2006年07月08日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第33集

康煕は外敵より内部分裂が怖い、と悩む。ついに台湾攻撃を決意する。
索額図は姚啓聖と李光地に攻撃を命じた。

満人水軍の兵士たちは慣れない海での戦いを前にまだ女も知らないと嘆いていた。そこで連れ立って年若い少女達を強姦したのだ。
怒った福建人たちは姚啓聖は仇を願い出る。姚啓聖は索大臣に対し犯人を殺して謝らねば福建人は怖いと言う。
集まってきた福建人を前に索額図も慌てた。

海戦の結果、普頼将軍は壊滅。施琅に何とか助けてもらったのだった。索額図は康煕から帰京せよとの命令が下る。
台湾攻撃の失敗で索額図は2階級降格となった。
康煕からの何の罰則もないまま姚啓聖・李光地らは話し合った。姚啓聖は喪に服す、と言って笑わせた。

康煕は容妃に「1年の内に何万両が水の泡と消えた」とグチをこぼす。そして姚啓聖をどう思うかと聞いた。容妃は「姚啓聖は飾らないが大清のために骨身を惜しまず働いています」と答える。康煕は姚啓聖が喪に服す事を許そうと言う。
物思いにふける容妃に康煕はわけを問うと「私もいつか姚啓聖のようになるのでは」と答えた。

福建総督の座をは離れる姚啓聖を見送りに来たのは李光地と施琅だけだった。収賄をしていなかった姚啓聖に李光は200両を渡した。姚啓聖は礼も言わず立ち去った。

朝廷では台湾攻撃の際、姚啓聖が送った3通の手紙を誰が隠したか問題になっていた。それにはオランダ戦艦の廃棄、満人水軍の狼藉、経験不足、そのために朝廷直属の水軍を作るべきと書かれており、それを見ていたら康煕は台湾戦略を遅らせたと言うのだ。
犯人探しが始まり索額図は恐れをなした。
犯人が捕まったという知らせがあり、その者は自害したと言う。これで真犯人が誰なのか判らないままになってしまった。

慧妃がまたなにやら悪だくみをしているようなそぶりを見せる。康煕は具合が悪くなった。
第一皇子であるインスーに兵部次官の職を与えた。インスーの口から皇太子インロンと索額図と自害した男とのつながりを聞いて康煕はさらに気が重くなったようだ。
さらに康煕はずっと気にいってそばにおいていた容妃が慧妃と手を結んで後宮を支配し倹約するはずの経費を逆に多く使っておりインスーが皇太子を告発したと言って責めた。


posted by フェイユイ at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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