2006年08月08日

「康煕王朝」を観終わって/その2

とは言ってもこの「康煕王朝」面白かったのは確か。前にも書いたけど全く康煕帝に関しての知識がなかったので全て新鮮に観る事になりました。

嫌いと言っても若い時の康煕帝は可愛いんですよね。東亭とスマラグが康煕を支え、まだ未熟な康煕もお婆様にしかられたり、一所懸命頑張ったり後でその頃を懐かしむ場面がありますがほんとにそうだと思います。
康煕が大人になるほど悩みが増え後で容妃が嘆くように康煕は身近な者にあたっていくようです。
しかし一体どうしてこんなにいい人・好きな人ほど酷い目にあわせてしまうのでしょうか。
一つは康煕の公平な精神と言うものを表現するためなのでしょうか。公平ではなく好きな人に対して不公平のようにも見えますが。

康煕たちのような満人と征服された漢人というのは知ってはいてもあまり考えた事がなく、このドラマを観て少しわかったような気がします。
それにしても圧倒的に数の多い漢人を征服してしまった満州族というのは物凄いものですね。

最初観た時はびっくりする弁髪も女性のあの大きな髪形もいくつかのドラマや映画を観ている内に慣れてくるものです。大体日本の侍のまげの方がかなり特殊なのであれがいいんだったら弁髪はまだまだ可愛い方です。女性の髪形も日本の江戸時代の髪型を大げさにしたような感じでもありますしね。後ろ髪のはね具合とか。

中国にはイスラム教徒がたくさんいる、というのも知らなかったことで康煕がイスラム教も公平に見ている、という話なんかは凄く興味深く見ました。

最後になりましたが、目的だった陳道明とスーチン・ガオワーは本当に素晴らしかったです。
この話、スーチン・ガオワーのお婆様がいなければ魅力半減かそれ以下です。かっこいいんだもんなあ、太皇太后。
陳道明、「ラストエンペラー」もこれもどちらも凄い。考えたら康煕皇帝は皇帝としてはすごいけど(このドラマとしては)人間性に乏しい感じ。それに比べたら溥儀は運命的に落ちていくばかりだけど人間ドラマとしては格段に面白いですね。康煕の前で溥儀褒めてて申し訳ないけど。
ラベル:康煕王朝
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「康煕王朝」を観終わって

「康煕王朝」50集を見終わってなんとも言い難い気持ちに陥りましたね。何と言っても衝撃だったのは康煕が最も信頼しまた美しさと気品と愛情豊かな容妃を康煕自身が奴隷の身に貶め、便器を洗うという毎日を送らせ(便器を洗う職業の方には申し訳ないですが)しかも60周年のお祝いに他の囚人(索額図と明珠)は呼んだのに彼女の事は忘れてしまい、がっくりした容妃は便器に押しつぶされて死んでしまうなんて。
これは一体史実なんでしょうか???私は恥ずかしながら康煕帝のことを全く知らずこのドラマで初めて知った(それまでは名前を見ても何も思わなかったわけですね)のですが、一応歴史書を見ると類稀なる名君とあります。事実このドラマのように幼くして皇帝となった後、三藩の乱を平定し、台湾を奪回し、モンゴル・ジュンガル・チベット・青海も平定、ロシアとネルチンスク条約を結び、「康煕字典」を作り、西洋の数学・天文学・地理学を学習し、学問を奨励するというまだ多分書き足りてないほどの偉業を次々と行ったまさに皇帝、という物凄いお方ですね。
そのお方が最も愛する妃に対してこの仕打ち。ドラマを観ているとそれは康煕の皇帝としてのどうしようもない立場から、ということで陳道明の悲しい眼差しについ涙をこぼしてしまいましたが、どうしたって凡人の私には康煕のやり方が理解できませんね。(史実でなくドラマ製作者の演出ならごめんなさい)
とは言え、思い出してみたらこのドラマでは康煕と深く関係して言った人々は皆不幸になっているのですよ。
敵の大将は仕方ないですが才能豊かで人徳もある家臣や身内が康煕のためやむなく不幸な道を辿っていく。
康煕と清のためにと大地図を書き上げた周培公の最後は悲しかったですし、李光地も身を粉にして働いてると言う感じなのにと最後は台湾に送られてしまいました(私は台湾がいいけど)
太皇太后にはさすがに酷い仕打ちはしてませんが何となく不安を抱かせたまま死を迎えさせてしまったのではないでしょうか。
愛娘・藍斎姫はかわいそうに嫌な男の所へ嫁入りさせられその人を好きになったら親父から戦争されて未亡人にさせられ愛する母親は奴隷にされ、と散々に心を踏みしだかれてしまいます。
賢かったスマラグはそういう目には会いたくない、と康煕との結婚を拒絶したのでしょうね。それでも深い悲しみに傷ついた最後でした。
腹心というべき魏東亭は最後はまあ康煕と添い寝したりして仲直りしたんですが、貯金したり大変な働きをしたにも関わらず完璧じゃない、とばかりに台湾に追いやられたりして気の毒でした。
舅である索額図や明珠もまた反逆の志があったとはいえ惨めな末期を過ごしています。
唯一康煕をしてやったりと言う感じなのはバオリーロンメイ姫くらいですか?なにせ康煕を強姦したあげく身ごもったかもしれないというバイタリティ溢れる姫ですね。彼女の去り際はかっこよかったです。

それにしてもこのドラマの人間模様が史実なら私はどーにも康煕皇帝は好きになれませんね。優秀かもしれませんが可愛げが全くないではありませんか。
ドラマとしての演出なら英雄というべき皇帝をここまで非情の人物に描いた、ということに驚きます。最後なんか主人公・康煕に憎しみすら感じましたからね。やっぱり最後には名誉より愛を選んで欲しいっす(いくら甘いと言われても)やだやだこの皇帝。

このドラマの男性で一番魅力があったのはグールダンでした。私だって康煕の城に帰るより藍斎姫のしたとおりグールダンの元に戻りたいですね。
ラベル:康煕王朝
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2006年08月07日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第50集

張廷玉が康煕に60周年のお祝の宴を申し出た。康煕は寂しかったから華やかにやりたいと言い出す。

盛大な宴が設けられ大勢の人が集まった。囚人である索額図と明珠も首かせをはずされて宴に参加した。二人はすっかり打ち解けて仲よく席に着いた。

康煕の幼馴染である魏東亭も孫を連れて参上した。康煕は喜び酒を酌み交わした。

康煕は太皇太后の杯を持ってこさせ幼くして両親を失った自分を育ててくれた太皇太后に感謝を述べて飲み干した。そして宴に参加した60歳以上の老人達にも礼を言い杯を干した。それから敵であったアオバイやグールダン、朱三皇子らにも敬意を表し杯の中の酒を捨てた。
それを見ていた臣下たちは皇帝を賛辞して跪いた。

