この映画でどうしても切り離しては考えられないのがこの脚本がマット・デイモンとベン・アフレックの二人によって書かれたということだ。
まだ二人が若く経験も浅い時に書いたものなのでどうしても「作られた話」という印象が強いのだが多くは二人の体験によるものということとなんと言っても若さが生み出した魅力が溢れている。
ここに二人の教授が登場してくる。
一人はウィルの類稀な才能を見抜き、そのために劣等感を抱きながらも彼を更生させようと奮闘するMITの数学教授ランボー。
もう一人はそのランボーに頼まれウィルの精神分析をしながら心を開かせようとするマクガイア。
そしてこの映画はロビン・ウィリアムズ演じるマクガイアとウィルが互いに新しい道を見つけていく物語、となっている。
だが、実際観ていると感動するのはウィルの心を開かせようと苦心するマクガイアとの会話より親友チャッキーがウィルに語る言葉「いつかお前が
いなくなってしまっている。そんな日がくるのを期待しているんだ」の方だ。
とは言えウィルのために掴みあいのけんかまでしようとする二人の教授はなんだろう。この二人はウィルにとって失ってしまった両親の役を果たしている。
ウィルを強く励ますランボー教授が父親で、「君は悪くない」と慰めてくれるマクガイアが母親である。
だけどもそれは仮の姿であり頭で作られたものだという感じがある。それに比べると親友チャッキーの役割はマットとベンがお互いを見ながら描き出された感があってより響いてくるのだ。
マクガイアはチャッキーの存在を親友ではないと決め付けたが、結局ウィルの扉を叩いたのはチャッキーの方ではなかったのだろうか。
主人公ウィルは実に憎たらしいキャラクターだ。人並みはずれた頭脳を持つ上、何度となく暴力事件を起こし、助けようと手を差し伸べる教授たちにも生意気な態度で接し、その心を傷つける。例えば、マクガイア教授の触れて欲しくない部分に入り込むしランボー教授は自分がウィルには決して勝てないという劣等感を与えられ、是非見たいと思っていた答案に火をつけてしまう。慌てて火を消そうとするランボー教授を冷たく見ている。ランボーは憐れな行動とは思いつつも答案を見たいのだ。
それなのにそんなウィルを取り囲む人々は過去に彼に虐待を加えた養父たちを別にすれば優しく彼を見守ってくれるのだ。
ガールフレンドのスカイラー、ウィルの才能を見出したランボー、精神分析をしてくれて「君は悪くない」というキーワードを見つけたマクガイア、そして古くからの友人達。
みんながウィルを思ってくれている。
幼児期の虐待という項目がなければ、ウィルは恵まれすぎているとさえ思える。
そのために虐待という設定が付け加えられたのだろうという気がする。
それがなくてもよかったんじゃないか、とも思うが現代の問題として大きく取り上げられる事柄であるし、天才的頭脳、幼児期の虐待といったことが映画に興味を持たせる要素になっているのも事実だ。
つまりはこの映画には私は少なからず不満があって、それはもう大変な魅力があることは確かなんだけど疑問もあるのだ。
一つはマクガイアの治療がかなり短期間に強制的な感じがすることであって(本人はランボーに無理強いするなっていってるけど)その辺もチャッキーの長い目でみている療法に劣っている気がする。
決して精神分析家がいけないといっているわけではないが(それどころかとても大切なものだと思う)映画として精神分析家に治してもらった、というのは直接すぎるのではないか。
ウィルは何人かの精神分析家に反発するのだが、結局彼のことを親身に思うランボー教授との(この場合キャラクター設定を少し変えねばならないだろうが)交流でもよかったんじゃないか。精神分析家に治してもらう、って言うのがやはりアメリカ的、ということで片付けてしまうべきか。
まあ、私の好みにしか過ぎないのだろうが。
という疑問を持ちつつも映画のラストは感動する。黙って出て行ったウィルのことを全て察してにやりと笑うチャッキーは素敵だ。
正直になれず傷つけてしまったスカイラーの元へ向かってポンコツ車を走らせるウィル。これから数学の才能をどうするのか、彼女との間はどうなるのか、すべてが今から始まる、という終わりは素晴らしい。
今、またはもう少し彼らが年をとってからどんな映画、脚本を作るのか、興味は深い。
それにしても映画の間に何度か挿入されるウィルが電車で移動する場面は何度観てもいいものだった。いつもの憎たらしい言動ではなく一人きりで電車の窓から流れていく景色を見ている顔が凄く好きなのだ。
ラベル:マット・デイモン








それは、心に残るシーンであったり、好きな俳優の美しい表情であったり、謎の部分・気になる部分の意味を分析したい場合であったり、単純にうっとりそのシーンに浸りたい時であったり・・さまざま。
その“もう一度”度が強い作品こそが、いい作品と思うし同時に好きな作品です。
その意味で『グッド・ウィル・ハンティング』は、今回マット研究を始めて比較的最初の頃に観たのですがなかなか感想を書くことが簡単にはできませんでした。それ位、色んな感動と魅惑を秘めた作品で、先日DVDをとうとう購入して特典を観ていたため、感想がこんなに遅くなりました。手元に置いておきたい映画なので購入したのです。
フェイユイさんの仰るとおり、この映画は脚本を書いたマットとベンのものですよね。
いくら教授二人の人生の後悔や再生を描いたとしても、やはり核は、マット=ウィルとベン=チャッキーの間の、物語。彼らにしか、生み出せなかった作品だし、また彼らはこの作品を生み出すことによって映画の世界に入った。この作品が人生の大きな歯車のひとつだった事実が何より感動的です。
ガス・ヴァン・サント監督も、初見の時は意識しませんでしたが先頃『ジェリー』を観てフェイユイさんの感想を伺ったおかげで、透明感ある雰囲気の合点が行きました。今まで知らなかった監督ですが、いい監督だと思います。
語りたい部分は山ほどになってしまうので少しだけ・・初見にとにかくがぁんと来たのは、チャッキーがウィルに“お前がある朝いなくなってて・・”と諭す工事現場のシーン。・・泣く!!私は、チャッキーはあの仲間たちのお母さんなんだなと解釈しています。ママ、なんですよ・・(涙)
スカイラーが、ウィルを怒らせてしまうシーンの演技も素晴らしい。愛って、残酷ですよね・・。
その前の幸せな時代(笑)、広場でのキスシーンも最高です。ミニーもですがマットってどうしてこんなにキスシーンがうまいんだろ?
ケイシーも、観るたびに好きになってしまうし(笑)。
全編語りたいところだけですが・・。やはり特筆は、ウィルがとうとうマクガイアに全てを解き放つシーンの、あのマット!!あの刻一刻と変化する表情の素晴らしさ。・・感動ものです;マット・デイモンて、ただならぬ俳優です・・!!
手元においてこれからも時々観たい時に覗きます。愛しのウィルとの逢瀬を楽しむために・・・◎^^v
この映画はなんだかんだ言ってもやっぱり一般的にはマットの一番有名な作品だろうと思います。私はどうしてもこの映画の脚本には甘さ、未経験さがあると思うんです。が、それこそが成長を描いた映画としてのエネルギーを感じさせてくれるんだろう、と感じますね。
実生活でもどうにかしたい、早く世の中に飛び出したいと思っているマットとベンの願いが物語の中に溢れているのをガス・ヴァン・サント監督がびしっと締めてくれた素晴らしい映画に出来上がっています。
私も勿論DVD持っています(笑)何度でもウィルを観て下さいな(笑)