2006年08月24日

「ラウンダーズ」再び

また鑑賞して記事かいてます。飽きない私。

映画の中で主人公マイクがガールフレンドに「ポーカーは世界選手権もあるんだ」といってその正当性を主張するがガールフレンドが絶対それを許せないのは勿論そのポーカーは賭け事だからだ。

賭け事を好きか嫌いかでこの映画の評価事態が変わってしまう。私は賭け事は絶対したくない派なので主人公マイクの気持ちにはなれない。(いや、実はなれるんだろう。はまったら最後マイクのようになってしまう予感はある)ここでは私はあくまでガールフレンドの味方である。

物語がマイクの自己弁護によって進んでいく。友人ワームはギャンブラーのイメージそのもののキャラクターだ(全てのギャンブラーがこうだとは言わない)勝つためにはいかさまも平気だし、負けて借金を負っても何とか逃げることばかり考えている。
「レインメーカー」でマット演じる主人公は悪徳弁護士を見て「いつか僕もああなってしまう。その前にやめる」と言った。だけどマイクは自堕落なワームを見ても「僕もいつかああなる。その前にやめる」とは言わない。悪の蜜は甘いのだ(弁護士は辞めれても賭け事師はやめられない)

結局物事がうまくいき希望のあるラストを迎えるが、賭け事と言うものはどう転ぶかわからないのだ。
作品中に10何年も続けているプロが出てくるがマイクたちはその面白みのない手堅さを笑っている。冒頭で3万ドルを賭けるマイクがいつもこのラストを迎えきれるはずはない。

ということを踏まえたうえでやはり悪の道の物語は面白い。
エドワード・ノートンが演じるワームの腐れ加減がたまらなくよいし、マットのマイクの真面目なギャンブラーというのもあっている。真面目なほどのめりこんでしまうと抜けられない(不真面目でも抜けられないが)のだ。

ワームの借金を返すためにとうとう教授に無心してその金を賭けに使った時は最後だと思った。実際これをスってしまい堕ちるとこまで堕ちてしまうのが当たり前ってな気がする。

KGB(あだ名)役のジョン・マルコビッチがまたすごくよくてなぜかジャージ姿。しかも赤い色の、共産主義を表しているわけですね(笑)
クッキーをつまむのが癖というのもマル。

マイクたちが金を稼ぐために素人たちをカモにしていた。アレを見たら絶対ギャンブルなんかしちゃいけないと思うね。

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2006年08月22日

「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」

いつもの事だが、この映画について思ったことをだらだらと書いてみる。

この映画でどうしても切り離しては考えられないのがこの脚本がマット・デイモンとベン・アフレックの二人によって書かれたということだ。
まだ二人が若く経験も浅い時に書いたものなのでどうしても「作られた話」という印象が強いのだが多くは二人の体験によるものということとなんと言っても若さが生み出した魅力が溢れている。

ここに二人の教授が登場してくる。
一人はウィルの類稀な才能を見抜き、そのために劣等感を抱きながらも彼を更生させようと奮闘するMITの数学教授ランボー。
もう一人はそのランボーに頼まれウィルの精神分析をしながら心を開かせようとするマクガイア。
そしてこの映画はロビン・ウィリアムズ演じるマクガイアとウィルが互いに新しい道を見つけていく物語、となっている。
だが、実際観ていると感動するのはウィルの心を開かせようと苦心するマクガイアとの会話より親友チャッキーがウィルに語る言葉「いつかお前が
いなくなってしまっている。そんな日がくるのを期待しているんだ」の方だ。
とは言えウィルのために掴みあいのけんかまでしようとする二人の教授はなんだろう。この二人はウィルにとって失ってしまった両親の役を果たしている。
ウィルを強く励ますランボー教授が父親で、「君は悪くない」と慰めてくれるマクガイアが母親である。
だけどもそれは仮の姿であり頭で作られたものだという感じがある。それに比べると親友チャッキーの役割はマットとベンがお互いを見ながら描き出された感があってより響いてくるのだ。
マクガイアはチャッキーの存在を親友ではないと決め付けたが、結局ウィルの扉を叩いたのはチャッキーの方ではなかったのだろうか。

主人公ウィルは実に憎たらしいキャラクターだ。人並みはずれた頭脳を持つ上、何度となく暴力事件を起こし、助けようと手を差し伸べる教授たちにも生意気な態度で接し、その心を傷つける。例えば、マクガイア教授の触れて欲しくない部分に入り込むしランボー教授は自分がウィルには決して勝てないという劣等感を与えられ、是非見たいと思っていた答案に火をつけてしまう。慌てて火を消そうとするランボー教授を冷たく見ている。ランボーは憐れな行動とは思いつつも答案を見たいのだ。
それなのにそんなウィルを取り囲む人々は過去に彼に虐待を加えた養父たちを別にすれば優しく彼を見守ってくれるのだ。
ガールフレンドのスカイラー、ウィルの才能を見出したランボー、精神分析をしてくれて「君は悪くない」というキーワードを見つけたマクガイア、そして古くからの友人達。
みんながウィルを思ってくれている。
幼児期の虐待という項目がなければ、ウィルは恵まれすぎているとさえ思える。
そのために虐待という設定が付け加えられたのだろうという気がする。
それがなくてもよかったんじゃないか、とも思うが現代の問題として大きく取り上げられる事柄であるし、天才的頭脳、幼児期の虐待といったことが映画に興味を持たせる要素になっているのも事実だ。

つまりはこの映画には私は少なからず不満があって、それはもう大変な魅力があることは確かなんだけど疑問もあるのだ。
一つはマクガイアの治療がかなり短期間に強制的な感じがすることであって(本人はランボーに無理強いするなっていってるけど)その辺もチャッキーの長い目でみている療法に劣っている気がする。
決して精神分析家がいけないといっているわけではないが(それどころかとても大切なものだと思う)映画として精神分析家に治してもらった、というのは直接すぎるのではないか。
ウィルは何人かの精神分析家に反発するのだが、結局彼のことを親身に思うランボー教授との(この場合キャラクター設定を少し変えねばならないだろうが)交流でもよかったんじゃないか。精神分析家に治してもらう、って言うのがやはりアメリカ的、ということで片付けてしまうべきか。
まあ、私の好みにしか過ぎないのだろうが。

という疑問を持ちつつも映画のラストは感動する。黙って出て行ったウィルのことを全て察してにやりと笑うチャッキーは素敵だ。
正直になれず傷つけてしまったスカイラーの元へ向かってポンコツ車を走らせるウィル。これから数学の才能をどうするのか、彼女との間はどうなるのか、すべてが今から始まる、という終わりは素晴らしい。