その頃、容妃は粗末な家でひとり繕い物をしていた。彼女に声をかけるものはいなかった。

宴では明珠と索額図も酒を振舞われた。二人はすっかりかつてのわだかまりもないかのように互いをいたわった。

容妃のところへは宴で使われた便器が運ばれた。容妃はそれを洗いながら康煕が自分を思い出して迎えに来てくれることを信じていた。彼に対しては恨みはない、と。

康煕は今までのどの皇帝より長生きし、133人もの子供と孫を持ったことに満足していた。居並ぶ子供達から次の皇帝がまたその次の皇帝もでることに喜びを感じていた。
だが魏東亭は「一人足りない方がいます」と言う。

康煕は部屋の片隅に明珠と索額図の姿を見つけやや白んだ気持ちになった。
その明珠と索額図は手をつないで仲良く牢に帰って行った。

容妃は便器を洗いながら康煕のお召しをひたすら待っていた。宦官が早くしろ、と声をかけたので「皇帝のお呼びですか」と問い返した。だがそれは便器がたくさん到着したので早く車から降ろして洗え、ということだった。
茫然となった容妃は力の無くなった腕で車から便器を降ろそうとした。が、抱えたまま彼女は気を失い倒れてしまう。その体の上に車に積んだ便器が一斉に落ちてきた。
容妃は死んだ。

李徳全は宴たけなわの康煕に容妃が亡くなったと知らせる。康煕は「疲れた」と言って宴を終えた。

康煕は自ら容妃の遺体が横たわる便器の洗い場に行った。亡くなった容妃を見つめ康煕は聞いた「容妃に仕えていた者は何名だ」「20人の宦官です」「彼女が便器を洗っていたのを見た者はすべて殉死させろ」
容妃の葬儀が盛大に行われた。康煕は側にいる東亭に「あの宴の時、お前が一人足りないと言ったのは容妃のことだったのだな。私は思い出さなかった。彼女は私にとってとげだ。深く刺さったとげなのだ。お前はそれを抜けと言う意味で言ったのだが、私はこのとげを刺したまま黄泉の国へ行こう」

康煕は妃の墓に入りインレンの母親である妃の墓に謝った。康煕はインレンを皇太子に立て廃しまた立てた。だが大器になれなかった皇子に後を継がせるわけにはいかないと。
また康煕は容妃の墓の蓋を開け彼女を孝慈仁皇后としこれから永遠に共にいる、と約束した。そして容妃の素晴らしい孝行と知性と節操と品行を後世に残す為に史書として書き記す事を命じた。それには康煕と容妃は27年間仲睦まじく過ごした、と書かせると。
康煕はなおも心でつぶやいた。容妃が太皇太后の遺言を守ってインレンの皇太子を守ろうとしたのは知っていた。だが清のために無能な者を世継ぎにするわけにはいかない。自分はあえて容妃に主君を欺いた罪を着せて冷たくあしらったのだ。

康煕は寝所で魏東亭と添い寝していた。そして自分たちは老いた犬達のようだと笑った。
康煕は明日の朝会で後継者を発表すると言い、東亭にその者の名前を見せた。東亭は驚いた。康煕は意外だろう、と笑う。
東亭はあなたは聖君だ、と言って息を引き取った。康煕はなおも話しかけたが答えず目をつぶっている東亭を見て寝るのが早いじじいだと呆れて眠った。

翌朝、死んでしまった東亭を見て孫の小魏子は泣いた。康煕はそんな小魏子に優しく接し、朝会に一緒に出ようと言う。

後継者発表の朝会に臣下と康煕の子供・孫らが出席した。宦官・李徳全が「後継者を皇帝自ら発表される」と呼ばわった。
康煕が東亭に見せた紙を箱から取り出した。そこで動かなくなった康煕を心配そうに小魏子が見た。「皇帝は天に帰った」

1722年11月13日康煕皇帝崩御。戒名聖祖、69歳であった。
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2006年08月06日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第49集

康煕は皇子たちの反逆を怖れた。
そして李光地にインスーの家を捜索させインスーを捕らえさせた。実の弟を殺そうとした事が許せなかったのだ。そしてインレンは無実として医者に見せた。

容妃は身分を落とされ粗末な寝床で寝ていたが太皇太后の言葉を思い出していた。人は眠る時はみな夢の中だと。
皇帝である康煕が今、悪夢の中にいることを容妃は案じていた。

花を見に来た康煕に容妃は太皇太后の遺言である「インレンは欠点はあるがいい子なのだから皇太子を廃してはいけない」と言う言葉を繰り返した。
康煕は容妃に紅玉が自害した事を知らせ何故逃がしたのかと聞いた「朕が残忍だというのか」容妃ははい、と答えた。インスー皇子もいい所もあるのになぜ廃してしまったのか、あなたは心が狭いのです。
これを聞いた康煕は怒り出て行った。容妃はさらに身分を剥奪され奴隷となった。

このことを聞いた慧妃は大いに喜び宦官に「彼女を殺しても傷つけてもいけない。宮中の便器を洗わせなさい」といいつけた。

容妃は山のようにある便器を洗い続けた(ほんとかね。たくさん人がいると思うんだけど。容妃だけじゃおっつかないよ)しかも慧妃の宦官達が意地悪をしにやって来て容妃を苦しめた。

康煕は李光地を呼び台湾知事をしている魏東亭を呼び戻したいという。だが優秀な彼の代わりがいない。言葉の意味を察し李光地は「では私が台湾の知事をやります。ただもう呼び戻さないでください」と頼んだ(繰り返すけど朝廷の泥沼にいるより台湾にいたいね私も)

突然、藍斎姫が朝廷にやってきた。驚き慌てて迎える康煕。前日は藍斎の誕生日だったのだ。
喜んでオルゴールをプレゼントする康煕に藍斎は母に会いたいという。康煕は宦官の李徳全に耳打ちして容妃を迎えに行かせる。

容妃は藍斎がここにくればいいと言ったが、皇帝の威厳のためにお願いします、藍斎様はお母様に会いたくて長い道のりを帰ってきたのですという徳全の願いに仕方なく容妃はみすぼらしい作業着を豪華な衣装に着替えて藍斎に会う。藍斎は何の疑いもなく再会を喜んだ。
息子のアミダはもう大王として国を治めているので来年は会いにこれます、と言う。もう恨みも残ってはおらず清と仲良くするつもりですと伝えた。
藍斎が休む為に場を離れると康煕は容妃に冷たく帰るように言いつけた。
容妃は足が悪く痛む足を庇うようにしてその場を去った。宦官の李徳全だけが彼女を見送った。

戻ってきた容妃を見た宦官達は彼女の服を剥ぎ取りあざけった。されるがままに容妃は思った。
もう康煕のために生きていくのは嫌、あなたが天下を治めるように私は便器を磨いていく。でもあなたの天下よりこの便器の方が綺麗かもしれない。

