2005年05月26日

「メイド・イン・ホンコン」フルーツ・チャン  前半

メイドインホンコン.jpg

何故急にフルーツ・チャンかというと、この前の「1:99電影行動」で石公さんに「これからはもっと香港モノを観ます!」と約束したのもあるし、キム・ギドクについてshitoさんが「北野武というよりフルーツ・チャンを思わせる」と言われて、私は「私もそう思います!」といったくせに実はもう「メイド・イン・ホンコン」ってどんなだったっけ?(す、すみません)と言う有様で(「ドリアン・ドリアン」と「ハリウッド・ホンコン」「パブリック・トイレット」はよーく覚えてます!あと「餃子」!)慌ててレンタルしました。

で、前半みたのですが、こんなによかったんだなあ。あらためて、フルーツ・チャンが好きに。前半見てての感想としては、意外とキム・ギドクじゃないなと思いました(ひゃは、shitoさんごめんなさい)底辺を生きる人々・若者、汚い感じ、ぎょっとするような暴力表現という同じ題材を扱っては、いるのですが、その映画の中に溢れてるリズムや雰囲気は明るくてすごく楽しい。友達や親との連帯感が全然違うのです。サム・リー演じるチャウはすごく友達思いでやさしくて行動力があって全く自分を惨めに感じていません(ああこのサム・リーの魅力的なこと!こんなに痩せた身体が素敵に思えたことってない!このサム・リーを見た人はみんなそう思うんだろうな。いつもパンツを低く下げてはいてるんで腰のなんというのか付け根の線がくっきりと見えててものすご色っぽい。頭の弱い友達(子分?)のロンが学生たちに痛めつけられてるのを助けてやり汚れた体を洗ってやるシーンなんてすごくいい)

似ていると思わせるのに何か違う。それは韓国人と香港人との違いなのでしょうか。フルーツ・チャンが描くと画面には熱気や汗、匂い、いつもがやがやとうるさい音、が溢れています。また、はっきりとした話作りをするキム・ギドクと違って陳果(こっちが短かったw)はぐちゃぐちゃと話が混ざり合ってるようでおもしろくて大好きです。私としては陳果の映画のほうがとても映画としての楽しさに満ちている、と思います。

別に比較せずともいいのですが、ここではあえて好きな二人の監督を比べてみました。かいつまんで言うと同じような曲を弾いてはいるがその音色は全く違う、というような。
でも、解りませんね。ここまであくまで前半なので後半を観てまた感想を続けたいと思います。
posted by フェイユイ at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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