今、またはもう少し彼らが年をとってからどんな映画、脚本を作るのか、興味は深い。

それにしても映画の間に何度か挿入されるウィルが電車で移動する場面は何度観てもいいものだった。いつもの憎たらしい言動ではなく一人きりで電車の窓から流れていく景色を見ている顔が凄く好きなのだ。
posted by フェイユイ at 23:52| Comment(2) | TrackBack(2) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

「レインメーカー」弁護士達

とにかくマット・デイモンを取り囲む他の役者さんがいい。私にとっては他の皆さんが懐かしくて再会してうれしかった。それになんといっても上手いのだ。
特にマットの相棒役のダニー・デビートは小柄な体で大奮闘。頼りない若造を補佐する姿が頼もしい。ていうかこの相棒がいなければ主人公はまったく何もできず負けてしまったと思うけど、まあ、そんな人にめぐり合えて仲良くなるのも才能の内でしょうか。
主人公ルーディが就職した悪徳弁護士事務所の“ブルーザー”はミッキー・ローク。「シン・シティ」のマーブにはびっくりだったけど、こちらではいかにも彼にぴったりの悪党ぶり。こういう雰囲気上手いなあ。摘発されて逃亡中にリゾートの浜辺(とおぼしき)で指輪をぴかぴかさせながらくつろいでいるのが似合ってる。
ルーディのライバルとなる弁護士にジョン・ヴォイト。「真夜中のカーボーイ」が狡賢い弁護士です。
悪徳保険会社社長役がロイ・シャイダーだったのもおかしいというか。
また懐かしいと言うわけではないけどルーディに好意的で人権派の判事役のダニー・グローヴァーがかっこよかった。

マット・デイモンは若い時でなければ出来ないこの役をより若く見えるという特徴を武器に上手く演じていたと思う。
相棒デックと悪徳弁護士ブルーザーの力を借りて何とか勝ち抜いていくのも彼らしい。
裁判中に本を読んでるような弁護士さんて不安だけど。

案件が殺人事件ではなく保険に関することっていうのも観ているほうには自分にも降りかかることなので興味深い。殺人はなかなかやらないだろうからね。
結果もあんまり派手派手しく勝利にならないのが却って面白い。私には彼女との生活の方がやや不安が残るだけだ。
そして今は正義のために戦った自分もやがて悪徳弁護士になる、と決め付けた主人公。色んな人生があるからそれもいいでしょう。でも私的にはブルーザーがかっこよくてさ。あーゆー風になるのも才能だろうけど。

「レインメーカー」再考←以前の記事
posted by フェイユイ at 07:08| Comment(3) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

「レインメーカー」再々鑑賞

マット・デイモンの「レインメーカー」再々鑑賞だ。
あまり書く時間がないので少しだけ。

以前観た時よりマット演じる主人公のドタバタぶりが面白くまた悲しく見えた。
日本でも最近保険の支払いで事件になっている。自分としてはドラモント側でもルーディ側でも査定をした女性でもなくどうしたって保険をかける側になって観てしまう。こんなドラモントみたいな奴が相手じゃ勝てっこないよな。ルーディは現実にはいないような気がするし。「Mrインクレディブル」でもいなけりゃ。
それにしてもいくつかの案件を抱えて、って言う事にしたかったのだろうけど、夫から暴力を受ける妻の話はやっぱ必要なのかなあ。
ルーディとしては満足して彼女を守っていくって思ってるけどこういう状況で結ばれた関係だとまた彼女は立場が弱くて対等じゃないようで。結局ルーディがこの後、暴力夫になる予感もあったりして(またこんな事言ってしまった。いかん)
posted by フェイユイ at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

「コンフェッション」ジョージ・クルーニー

コンフェッション.jpg

コンフェッション2.bmp

狐につままれた。なんと言って良いのか即座には出てこないね、これは。

えー、一応マット・デイモンがカメオ出演ということで観た。ブラッド・ピットとジュリア・ロバーツも無料で出ている。

アメリカ人なら誰でも知ってるようなテレビ界の有名人なのだろう、かなり低俗な番組を数多く送り出したプロデューサー兼司会者でもあるチャック・バリスはその表向きのふざけた顔の他にCIAに雇われた腕利きの殺し屋という裏の顔を持っており、次々と敵(主に共産主義者)を抹殺していったのだ。

という信じられない話なのだ。
まあ詳しくはないのだが、アメリカの映画・テレビ業界と言えば赤狩りの嵐が吹き荒れた時代もあることだ。
しかも実に巧みな脚本でぐいぐい惹き込まれてしまう。
いい女とやることしか考えていないこの変なお調子者が突然CiAから見込まれて殺し屋の訓練を受け共産主義者の大物を標的としている所、実際にメキシコやベルリンへ飛び驚くべき手腕で殺人を犯す場面、彼の生い立ちなどによる殺し屋としての裏づけ。あっけに取られる展開を追いかけるばかり。
アメリカ人が観ても本当なのか嘘なのか、信じる者信じない者それぞれだということだ。
対岸の日本人としては信じがたいが、アメリカの事だからやはりあり得るのかな?としか言いようがない。
おかしいのはこの裏ではクールな殺し屋が表向きは低俗番組(と説明してるのだよ。下手な歌を歌わせて笑いものにしたり、「パンチDEデート」(例えが古いが今の番組を知らない)みたいなのりの番組のようなの)を量産し、且つ自分もふざけた司会者をやって人気者だったということ。
さて信じられますか?

このチャック・バリスをサム・ロックウェルが物凄いノリで熱演している。最初はだらしなくて冴えなくてどうしようもないんだがCIAの殺し屋になったあたりから次第に男前に。ってやはり殺し屋はかっこいいわけか(笑)
このチャックをずっと支えていく女性ペニーにドリュー・バリモア。彼女はまたいいんですね、こういう役。
一見まるきり冴えない風なのに次々と美女とできるのはどういうわけ?まだ有名でない時点で。ある意味凄い。
そして貫禄。ジュリア・ロバーツ。ジョージ・クルーニーの声かけで無料で出演したとか。すげえ。
そしてマットとブラピ。これだけ?(笑)よかった。面白い映画だったから。つまんなかったら泣くよ。
そして監督でもありCIA所属(また)のジョージ・クルーニー。但し「シリアナ」と違ってこちらでは目がハートになるようなハンサムですわ。
やっぱりダンディーなCIAと言うのがかっこよいよな、ふふ。

