2006年05月30日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第28集

康煕が容妃を訪ねた目的は彼女を福建への里帰りを勧める為であった。愛妃が墓参りをすることで江南の人々が皇帝の愛妃が先祖と民を大事にしている事を示せるからだ。それと共に皇帝の寛容と徳を知らしめるためであった。
皇子を欲しがる事のない穏やかな容妃のそばで康煕は眠りについた。

恥をかかされたと泣きながら帰ってきた慧妃は部屋で息子インスーと皇太子インロンが仲良く語り合っているのを見る。
インスーと二人きりになって母・慧妃は息子に「いつまでも兄弟仲良くやれるわけではない。あなたは長男なのよ。手柄をたてて座を奪うのよ」とけしかける。
私は皇帝と皇太子に忠義を立てています、というインスーを母親はなんて馬鹿なの、と罵るのであった。

皇帝から福建総督に任じられた姚啓聖は食料を狙って大陸へ来る台湾水軍を苦しめる為に全海域を封鎖し、沿岸住民の内陸移動・遷界令を命じた。そしてさらに広東、浙江にもその令に従わせた。
だがこのために収穫が半減したと東亭からの報告があり、大臣らからは姚啓聖への激しいバッシングが起きるのだった。
だが康煕は独断で姚啓聖を信じるとした。明珠はせめて台湾に講和を申し出ては、と言い出す。そこへ姚啓聖からの上奏文が届き「講和はせず、あくまでも台湾の鄭経の降参を待ってください」と書かれていた。

姚啓聖は先祖の墓荒らしに苦しめられていた。遺骨を掘り返されてしまったのだ。姚啓聖は自ら墓を作ってそこへ骨を収めたが、翌日には再び掘り起こされていた。
仕方なく姚啓聖は骨を燃やして海に捨てた。それを沿岸の住民が見ていた。姚啓聖は「頼むから内陸へ移動してくれ。そして戸口に台湾の親戚への手紙を張っていてくれ、大陸に帰郷するようにと」
それを聞いた住民は内陸への移動を始めた。こうして遷界令を終えたのだ。

住民がいなくなった土地に施琅の軍が上陸した。誰もいない村にたくさんの米が残されていた。それは啓聖がもとの教え子施琅に残していったものだったのだ。
施琅は台湾へ戻り延平王にこのままでは食料がなくなり兵士たちから不満がでることが心配だと進言する。
王は「遷界令を緩和し講和に来るよう朝廷に手紙を出した」と言う。

台湾とのいざこざは遠い昔からのことなのだなあ。2頭のパンダではどうにもならないもののようです。
それにしても大陸の人達に比べ台湾人役の役者さんはちょっとかっこ悪い人が多いような気がするのは気のせいか?


posted by フェイユイ at 22:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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突然の書き込み、大変申し訳ございません。
お邪魔でしたら削除していただければと思います。

どうぞよろしくお願いします!
Posted by 高橋 at 2006年05月31日 01:01
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