2006年07月13日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第36集

魏東亭は康煕と3年ぶりに会えると喜んでいた。がその間に貯めると約束した三千万両に4百万足りないのが悩みであった。

その頃葛礼という男がある寺を訪ね印空大師という高僧に会っていた。葛礼は皇帝が20年以上探させている明の朱三皇子がまだ見つからないのは何故かと印空大師に問うた。
さらに朱三皇子が持っていた8百万両はどこに消えたのか、とも。
印空大師は葛礼の厚顔無恥さに呆れたがその8百万両を渡すと告げたのだった。

葛礼という男は索大臣の所へ行き印空大師が朱三皇子であることを教えさらに要求した8百万のうち渡された4百万を索大臣に献上しようとする。索大臣は2百万だけを受け取った。

福建に送った20門の大砲のうち3門がどこかでなくなった。どこでなくなったのか調べさせる。
そして皇帝陛下を迎えるための準備を整えた。兵士たちに農民の格好をさせ配備するのであった。

印空大師は寺の扉を閉めさせると集まっていた僧侶達に向かい「自分の願いは康煕の死である」と述べた。
康煕が死ねば外敵が次々と攻めいるだろう。その時こそ挙兵して明を奪回するのだ、と。朱三皇子は機会を狙っていたのだった。

康煕のお気に入りの娘であり容妃の一人娘藍斎姫がグールダンの元へ嫁ぐ事になった。
華やかな衣装をまとった藍斎姫。とても変わった衣装です。これは清の結婚衣装なのでしょうか?
藍斎姫を見送る隊列をスマラグが止め太皇太后からの数珠を渡した。藍斎姫は涙を流して受けとったのだった。

嘆く母親・容妃を康煕は優しく話しかけ南巡に付き添うように言った。

福建の施琅は康煕に対し、天候不良のため出航を30日延期するよう求めてきた。が康煕はこれを許さず8月30日までに台湾を攻略せよと命じた。
なぜなら9月9日の重陽節に南京の朱元璋の墓の前で台湾を奪回したと伝えたいからなのである。

施琅は風を待っていた。風向きがよくならなければ勝てる見込みはないというのだ。
姚啓聖は康煕の思惑を感じ取っており言う事を聞かない施琅ではなく李光地に兵を集めるよう言った。

姚啓聖が兵を引き連れ浜辺に立つ施琅の側に行ったその時施琅が待ち望んだ風が吹いてきた。施琅すぐさま出航を命じた。
船に乗り込もうとする姚啓聖を施琅が止めた。

様々なことが起きた一話でした。藍斎姫の衣装はすてきでした。朱三皇子もまだ虎視眈々と玉座を狙っており康煕の休まる時はないようです。


posted by フェイユイ at 22:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
きょうは聖は延期した。
が福建にフェイユイが挙兵ー!
Posted by BlogPetのじえるん at 2006年07月15日 16:43
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