2006年06月14日

「天国の口、終わりの楽園」アルフォンソ・キュアロン

天国の口.jpg天国の口a.jpg

映画の中で二人の少年が水中を泳ぐシーンが何度となくでてくる。二人は水中をどのくらい進めるのかをいつも競争しているのだ。

進路をどうするのか迷いながらもひと夏を退屈に過ごす17歳の少年ふたりと今までの人生を変えようとする一人の人妻。
メキシコ・シティーからオアハカの海岸「楽園の口」を探して3人が車を走らせる。

二人の少年が代わるがわる運転する車の窓から見えるのどかな風景。が何度となく銃を持った男達(兵士?警官?)の姿が見える。

少年達が話すのはセックスの事、薬、チゃロラストラという自分たちの作ったふざけた組織の事。
「天国の口」とでまかせに言った海岸を探しながら少年たちは子供の時代の終わりを感じている。
そして人妻でありながら、夫の浮気を機に最後の旅に出た女性ルイサもまた楽園の終わりを迎えようとしているのだ。

少年達がでまかせに言った「天国の口」という名前の海岸が存在するという不思議。人生にもまたこのような不思議が存在するのかもしれない。
その海はなぜだかあまり光がなくて曇ったような空だ。そのぼんやりした空の向こうに小さく日の光が浮いている。
不思議な感覚をおこす風景だ。
彼らは言い争ったりしながら旅をしてきた。最後の晩、浜辺の灯りが美しい。ルイサに愛撫を受けながら少年達は唇を合わせるのだった。

大学への進路を考える年齢。苦い大人への成長とまだ甘い少年時代の残った時間。
憧れの年上の女性との旅。しかも彼女からセックスの手ほどきを受けるという男の子なら夢のようなお話(ん、年上の女からしてもこんな可愛い男の子二人とつきあえるなんて夢のような話か)
一見馬鹿話につきるような展開なのだが、その馬鹿話こそが僅かな少年時代の証なわけで。
自分のことでは涙にくれているけど少年達にはびしっと厳しい、それでいてセックスを求めてくるルイサという女性のおかげでからりとした青春映画になっている。
少年時代の終わり、という時期。やがて分かれていく友達。愛した女性の死、そのものが少年たちの楽園の終わりを意味しているようだ。

だがここで私が感じたことがある。
自由を求めて旅立つ女性、というモチーフが扱われているように思えるが結局この女性の存在は二人の少年の思い出の為の偶像のようだということ。凄く感じよく仕上がっているところがうまいのか。

そして思うに、この映画はやはり少年達の美しさを写し撮るためのものなんだろうな。
少年の相手の女性の裸、というよりも少年たちの裸体が何度も出てくる。それもかなりきわどい雰囲気のあるものだ。確実に少年達の裸体を見つめている視線を感じてしまうのだが。
かれら二人が最後にキスしあうからというわけではないが、この映画は随分同性愛的な雰囲気が強いのではないか。
私はこの監督の事を全く知らないがかなり少年愛嗜好の強い方ではないのだろうか。
後に同監督は「ハリー・ポッター」第3作目を撮ったということでも頷ける。

また私の勝手な思い込みに過ぎない。だが、酷く魅惑的な映画であることは確かである。少年達を演じたガエル・ガルシア・ベルナルとディエゴ・ルナの若い魅力もまた。

それにしても特典映像で、来日の際の会見で、監督の「ガエルに誰と一番キスしたいのか、と聞いたら「ディエゴだ」というので友達役を決めた」という出まかせに(また出まかせか)「違うよ!」と言ってうつむくガエルの可愛いことといったら!監督はサディストでもあるね。ずっとガエルをいじめては喜んでいた。
でもってガエルのこの笑顔に皆参ってしまうのも当たり前ですね。


監督:アルフォンソ・キュアロン 出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、マリベル・ベルドゥーディエゴ・ルナ
2001年、メキシコ


posted by フェイユイ at 22:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 中南米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ガエル鑑賞第6弾です!・・う〜〜〜ん^^;;(笑)
この頃気付いたのですが、私はどうもあからさまな性描写は苦手のようです。『ヘドウィグ・』以降あたりから感じるのですが生理的に“ぶさまで滑稽な性”というのは多分あまり画面でまで強調してみせられたくないみたい。人生なんて哀しくて滑稽〜加えて特に性行動は動物そのものに帰る行動であって。そういう感覚を映画で味わうのが堪らない人も多いのでしょうが。。
主人公二人も実際は22歳位だから少し少年には見えなかったです。極め付きはこの女優もいまいち。。綺麗といえば綺麗に見えるときもありますが・・。
とにかくメキシコでは(というか全世界的にそうなのか?)こんなに高校生(位の子供が)誰彼構わず寝ちゃうはクスリ?は吸うは^^;暗澹たる思いが先にたち、オバさんとしては感情移入が出来なかったのでありましたー(笑)^^;
ロードムービーですから道端にメキシコの現在の色々な人生が転がっている様子を映し出している。海に出た時の爽快感&海で住まう家族との時間の部分は、とても心に残りました。
Posted by フラン at 2008年01月16日 11:21
あからさまな性描写というのも中南米映画の特色のひとつですね(笑)
その辺の露骨さというのも中南米映画がいまいち受け入れられないのかもしれませんね。
私も性描写が大好きなわけではなくて^^;どちらかというと控えめが好きだったりするのですが、その辺に目をつぶると大事なものが見えなくなるのかも、と思っていたりもします。(試練みたいな言い方でおかしいですが)
でもこの辺の感覚って微妙で言いにくいですね。だからといって絶対嫌な時もあるし、なにかいいものを見つけてしまう時もあるし。
私は『ヘドウィグ』は好きですが『ショートバス』はセックスで、ということじゃなくミッチェル氏の女性差別(?)的なものを感じてしまったのです(『ヘドウィグ』のときにも話しましたよね、オカマさんには優しいのにおなべさんには冷たいの。『ショートバス』でも男性ゲイカップルは感動ラストなのにヒロインは寂しいラストではないですか!?)

この映画は結構好きだった印象があります。どこをどう好きだったかは・・・。
あーこれも見直して話したい。
Posted by フェイユイ at 2008年01月16日 16:45
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