2006年08月02日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第44集

李光地は風聞という提案をして朝廷を混乱に陥れたと康煕に詫びた。だが康煕はこの混乱はわかっていたとしてさらに李光地に見せなかった上奏書、索大臣が康煕の暗殺を企んでいたということとインスー皇子がグールダンに捕虜になったという風聞を聞かせた。李光地はそれは信じられない、と言う。

明珠は康煕の側に仕えている者に康煕の様子を尋ねた。そして昨夜康煕が李光地を読んだ事と伽をした女性はいなかったことを知った。

索額図がロシアとの談判に成功し条約を結んだ事で辺境の安全は保たれた。明朱は康煕に早速お祝いを申しあげ、次いで自分が60歳になる祝いをしていいか伺いをたてる。
康煕はめでたいことで是非祝うがいいと言い渡した。

明珠の60歳の祝いの宴が行われ次々と客が訪れた。インスー皇子も駆けつけた。
李光地は遅れながらも康煕からの祝いの品である書の掛け軸を渡した。大喜びする明珠に李光地は自らの祝いの品を読み上げた。それは李光地が書いた上奏書で明珠の今までの悪行を連ねたものだった。明珠がいかに残忍な奸臣であるか書いたものだった。

康煕は帰ってきた索額図に苦言を呈していた。今までの悪行、明珠との争いをこれまでになく厳しく戒めた。
そこに明珠も来て康煕に罪の言い訳をしょうとしたが康煕は何も言わず帰した。
入れ替わってきたのはインスー皇子。皇子はついにグールダンに捕虜になったことを打ち明けたのだ。康煕の悲しみ、悔しさは酷く、インスーの頬を打った。

日を改め康煕は明珠の家宅捜索を行った。明珠はすでに覚悟を決めていた。

太皇太后は容妃を使って大切な花の世話をさせていた。康煕は太后にまたグールダン征伐に行くと伝えた。太后はそれには是非バオリーロンメイを連れていくよう勧めた。康煕は乗り気でなかったが太后はロンメイが蒙古人で地理に詳しくグールダンの戦法にも詳しいのだからと繰り返した。

明珠は牢の中で公務をつづけていた。張が休むようにいっても30年働き続けた者が急に休むと退屈でたまらないと言う。そして明るい灯りを求めた。
張は明珠に自分の罪を書くように言い渡す。だが明珠は「自分に間違いがあっても罪はない」と言い切った。


ラベル:康煕王朝
posted by フェイユイ at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 康煕王朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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