2005年08月22日

「不見不散:不散」(さらば、龍門客桟)蔡明亮

なんともまた蔡明亮らしい映画というのであろうか。

かつては客もいっぱいになったのだが、今は老朽化し閉館となる映画館の最後の一日を描いた作品だ。かといって何か感動的な出来事が起きるわけではない。
降りしきる雨の中一人の青年が雨宿りといった様子で映画館に入る。中ではキン・フー監督の古典的名作「龍門客棧」が上映されているのだが、観客は数名という侘しさだ。
青年が席に座ると隣の椅子の背もたれに足を投げ出してくる男(青年の顔にあたりそうになる)や空席だらけなのに隣の席に座ってくる中年男性(どうも怪しい)画面を食い入るように見つめている年配の男性(もしかしたら上映中の映画の主人公なのかもしれない)などがいた。

映画にはもう一人足の不自由な若い女性が従業員として登場する。ひどく足を引きずらなければならないのだがひとり歩き回って働いている。映画はこの従業員の女性と観客である青年を交互に映し出す。

やがて青年は倉庫らしき場所を徘徊するが、どうやら同性愛者のハッテン場となっているらしくそれらしい男たちが青年に擦りあうように歩いていく。青年も別にその状況に戸惑っているわけでもない。

その中に一人若くハンサムな男性がいて青年を誘うように狭い廊下に導く。青年はその男性に近づく。その男性は青年にこの映画館には幽霊がいる、とささやく。青年は男性に身を寄せると、男性は静かに立ち去ってしまう。青年は男性に言う「我是日本人(私は日本人だ)」男性が答える「サヨナラ」
 
従業員の女性は黙々と働くのみで感情がわからないのだが途中上映されている武侠もののヒロインを熱心に見ている目が印象的だった。

それにしても螺旋階段や狭い階段、地下室などが次々と出てくる不思議な映画館だ。そして建物は雨漏りがし、水がたまっており、どこもかも古臭い黴の匂いがしてきそうなのだ。

この雨漏り(水漏れ)というのが蔡明亮映画の特徴なのだが、今回も映画の間中降りしきる雨のせいで置かれたバケツがいっぱいになる。

映画が終わり、明かりがつき観客は帰っていった。従業員の女性が掃除を始める。そして長い時間もう誰も座ることのない整然と並ぶ椅子が映される。ここでかつては様々な映画が上映され様々な人が訪れ楽しんだのだ。

上映後のロビーで一人熱心に映画を観ていた年配の男性が立っている。帰ろうとしていた孫を連れた別の男性を引き止める。主役の男性と監督なのであろうか。「久し振りに映画をみたよ」「もう誰も映画を観ないし、我々のことも覚えてません」二人は笑いながらじっとロビーに佇むのであった。

ここでやっと李康生が映写技師として登場。映画が上映されている間は姿も見えなかった。片づけをしている。従業員の女性も手早く館内を片付け自分の持ち物を持って外へ出る。映写技師がシャッターを下ろし部屋を見ると女性が置き忘れたのか饅頭があった。土砂降りの雨の中、彼はレインコートを着て女性の下へ饅頭を持っていこうとするのかバイクに乗って走り出した。だがその後を女性がゆっくりと傘をさして帰っていくのだった。

いつものように不思議な味わいのある映画です。またいつものようにおかしさもあって、トイレでいつまでも用をたしている姿は参りました。
また最後の土砂降りの雨が映画館の失われる気持ちを現しているのでしょう。

監督:蔡明亮 出演:李康生 山田村恭伸 陳昭榮 2003年制作
posted by フェイユイ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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