2006年04月15日

「ロスト・イン・ラ・マンチャ」テリー・ギリアム

ラ・マンチャ.jpgラ・マンチャa.jpgラ・マンチャb.jpgラ・マンチャc.jpg

話を少し聞いていたがまさかこれほど大変な事だとは。多分「テリー・ギリアム自身がドン・キホーテのように不運に立ち向かって行った」と言われるのだろうと考えてはいたがテリー・ギリアムはどうしようもない気が遠くなるような困難に実に辛抱強く耐え抜いていたのだなと感心しました。

この映画というかドキュメンタリーは監督:キース・フルトン、ルイス・ペペによるものです。鬼才の映画監督テリー・ギリアムがスペインのセルバンテス原作である「ドン・キホーテ」を映画にしようと10年の構想、50億円の制作費をかけて挑んだのでした。
ドン・キホーテにはジャン・ロシュホール、サンチョ・パンサにはジョニー・デップ(現代からタイム・スリップしたのだそうだ)という美味しいキャスティング。ギリアムの監督の頭の中ではもう何度も完成したという明確なイマジネーションを持って取り掛かったにもかかわらず、映画製作は最悪のレールに乗ってまっしぐらに暗黒へと突き進んでいく。
全ては大掛かりのための制作費不足という気がするが、ぎりぎりの中で作っていくために役者も思ったように集合してくれず(結局ジョニー・デップが一番乗りだったのだろうか。熱心に監督と打ち合わせをしている)衣装はローマにあるしセットを組もうとしたスタジオは音響が酷くて使い物にならない。グチりながらもギリアム監督は様々な仕掛けやフィギュアなどを作っていく。

やっと撮影が始まる。
が、エキストラには説明不足。馬はなかなか言う事を聞いてくれない。その上、なんてこった、ドン・キホーテがセリフを言おうとすると上空をF−16機が爆音を響かせて飛んで行くではないか。さすがのドン・キホーテも立ち向かうわけにはいかない。爆音に苛立ちながらもギリアムは撮影を続ける「音は後でなんとかする」と言い聞かせながら。
だが、次に彼らを天災が襲う。突然の雷鳴。慌てて機材を片付けるスタッフたち。豪雨となり撮影現場の砂漠があっという間に濁流に飲まれる。なんということだろう。雨が上がっても地面はどろどろ。撮影どころではない。乾くのを待つしかないのだ。
「遅れを取り戻せるか?」この言葉が常に付きまとうようになる。その間にも費用だけは失われていくのだ。
さらに主役のために7ヶ月かけて英語をマスターした老年のロシュフォールが体の不調を訴え、検査結果、椎間板ヘルニアであることがわかる。それにも関わらず老体に鞭打って彼は馬に跨って演じ続けようとするのだが。

明日に続く。


posted by フェイユイ at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この間、いいとものエンディングにテリーギリアム出てたね。
容貌通りのイカレ系に見えますたな。
Posted by fince at 2006年04月16日 20:32
うわ、そうだったんですね。見れませんでした。
ホントに凄い印象的な顔ですよね。「ブラザーズ・グリム」の来日の時TVで見て怖かったです(笑)
関係ないけどティム・バートンも相当凄いですよね。
Posted by フェイユイ at 2006年04月16日 23:38
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