2005年08月10日

「アレキサンダー」ガウガメラの戦いまで

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オリバー・ストーンの「アレキサンダー」が素晴らしい娯楽大作であると思う、ということはもう書いた。
改めて見直しているのだが、西洋における最大の英雄の生涯をよくもこう上手く凝縮させて描いているものだと感嘆してしまう。申し訳ないのだが、オリバー・ストーン監督の監督作品は「プラトーン」に次いでこれが2作目なのだ。私にとってOSは「ミッドナイト・エクスプレス」の脚本家、と言うイメージが強い。OSの履歴をみると「コナンザグレート」「イヤーオブザドラゴン」とやはり脚本家での作品をみている。「コナンザグレート」は遠い昔観たきりだが、なんとなく「アレキサンダー」の英雄像と重ならなくもない。まあそれは観たイメージが近いだけでどの作品も多分osの英雄像であるのだろうが。

といっても今回書き始めたのは難しい英雄論をしたいわけでもなく、もう少しちょこちょことコリン・ファレル=アレキサンダーについて書きたかっただけである。

出だしのプトレマイオスによるアレキサンダーへの回想。導入部としてすばらしい。海が一望でき風が感じられる部屋でかつての英雄の回想録をとっている。アレキサンダーは神に守られた存在であったと。

少年アレキサンダーが暴れる黒馬を乗りこなすエピソード。アレキサンダーが統率力を持つ証明であり、衝突の耐えない父王から認められ、しばし絆を深める場面だ。この後。父と子は洞窟内で壁画を見ながら、歴史と人生の栄光について語り合う重要な場面だ。

19歳のアレキサンダーをコリン・ファレルが演じている。このときのアレキサンダーは非常に幼くて可愛らしい。権力に執着する母に対してヘファイスティオンへの愛を素直に語っている。母親はいらだつがアレキサンダーは理想を持っている。アレキサンダーは最後まで理想だけを追い続けたのだ。人間にとって理想を追い続けると言うのは許されないことなのだろう。いつかは挫折し現実と言うものにひざを折らなければならない。そうしないものは彼のように狂気の中へ入っていかざるを得ないのだろう。

そして「ガウガメラの戦い」アレキサンダーが最も輝いた時。
前日にアレキサンダーは武将たちと作戦を練っている。その豪胆さに皆が驚く。ヘファイスティオンがアレキサンダーに夜討ちを提案する。が、アレキサンダーは理想として卑怯な手段を拒む。ところで歴史的にはペルシャ軍ダレイオスはあまりにも少数であるマケドニア軍は必ず夜討ちをかけてくると判断し、総勢が完全武装で待機していたため、戦いの時には疲労しきっていたという。映画ではそういう映像はなかったが、あえて言うならアレキサンダーの理想主義が敵の思惑をはずしてしまったわけで、ダレイオスとしては「そんな馬鹿な」と言うことだったのでしょう。
そして夜、アレキサンダーとヘファイスティオンのふれあいは眼差しにおけるものと言っていい。このコリン・ファレルの目だけで全てを物語る演技はまったくみとれてしまう。

ガウガメラの戦場にて。若きアレキサンダーは金色の髪を短くして短いスカートから出る太ももも若々しく美しい。まさに戦いの神と言った風情。黒馬ブーケファラスに乗って兵士を鼓舞するため疾走する様をみな神とみなしたであろう、美しい勇姿だった。
posted by フェイユイ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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