2005年11月20日

笑傲江湖・第二十集

師娘・寧中則は師父が令狐冲の破門を決めたことで心を痛めるが、何とか自分自身を説得した。そしてざわつく弟子たちにも令狐冲の破門を知らせたのだった。
さらに各派にも、その旨をしたためた書を届ける手はずを整えた。

少林寺では、突然の来訪者があった。傷ついて瀕死の状態の令狐冲とそれを抱え運んで来た盈盈であった。少林寺の高僧・方証大師は二人を受け入れた。
二人と戦った僧・方生は女が魔教の者だということを方証大師に告げた。令狐冲を別の部屋へ寝かせ、二人の僧侶は盈盈と話をした。令狐冲を救える易筋経はそう簡単に教えられるものではなく、また少林寺との縁が深いものでなければならない。
どういうお方かと問われ、盈盈は「日月神教の聖姑である」ことを話した。僧侶たちは大変驚き、令狐冲を易筋経で助ける代わりに、盈盈に10年間少林寺にとどまっていただきたい、と言われる。「そなたの重ねた罪悪を仏法で消し去るために」
盈盈は提示されたその時間の長さにためらうが、やがて決心したかのように仏像に向かい、祈り始めた。
(日月神教というのは別に宗教じゃないのでしょうか?違う宗教に祈るのは大変抵抗があると思いますが、あっさりと仏様を祈りだしたので、ふーんと思いましたよ)

盈盈は10年もいたら本当にお婆さんになってしまう、と思いながらも令狐冲に生きて欲しいと願うのだった。

二人の僧侶は手当てを始めるが、結局令狐冲が目が覚めて易筋経を身につけないと体の中にある8っつの真気を取り除く事はできないのだ。そのためには令狐冲が少林寺派にならなければならず、崋山派である令狐冲には易筋経を伝承できないのだ。思い悩む二人に崋山派からの手紙が届きそこには「令狐冲を崋山派から破門する」ことが書かれていた。これも縁だと僧は考えた。

崋山派では林平之が両親の仇を討つことを懸命に考えていた。そのためには林家の秘伝である「辟邪剣譜」を手に入れねばならないとも。
一人占いをする林平之を見て岳霊珊はその結果を知りたがる。そのくじには「鼻と足を斬る」とあった(なんと不吉な占いだ)

令狐冲が目覚めた。
方証大師と方生は令狐冲に、易筋経を会得すれば身体の調子を整えられるが、そのためには少林寺に縁があるものでなければいけない。令狐冲は剣法を風清楊から伝授されており、風清楊は少林寺にとって恩のある方なので充分縁がある。従って令狐冲が少林派に入れば易筋経を伝授できると伝えた。
令狐冲は自分は崋山派に属するのでできないと言うと、例の手紙を見せ、令狐冲が破門されたことを教える。令狐冲は手紙を見てはっとなり、僧侶の前で礼を述べるが「自分は派を変えるつもりはない」と答え出て行った。

盈盈は令狐冲の回復を祈りながら、床に過ぎた日を刻むのだった(僧侶に怒られるよ、せめても少し目立たない場所にして)そして迷い込んだ小鳥を逃がしてやる(徹底して鳥好きですね)

崋山派では岳霊珊が林平之の敵討ちに逸るのを心配していた。まだ武功の足りない林平之ではあの青城派を倒すのは無理だった。岳霊珊は林平之に敵討ちを急がない事を約束させた。

一人、少林寺を飛び出した令狐冲は姿もやつれさまよっていた。とある店で「令狐冲を殺せば名が上がる」と言いふらす奴らがいた。令狐冲は「俺が令狐冲だ、殺せ」と言うと男は馬鹿にして令狐冲をどんと押すと力ない令狐冲はよろよろと倒れた。それを見てまわりは皆笑った。倒された令狐冲も空を見上げて大笑いし、「俺を殺せ」と叫んだ。