ドイツの殺し屋としてルトガー・ハウアー出演。似合いすぎ。(オランダ人だけどね)しかしドイツ人とジューイッシュが手を組んでんのも不思議か。

一応コメディとしたのだが、その判断でよかった、のだろうか。

監督:ジョージ・クルーニー 出演:サム・ロックウェル、ドリュー・バリモア、ジョージ・クルーニー、ルトガー・ハウアー、ジュリア・ロバーツ、マット・デイモン&ブラッド・ピット
2002年アメリカ
posted by フェイユイ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

「戦火の勇気」その2

以前の記事を読み返してないので重複あるいは食い違うかと思うがマットのことを主に書いてみる。

この映画ではまだ映画経歴は浅いのだが全くそういう感じがしない。過激といえるダイエットがなくても苦しい過去を持った兵士の役を充分表現できているのではないか。勿論その落ち窪んだ頬や目のせいで過酷な経験をした兵士を表していることは確かだ。
ここでもマットのナレーションと言うのは生かされている。
激しい戦闘シーンから始まり軍隊内での出来事とは言え、この映画は実際は戦争ものと言うわけではないのだろう。あえて時代を反映してイラクを敵として罵ったりしているがそのイラク兵の姿は全く見る事がない。戦争と言う状況においての兵士たちの葛藤を描いたものなのではっきり言って何の戦争でも構わないのだ。
戦争というシチュエーションでの心理ゲームと推理である。
反戦めいた言葉も用いられはするが、中心となっているのは「羅生門」方式の複数の違った証言の謎解きだ。だから推理モノの一種だと割り切って観れば非常に面白いが、面白がって作られている分、反感をもたれることもあるのだろう。
これにマットのナレーションが効いている。
どちらにしても勇敢な戦闘員というより頭がよくて上官から気に入られている若い兵士という役どころが似合っている。坊主頭も可愛い。
でもこの過激ダイエットはファンとしては見ていられない。もうこんなに痩せるようなことはないと思うけどちょっと太めくらいでちょうどいい。


メグ・ライアンとデンゼル・ワシントンはもう揺るぎない演技なので落ち着いて観ることができる。特にメグ・ライアンは私は他の作品を観た事がないこともあって実に上手い人なんだと知った(前回でもね)デンゼルは演技もだけどその頭の形に見惚れる。

なんだか映画観てるというより小説を読んでいるような気分にさせられるが、戦争ものということにさえ反感を持たねば楽しめる作品なのではなかろうか。

なんだかマット中心の記事にならなかったね(笑)


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posted by フェイユイ at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月18日

「ジェロニモ」再観賞

ジェロニモj.jpg

「ジェロニモ」再観編。以前の記事はココ→「ジェロニモ」ウォルター・ヒル

ここではマット・デイモンについて多く語りたい。

マットの魅力はその声にもある。自身の映画では何回となくその語り手を担当している。
落ち着いた低い声で発音が綺麗なのだろうな、と思わせる。

この映画でのマットはまだ21歳の少尉ブリトン・デイビスを演じている。何とも初々しい新米仕官で彼自身も同じくらいの年齢だと思うがまだ子供のような表情をしている。
「青春の輝き」の意地悪い少年とは全く違う役柄であり、追い詰められていくアパッチ族に同情し、ジェロニモの威厳に感動する様子が共感できる。
そしてそんなアパッチ族に誠意を持って接するチャールズ・ゲートウッド中尉 の勇敢な態度を尊敬し自らも行動を起こす姿にも賛同してしまう。

アメリカ人の役者なら馬に乗れなければいけないだろうか?以前のように西部劇が多かった時代なら当然かもしれないがボストン生まれのマットでは、やはり訓練したのだろう。
この後も彼は「すべての美しい馬」で乗馬姿を披露する。「ブラザーズ・グリム」で颯爽と乗っていられたのは当然だ。

マット・デイモンの髭と言うのはなかなかお目にかかれないが、この映画の中では数箇所髭が伸びている場面がある。子供顔に髭をつけたようでほぼジェイ・チョウの髭顔と同じ状態であるのがおかしい。中尉のジェイソン・パトリックの方は凄く決まっているのが対照的。

マット以外の話も少し(笑)ライ・クーダーの音楽が印象的。ジーン・ハックマンは控えめな役に甘んじていたが、ロバート・デュバルのアル・シーバーが効いていた。
ジェロニモの ウェス・ステュウディの素晴らしさ。文句はつけられないのではないかな。

それにしても「シリアナ」でも感じさせられた他の民族への介入と言う問題。ここでのネイティブには石油と言うような交換条件があるわけでもなく、広大な土地をなぜ奪われるのか、弱きものと言うのは消え去るしかないのか。
ゲートウッド中尉が言った「(聖書に書かれている)“世界が得られても魂が奪われるなら意味はない”」という言葉は確かだ。
だが彼の言う「今この国は生みの苦しみを味わっているのだ」と言うのは仕方ないにしても白人側の言い分だ(思わず同意しそうにもなったけど)それも歴史の一部分だと言われればそうなんだが。

歴史はすでにもうそこに存在するもののことだ。だけどそういう話を知って何とかできないのだろうか、と考えさせてくれる。

ジェロニモとゲートウッド中尉はかっこよさも見せてくれる。ジェロニモがまだ遠い位置にいる追っ手を傷つけずに水がめだけ撃ち壊したシーンがかっこいい。昔はこういうかっこいい西部劇の場面と言うのがたくさんあったように思う。
posted by フェイユイ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

「シリアナ」追記

シリアナ4.jpgシリアナ7.jpgシリアナ8.jpgシリアナ6.jpg

「シリアナ」は乏しい知識で何とか鑑賞した。政治問題ではなく石油に関わる人々の欲望や不安を描いたものと思われるが、難しい問題を様々な人々の視点から描いていくと言う手法でこうも明確にできるとは基本的にシンプルで強い意志を持っている監督なのだろう、と感心しきり。
単純な人間なのでこういう映画を観たとたんに中東情勢が気になる。しかし笑い事ではなく昨日もベイルートではイスラエル軍による空爆が本格化、イスラエル北部ハイファはイスラム教シーア派からの攻撃で8人死亡と緊張した状況が続いているようだ。ジョージ・クルーニー演じるCIAボブが捕らわれたのがベイルートだったわけでより身近に感じられ怖ろしい。映画と言うのはこういった「遠い国」のニュースを身近に感じさせる力を持っているのは確かである。

こういった根気と集中力の要る映画というのは映画館とDVDのどちらがいいのだろう。私はいつもDVD鑑賞になるのだが、これのいい点はいつでも都合のいい時に停止できることだ。がこればかりやってると全体の流れがつかめなくなってしまう。とは言え大体において途中で停めてしまうのは映画に退屈してしまうからということが多い(後、家族に邪魔された時)「シリアナ」では殆ど停止することなく観ていたから退屈はしなかったのだろう。