藍斎はうれしげに母の住居を訪ねた。だがそこは荒れ果て誰もいない建物となっていた。追いかけてきた李徳全に藍斎は容妃の居場所を問いただす。
口ごもっていた李だが藍斎の剣幕にとうとう容妃の居場所を教える。
奴隷となって便器を洗う母の姿を見て藍斎は泣きながら抱きついた。そしてすぐ国に戻り兵を起こす、と言う。容妃は押し止め、今、陛下は肉親の争いで苦しんでいる。そのために最も近しい者を苦しめてしまうの。いつか彼は私を迎えに来てくれる、その日を夢見て待つわ。
藍斎は泣きながら戻るしかなかった。

藍斎はすぐ康煕に暇を告げる。何も言わないが康煕からもらったオルゴールを床に落として割った。
それを見て康煕は「容妃、永遠に許さないぞ」とつぶやく。

康煕は庭でぼんやりと過ごしていた。その様子をみて李は気が気ではない。皇帝が何を考えてるかわからず皆怖れてます、と申しあげる。
康煕は晩のおかずのことしか考えてないと言う。
そこへ張廷玉が来て近く康煕帝になって60年の節目です。いままでに60年もの間国を治めたものはいません。皇帝がなさらなくても我々がお祝いをいたします、と申し出る。

最後に来て物凄いいらいらです。全く今までのどの敵より朝廷内の家臣や息子の問題より康煕自身の心が敵ですね。今まで尽くしてきてくれた容妃に対してこの仕打ち。ほんとにもうはらわた煮えくり返ってます。
次の最終章で一体どうなるのか、容妃のことだから飛び蹴りなんかはしないんだろうなあ。
 
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「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第48集

李光地は索額図を弾劾しようと試みるが策額図は狡賢く罠にはまろうとはしない。
康煕は奴はお前達の手には負えないようだなと笑う。李光地は拷問を勧めるが孫である皇太子は反対する。
康煕も身内である索額図には酷いことはできない。そこで登場してきたのが明珠であった。
仇敵である明珠は索額図のあらゆる悪行を覚えており次々と彼を告発した。さすがの索額図もこれには反論できない。
明珠は索額図によって自分も次第に悪の道に入っていったことを告白もした。

明珠による索額図の28の反逆を知った康煕は激しい怒りに震えた。だがそれでも索額図を死刑にはできない。
康煕は索額図と明珠を牢で天寿を全うさせる事にした。
さらに康煕は皇太子インレンに索額図が計画した康煕暗殺を知っていたのかを問う。正直に答えよという康煕にインレンは知っていたと答える。

康煕は一族を集め祖先の霊前で「インレンを皇太子からはずす」と明言した。これを聞いた容妃は「太皇太后の遺言で皇太子をはずしてはいけません」と叫ぶ。
康煕は邪魔をされ容妃を殴った。容妃は「太皇太后の遺言では花の面倒を見るように」と言う。康煕は「枯らしてしまえ」と冷たく言った。

インスーはインレンの恋人であり朱三皇子の娘紅玉を捕らえ康煕の前に引き立てる。娘の腹にはインレンの子供がいると聞いて康煕はその子を産むまでは容妃に面倒をみるよういいつける。
容妃は太后の遺言どおり花の世話をしながら紅玉に城を出る方法を教え皇居に入ってはいけないと言った。
紅玉は父の墓を参ってそこで自害した。

容妃が花の世話をしていると慧妃が訪ねてきて容妃の心配をする。だが慧妃はもう太皇太后はいないのだからと言って鉢から花を切り落として持っていくのだった。

索額図が捕まり皇太子が廃されて明珠は牢の中ながら優遇されていた。そしてインスーに皇太子になる為の知識を与える。
インスーはすっかり落ちぶれ果てたインレンを訪ねた。インレンの精神はゆがみ始めていた。

インスーは康煕に会い弟インレンの言葉を伝えようとした。康煕はちょうど19皇子の病気見舞いにいくところだったがインスーは構わずそうとする。
そしてインレンが皇帝の座を狙っているといった事を伝え康煕の怒りを蘇らせた。インスーが「こんな卑劣な奴は私が処分しましょう」というと康煕ははっとして「お前は弟を殺そうと言うのか」と嘆いた。
病気の弟の見舞いに来ていた兄はいなかった。康煕が来て慌ててやってきた兄達を見て康煕は肉親の非常さを訴える。康煕は自分にはないだろうと信じていた肉親同士の争いが現実に起きつつあることを怖れた。
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2006年08月05日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第47集

藍斎の兄インスーは容赦なくグールダンの首を切った。喜び勇んで首を持ち帰ると康煕は「自害させてもよかった」と言いインスーを休ませ自ら藍斎を迎えに馬を走らせた。
藍斎はグールダンを葬ろうとしている所だった。「帰ろう」という父・康煕に藍斎は強い反感を抱く。そしてとうとう首を縦に振ることはなかった。グールダンの息子アミダは康煕に復讐を誓う。康煕はまだ幼いアミダに短刀を渡しもう復讐はするな、だが心が変わらなければ来るがよい、と言った。

藍斎は幼いアミダにもう復讐はせず清と仲良くして欲しいと頼む。そして父が残していった箱を開けると昔叩き割ったウサギの置物が修理されて入っていた。

葛礼は印空大師に「索大臣は今こそ康煕を討つ時だと考えている」と伝えた。
そして細かく康煕を討つ手配を教えたのだった。

康煕は勝利に酔っていた。美しい女性達の舞を見て祝いの美酒を飲み干した。それぞれが康煕を讃えた。
康煕はバオリーロンメイと連れ立って草原を駆けた。後にインスーやお付きの者が従って走った。
「疲れた」という康煕にバオリーは草原にマントを敷いて康煕を寝かせた。そして自分も服を脱いで康煕と添い寝した。
それを見たお付きの者たちは慌てて皇帝の周りを布で目隠しした。バオリーに心を寄せていたインスーもまたそれを手伝いながら涙をこぼした。
康煕はバオリーに「余を強姦したな」と笑い貴妃にすると言った。だがバオリーロンメイは種族の者達が8年も待っていると言って康煕にはついていかないと言う。
お前も私から離れるのかと言う康煕にバオリーはおなかに皇帝の命が宿っているといいのですが、とささやいた。
そして彼女を待つ部族の所へ戻っていくのだった。

なんという衝撃の康煕強姦されシーン!まさか皇帝が青空の下で強姦されるとは思いもしない展開でした。しかも相手はお姫さまだし。インスーかわいそ。果たして種はしっかりバオ姫に宿ったのでしょうかねー?

