ネタバレです。ご注意ください。
日本の戦況が危ぶまれ、吉岡たちは溥儀に援助を要求する。それは満州国民から搾取せよと言うことだった。いつもながら、不快に感じながらも結局サインをする溥儀。
しかし日本が戦争に負けると言うことは溥儀自身が帝位を退くということ。逆らえるわけがないのだった。
不安でいらだっている時、なんと召使の男が、溥儀の玉座で居眠りをしていた。「馬鹿にするか!」と激怒する溥儀。兵士たちに男を叩かせる。が、なんと男は死んでしまう。「殺せとは言ってない」身勝手な溥儀の言葉「罰として自分の手を叩け」
天皇陛下の玉音放送により、日本の敗戦が明らかになる。
溥儀は、玉琴に「吉岡が私を殺しに来る」と言って、わずかな物音にも逃げおびえる。吉岡はやってくるが告げたのは「お逃げください」と言う言葉だった。
溥儀は妻たちを残し、一人日本へ逃げるため飛行機に乗る。だが瀋陽にて、ソ連軍につかまり捕虜となる。この時、一緒にいた吉岡さん、切腹にて自害。溥儀は1945年から5年間、シベリア抑留生活を送る。
1946年。
ハバロフスク収容所。溥儀さんが、陳道明から朱旭に変わる。収容所でも溥儀は皆から「皇帝」とあがめられている。溥潔さんもいますよ。
が、ある日ソ連軍のニコライビッチ中佐と言う人が訪れ、溥儀に「東京での極東国際軍事会議での承認を要請されている」と伝える。裁判と聞いておののく溥儀。また周りの者たちも「陛下が中国に引き渡されたら我々はどうなるんだ」と嘆く。
が、やはり溥儀は出廷する。東條英機・土肥原賢二・板垣征四郎らの戦争犯罪を告発した。そうして、自分がいかに日本軍に脅迫され、なりたくもないのに満州の皇帝にさせられたか、また皇帝となっても何の自由も権限もなく、宗教までも変えさせられ、それは日本軍が世界を日本の宗教に変えさせるための溥儀を使った実験だったと訴える。溥儀の一言一言に大いに沸く法廷。やがて弁護人は溥儀が南次郎に送った手紙と言うのをだしてくる。若い頃の溥儀の姿が映り、確かに部下に書かせ自ら判を押したものだった。が、溥儀は「それは偽物で、自分はまったく知らない」と言い張るのみだった。
1ヶ月以上の出廷を終え、溥儀はやっとシベリアへ戻る。かしずくものたちにでむかえられやっと笑顔をみせるのだった。
断固として自分の非は認めない溥儀さんです。保身能力はすごくありますね。吉岡さんに日本軍の神風特攻隊の様子を映写機でみせられ、すごく戸惑います。みずからてきにぶつかり死んでしまうなんて、溥儀さんには理解し難いのでしょう。「日本軍は絶対負けないぞ」(この言葉ってよく中国のドラマで言えたなあ)と言ったとしてもそれは自分が皇帝で亡くなってしまうからだし。また裁判の時に「偉大なる孫文先生がひきいる国民党が腐敗した清朝政府を倒しました」とかいって、すごい。すごすぎ。したたかさでは、誰にも負けませんね。さてさらに溥儀さん、どうなっていくのでしょうか?
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