ここではもう一つ家族と言うものが描かれている。アメリカでも中東でも家族は愛し合い、悩みぶつかり合う事もある。
ただ私が疑問だったのはマット・デイモン演じるブライアンの息子に対する感情だ。ブライアンの息子の死によって彼はナシール王子と深く関わりあうことになるのだが、きっかけとしては余りにも酷いことではないのか。わたしにはブライアンの妻の「息子の死を利用しているの」と言う考えが理解できる。一見優しげで面倒見のよいパパぶりだが息子の事故死から王子のアドバイザーになっていく、という設定がどうしても受け入れがたい。何故この設定になったのかこういう状況でもなければ王子とお話できないから、ということなのか。自分としては違う接点であって欲しかった。

一方面白かったのがクルーニー=ボブがパスポートを取り返しにホワイティングに脅しをかける場面。悪辣に脅すのがヒーローとは言い難く「ベイルート流か」と言われるのが却っておかしかった。しかしあのだだっ広い砂漠の道路でよく王子の車を探し当てたものだ。方向音痴の私なんぞは絶対に出会えないこと確実なのである。
posted by フェイユイ at 16:43| Comment(2) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

「シリアナ」スティーブン・ギャガン

syriana.jpgシリアナ.jpg

石油が無くなってしまったらどうなるのだろうか?それを真剣に考え出したらほぼ皆が気が滅入ってしまうに違いない。この映画ではそこらがテーマとなってるわけで観て気持ちがいいわけがない。
且つこの映画の作りにおいて登場人物は社会の歯車のひとつ(ごく小さな歯車の)に過ぎないのであって誰かが英雄的に世界を変え得るわけでもない。

ポスターなのかな目隠しをされたCIAのボブ(ジョージ・クルーニー)のアップである(上の奴)彼の運命を象徴してもいる。自分の仕事に対して目隠しをされていたのだから。彼の目を隠したのはアメリカ国家自体だ。
だが映画の中での彼の行動は限られたもので驚いた。アカデミー賞助演男優賞を取った彼は映画の中では何の力もなく彷徨っているかのようだ。人を助けたり戦ったりするような華々しい活躍もない。仕事上で口を滑らし見捨てられてしまっている。

DVDのパッケージの方(サイドにある奴)は登場人物の存在が3分割されているのを示している。が、これも正確ではないだろう。無論映画の中で最も重要なのは中東の人々だろうから。

アメリカ人の彼らとその家族達の物語と中東のナシール王子とその国、そこで働く父と息子、若者たちの物語を交互に映し出すことで人は皆同じように家族を愛し、悩み苦しんでいるのだと伝える。
アメリカ映画の中で細心に注意を払いできるだけの公平さで描いているように思える。

CIAのボブ、コネックス社とキリーン社の合併で苦心するベネット・ホリディ(ジェフリー・ライト)の話よりは少し感情移入しやすいのがエネルギーアナリストのブライアン・ウッドマン(マット・デイモン)だろう。
彼がナシール王子のパーティで出会った子供を失うと言う事故は辛いことだ。が、彼はその事がきっかけで彼の経済アドバイザーとなる。
これはアメリカ人ブライアンが中東の王子の片腕になる事に対する反感への防御なのか。息子の死で自暴自棄になってしまったのだと。
とはいえこれで夫婦の仲が険悪となりブライアンは一人王子の側に残る事になる。
辛いきっかけではあるが一アナリストが石油産出国の経済アドバイザーになる、と言うのは夢のようなことかもしれない。だがこれも石油という麻薬に翻弄されたのかもしれない。息子の死で得たきっかけで掴んだ仕事にのめり込む夫を悲しく見る妻の気持ちがまともなのだ。だが世界を動かすような仕事に出会ってしまった男は同じ行動を取るのかもしれない。

ばらばらだったボブとブライアンの物語がここで少し接触する。やがて起きる悲劇への前奏(どこが前奏か判んないけど)

マット・デイモン演じるブライアンはアメリカ(やその他の国が)がどう考えているかをぶちまける「あなた方は吸い尽くされ資源の残骸だけが残るのです」
ナシール王子は高邁な理想をブライアンに打ち明ける。それを聞いたこちらは応援したくなる。
が、運命は(というかアメリカは)彼ではなく操縦が楽な弟王子を後継者に仕立て上げ、ナシール王子をアメリカに対するテロリストとして抹殺するのだった。その妻子も共に。そして彼を救おうとしたボブもまたその犠牲となる。彼らを打ち殺したミサイルが破壊した車から黒い煙が立ち上る。
よくここまで描けたものだと思う。

信仰深い二人の若者がテロリストになっていく過程も同情的に描かれていた。

来世こそ真の世界だという言葉が悲しく残る。

監督:スティーブン・ギャガン 出演:ジョージ・クルーニー、マット・デイモン、ジェフリー・ライト、アレクサンダー・シディグ
2005年アメリカ

ジョージ・クルーニーが知ってなければわからないほど太っていて驚く。裸のお腹など見惚れてしまう。その容貌が組織に振り回されるCIAを演じるのに相応しく悲哀を感じるものであった。やはり素晴らしい役者だと思わされる。
ナシール王子も悲劇を感じさせる知性的な風貌なのがよい。その他の中東の登場人物も。どういう人物を使うか、と言う事でも作者の思惑が感じられるからだ。お飾り的な女性が使われていなかったことも他の映画にはないことだろう。必ず入る恋愛劇とかね。

マット・デイモンは(なにせマット・デイモンというカテゴリ内なので)充分に彼の特性を生かして演じていた。やや背が低いとはいえ、いかにもアメリカ的な容貌がここでの重要な要素であったはずなので。
家族的でありアメリカの良心的率直さも満足のいく出来栄えだったのじゃないかな。ちょっと固い言い方だけど何しろ一つの駒としての役なのでそういう意味でも(目立ちすぎてもいず)素晴らしかったと思う。しっかしラブシーンないね。コンビ好きのマットだがここでのコンビはナシール王子とだね。また後で彼のだけの記事を書くかも(笑)乞うご期待!

posted by フェイユイ at 21:29| Comment(0) | TrackBack(1) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

「SCHOOL TIES〜青春の輝き〜」

「帝国の逆襲」を観たからってわけではないがマット・デイモンの映画をもう一度観ていこうと思う。「ライアン」以外は好きなので計画するだけでわくわくだ。「ライアン」はマットの出番部分だけ観るか、もう一度ザワザワするかだ。
「ミスティック・ピザ」はさすがに購入してないので(買うにはワンシーン過ぎ。瞬間だもんね)この「SCHOOL TIES〜青春の輝き〜」から再スタート。