索額図の腹心・葛礼と朱三皇子(印空大師)らが康煕を襲った。だが康煕の護衛に殺されてしまう。
それを見て康煕は帰京を急ぐ。途中でインレンたちが白装束で待ち構え、康煕に「太皇太后様とスマラグが亡くなった」と泣く。康煕は気を失いそうになる。

明珠は再び牢に入っていた。そこへ最大の敵である索額図も入ってきた。同じ場所にはいられないぞといいながら明珠は不思議に思う。
皇太子は李光地になぜ索額図が投獄されたのかを問う。答えなかった李光地だがつい皇太子に索額図とは一線を引いたほうがいいと助言して平手打ちをくってしまう。

皇太子は父・康煕に会おうとするが護衛のインスーに止められる。むっとする皇太子だがインスーはどんな事があっても自分は皇太子のみかただと言う。
そこへ康煕が来て皇太子、インスー、李光地、廷玉に索額図を取り調べるように言い渡す。

皇太子インレンにとっては索額図は祖父でもある。その索額図を引き出して自ら取り調べる事となった。葛礼と朱三皇子の康煕殺害の陰謀は索額図が謀ったものなのか。
無論、索額図は知らないと答える。
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「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第46集

太皇太后は訪ねて来たスマラグを暖かく出迎えた。酷く具合の悪そうなスマラグを案じて太后は今までの人生は満足だったのか、何か康煕に言う事はないのか、と訊ねた。
スマラグは「お婆様は何でもご存知なのです」と言って泣いた。もうすぐ死にます、というスマラグに太后は一緒に行こうと言って見送った。

戦場にいる康煕の所へ行く者に太皇太后は「自分は元気で花の世話をしている」と言うように命じた。そしてスマラグを訪ねて康煕への伝言を伝えるように言いつけた。

使いの者がスマラグに太后の言葉を伝える。スマラグはその者を待たせて手紙を書いた「スマラグは陛下をずっと愛しておりました」と。
だが彼女はその手紙を焼いてしまう。驚く使いのものに「スマラグは手紙を書いて焼いてしまった、と伝えてください」と頼んだ。

太皇太后は容妃に遺言を伝えた。「私が死んでも皇太子を廃することがないよう、康煕に頼んでおくれ」
太后は皇太子を廃してしまったら残された王子たちがその座を狙って戦うだろう、ということを心配していた。

太皇太后は気に入りの服を着て容妃に頼んだ「今までいつも大勢の者にかしずかれていた。今は一人になりたい」容妃がお付きの者を全員下がらせると太后は容妃にも出て行かせた。
そして太皇太后は一人死へと向かった。
その日スマラグも亡くなったのだった。

戦地ではバオリーロンメイが食料と兵士を連れて戻ってきた。やがて朝廷からの食料も到着するとあって康煕は喜んだ。
毎日太皇太后が元気であるという知らせを受けて康煕は太后の使いの者に真実を聞いた。使者はついに本当のことを話した。
康煕は下がっていいと言っただけだった。

ついにグールダンとの決戦の時がきた。
激しい戦いの後、藍斎は酷く傷ついたグールダンを馬に乗せ、アミダを連れて逃げた。
グールダンは馬から落ち、殺せと頼む。泣く藍斎の所へ兄のインスーの軍隊が追いついた。
以前命を助けたのだから今度はグールダンを助けて、と頼む藍斎にインスーは俺はいいが父が許さない、とグールダンを刺し殺した。
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2006年08月03日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第45集

康煕は大臣達を前にして朝廷内の腐敗を嘆き叱咤した。そして「正大光明」という言葉を掲げた。
康煕は今まで様々な敵がいたが本当に怖ろしい敵は朝廷の中にいた。肉親や大臣達の中にいたのだ。

康煕は再びグールダンを討つ為に北へ向かった。今度は明珠を檻に入れて運ぶ。インスーは手柄をたてて助けると約束した。

索額図が印空と通じて皇帝を暗殺しようと企てたという風聞が出ていたことを索額図に知らせた者がいた。
索額図は皇太子が気に入っている紅玉が実は朱三皇子の娘であると教える。
皇太子は驚きどうすればいいのかと泣きつく。だが索額図が皇帝の命を狙っているのを感じ索額図を跪かせて命をとらないことを誓わせた。皇太子の祖父に当たる索額図はこれが気に入らなかった。

索額図は葛礼を再び印空大師(朱三皇子)に会わせて娘が紅玉と言う名で生きている事を教えた。そして彼女が皇太子に気に入られている事も。
もし皇太子が彼女を娶れば清の皇子と明の皇女との結婚になるという。印空皇子も娘が皇太子を産んでくれればと願った。

康煕の部隊の食料が燃えてしまった。運搬は索額図の一派である葛礼の責任だった。その後姿を消してしまった。
明珠はこれは間者がいるためだと言う。康煕はそれを聞いてまた索額図を陥れようというのか、と渋い顔をした。だが檻に入れられほったらかしにしていた明珠を出してやるよう命じた。
バオリーロンメイは康煕の手紙を預かり旧部族を頼って食料を調達しようと康煕の元を離れた。

太皇太后は容妃を側に呼んで花の世話をさせた。容妃の美しさと働きぶりを太后は褒めた。
二人が話しているところへスマラグが訪れた。スマラグは体の具合がよくなさそうだ。
容妃が優しく介助するのをスマラグが申し訳なく答えるので容妃は陛下の姉気味ですから、と言うのであった。
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2006年08月02日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第44集

李光地は風聞という提案をして朝廷を混乱に陥れたと康煕に詫びた。だが康煕はこの混乱はわかっていたとしてさらに李光地に見せなかった上奏書、索大臣が康煕の暗殺を企んでいたということとインスー皇子がグールダンに捕虜になったという風聞を聞かせた。李光地はそれは信じられない、と言う。

明珠は康煕の側に仕えている者に康煕の様子を尋ねた。そして昨夜康煕が李光地を読んだ事と伽をした女性はいなかったことを知った。

索額図がロシアとの談判に成功し条約を結んだ事で辺境の安全は保たれた。明朱は康煕に早速お祝いを申しあげ、次いで自分が60歳になる祝いをしていいか伺いをたてる。
康煕はめでたいことで是非祝うがいいと言い渡した。

明珠の60歳の祝いの宴が行われ次々と客が訪れた。インスー皇子も駆けつけた。
李光地は遅れながらも康煕からの祝いの品である書の掛け軸を渡した。大喜びする明珠に李光地は自らの祝いの品を読み上げた。それは李光地が書いた上奏書で明珠の今までの悪行を連ねたものだった。明珠がいかに残忍な奸臣であるか書いたものだった。

康煕は帰ってきた索額図に苦言を呈していた。今までの悪行、明珠との争いをこれまでになく厳しく戒めた。
そこに明珠も来て康煕に罪の言い訳をしょうとしたが康煕は何も言わず帰した。
入れ替わってきたのはインスー皇子。皇子はついにグールダンに捕虜になったことを打ち明けたのだ。康煕の悲しみ、悔しさは酷く、インスーの頬を打った。

日を改め康煕は明珠の家宅捜索を行った。明珠はすでに覚悟を決めていた。

太皇太后は容妃を使って大切な花の世話をさせていた。康煕は太后にまたグールダン征伐に行くと伝えた。太后はそれには是非バオリーロンメイを連れていくよう勧めた。康煕は乗り気でなかったが太后はロンメイが蒙古人で地理に詳しくグールダンの戦法にも詳しいのだからと繰り返した。

明珠は牢の中で公務をつづけていた。張が休むようにいっても30年働き続けた者が急に休むと退屈でたまらないと言う。そして明るい灯りを求めた。
張は明珠に自分の罪を書くように言い渡す。だが明珠は「自分に間違いがあっても罪はない」と言い切った。
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2006年08月01日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第43集

康煕の怒りにひたすら謝るインレン。康煕はインレンにいつか皇帝になるのだ、焦る事はない。私の心配はその時お前が大清を支えていけるかということだ。
皇太子剥奪かと思いきや、康煕はそういうつもりはないのですね。この人が突然偉い人物になれるのだろうか?

