2006年08月13日

「パパは出張中!」

〓〓????????I.jpg

何故いきなりこの映画なのか、解る人には当然わかる。

タイトルは知っていたし、有名な作品で秀作であるという評価は聞いていたのだが、観始めてこんなに陰鬱な映画なのかとさじを投げそうになった。
大体私はふざけた映画が好きなのでこうシリアスに淡々と進行されるとめげそうになる。
だけども何となくやめられず最後まで観てしまい、そうしてみると冒頭の「メキシコの歌ぐらいしか歌えない」とかこんな大変な状況で生きていかなくてはならないのに女には目がないパパだとか「政治なんぞクソ食らえ」というおじいちゃんだとか妙な味わいのユーモアがあるわけで。
とにかく派手な演出が多い今の映画を観る目で見れば怖ろしく物事が静かに起きていくのだが(チトー政権下での理解しがたい罪を押し付けられてもそれで家族が酷い目にあってもありのままを映していくだけといった感じ)事実歴史はそのように過ぎていくのだろう。

少年の語りで構成される映画というのは特にこのような緊張を強いられる状況を和らげるのに適しているものだが、ここでもややおっとりした風のマリク少年が上手く物語を運んでいっている。
女癖の悪いパパのせいなのか、政治がいけないのかマリク一家は不安定な時期を過ごすことになるのだが、それでも家族が支えあって生きていく姿がなんともいえずほっとする。
マリクが初恋の少女と宿題をするのが幸せでずっと宿題をしていたい、と思う場面なんて微笑ましい。
またマリクが晴れ舞台で上手くやれす泣いてしまう場面は心が痛んだ。その事でパパが再起を願っていたのだろうけど上手くやれなかったマリクをいたわる様子に安堵する。

マリクは夢遊病になって町を彷徨い親たちを心配させるのだが、最後にまた夢遊病になってこちらを見てにやり。おや、これは全てマリクがうったお芝居だったのだろうか。

映画の中でマリクがずっと欲しがっていたのがサッカーボールそしてラジオからユーゴスラビアのサッカーチームの活躍ぶりがすっと放送されている。
オシムやストイコビッチを生んだ国ユーゴスラビアなのだ。

監督:エミール・クストリッツァ 出演:モレノ・デバルトリ ミキ・マノイロヴィッチ ミリャナ・カラノビッチ
1985年 ユーゴスラビア


posted by フェイユイ at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

「dot the i ドット・ジ・アイ」

ドット・ジ・アイ.jpg

この映画での教訓は最後まで観ろ!ってことだった。
ただ最後まで観てよかった!というわけではなかったと言うのがこの映画の落ち。

つか、何となく面白いような気もするんだけど、もう少し上手く仕上げてくれよと言いたくなる構成なのだ。
前半は単なる三角関係をこれ以上観るのよそうか、と考えてしまうし、後半からネタばらしに入る、って感じでまたこれが長く感じられ、二転三転という気はしない。

タイトルが『細部まで注意を払う』という意味を持つ慣用句であるということで作りに作ったストーリーなんだろうけどすべてがまだ熟成されていないのだ。あるいはまあまあ食べれる材料は揃えたのにコックが半人前で煮込めなかったというような。

ガエルはいつもどおり眼差しが強くて何か意味ありげな表情をしているのでこういったサスペンスにもとてもあってると思うのに彼のよさを出し切れてなく勿体無い。

この前見た「コンフェッション」のように思い切り作り上げてくれるか、もっと込み入った不思議な映像でわけのわからない迷路に押し込んでくれるか、欲求不満に陥ってしまった。

ヒロインのラテン的心の変化(なのだろうか?)が激しさも不思議映画には合うが、数学的展開をしたいなら逆効果では(勿論それも計算されている場合は別)

ところでガエルとヒロインのラブシーンは一見なかなか情熱的のように見えるが何故かヒロインが裸を見せないという謎が。
あそこまで行為が激しいのなら裸は大したないと思うんだがなー。やっぱそれで上映の条件が厳しくなるのか???

楽屋落ち的なニュアンスもこれの場合はいい方向に行ってない。

ガエルはきっと変わった面白い映画になると思って出演したんだろうけどもっとどろどろだとかマニアックだとか怖いとかそういう要素を持つ映画の方が私は好き。

監督・脚本:マシュー・パークヒル 出演:ガエル・ガルシア・ベルナル/ナタリア・ヴェルベケ/ジェームズ・ダーシー
2003年 イギリス・スペイン
posted by フェイユイ at 23:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

「オール・アバウト・マイ・マザー」ペドロ・アルモドバル

マザー.jpgマザー2.jpg

最近立て続けに面白い映画のご馳走攻めという感じでご満悦状態の私である。自分の趣味で観ていると男映画がやたら多いのでちょっとまずいなと思っていたらあるんですねえ、こんないい女映画が。

監督はペドロ・アルモドバル。私が観たのは「トーク・トゥ・ハー」と「バッド・エデュケーション」
とんでもない印象を焼き付けられた作品たちであるね。他のも結構問題ありの映画が多いようで。

