2006年02月03日

「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」高倉健

唐獅子.jpg

前作でなかなか面白いと興味を持って2作目ですが、正直言ってこれは何だか納得しかねる映画作りでした。
何と言っても出だしでつまづいてしまう。前作は戦地から戻ってきた健さんなので充分納得できるが、こちらは弟分のために人を斬ってしまうのだ。いくら何でも人一人の命を奪ってしまう為には映画の中で充分な大義名分というか説明がなされなければ頷く事ができない。そのために多くの映画では悪役が主人公を攻め抜き苛め抜いてからこそやっと主人公が悪役を殺すことに観客も応援するのだ。いくら健さんだからとは言え、いきなりどんな人かも判らず殺してしまうとは。しかもその人がとてもいい人で妻子ある身だったとなるとどんなに後で行動を示されても同情しにくい。もっと同情しやすい言い訳、せめて何か偶然の事故だったとか、勘違いだったとか(情けないが)こてこてにしてもらわないといけないのでは。
か、これが健さんでなくてもう少し悪めいたキャラだったらいいのかもしれない。それこそ勝新みたいなんだったらいいけど健さんだと正義の味方すぎてダメ。敵の陣地を襲うときも銃で撃ったりするのが興ざめである。しかも敵の親分を最後に追い詰める時、もろ肌ぬいで刀を持って闇の中に立つ健さんがホラーである。かっこいいというより狂気を感じてしまったのだよ。
池辺良も今回は突然登場して去っていく感じで奇妙なの。男の友情もあまり感じられなかったのだ。
三田佳子さんも前回に引き続き健さんに思いを寄せる女性の役だが、最近はこういうねっとり女らしい感じのキャラってあまりないのかもしれない。

昔の映画だから全てよし、というわけではないものね。

若い津川雅彦と子供の穂積ぺぺが出演している。花沢徳衛さんって私の知っている限りでいつも同じ年齢のような。

健さんはあくまでも渋く素敵ですが、この脚本では本領発揮は難しい。もう一作観てみようか。思案中である。

監督:佐伯清 出演:高倉健、池辺良、津川雅彦、三田佳子、穂積ぺぺ 1966年製作


posted by フェイユイ at 00:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フェイユイの、銃が監督するつもりだった。
しかもフェイユイが子供は監督するはずだった。
Posted by BlogPetのじえるん at 2006年02月03日 09:37
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