2006年08月20日

「市民ケーン」オーソン・ウェルズ

市民ケーン2.jpg市民ケーン3.jpg

この映画は実際観た事がなくても観ていた気になってしまう作品の一つではないでしょうか。
実は私はこの映画を観ていたんだかいないんだかがよくわからなくて多分観ていたにしても実際の記憶はもう薄れていたのにどこかで得た情報であらすじとラストのシーンまで知っている、という気がするのです。

で、また何故突然「市民ケーン」かといいますと先日ジョニー・デップの「エド・ウッド」を観てたらオーソン・ウェルズ(の役の人)が出てきて、主人公に勇気を与えるのですが(つーか勝手にもらってしまう?)それを見て「あー、オーソン・ウェルズって観た気になってるけどはっきり記憶してないよね?」って自問自答して観てみることにしました。

はてさて最高の名作と名高いこの作品ですが、さすがに骨がありまして私の
鈍い頭にはすぐにぴんと来るような代物ではありませんでした。一応2度観て(一回目は半分眠りかけていた)少しだけ飲み込めてきたのですが、なんというか解りやすい人情モノやメロドラマではないのです。ただ物語の鍵となる「バラのつぼみ」という言葉が人々から怖れられあるいは嫌われていた
大富豪ケーンの幼少期の幸せの象徴だったと言うのでちょっと参ってしまうわけですね。

皆が注目するこの映画の凄さは製作が1941年(つまり65年昔のものというわけですね)というのに古さを感じさせない斬新な撮影方法であるということでしょう。
と言うと逆に今の時代の者が観ても当たり前に観てしまって「上手いけど?それで?」って気になってしまうのではないでしょうか。
それくらい(私の想像に過ぎませんが)多分これ以後の多くの映画が「市民ケーン」で用いられた手法で映画作りをしているのでは、と思えるのです。
このちょっと突き放したようなクールなタッチもその頃の映画人・映画小僧にとってたまらない感触だったに違いありません。
細かい手法の一つ一つはその当時観たわけではないからその斬新さのショックと言うのは判断できないのですが、小さい子が見上げた背の高い大人の見下ろす視線とか、こちら側の人間が手にした本の影に話している相手が隠れていた、とか。
朝食の光景を繰り返す事によって夫婦関係が次第に気まずくなっていく、だとか、影の使いかた、セリフなどなど衝撃の嵐だったのだろうなあ、と思ってしまいます。
そしてその後に「市民ケーン」の技法を真似て(と言うかその技術を学んで)作られたものを現在も観ているという気がするのですね。

またこの映画を作った時のオーソン・ウェルズがわずか25歳だったというのも驚きです。監督・脚本・主役という物凄さです。おまけにケーン氏を演じるのに適したかなり威圧的な嫌味な容貌をしているというのも凄い。25歳には見えないくらいですね。あごがすっきりしている所がまだ若いようには見えますが。どちらかというと共演のジョセフ・コットンの方が素敵に見えますしね。

ところで映画の中でもケーンの名前「KANE」と言う字がやたら出て来るんですが、日本人としてはこれはどうしても「かね=金」って呼んでしまいますよね。うーむ、まさかオーソン・ウェルズが日本語を知っていて大富豪に「KANE=かね(金)」って名前をつけたんじゃないよな。
そのケーンが着てる服にもやたらKの字を刺繍してるのがおかしかったです。

そうそう、凄いシーンっていえば、ケーンが2番目の奥さんに「明日はピクニックだ!」と威圧的に叫んで(そんな言い方じゃピクニックもいやだよな)海辺を真っ黒な車が物凄く連なって走っていくのも怖ろしく印象的だった。なんなんだろう、あれ。

監督・脚本: オーソン・ウェルズ  出演: オーソン・ウェルズ 、ジョセフ・コットン、ドロシー・カミンガー
1941年アメリカ
ラベル:映画
posted by フェイユイ at 23:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ウェルズの左側の写真はどこで見つけたのでしょうか?
映画ポスターを集めているのですが左のポスターはどこにもなくて、もしなにか情報がありましたらお教え願います。
Posted by ボブ at 2009年01月28日 15:01
うーん、ごめんなさい。
どこかで見つけてなんとなく貼っただけのものです。
せっかくコメントくださったのにお役に立てず申し訳ないです。
Posted by フェイユイ at 2009年01月28日 15:44
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。