内容などは一回目の記事に任せることにしてマットに関することをつらつら書いてみよう。
この作品でのマットはかなり嫌な奴・ディロンという役を凄く魅力的に演じきっていると思う。時々可愛すぎるような気もするがそれは私の贔屓目かもしれないのでよく判らない。
突然、大学予備高校の名門校に編入してきた背の高い男デイビッド・グリーンにアメフト・クォーターバックのポジションを取られてしまう。しかもそいつが大活躍であっという間に英雄になり家族からも見放された気分に襲われる。
ちょっと仲良くなりかけたいい場面もあったんだが、ガールフレンド(と思い込んでいただけだが)を取られてついに切れる。
実は彼がユダヤ人であることを友達に隠していることを知ったディロンはそれをすっぱ抜きしかも自分がやったカンニングを彼のせいにしてしまう。
それはディロンがハーバート大学に固執するがあまりの不正だったのだ(もう行ったからいいじゃないか、と観客はつぶやく)
まだ有名になる前にこういうイヤーな奴を演じているわけでもしかしたらこの路線で行った可能性もあるのか。それはそれで結構いいなと思ったりもする。考えたら「グッドウィル」も結構嫌な奴だったしね。
なんだかマットって「いい人」的な印象が強いみたいだけど「リプリー」も嫌な奴だしそんなにいい人ばかりやってるわけでもないのにな。なぜ?
とにかくあの卑屈な笑い方といい、嫌味な感じの目配りとかも可愛くてしょうがないのだ。髪型もいつも通りだがさらさらヘアがまた坊ちゃま風でキュートなの。
女の子に縁がないのもこの時から濃厚だ。これでもてるわけはないけどね。主人公のブレンダン・フレイザーがぽってりとして好かれそうな顔立ちなのでマットのえげつなさが際立ってよかった。上手くもないのにアメフトで目立ちたがって無様に這いつくばってしまう場面も涙モノであるよ。
不正を告白するかに見せかけてグリーンを犯人にしてしまおうとする根性もおどおどした目も秀逸でした。
最後に「これでも僕はハーバートに行く」(笑)いや、行けてよかった。

ベン・アフレックはクラスメイトだからよく映ってはいるんだけどマットとの絡みは少なくて残念。

その他のキャラとしてはフランス語が上手くいかなくてノイローゼになって落ちこぼれてしまうマクギブン(アンドリュー・ロウリー)の顔が好き。

しかしこれで「青春の輝き」って邦題は不思議。

追記:一度目に書いた記事と大して変わらず、なので読んでくださった方には申し訳ないです。
これも繰り返しですが、こういういい学校の寮生活っていうジャンルを昔物凄くよく見てたモンで(本でも映画でも。不埒な目的で)そういう意味でとても懐かしい映画でした。特にマット演じるディロンみたいな家系にこだわって鼻にかけているようなタイプは絶対必需品で。人種差別というテーマにしてもそれについて議論しあう少年たちの姿もとてもノスタルジックに感じるものでした。
そういう意味では「青春の輝き」っていう意味もわかるのですよね。
されている本人にとってはそれどころではないんですがね。非常識な言い方になるかもしれないんですが、現代においてかつての差別を描いたこの作品。戦う強い意志を持ったその少年の姿に輝きを感じた、ということなのでしょうか。年をとった人間が感じる言葉のような気もします。
posted by フェイユイ at 23:26| Comment(7) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

「ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲」ケヴィン・スミス

サイレント・ボブ2.jpgサイレントボブ.jpg

もーやっと借りれた!何ヶ月待ったんだろ(笑)物凄いマニアがいるのか?

勿論これはマット・デイモンが出演しているということで絶対観たかったのだ。
「ドグマ」でその存在を知った変な二人組。ケヴィン・スミス監督作品には多数出演しているが初めてこれで主役をはったということであるらしい。
「ドグマ」でもカソリックを揶揄するとともにかなり映画をパロっていたのだが、今回はさらに色んな映画を皮肉っていてさらにジェイ&サイレント・ボブのお馬鹿シモネタギャグが炸裂しているのである。

ジェイ&ボブが知らない間に二人をモデルにした漫画が映画化されるということになっていてしかもそれが公開前からネット上で悪口雑言の嵐。怒った二人は映画製作を阻止せんとハリウッドへと乗り込むためヒッチハイクを試みるが。
案の定のドタバタ珍道中。クスリとファックにしか興味なしというジェイと怖ろしく無口なサイレント・ボブの情けないロード・ムービーでもある。

さてまずベン・アフレックが二人の漫画の作者として登場。凄くハンサムである。特にこの二人の側にいると。
ここでジェイの「主役の二人は誰がやるんだい」という問いにベンが「ミラマックスだから多分ベン・アフレックとマット・デイモンだろう。『グッドウィルハンティング』のふたりさ」「あーあの説教臭いカス映画か」と言った具合なんである。
ジェイ&ボブの漫画「ブラントマン&クロニック」のサイトに書かれた酷評を見ながらベンが「ヒマなネクラどもがネタを調べては映画をこき下ろしている」っていうのがまた痛い。

ふたりの腰砕けの道中でいつマットが出て来るのかなーという思いで楽しく観る事ができた。
マットが出てきたのはハリウッド。なんとガス・ヴァン・サント監督で(本人出演)「グッド・ウィル・ハンティング2」を作っているのだ。主演はもちマット・デイモン、ベン・アフレック(彼は二役)なのだが、監督は金勘定に忙しく何の演出もしないのである。
ここでベン&マットは自分たちのパロディを演じ、しかもマットは散々にいじめられてまたそれがよいのだ(ごめん)
私が見るに特にマットはこれを物凄くうれしそうにやっているようだ。ベンと共演シーンはマットのラブラブオーラが溢れているみたい。思い切り皮肉を言われているが幸せそうである。あてられちゃいました。イヤ恥ずかしい。
しっかしベンって背が高くてかっこよいね。人をおちょくってる表情がすてきだ。マットとのコンビも凄く息があってて自然でもっとこの二人で観たいものです。ていうか幸せそうなマットを見ていたいっていうのか。何か企画がないのかなあ。

スター・ウォーズのマーク・ハミルがまたしょうもない役で出演(アニメ「シンプソンズ」でも笑われていたなーとほほ)レイア姫も尼僧役で出演。他にもケヴィン・スミス監督作品にゆかりの出演者がてんこ盛りのようである。
最後までゆるくて情けない気分に浸らせてくれる一作であった。

特典で監督が好きな5つの作品の他に「リプリー」が完璧な素晴らしい映画であった、と言っていてそれだけで好きになった(笑)うれしい!