日月神教の反逆者・向問天はある兄弟分の家に身を寄せご馳走を振舞われていた。弟分であるその男は向問天に「死ぬのなら共に死のう」と言って酒を酌み交わした。向問天は「よい兄弟分だ」と笑った。
その屋敷に一匹の蛇が静かに近づいていた。

出演:李亜鵬(リー・ヤーポン)(令狐冲)許晴(任盈盈)李解(林平之)孫海英(田伯光)陳麗峰(儀琳)彭登懐(余滄海)李勤勤(定逸師太)巍子(岳不群)苗乙乙(岳霊珊)



posted by フェイユイ at 21:11| Comment(12) | TrackBack(0) | 笑傲江湖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして、金庸ドラマにはまっています。ネットで調べてみると王重陽や丘処機とか完顔阿骨打、耶律洪基など結構、歴史上の人物とか全真教など実際にあった宗教が出ていてびっくりしています。ショウゴウコウコは、時代は未定となっていますが、日月神教が、金庸の別の著作にでてくる明教と関係がありそうで、その明教というのは、実はマニ教で、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「宗教に寛容な元においては、明教は福建省の泉州と浙江省の温州を中心に信者を広げていた。明教と弥勒信仰が習合した白蓮教は、元末に紅巾の乱を起こし、朱元璋が建てた明の国号は明教に由来したものだと言われている」とか、実際に魔境とか呼ばれていたとかでています。さらにその教義たるや、ユダヤ教、ゾロアスター教、キリスト教、仏教、道教に影響を受けているそうですから、ほとんどなんでもありの状態。盈盈さんが仏様を拝んだりするのもそういうことかと思ったり、ときたま裸で火を肌に近づけているのは、拝火教のゾロアスター教の影響なのかなと思ったりしています。
Posted by 金庸ドラマファン at 2005年11月21日 00:24
はじめまして、 金庸ドラマファンさん。ようこそ。
ははあ、そうですか。盈盈が仏様を拝んでもいいわけですね。なるほどー。
その上、火で体をあぶってる人いましたね(笑)拝火教ですね。誰も見てくれてないみたいで気の毒でしたが。あれは派手でしたね。
日月神教の人たちってこうもりみたいな帽子かぶってますしいかにも妖しい雰囲気です。絶対みんなに白い目で見られますよ。
Posted by フェイユイ at 2005年11月21日 16:43
のっけから登場する日月神教の下っ端達を見て、「この烏賊野郎!。」と思ったのは私だけでしょうか?。

火吹きのオジサンも良いですな。
歴史的な背景大変勉強になりました。
Posted by fince at 2005年11月22日 02:02
いよいよ折り返しですね。この少林寺での出来事が後にいろいろと大きくかかわってきます。

多分、以前に盈盈が冲児と蛙を食べていたのは、鳥好きの盈盈の前で鳥を食べる訳にはいかなかったからかもしれませんね(笑)。

新興宗教は、宗教的には何かの宗教をベースにしているものは結構あるみたいです。あのオウム真理教も調べたら仏教とチベット密教あたりをベースにしているらしいですし。

明教が邪派として出てくるのは「射┿杏?遏廚離薀好箸鮠「襦慚疆慧卜教@戮任垢諭?酩覆梁腓C文阿砲覆辰討い泙后Fオ鄂清気藁鮖砲房尊澆靴泙擦鵑?¬世鯑オ遒吠?韻徳郎遒靴燭箸いΡ修任后?