バオリーロンメイは李徳全に頼んで康煕に会えるようにした。きっと康煕は自分が気に入っているのだ、という心積もりでいたのだ。
だが、康煕には全くそういう気配がなかった。
バオリーロンメイは一人琴の音を響かせるのみだった。

フランス人の宣教師は朝廷に呼ばれ康煕に西洋の知識を伝授していた。康煕は彼らをロシアとの話し合いの使節団に索額図と共に加える事にした。

李光地は康煕に皇帝の留守中の索額図のよからぬ行動を伝える。明珠の繋がりの大臣を更迭し、身内を入れていたのだった。
康煕は李光地にさらに索額図の行動を見張るように命じた。

索額図がロシアとの条約の談判に出かけるのを機に今度は明珠が権力を振るい始めた。

康煕と李光地は二人の攻防を見つめ新たに4人の青年官吏を入れた。これは皇帝の人選によるものだった。
彼らは明珠には手の出せない存在となっていた。

索額図は清の安全のために課せられた重要な談判に頭を痛めていた。その間に明珠が再び権力を強めている事を知っていたが、索額図は康煕の入れた官吏が気がかりだった。

明珠は妹である慧妃を訪ね己の不安を打ち明けた。索額図と自分とどちらかが罷免されるのではないかと。

索額図と明珠の尽きることのない勢力争いに愛想の尽きた康煕は李光地に愚痴をこぼす。李光地は先代の皇帝が禁止した風聞の制度を再現しては、と言う。あえて根拠のない噂でも聞いて朝廷の膿を出そうというのだ。
康煕は肯き実行した。あっという間に上奏書が集まる。
康煕は山のように積まれた上奏書を前に明珠らに鬱憤をぶちまけた。

夜遅く康煕は李光地を呼んだ。
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2006年07月31日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第42集

容妃と藍斎姫を迎えに来たのは李光地だった。久し振りの対面だった。康煕がお二人に早く戻るよう言われています、と。グールダンが敗退したと言う。
母・容妃も藍斎を引き止めた。だが、藍斎は父はグールダンに私を送り先程は自分に弓を射た。夫と子供の所へ帰ります。命令は聞かない、と言い走り出した。容妃は泣き叫びながらもどうしようもなかった。

康煕と同じ寒熱病にかかった兵士たちもフランスの僧侶達の薬で治ったという。康煕は喜びフランス人たちを重用することに決める。
そして一旦朝廷に戻る事にした。今。康煕の心配はグールダンではなく朝廷の動きだった。
そして康煕は勝手な行動を起こして士気を乱した容妃を罰する為に貴妃からただの妃に降格した。

インスーはその勝気な性格から敗走するグールダンを深追いし捕らわれの身となっていた。
康煕はインスーがグールダンを追ってカーツ河を越えたと聞き怒った。死体であっても必ず連れて戻るよう命じた。だが見つからない場合は夜明けまでに帰るのだという背中は悲しみに満ちていた。

グールダンは藍斎はもう戻らないと思い込み、息子アミダに言い聞かせた。アミダは母・藍斎が側に来ていると感じていた。
その言葉通り帰ってきた藍斎をグールダンは抱きしめた。
藍斎はグールダンに永遠の愛を誓いながら、父・康煕との戦いをやめて欲しいと頼む。
グールダンは藍斎の願いに一時は帰るが結局は康煕との決戦があるのだと言う。
藍斎はアミダを抱いて泣くばかりだった。

捕らわれの兄を藍斎は助け逃がそうとする。それをグールダンは見逃さなかった。藍斎はひれ伏して兄の命乞いをする。グールダンは折れてインスーを解放することに同意した。藍斎は深く感謝した。
グールダン、結構いい人です。かっこよく見えてきた。
インスーは命からがら馬を走らせる。途中で明珠に出会い事の顛末を話すと明珠は捕虜になった事は皇帝にとって最大の屈辱なのだから道に迷って戻れなかったことにしなさいと助言する。
インスーを見た康煕は怒りの声を上げるがもうよいと慰めほっとした様子であった。
康煕はグールダンを倒す事はできなかったが自分の病気が西洋の薬で治ったことと皇子が戻った事を喜んだ。

朝廷では索額図が皇太子に皇帝が戻る事を知らせて留守中の不首尾(皇帝が亡くなるのではないかと即位の準備をしたこと)の対策を伝えた。すべては皇子の家来がしでかしたことにするのだ。

康煕はバオリーロンメイの楽の音を聞きながら肉親について思いを馳せていた。
インレンは康煕の前で家来がした早とちりについて謝った。だが、康煕はインレンに声を荒げた。「これで私が君主でいられるか。お前は臣でいられるか」
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「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第41集

康煕が風邪を患っているというのは嘘でもっと重い病気に違いない、と索額図は考えた。
急いで皇太子にそれを知らせようとするが皇太子は紅玉と添い寝していた。索額図は皇帝が崩御されればあなたが後継者なのですよ、と気づかせる。皇太子は急に皇帝になったかのように喜びだす。
一体なぜ康煕はこいつを皇太子に選んだんだ?

容妃は康煕の側に行く為に太皇太后に挨拶をした。太后は康煕を頼むのだった。
容妃が去ると慧妃が現れて太后に皇太子の企みをばらすのであった。

太皇太后は皇太子と索額図に「皇帝が病気だと言う噂は嘘だった」と言わせる。
皇太子は曾おばあ様の行動に疑問を持つが索額図は心配は要らないとさらに計略を皇太子に吹き込むのだった。

康煕は病に苦しみ北京に戻ろうと考えていた。だがあまりに病状が悪く落ち着くまで待つしかなかった。

グールダンと藍斎は戦いの合間には仲睦まじく会っていた。だが藍斎は夫と父親が戦うことに苦しんでいた。

康煕は日増しに悪くなる病のために遺言を残すと申し付けた。これを聞いた明珠は朝廷での皇太子と索額図の造反を訴え遺言をとり止め生きてください、と頼む。これを聞いた康煕はまた落ち込むのだった。

容妃は康煕の元に急ぐ途中でフランスのキリスト教布教の僧たちに出会い随行させる。
彼らは康煕の病気がマラリアだと言う。それにはキニーネが役立つと渡す。容妃は迷わずそれの毒見をした。

