから。ある意味オ・デスなみですよ。

 

posted by フェイユイ at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 末代皇帝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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