中国の場合、太平道教や白蓮教(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』にも出てきましたね)など、歴史の展開場面で新興宗教による結束で世が乱れましたから昔から新興宗教の弾圧は多かったですし、そういう歴史的背景もあって「邪教」がクローズ・アップされているように思います。
Posted by サンタパパ at 2005年11月26日 08:39
こちらも文字化け、重ね重ねすみません。お詫び申し上げます。


明教が邪派として出てくるのは「射雕三部作」のラストを飾る『倚天屠龍記』ですね。作品の大きな鍵になっています。日月神教は歴史に実在しませんが、明を日月に分けて創作したという噂です。

Posted by at 2005年11月26日 09:00
>鳥好きの盈盈
あ、それで蛙くんだったわけですね。えー、でも盈盈は鶏肉食べないんでしょうか?美味しそうだから飼ってるわけじゃないのですね。

日月神教のわけはそういうことだったのですね。日月って変な感じとは思いました(笑)

「マギー」のとこでも書きましたが、知識宝庫サンタパパさんの頭の中はどうなっているのですか。
Posted by フェイユイ at 2005年11月26日 17:08
どうも。
倚天屠龍記でしたか、明教がでてくるのは。で、明教が元から明への歴史の転換の原動力になりながら、実のところやっぱり明でも明教は弾圧されてしまう。そして明が最後の漢民族王朝。ということで、明への思い入れが強いのか、金庸は、日刊紙「明報」、文化誌「月刊明報」を創刊者でもあります。そうして、宋から明への歴史の激動期を舞台にした武侠小説ができたということてなのでしょうね。・・と一人で納得。
そういえば、笑傲江湖の時代設定がどうもよくわからないと思っていたら、江湖網さんのほうでは1500年代後半と推定されているようです。
http://kizurizm.com/nippo/nippo06.htm
これだと、明末期の話になりますが、話のつながりとしては、元の末期、倚天屠龍記の前のお話のような気がします。
Posted by 金庸ドラマファン at 2005年12月10日 07:10
私は何にも知らなくてお恥ずかしい限りですが、ここに集まってくださる方は、知識の宝庫でうれしい限りですねえ、感謝です。
金庸ドラマは何も知らなくても面白いですが、金庸さん自身が凄い知識の方なので知っていればいるほどたくさんのからくりや遊びがあるのだろうな、と感じています。
Posted by フェイユイ at 2005年12月10日 22:25
こんばんわ

>日月神教というのは別に宗教じゃないのでしょうか?
新興宗教のお話、なかなか面白いです。
私も信者というより中心的な人物が他の宗教に?って思ったけど、それぐらい令狐冲を愛しているって表現とここは流して見てました。

>令狐冲が破門された
またまた荒れてましたね。それにしてもここに至る状況からそろそろ破門されると頭にも無かった令狐冲って寧中則さんが言ってましたけど甘やかされ過ぎたんでしょうか?
魔教と会ったら即殺せって言ってる師父を魔教の宴会に連れて行って、それに嫌味も言われて、破門されるかも・・・と心配もしないなんて。虚竹は事ある毎に言っていたけど(笑)
逆に岳不群もここで破門したら、弟子を切り捨てたって不名誉なるのに。

>床に過ぎた日を刻むのだった
私も長期に出張した時、カレンダーに×印を付けてました(笑)
Posted by 遠志 at 2005年12月27日 01:03
またまた、おせっかいですが、中国のマニ教について、もっと詳しく書かれているものをみつけましたので、ここに貼り付けておきます。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/9613/yomimono/mani.html
Posted by 迷 at 2006年01月01日 23:11
勉強になりました。
日月神教のモデルはマニ教でしたか。しかもマニ教にはゾロアスター教がおおきく影響しておったんですね。ゾロアスターのアフラ=マズダは仏教の阿修羅につながっていきます。つまりゾロアスターの善神は仏教では悪神だった。そもそもアスラ(阿修羅)とインドラ(帝釈天)の戦いの原因は帝釈天が阿修羅の娘を強姦したのが始まりなんですよね。なんちゅうか、どっちが正でどっちが邪かわからん世界がここにもありました。
Posted by 格瓦拉 at 2006年01月08日 16:42
私も勉強になりました(笑)どこまでわかっているかは秘密ですが。
物語と言うものは宗教とは切り離しては考えられないものですね。
Posted by フェイユイ at 2006年01月08日 23:47
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