グールダンと清軍を率いるインスーとの闘いが始まった。
藍斎は夫と兄の名を呼びながら停戦を求めて間に入った。
これを聞いた康煕は構わず戦うように命じた。が容妃は娘のもとに駆けつけるのだった。
激しい戦いの間母と娘は抱きあい戦地の真ん中に座り込んでいた。清軍の大砲が鳴り響き、馬が駆けぬけ兵士たちの刀が打ち合った。

戦いが終わって気がつくと容妃は自分が助かったことに気づき、娘・藍斎も側で生きていた。
遠くから康煕の使いが二人に駆け寄ってきた。
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2006年07月27日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第40集

康煕はスマラグに牢の李光地を見てやるよう言って去っていった。
スマラグが李光地の様子を見に行くと首をつって自害しようとしているではないか。スマラグは慌てて彼を助け、死に急がないように諭すのだった。

慧妃は容妃の部屋に来てグチをこぼしていた。容妃がそれを陛下におっしゃれば、と言うと慧妃はもう年を取って醜くなり陛下から触れられたこともない。言いたいことがあっても言えない、と言う。
側でそれを康煕は聞いていた。

慧妃が部屋を去ると容妃は慧妃は陛下とお会いしたのですよ、と言う。康煕は満足を知るべきだとだけ言った。
そして藍斎に子供が生まれたと伝えた。容妃は祖母になったと喜ぶ。是非お祝いの品を贈りたい、陛下はグールダンに何を贈りますか。
康煕は鉄騎を。と答えた。容妃ははっとして勝利を祈った。でも藍斎は連れて帰ってください。無論だ。娘なのだから。(この答えにほっとした)
でも殺されてしまうのでは。康煕はそんなことはない、と答えた後、判らない、と言った。

藍斎はアミダへの贈り物を喜んだ。だがグールダンはアミダが祖父から贈られた被り物を身につけた時「おじいちゃんはお父さんを殺しにくるぞ」と言った。アミダはそれを火にくべた。それを見た藍斎は何も言えなかった。
あ〜あ、もう判ってるはずなのにならなんで藍斎を嫁に欲しがるかな、いっそ只の政略ならいいが可愛がってこの仕打ちじゃ藍斎も悲しいよな。っていうかどうしようもないことか。

ついに康煕は兵を率いてグールダン征伐に赴く。バオリーロンメイが随行を頼んだが康煕は許さなかった。
そして李光地にお前を連れて行くと告げた。お前の欠点は馬鹿になるべき時馬鹿にならず馬鹿ではいけない時馬鹿になる事だ。
そして500年前テムジンが宋を南に追いやったのと逆に我らが北を攻める、と叫んだ。この古道は朕の天下統一を助けてくれる。
皇帝は馬を走らせた。

皇帝がいなくなった紫禁城で皇太子は大臣達を跪かせることで権力をふりかざしていた。
そして自分は索大臣から送り込まれた紅玉を愛でることに夢中になっていた。索額図はそれを見て注意をしたが皇太子は父がいないことですっかり腑抜けているようだった。
これを見たら何故康煕がこの息子を皇太子にしたのか全くわかりませんね。まだインスーの方がよさそうですが。まさかこの間抜けな皇子がこのまま皇帝になってしまうんでしょうか。
陳大臣がかなり厳しい事を皇子に申しあげるのですが、果たして皇子に届いたのでしょうか。

李光地は汚い服を着せられ慣れない力仕事をさせられていた。
康煕は李光地を呼び、再び側で働くよう命じ、今まで皇子にしか与えた事のない自分の服を李光地に与えた。
だが康煕は病に伏してしまう。戦いはインスー皇子に託された。康煕の病状は酷く、明珠は李光地に病名は伏して病状を北京に知らせて薬を送るよう書をしたためさせた。
それを見た索額図は医師に「陛下の崩御はありうるのか」と聞いた。
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2006年07月26日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第39集

李光地は索大臣に古傷をさぐられ頭が上がらなくなってしまった。そして明珠からも金をもらってしまう。
居場所のなくなった李光地はスマラグ、今は出家したスマ大師に助けを求めた。
明晰なスマ大師は李光地の心を見破る。そしてすべてを皇帝に打ち明けなさいと助言した。
李光地が自分の師匠は伍次友だと言った時、スマ大師ははっとなった。李光地は伍次友が8年前の今日亡くなったのだと伝えた。スマラグは泣いた。

蒙古から3人の王が逃げるように康煕に助けを求めてきた。康煕はグールダンを倒し3人の王の土地を守る事を約束した。

その間にも索額図と明珠の対立は激しくなっていた。昇進の人選を彼らは自分たちの都合のいいように李光地に求めたのだ。
李光地は康煕に退職の願いを出した。

李光地は康煕と索大臣、明珠、二人の皇子たちの前で真実を彼らの私欲による人選を話した。
慌てた索大臣と明珠はさっと手を組んで李光地に反撃した。
索額図はとうとう李光地の昔の醜聞を康煕にもらした。
康煕はその時期が藍斎姫との文通の時期と重なるのを知って李光地を投獄した。

李光地が罰せられた後、索額図と明珠はちゃっかり仲良くなって気をつけようと話し合う。
索額図は間者を送ったのは明珠かと問うとそんなことはしない、それができるのは・・・皇帝だけだと気づく。

康煕はスマラグを訪れていた。
伍次友の話になり康煕は「悲しませると思い言えなかった」と告げた。
康煕はさらに李光地について聞いた。スマラグは聡明な人だが板ばさみになって辛い立場です。と答えた。
だが康煕は喪中に娼婦を買ったこと、藍斎姫を好きになったこと、突然官職を辞退したいと言って人前で索額図と明珠の悪事をばらし康煕を困らせた事を許しがたいと言った。

スマラグがまた出てきてうれしいですね。バオリーロンメイはずっとスマラグの側にいたのですね。よかった。
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「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第38集

康煕は台湾攻略に手柄を立てた姚啓聖に隠居できる場所と読書の為の本を、施琅にも多くの褒美を取らせた。
李光地にも地位を与えたが、藍斎姫の事が言い出しにくく気まずかった。だが李光地が姫のお土産にと浜辺で拾った貝殻を出したために康煕は藍斎姫はもういないと告げた。李光地が去った後、貝殻と共に姫が壊したものを復元させたおもちゃのウサギが置かれていた。

藍斎姫が兄インスーに守られながらグールダンの元へ旅立ってから2ヶ月がたっていた。道のりはさらに続くのだと言う。藍斎姫は北京から遥か遠い土地へ行くのだと思いつめた。
突如、姫たちの前方にあらわれたのはなんとグールダンとその兵隊だった。グールダンは藍斎姫をさらうように馬に乗せた。
姫はインスーに向かって矢を放った。インスーは「これからは敵と言う事か」と悟った。