オランウータンちゃんも凄くチャーミングだった。

監督・脚本:ケヴィン・スミス 出演:ジェイソン・ミューズ、ケヴィン・スミス、ベン・アフレック、マット・デイモン、クリス・ロック、シャノン・エリザベス、エリザ・ドゥシュク、アリ・ラーター、ジェニファー・スミス、ウィル・フェレル、ジョージ・カーリン、ジェイソン・リー、マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、ブライアン・オハローラン、ジェフ・アンダーソン、シャノン・ドハティ、ショーン・ウィリアム・スコット、ジョーイ・ローレン・アダムス、ジョン・スチュワート、ジェームス・ヴァン・ダー・ビーク、トレイシー・モーガン、スティーブ・クメトゥコ、ジュール・アスナー、ガス・ヴァン・サント、ウェス・クレイブン、ジェイミー・ケネディ−、マーク・ブルーカス、ジェイソン・ビッグス、ジャド・ネルソン、ディードリック・ベーダ−、モリス・デイ、アラニス・モリセット他 2001年/アメリカ





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2006年06月27日

マット・デイモン、ファンにサインするの図

けいこさんから教えていただいたマットがサインするの図。
せっかくなのでここにアップさせていただきます。けいこさん、よろしいでしょうか?差しさわりがありましたら言ってくださいませ。ではどうぞー。

マット・デイモン、サインするの図

マット・デイモン、サインするの図その2

他にも色々見れるようです。探してみよう。
posted by フェイユイ at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

ちょっとめもめも(マット・デイモンのこと)

じぇり.bmpじぇり2.bmp

思いもよらなかったこと。
なんとこのレンタル用DVDによると「ジェリー」は異色スリラーだったのだね!そ、そうか。そう思って観てたら私も感想変わったかも?
怖いのは確かだけどサー。
私が買ったDVDとは違っててこの表紙のマットすてきだ。苦しんでるし。酷い目にあってる時のマットが好きだなあ。

もうすぐ「シリアナ」DVD発売。待ち遠しいなあ。
で、ココを覗いてみよう。→「シリアナ
トミー・リー・ジョーンズの監督作品テレビ映画「ワイルド・メン」ビデオのみというのがあるのだな。出演っていうことなんで少しだけなのかもしれないが、観てみたい。ビデオかあ。
「The Departed」(インファナル・アフェアのリメイク)は知っていたが、ロバート・デニーロ監督(!)作品でアンジェリーナ・ジョリーと共演!なのか。わお。しかしよく働く人だね。

「シリアナ」まだ観てはいないんだけど。マットはまた、デブだ、なんだと言われてるみたいで涙。クルーニーだって今回太ってるはずなんだけど、彼の場合は役作りとして認められてるのになー。マットだって役作りですってば。まだ観てないけど。

しかし「シリアナ」ってタイトル。日本人なら皆笑ってるよね。ごめん、しもねたで。(だってやばいんだもん)
posted by フェイユイ at 10:33| Comment(4) | TrackBack(1) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

「夏休みのレモネード」

レモネード.jpgレモネード2.jpg

あてもなく書いていく。

1976年、シカゴ。カソリック教徒であり、アイリッシュであるピートは8歳の少年。いつもシスターに怒られてばかりいる。「そんなに悪い子だと地獄におちますよ」ピーとはどうすれば天国にいけるのかを考えた。
他宗教の人をカソリックに改宗させ天国に導いてあげるのは聖人であるという。ピートは早速近くに住むユダヤ教徒を天国へ導こうという探求(Quest)をはじめた。
この「Quest(探求)」と言う言葉はよく使われるね。アーサー王の昔から騎士は「Quest」していた。聖杯を。

8歳の少年が懸命に天国への道を探求しているわけだが、その実本当は子供の姿を借りているだけなのだろう。本当は大人がやってみたいと思ったことをそれじゃああんまり世間を知らなさ過ぎる常識なしみたいなので子供に姿を変えて行ったというんじゃなかろうか。子供だったら考えてみても無邪気だってことで。主人公が大人だったらまたそれで面白かったかもしれないんだけど。
大体信じている宗教を変えてやろうというのはその人の全人生・人格・祖先・親・友人を全部捨ててしまうことになるわけなので大人が実行するには非常識にすぎるものですね。

それでココではとても可愛らしい二人の少年となる。ピートの全く迷うことのない探究心が見ていてはらはらしながらもこんなに率直に疑問をぶつけられることに感心もする。
カソリックであるピートが改宗させようとしたのはユダヤ教のラビ(指導者)の息子ダニー。しかしダニーは悪性の白血病に侵されており余命いくばくもない身の上だったのだ。
ピートに「カソリックにならないと天国に行けないよ」と言われ素直にカソリックになるためのでテスト(ピートの口からでまかせである)を受ける。それは駆けっこやら石投げなんかなんだけど9つのテストをクリアしたダニーに課せられた最後のテストは海(実際は湖)に浮かんだブイまで往復して泳ぐことだった。
小さな少年と言うだけでもヒヤヒヤなのに思い病気を抱えた体でブイまで懸命に泳ぐダニーを映画とはいえ見ちゃいられない。ここでもし何かあるならもうその時点で見るのやめようと思ったんだけどね。

まるで学校で見ているかのような真面目そのものの映画なんだけどとても面白く観る事ができた。
特にアイリッシュであるピートの家庭風景。カソリックであるために8人の子沢山でそのために頭のよい長男を大学に行かせてやることもできず、その上ユダヤ教のラビから「奨学金を出しましょう」と言う薦めも頑固親父は我慢ならずはねつけてしまう。
実はこの親父二人の話がこの物語の主軸になるもので子供達は可愛い代役ということなんだろうね。
カソリックの親父は頭が固くせっかくのユダヤ教のラビの申し出を乱暴にはねつけてしまう。一方のラビはそんな親父さんに寛容な気持ちを持ってはいるが撥ね退けられてはどうする事もできない。
ラストで子供達を介してピートの親父さんはラビに車の中から仲直りの合図のように手をかすかに振るが二人の間はまだ遠く離れている。
問題は解決してはいないのだ。

この映画は「グッド・ウィル・ハンティング」の脚本・出演コンビのベン・アフレックとマット・デイモンがインターネットで新しい脚本家を発掘しようとしたプロジェクトで選ばれ、ベン&マットが製作者になっているものだ。共通点は友情とそして魂の救済と言う事が描かれていることである。これは(ベンの映画は殆ど見ていないので何も言えないが)マット・デイモンの映画の中で何度も繰り返し表現されている事である。さすがにマットも少年に戻るわけにはいかないからこそこの映画が選ばれたのではなかろうか。
それにしても彼らの映画の中でもまた多くの映画(いまだったら「ダ・ヴィンチコード」とか)でもカソリックと言うものが何度となく批判されている。が、解答といえるような映画はない。宗教と言うものは長い年月の間に深く浸透し人間そのものを形作っていく。簡単な解決策などはあるはずもないのだろう。

