2006年07月31日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第41集

康煕が風邪を患っているというのは嘘でもっと重い病気に違いない、と索額図は考えた。
急いで皇太子にそれを知らせようとするが皇太子は紅玉と添い寝していた。索額図は皇帝が崩御されればあなたが後継者なのですよ、と気づかせる。皇太子は急に皇帝になったかのように喜びだす。
一体なぜ康煕はこいつを皇太子に選んだんだ?

容妃は康煕の側に行く為に太皇太后に挨拶をした。太后は康煕を頼むのだった。
容妃が去ると慧妃が現れて太后に皇太子の企みをばらすのであった。

太皇太后は皇太子と索額図に「皇帝が病気だと言う噂は嘘だった」と言わせる。
皇太子は曾おばあ様の行動に疑問を持つが索額図は心配は要らないとさらに計略を皇太子に吹き込むのだった。

康煕は病に苦しみ北京に戻ろうと考えていた。だがあまりに病状が悪く落ち着くまで待つしかなかった。

グールダンと藍斎は戦いの合間には仲睦まじく会っていた。だが藍斎は夫と父親が戦うことに苦しんでいた。

康煕は日増しに悪くなる病のために遺言を残すと申し付けた。これを聞いた明珠は朝廷での皇太子と索額図の造反を訴え遺言をとり止め生きてください、と頼む。これを聞いた康煕はまた落ち込むのだった。

容妃は康煕の元に急ぐ途中でフランスのキリスト教布教の僧たちに出会い随行させる。
彼らは康煕の病気がマラリアだと言う。それにはキニーネが役立つと渡す。容妃は迷わずそれの毒見をした。

グールダンと清軍を率いるインスーとの闘いが始まった。
藍斎は夫と兄の名を呼びながら停戦を求めて間に入った。
これを聞いた康煕は構わず戦うように命じた。が容妃は娘のもとに駆けつけるのだった。
激しい戦いの間母と娘は抱きあい戦地の真ん中に座り込んでいた。清軍の大砲が鳴り響き、馬が駆けぬけ兵士たちの刀が打ち合った。

戦いが終わって気がつくと容妃は自分が助かったことに気づき、娘・藍斎も側で生きていた。
遠くから康煕の使いが二人に駆け寄ってきた。


ラベル:康煕王朝
posted by フェイユイ at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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