月日が流れグールダンは草原の覇者となりつつあった。
藍斎はアミダという王子をもうけ大ハーンであるグールダンと心を通わすようになっていた。
グールダンは住居を移しそこで藍斎のために母の住まいである容妃宮とそっくりの建物を作っていたのだった。
そこで藍斎は互いの国の平和を祈った。が、グールダンはより内地に近い場所に引っ越したのは大清を攻めるためだった。それを知って藍斎は涙をこぼすしかなかった。

康煕は暢春園を訪れその美しさを気に入った。
康煕はインレンを正式に皇太子として住居と服を賜った。それを見た兄のインスーは心穏やかではなかった。
インスーは父にグールダンが長城を越えて攻めて来ていることを伝えた。康煕は早速、長城に向かった。そこには科挙を通った者たちの詩が落書きされていた。
康煕は張廷玉という者の詩に目を留めた。それは長城が何の役にも立たない夢であり空であるという詩だった。
それを聞いた康煕は破損の多い長城の修理を一切止め無用の長物として後世もこれに頼らぬ事を定めた。すべて政治で国を守ると言うのだ。そして役に立っていなかった長城の知県を追い払い張廷玉に知県の役を与えた。さらに6級であった身分を5級にあげた。
それを聞いた明珠は早速張廷玉に近寄ってはなしかけた。

康煕はインスーと共にグールダンを倒す計画を立てていた。

李光地は索額図に呼ばれ突然かつて李光地が娼婦を買った時に子供を成していたのだと告げられた。
これを皇帝が知ればどうなるかと索大臣は脅した。
李光地は跪いて索大臣に懇願した。

グールダンがこの時点で30歳だと判明!!驚いた!!
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2006年07月19日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第37集

3年ぶりに魏東亭に再会した康煕。折りよく施琅の待っていた風が吹いて台湾攻略に乗り出したという便りが届く。機嫌がよくなった康煕は東亭に約束の3千万両を聞くと後4百足りないと言う。
康煕は智恵を出して残りの4百が集められるように自分にあてられた旅費を与え、自分が泊まった家を売りに出すように勧めた。

容妃は街の者が皆兵士のようだと見破る。出迎えた官僚は「皇帝の安全のために追い出しました」と言う。容妃はこれを康煕が知れば怒るだろうと心配した。

東亭はさらに康煕が見物するだろう場所を兵たちに念入りに調べさせる。何者かがあの3門の大砲を盗み康煕を狙っていると考えたのだ。だが、大砲はどこにもない。
葛礼は印空大師の所へ急ぎ、大砲の在り処を尋ねた。だが印空大師は知らないと言う。
しかし葛礼が去った後、印空大師の配下の僧たちが集まり大砲を配置したと告げた。印空大師は「魏東亭が読経をさせる時に自分諸共に康煕を撃て」と命じた。

康煕は容妃を側に置いて東亭と親しく話し合った。「昔と違って謙虚になってつまらない。スマラグと一緒の頃がよかった」と言う。そして今は身内だけなのだから遠慮なく打ち明けてくれと言うのだった。
東亭は「索大臣や明大臣から何度も手紙が来る。古きも大切ですが新しきをいれるべき」と康煕に申し出る。康煕は頷くのだった。

台湾延平王は窮地に立たされていた。施琅率いる清の水軍が台湾の水軍に大打撃を与えたというのだ。施琅は船上で姚啓聖と酒を酌み交わしていた。姚啓聖は施琅の戦いぶりにすっかり感心していた。
清はさらに台湾に向けて大砲の攻撃を開始した。延平王はついに家族と兵士たちを逃げさせ自分は命を絶った。
姚啓聖は施琅に必ず帰京して褒美を受けるように、という康煕の言葉を伝えた。そして施琅の親族を共に弔ったのだった。

康煕は9月9日朱元璋の墓太祖明孝陵に参った。朱三皇子である印空大師が見つめる中祈りを捧げているところへ「台湾奪回」の知らせが入った。
康煕は喜んでこれを朱元璋に伝えた。康煕を狙った大砲を撃とうとしていた者たちは捕まりまたもや朱三皇子の陰謀は果たせなかった。

が、東亭の兵たちは朱三皇子らを逃してしまう。後に残ったのは8百両の金だった。
東亭は喜んでこれを康煕に伝えたが朱三皇子を逃したことに康煕は激しく怒る。そして東亭にこのまま隠居するか世界の果てである台湾の知事になるかと問う。東亭は泣きながら知事になることを願い出た。

外では容妃が東亭を待ち謝った。東亭は何も言わず立ち去った。

なんだか東亭一所懸命やったのに可哀想ですねー。確かに朱三皇子の存在に9年も気づかず逃がしてしまったのはまずいが、しかし。
康煕はさすがに皇帝というか機嫌のいい時と悪い時の差が激しいですな。
台湾側に立ってみてたら悲しいものがあります、この戦い。大きさから言って勝てるわけないというか。自分的には康煕の近くより台湾でのんびり知事やってた方がいいような。


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2006年07月13日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第36集

魏東亭は康煕と3年ぶりに会えると喜んでいた。がその間に貯めると約束した三千万両に4百万足りないのが悩みであった。

その頃葛礼という男がある寺を訪ね印空大師という高僧に会っていた。葛礼は皇帝が20年以上探させている明の朱三皇子がまだ見つからないのは何故かと印空大師に問うた。
さらに朱三皇子が持っていた8百万両はどこに消えたのか、とも。
印空大師は葛礼の厚顔無恥さに呆れたがその8百万両を渡すと告げたのだった。

葛礼という男は索大臣の所へ行き印空大師が朱三皇子であることを教えさらに要求した8百万のうち渡された4百万を索大臣に献上しようとする。索大臣は2百万だけを受け取った。

福建に送った20門の大砲のうち3門がどこかでなくなった。どこでなくなったのか調べさせる。
そして皇帝陛下を迎えるための準備を整えた。兵士たちに農民の格好をさせ配備するのであった。

印空大師は寺の扉を閉めさせると集まっていた僧侶達に向かい「自分の願いは康煕の死である」と述べた。
康煕が死ねば外敵が次々と攻めいるだろう。その時こそ挙兵して明を奪回するのだ、と。朱三皇子は機会を狙っていたのだった。

康煕のお気に入りの娘であり容妃の一人娘藍斎姫がグールダンの元へ嫁ぐ事になった。
華やかな衣装をまとった藍斎姫。とても変わった衣装です。これは清の結婚衣装なのでしょうか?
藍斎姫を見送る隊列をスマラグが止め太皇太后からの数珠を渡した。藍斎姫は涙を流して受けとったのだった。

嘆く母親・容妃を康煕は優しく話しかけ南巡に付き添うように言った。

福建の施琅は康煕に対し、天候不良のため出航を30日延期するよう求めてきた。が康煕はこれを許さず8月30日までに台湾を攻略せよと命じた。
なぜなら9月9日の重陽節に南京の朱元璋の墓の前で台湾を奪回したと伝えたいからなのである。