監督・脚本:ピート・ジョーンズ 出演:アディール・スタイン、アイダン・クイン、ボニー・ハント、ケヴィン・ポラック、マイク・ワインバーグ、エディ・ケイ・トーマス、ブライアン・デネヒー
 
と言ってもアイリッシュ親父をやったアイダン・クインが素敵でね。批判はしてもマッチョな親父に惹かれてしまう私なのだなー。
しかしやはり母は強し。さすがのマッチョ親父もベッドを交換条件にされちゃいやとは言えない。いや、美女でなければ言えませんな。
posted by フェイユイ at 13:29| Comment(0) | TrackBack(1) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

「欲望という名の電車」にマットをキャスティングしたならば

さて「欲望という名の電車」と言う映画を観たのだがそれの感想はもう書いたんだけどマット・デイモンがもしこの映画のリメイクに出演したならば、という部分を抜粋。(もう読んでくれた方同じ内容です、ごめん)

さてここから先はお遊びコーナー。
このような名作は色んな俳優に是非演じて競ってもらいたくなるものである。どんなスタンレーやブランチが表現されるのかが見物だからである。
そこで今私の一番のお気に入り、マット・デイモンにも当てはめてみたい。
普通ならスタンレーをやってもらうんだろうけど、いくらマットが演技派とは言え野獣のようなスタンレーをやるのは無理のような気がする。友人ミッチは「身長185センチ体重92キロです」とか言わなければいけないからもう体格でアウトである。
となるとマット・デイモンにはブランチをやってもらおう。いい家庭の出身で高学歴を鼻にかけたブランチ役はまさにマットにぴったりではないか。
男女を入れ替えただけでは話がおかしくなるだろうからここで物語を大きく変更させてもらう。
寄る辺のないマットは仕方なくゲイパートナーと暮らすゲイの弟の家へ押しかける。(ここではマットはゲイではなくストレートと言う事になっている)心優しい弟はこころよくマットを迎えるがゲイパートナーの彼氏は高学歴を自慢するマットに我慢できない。しかも世話になっているくせにゲイである事を差別するのだ。しかしそういうマットは実はゲイ売春をしていた事を隠していたのであった。
最後に高慢ちきなマットは弟の彼氏に強姦された上に施設に送られてしまう。(弟は妊娠できないのでそこはどうする?)
(書いててちょっと怖くなったがあくまでもこれは冗談なのでお赦しを)
他の3人の配役はどうしたらいいかな。スタンレーはベン・アフレックならできそうな気がするけど(マットもうれしかろうし)でステラはケーシーがやるのか?(怖い、やめよう考えるの)
posted by フェイユイ at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

マット・デイモンの一番いい映画は?

マット・デイモン作品でランクをつけて遊ぼうかな、などと考えていたのですが、現時点でのほぼ全作品を観終わって私にとってのマット・デイモン最優秀作品は何と言っても「ふたりにクギづけ」なのです。(前にも言ってしまったとは思いますが)
で、いつも相棒がいるマット作品においての「パートナー」第1位は?うーん、普通ならベン・アフレックというべきなんでしょうが、これもそのコンビプレイの素晴らしさに敬意を称してやはり「ふたりにクギづけ」のグレッグ・キニアですね。女性の相手役といってもマットは極端に女性運が悪い人なのでこれもやはり「ふたり」の相手役のチャイニーズガールがそのハッピーな行く末としても文句なしなわけで。これしか考えられないのでした。

この「ふたりにクギづけ」は性格の全く違う結合性双子を描いた物語ですが、考えようによっては一人の人間の中の明暗を表現しているとも受け取れるようで、暗の部分を消してしまってはいけないよ、と言うメッセージとも感じられました。
ファレリ監督からは「そんなにややこしく考える必要はない」と言われそうですけどね。
とにかく物凄く仲のいい兄弟で離れられないことがおかしく悲しくそして最後にほろりとさせられてしまう映画としてこれ以上ない出来栄えだと思いますね。
マット・デイモンとしても最高に楽しく力を発揮できたのではないでしょうか。
と言うことで私にとってのマット・デイモンの一番いい映画は「ふたりにクギづけ」ということですね。

追記:一番嫌な映画は私的には「プライベート・ライアン」です。でもそれは映画のことであってマットが演じたライアンはやはり素晴らしいものでした。助けに行ってそれがマットだったらやっぱり頷けますよね。正義感溢れる若者をとても爽やかに演じていたと思います。でも嫌ですね、これは。

他の作品はホントに見ごたえのある作品が多くて恵まれてもいるし、努力の人なんだなーと思いますね。
posted by フェイユイ at 15:26| Comment(2) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

「グローリー・デイズ〜旅立ちの日〜」

グローリー.jpgグローリー6.jpgグローリー4.jpgグローリー2.jpgグローリー5.jpgグローリー3.jpg

マット・デイモン観たさに借りてしまいました。その場面は極僅か、とは言えやはり印象的でありますね(それ目当てなんだから印象に残るに決まってるが)上のような次第であります。セリフなし。いたいけな感じでした。どうしてこう可哀想な役が似合うんだろ。

物語は美術大学卒業の前後の日々を描いている。
ジャック(ベン・アフレック)は卒業を目の前にして同居している仲間達との楽しい生活を永遠のものにしたいと考えもう一年同じ家で皆で暮らそうぜ!と提案するのだった。
卒業制作の出来栄えも心もとなくガールフレンドにはふられ、両親は固くて話にならない。全く未来の見えない22歳の若者の悩める青春を描いている。

いや〜、なんだか他人事として観られませんでした。と言うのは私自身も似たような生活を送っていたな〜という記憶があるわけで。殆ど自分を思い出しながら観てしまいました。
芸術ではなかったけど美術関係の勉強であったしな。美術なんて特に何の将来性もないしとか。
もう少し男女混合してはいたが。まあ若かりし頃の話ですからね。今思えば赤面ものの馬鹿もやっておりましたね。いや恥ずかしい。
飲めもしないのに酒を飲んだり、タバコも吸ったし(今は全然煙りダメ)海辺も彷徨いましたとも(近くに浜辺があったのさ)
きっと同じ年齢の時に観たら「こんなの!」って気になるかもしんないけど今の年齢になってみれば笑うしかありませんね。

