2004年10月02日

やはり「藍宇」ですか?

となると話さねばならないのは「藍宇」のことだろうか。この映画が見れるようになった頃のファンからはすでに醒めた目で見られているような気もするが、わたしにとっては、やっぱり大切な映画だ。内容についてはもう有名すぎる気もするし、照れてしまうので、触れないこととして(なんなんだ)スタンリー・クワンの映画作りの巧さにため息つくばかり、といえる。これを見て、ますます、中国映画に傾倒して言った私だが、現実はそう甘くはなかったね。とはいえ、こればかりが、よしということでないということもわかったわけだ。
あんまり抽象的すぎて、わけわかんないからも少し説明すれば、私はこの頃香港映画から、大陸の映画に興味を移し始めてて、香港人のスタンリー・クワンが大陸の役者を使って、北京で映画を撮るというのは、私にはまさに象徴的だったわけだ。もしこれを大陸の監督が撮ったならもっといろんな意味で大陸的になっていたであろう、こんなにおしゃれにはなっていなかったであろうということは想像に難くない。だが私はスタンリー・クワンの映画術に見事にはまっちまったし、こんな映画がほかにもあるんじゃないかと錯覚もしたが、そんなことはなかったというわけ。が、おしゃれだけが映画ではないと自分で納得したということさ。
が、しかし、現在の私には大陸の映画、のみでは語るものがあまりない、のだよね。少し前にDVDで「盲井」それから「巫山雲雨」を見てからなにもない。香港そして今は台湾にべったりなわたしだし。それに韓国映画の力が強すぎて、中国映画はほとんど立場がない。がんばって欲しい、と心から思ってはいるんだが。
ほとんど「藍宇」の説明にはなってないが、私の中でそういう存在、ということだ。
posted by フェイユイ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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