施琅は風を待っていた。風向きがよくならなければ勝てる見込みはないというのだ。
姚啓聖は康煕の思惑を感じ取っており言う事を聞かない施琅ではなく李光地に兵を集めるよう言った。

姚啓聖が兵を引き連れ浜辺に立つ施琅の側に行ったその時施琅が待ち望んだ風が吹いてきた。施琅すぐさま出航を命じた。
船に乗り込もうとする姚啓聖を施琅が止めた。

様々なことが起きた一話でした。藍斎姫の衣装はすてきでした。朱三皇子もまだ虎視眈々と玉座を狙っており康煕の休まる時はないようです。
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2006年07月09日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第35集

蒙古のグールダンから使者が届きたくさんの贈り物とともに康煕の宝物である藍斎児姫を妻にしたいと申し出があった。
康煕は愛娘を蒙古の狼に差し出すことに憤慨する。だが臣たちは皇帝というものは親族の女性を政略として使うべきであると言う。
仕方なく康煕は容妃に娘をグールダンに嫁がせると言い渡す。泣き出す容妃。康煕は容妃を叱りながらも大事な娘を憎むべき相手に渡すことにこの上ない苦渋を感じていた。
康煕はこの件は自分の口からは言えない。母親から伝えてくれと言う。藍斎姫は福建の李光地から届いた手紙に喜んでいた。

母からグールダンとの結婚を聞き泣き叫ぶ藍斎姫。父からもらったウサギの置物を叩き割り「李光地と結婚させると約束したのに」と走り去る。
娘が割ったかけらを皇帝自ら拾い集め宦官に補修を命じた。

藍斎姫は曾おばあ様様である太皇太后に泣いて訴えた。どうして嫌いなグールダンの元へ父は嫁がせるのか、誰も知る人もいない土地に。
泣き叫ぶ曾孫娘を抱きしめながら太皇太后はかつては自分も同じ境遇だったと話す。清のために仕方なく好きでもない男の后になったのだと。何故耐えられたのかと問う姫に太后は「心に刀があったのだ」と言う。「だが間者になるのではない。愛して食事を作りお茶を入れてあげるのだ」と優しく言うのであった。

姚啓聖と李光地、施琅は再び力を合わせて台湾平定に携わっていた。
文官である姚啓聖と実践者である施琅は意見が分かれていた。
康煕は施琅に全権を与えると決めた。

康煕は南巡をする計画を立てていた。皇太子と明珠を連れ、各地を回って行政などを観察し最後に南京の東亭を訪れる予定である。
3年間で東亭は3千万両集めると約束したのであった。

魏東亭は康煕の南巡を聞いて喜ぶ。早速臣下に皇帝を迎える準備を命じた。唯一つの気がかりは約束の3千万に400万足りない事であった。
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「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第34集

容妃は康煕が心の病に侵されていると太皇太后に訴える。太后はかつてはスマラグが康煕に付き添った。人は辛い時親しい人に当たるものです。今度はお前が付き添ってあげる番よと言う(スマラグは一体どこに行ったの?)
太后は康煕を見舞ってこれからは容妃も話し合いに加わらせると言う。康煕は先程の仕打ちを謝った。
太后様が出て来ると迫力!康煕もすっかり子供のようになっておかしいし。太后の言葉は深くて素晴らしいなあ。容妃への誤解も解けてほっとしました。
国を治めるのは易いが家庭を治めるのは難しい、ということです。なるほど。

台湾は和議を申し出たが康煕は以前失敗した明珠に台湾帰順の大使を命じた。大した仕事ではない、とわからせるために。明珠は以前の失敗を取り戻す為に感動してこれを受けた。

康煕はお気に入りの娘・藍斎の16歳の誕生日にウサギの置物を贈った。それはウサギ年である李光地を意味していた。28歳の李光地と藍斎の結婚は漢人と満人の結婚でもあった。(李光地って28歳だったのね)

康煕は台湾に弁髪と臣下に属する事と大陸上陸を要求する。散々条件をつけた台湾側だがついに康煕の条件を飲むかに見えた。だがやはり抵抗をしめす。
康煕は再度台湾平定を使者に言い渡した。

台湾平定を前にしてまた満人と漢人の争いが始まった。満人を庇う普頼将軍は姚啓聖に苦情を言う。姚啓聖はこれからは漢人だけで戦う、と叩きつけた。皇帝にもその旨を伝えた。

朝廷にはその上奏文とモンゴルのグールダンが草原を略奪しているという知らせが入った。
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2006年07月08日

「康煕王朝」陳道明/斯琴高娃 第33集

康煕は外敵より内部分裂が怖い、と悩む。ついに台湾攻撃を決意する。
索額図は姚啓聖と李光地に攻撃を命じた。

満人水軍の兵士たちは慣れない海での戦いを前にまだ女も知らないと嘆いていた。そこで連れ立って年若い少女達を強姦したのだ。
怒った福建人たちは姚啓聖は仇を願い出る。姚啓聖は索大臣に対し犯人を殺して謝らねば福建人は怖いと言う。
集まってきた福建人を前に索額図も慌てた。

海戦の結果、普頼将軍は壊滅。施琅に何とか助けてもらったのだった。索額図は康煕から帰京せよとの命令が下る。
台湾攻撃の失敗で索額図は2階級降格となった。
康煕からの何の罰則もないまま姚啓聖・李光地らは話し合った。姚啓聖は喪に服す、と言って笑わせた。

康煕は容妃に「1年の内に何万両が水の泡と消えた」とグチをこぼす。そして姚啓聖をどう思うかと聞いた。容妃は「姚啓聖は飾らないが大清のために骨身を惜しまず働いています」と答える。康煕は姚啓聖が喪に服す事を許そうと言う。
物思いにふける容妃に康煕はわけを問うと「私もいつか姚啓聖のようになるのでは」と答えた。

福建総督の座をは離れる姚啓聖を見送りに来たのは李光地と施琅だけだった。収賄をしていなかった姚啓聖に李光は200両を渡した。姚啓聖は礼も言わず立ち去った。

朝廷では台湾攻撃の際、姚啓聖が送った3通の手紙を誰が隠したか問題になっていた。それにはオランダ戦艦の廃棄、満人水軍の狼藉、経験不足、そのために朝廷直属の水軍を作るべきと書かれており、それを見ていたら康煕は台湾戦略を遅らせたと言うのだ。
犯人探しが始まり索額図は恐れをなした。
犯人が捕まったという知らせがあり、その者は自害したと言う。これで真犯人が誰なのか判らないままになってしまった。

慧妃がまたなにやら悪だくみをしているようなそぶりを見せる。康煕は具合が悪くなった。
第一皇子であるインスーに兵部次官の職を与えた。インスーの口から皇太子インロンと索額図と自害した男とのつながりを聞いて康煕はさらに気が重くなったようだ。
さらに康煕はずっと気にいってそばにおいていた容妃が慧妃と手を結んで後宮を支配し倹約するはずの経費を逆に多く使っておりインスーが皇太子を告発したと言って責めた。
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