2005年07月29日

「箪笥」もう一度

たんす.jpg

もう一度「箪笥」を観て、きちんと感想を書いてみたくなった。以前観て書いてはいるのだが、あえてそちらには触れず、今回観た感想と言うことで書くつもりだ。なので、読み比べて疑問に思われる方もおられるだろうことは確信せざるを得ない。

とても美しく撮られた映画だ。静かな音楽も雰囲気にあっている。人気のない洋館に可愛らしい姉妹がやってくる。出迎えたのはこれも美しい女性。姉妹にとても気さくに接しようとしている。だが、姉妹の態度はかたくなだ。その女性は姉妹の父親の新しい奥さんなのだ。次第に女性・ウンジュが正体を現す。姉妹、特に気の弱い妹スヨンに辛くあたるのだ。姉・スミはそんなスヨンをかばい、ウンジュと対立する。父親・ムヒョンはその様子をまるで気づいていないか、のようにスミには感じられる。そして苛立ちを父にぶつける。父親はそんなスミに「いい加減にしないか」と声を荒げるのだった。

とても入り組んだ手法で繊細に撮られている。観るものがすぐにそれと解らないように細工が施され迷路へと連れ込まれてしまう。
だが、見返してみるときちんと手の内は明かされているのだ。出だしでスミが病院にいること。ウンジュとスヨンが同じ日に生理になってしまうこと。スミが飲むべきであろう薬を父親がウンジュの前に置いたこと。数えていけば様々に3人の女性が実はスミ一人の人格であることがわかる。
また最初はなんと気のきかない親父だろうか、という苛立ちも後になって納得がいく。

このラストシーンは酷い。なんともやるせない気持ちになる。このようなあの時こうしておけばよかったのに、という悔やみを覚える映画を韓国映画では多く観るような気がする。
結局は自分自身への悔しさなのだ。だからこそスミは堂々巡りの時間の輪の中に閉じ込められてしまい、そこから出ることができなくなってしまった。

大事な母・妹を自分のちょっとした行動で失ってしまう、という恐ろしいことでなくともスミの心に共鳴する人は少なくないのではないか。

姉妹が洋館に着いたばかりの時(勿論それはスミ一人だったのだが)二人が手をつないで走るその手がクローズアップになる時、苦しい思いがする。スミの悲しさがそこにこめられてるような気がする。

また、これも出だしなのだが、妹スヨンが洋館の前に生えている鬼灯をみつけ、口にするシーンがある。鬼灯は日本ではお盆の時、亡くなった方を弔うための線香の代わりとなるものだ。韓国ではどのような意味を持つのだろうか。このシーンを見ると同じ意味があるように思えてならない。

監督:キム・ジウン 出演:イム・スジョン ムン・グニョン ヨム・ジョンア キム・ガプス
2003年制作
posted by フェイユイ at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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