女の子との話もナンだかしんみり。上手く行かないというのもまた青春ですね。

しかしこうやって失いたくないものを破壊することによってキリをつけてしまえるのは羨ましい。実際は過去を引きずりながらなんとなくだらだらと大人になってしまうものだけど。
ベン・アフレックが最後に男らしく旅立っていく時、腰に巻いたチェック模様のシャツが勇者を示すキルトの様に感じられたのですが(ベンはアイリッシュなので)
 
バスの運転士さんが「恋の方程式 あなたのハートにクリック2」のフィルさん(ジェイ・ラコポ)でした。

監督:リッチ・ウィルクス 出演:ベン・アフレック、サム・ロックウェル
1996年アメリカ
posted by フェイユイ at 23:50| Comment(1) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「リプリー」サントラも

マット.jpg
(別に意味なし)

マット・デイモン映画を見尽くしつつあり絶望の淵に佇むフェイユイであるが、こそこそマット関連ものを購入したりする。

まずマット・デイモンも歌っている「リプリー」のサントラ盤。
「アメリカ人になりたい」は歌の上手い方々に紛れて歌っているので問題なし。映画でも印象的な凄くノリノリのイケてる歌ですね。
そしてマットが一人で歌う「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」これがいい!なんだかもーマットが傍で歌ってくれてるー(笑)なんか高音になると心細くなる声がたまんない。ファンなら聞ける!

後は写真集だとかな。でもそういうのってあんましないのね。韓流スターのなら物凄くあるんだが。(今頃こういう趣味の自分に問題ありだよな)雑誌コーナー韓流ばかりだし。
西洋系雑誌でもナンも載ってない。この前凄く小さい写真が載っていたのを見つけた。
それなのに雑誌の人気投票では10何位かだった。周りにハリソン・フォードとジャッキー・チェンがいた。うーん。一位はジョニー・デップとかね。
ナンだかまとまりない独り言でしたー。
posted by フェイユイ at 19:18| Comment(1) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

「戦火の勇気」エドワード・ズウィック

戦火の勇気.jpg

マット・デイモンが「プライベート・ライアン」の2年前に出演している戦争映画。

湾岸戦争が舞台。デンゼル・ワシントン演じるサーリング中佐は戦闘中に殉死したメグ・ライアン=カレン・ウォールデン大尉に名誉勲章を授与のための調査を任じられた。
そのサーリング自身は戦闘中に誤まって自軍の戦車を攻撃し親友を殺してしまったという心の傷を負っていたのだった。
重い心を抱きながらも調査を進めていくうちにサーリングは生き残った部下達の証言が食い違うことに疑問を抱く。が、軍は初の女性名誉勲章ということでサーリングの疑惑をもみ消そうとする。
救助ヘリのパイロットであるウォールデン大尉は本当に勇敢に部下達を守ったのか。

イラク軍との戦闘シーンは緊迫感があり恐怖が伝わってきた。イラク軍の姿は全く見ることがなかってので敵がイラクの兵士だというイメージは僅かに言葉での説明だけである。(敵を口汚く罵るシーンはある)この映画はイラクとの戦争を描いた映画ではなく戦争における兵士たちの葛藤を描いたものであるから湾岸戦争であるかどうかは全く問題ではないのである。
ここが後の「プライベートライアン」とは全く違う点である。「プライベートライアン」はあくまでもドイツ軍=ナチスが敵なのであり、それを虐殺するのがスピルバーグの狙いだったと思えるからだ。
とは言え、戦争という非常に重くて嫌悪感を覚える題材でこのように面白く感じられる物語を作ってしまうことに却って反感を持ってしまう人もいるだろう。
私は「プライベートライアン」のような虐殺戦争モノにはどうしても拒否反応を示してしまうのだがこれのように戦争を題材にして人間の心理を描いていく話だと非常に惹き付けられて観てしまう。湾岸戦争が舞台になっているのは他の戦争を舞台にするよりその時のアメリカ人がリアルに感じられる為だけだったのだろう。

デンゼル・ワシントンはその風貌からも正義感のある苦悩の中佐を見事に演じているし、ロマコメの女王と思っていたメグ・ライアンはさすが!こういう役をやってもソツなくこなしてくれている。部下の証言で様々に変わる大尉の姿を演じているのだ。

そしてマット・デイモン。まだ26歳だった彼は湾岸戦争での戦闘に参加し女性大尉ウォールデンのもとでの過酷な体験のために薬物中毒になった衛生兵を演じている。戦争中の彼の顔は平常の元気なはつらつとした顔なのに帰国してからの彼の顔はシェルショックと薬物中毒のために無残なほどやせ衰えているのだ。マット・デイモンはこの時、役作りのために18キロの減量を行ったらしい。しかも自己的に行った偏ったダイエットのために身体を壊してしまったということらしい。この極端に痩せたマットの顔を見ただけでも私としては衝撃を感じてしまった。その顔や身体は筋張ってしわが目立ち本当に薬物中毒の人のように見える。目だけがいつも以上に大きく見え悲しかった。そんな状況でもマットの演技は確かなものであり、サーリング中佐をある時は疑惑に陥れある時は解決に導く重要な役なのである。ここでも彼は苦悩に満ちた役であったことも間違いない。

そしてサーリング中佐にまとわりつくワシントンポストの記者にスコット・グレン。「ライト・スタッフ」での渋い魅力もそのままに。素敵なのであった。

監督:エドワード・ズウィック 出演:デンゼル・ワシントン、メグ・ライアン、マット・デイモン、スコット・グレン
1996年アメリカ

監督のエドワード・ズウィックという方は「ラストサムライ」を作った人ですね。

posted by フェイユイ at 23:04| Comment(1) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月18日

遍歴の果てにグリムの森

「ブラザーズ・グリム」でマット遍歴が始まりここで再び(三度よたび)「ブラグリ」鑑賞。
久し振りに観るマット=ウィルの素敵なこと。やっぱりこのマットが一番かっこいいなあ(っていつもどれでも言ってるような)もみあげが素敵なんだよね。
でマットがやるはずだったヒース=ジェイクの可愛い事といったら!確かに今観たらマットがやるような役ですね。でもよくぞマットとヒースが役を交換したものです。二人がお互いに交換したいと思ったということですからそういう運命だったんでしょう。マットがやる兄貴というのもこうして観てると凄く合ってる感じがしますね。
兄貴と言う役なのでいつもより年をとっていて大人びて落ち着いていてセクシーです。いつもと違って女性にもててるし(やはり兄貴のほうがもてるのか?)小狡いところもグッド。

何度観ても凄く楽しくて面白い作品です。なんといってもヒースとマットの掛け合いの妙が見ごたえたっぷりです。素晴らしくキャラクターがたってる印象がありますね。もうずっとこの二人の物語を観て来たような気がします。
posted by フェイユイ at 23:31| Comment(7) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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