2005年09月12日

「南極日誌」再挑戦その2

完璧と言える導入部30分を越えたあたりから疑問が少しずつ生じてくる。

まず具合の悪くなったジェギョンを隊長がミンジェに任せたと言って歩き出す。ここでミンジェ自身も自分を失ってしまい、ジェギョンがどこに行ったのか解らなくなる。
隊長とミンジェをテントに残し他の3人がジェギョンを捜しに後戻りする。
素人考えなのかもしれないが、後戻りして捜しに行くくらいなら最初から橇にジェギョンを寝かせて皆で交代に引っ張ったほうが効率的では。かなり時間と労力の無駄である。
隊長の精神が次第に狂っていく過程でもある。が、他の者もすでに冷静ではないのだ。後で後悔するのだが、ここで隊長を放って逃げ出しておけばよかったのだろうが、隊長だけでなく皆も到達不能地点へたどり着きたいという欲望はあるのだ。が、映画として隊長一人が悪者になってしまうよう感じさせてしまったのもまずかったのかもしれない。

そして隊長の精神のぶれを失ってしまった子供の霊によって表していく。たびたび見える人の影。お父さんと呼んで振り返る顔のない子供。クレバスに落ちてしまったキム・ソンフンの身体にしがみつく子供。そして隊長はキム・ソンフンを助ける綱を手放してしまう。それを見て隊員たちは隊長への信頼を失っていく。ミンジェはつぶやく。「見たことを全て信じられるのか。ある種の状況や環境で何かに魅入られた如く錯覚する事もあるでしょ」
日誌には何が描かれているのかよく解らない闇のように塗りつぶされた頁があった。そこに何かが描かれているようにも見えるのだが、よくは解らないのだ。

この日誌を扱う場面はとても恐怖が滲み出してきてすごく恐いと思う。出来るならこの日誌からくる恐怖だけでやって欲しかった。
子供の霊が出てくることに疑問を感じるのは、何故だろう。一つはそれがこの南極で起きたことではなく他所で起きたことを引いてきているのでそれなら別に南極に来なくても充分苦しむべき事柄だからではないか。
実の子供と隊員を子供同然ということで重ね合わせているのだと思うが例え子供を失った事が隊長の精神を狂わしていってるのだとしても映像で見せないで見るものに想像させたほうがよかったのではないか。昨日も言ったようにソン・ガンホの演技なら充分表せたと思う。それに子供の霊というのがあまりに痛々しくて映像として見せて欲しくないものということもある。映画を観て感じさせられる恐怖がこの極限状態でのものなのか、ただ可愛そうな子供のせいなのか、わからなくなってしまうのだ。
また、導入部ででてきた手はなんとなく大人の女性の手のように見えたのだが、何故なのだろう。それもややちぐはぐさが残った。

この第二の部分が観る者に不可解な印象を与えているように思える。
posted by フェイユイ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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