2006年07月26日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第39集

李光地は索大臣に古傷をさぐられ頭が上がらなくなってしまった。そして明珠からも金をもらってしまう。
居場所のなくなった李光地はスマラグ、今は出家したスマ大師に助けを求めた。
明晰なスマ大師は李光地の心を見破る。そしてすべてを皇帝に打ち明けなさいと助言した。
李光地が自分の師匠は伍次友だと言った時、スマ大師ははっとなった。李光地は伍次友が8年前の今日亡くなったのだと伝えた。スマラグは泣いた。

蒙古から3人の王が逃げるように康煕に助けを求めてきた。康煕はグールダンを倒し3人の王の土地を守る事を約束した。

その間にも索額図と明珠の対立は激しくなっていた。昇進の人選を彼らは自分たちの都合のいいように李光地に求めたのだ。
李光地は康煕に退職の願いを出した。

李光地は康煕と索大臣、明珠、二人の皇子たちの前で真実を彼らの私欲による人選を話した。
慌てた索大臣と明珠はさっと手を組んで李光地に反撃した。
索額図はとうとう李光地の昔の醜聞を康煕にもらした。
康煕はその時期が藍斎姫との文通の時期と重なるのを知って李光地を投獄した。

李光地が罰せられた後、索額図と明珠はちゃっかり仲良くなって気をつけようと話し合う。
索額図は間者を送ったのは明珠かと問うとそんなことはしない、それができるのは・・・皇帝だけだと気づく。

康煕はスマラグを訪れていた。
伍次友の話になり康煕は「悲しませると思い言えなかった」と告げた。
康煕はさらに李光地について聞いた。スマラグは聡明な人だが板ばさみになって辛い立場です。と答えた。
だが康煕は喪中に娼婦を買ったこと、藍斎姫を好きになったこと、突然官職を辞退したいと言って人前で索額図と明珠の悪事をばらし康煕を困らせた事を許しがたいと言った。

スマラグがまた出てきてうれしいですね。バオリーロンメイはずっとスマラグの側にいたのですね。よかった。


ラベル:康煕王朝
posted by フェイユイ at 23:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いま金庸の鹿鼎記を図書館から借りて読んでます。
まだ康煕は少年でちょうどアオバイ(鹿鼎記の中ではオーバイ)を倒したあたり。
康煕王朝を思い出しながら読むのもなかなか面白いです。
残念ながら 康煕のおばあちゃんや スマラグは いまのところ出てきませんけど。
Posted by 格瓦拉 at 2006年07月27日 16:50
そういう楽しみがあるのですね。なるほどー。
このドラマを見終わったら「鹿鼎記」判りやすいかもしれませんね。私も挑戦してみます。

太皇太后とスマラグがなんといってもこのドラマの魅力の一つ(ふたつか)ですからね。
てことは最初辺りが好きってことになります(笑)
Posted by フェイユイ at 2006年07月27日 23:44
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