普通に言えば普通でない人間ばかりが登場してくるのである。(差別のつもりではないのでよろしく)シングルマザーである主人公の女(しかも相手の男は息子には説明しがたい存在なのだ)レズビアンの女優(レズ相手はとんでもない麻薬常習犯)人工の乳房をつけた女装の男である女(ややこしいが彼は彼女のつもりなのだろうから女と言わせてもらう。しかも下はついてる)修道女にも拘らず妊娠してしまった女(しかもその相手はさっき言った女装した男である女の友達の女装男)

主人公マヌエラは最愛の息子エステバンを亡くしてからそういった女たちと出会うあるいは再会。そのどの相手も彼女にとっては忌まわしい存在ではないのか。
女優は息子の死の原因であり、女装男たちはマヌエラを妊娠させた本人とその友達。そして妊娠した修道女はそのマヌエラの子供の父親である女装男の子供を宿しているのだ(つまり一応恋敵(というのかどうか))

そういった因縁ともいうべき女達とマヌエラは奇妙な愛情を持って接していくようになる。
マヌエラの心には常に失った愛する息子の面影がある。その悲しみは観ていて酷く苦しく辛い。
息子に父親と同じエステバンという名をつけ、修道女の子供にも(つまり異母兄弟となる)エステバンという名をつけて自分の子供のようにして育てていくのを見て何とも言えずほっとした。息子エステバンの代わりにはならないのだとしても。

マヌエラを演じるセシリア・ロスが「ブエノスアイレスの夜」と同じく強く生きる女性像を魅力的に演じている。
映画の中でマヌエラが「欲望という名の電車」のステラを突然代役を務めてしまう。少し前にこの映画の記事を書いたがステラは女心がわからない男の行動に戸惑う女性である。強く見えるマヌエラが実はステラと同じように戸惑いながら男のもとを去って行くのが判る。(以前書いた記事ではその結末の方のバージョンを批判していたんだけどね)

修道女を演じるのはペネロペ・クルス。可憐だ。同じ男の子供を宿してしまうというつながりを持つマヌエラと修道女ですが恋人同士のような深い愛情を互いに持つようになるのであった。

色の鮮やかなインテリアと同じく物語りもどぎついほどに複雑に彩られていく。大変感動的な話でありながらまさにアルモドバル監督ならではの様式に酔ってしまうのだ。

監督:ペドロ・アルモドバル 出演:セシリア・ロス、マリサ・パレデス、ぺネロぺ・クルス 2000年スペイン

本作は「女であるために女を演じるすべての女性たちへ」と謳われている。

もう一つ驚きだったのは女装男アグラードを演じたのがアントニア・サン・フアンという女性だったこと。ずっと女装男だと信じていたよ。素晴らしい!
posted by フェイユイ at 18:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

「ミーン・マシーン」

ミーン・マシーン.jpgミーン・マシーンb.jpg

ワールドカップ期間中にぴったりの映画、かどうかはわからないが、フットボール映画の傑作のひとつである事は確か(?)である。

主人公ダニー・ミーンを演じるのは元プレミアリーグ選手のヴィニー・ジョーンズ。と言っても私が彼の名を知ったのはこの前マット・デイモン目的で観た「ユーロ・トリップ」の熱血マンチェスター・Uサポーターのリーダー役だった。あまりにも印象的ド迫力に惹かれ調べて(ってほどはないが)みたらやはり只者ではなかったわけで。

ここでもその屈強な肉体と鋼鉄の表情は健在。奥で光る眼がまた魅惑的な男っぷりである。
そんなヴィニーが演じるミーン・マシーンはかつて人気選手であったが八百長で祖国を裏切りフットボール界から追放されたのだった。その彼が飲酒暴力事件で投獄されることになったのだ。
刑務所内でミーンは看守と囚人のフットボール試合に関わる事になっていく。
刑務所内でスポーツを通じて看守と囚人が戦うという話は結構たくさんあるし、感動的に仕上がる確立も高いのだが、サッカーの試合という題材をここまで緻密に面白く作り上げているのはそうそうないという気がする。
大体、サッカーと言うのは世界各地での人気スポーツなのでアメリカ・日本の映画以外なら殆どやっているといっていいんじゃないか。アメリカならバスケット、日本なら野球かな。
とにかくよくある話ではあるのだが、そこはヴィニー・ジョーンズの男前な威力で見せつけてくれるのだ。

そして迫力において彼を凌ぐかと思わせるのが「グラスゴーの悪魔」凶悪犯のゴールキーパー・モンク(ジェイソン・ステーサム)なのだ。とにかくめちゃくちゃ強い上に人間性がないのだがサッカーで失敗すると「ごめん」と謝ってしまう。サッカーは遊びじゃないらしい。
試合場での彼の活躍は必見のおもしろさ。こんなキーパー欲しいよね。

そんなこんなでかなり真面目にサッカーを楽しめる映画なのであった。(説明になってないが)
ブランドもアンブロだしね。

監督:バリー・スコルニック 出演:ヴィニー・ジョーンズ、ジェイソン・ステーサム 2002年

それにしても私のかなり長い映画鑑賞暦において一番観ている映画って「刑務所もの」ではなかろうか。映画中に一応出て来るのまで数えたら一体どれくらいあるのかちょっと数えるのは怖気づく。
そして反動で最近観るのが多いのがロード・ムービーであるな。
ラベル:スポーツ
posted by フェイユイ at 23:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月05日

「GOAL!」余話

説明ができるほどフットボール(=サッカー)とこの映画について詳しいわけではないけど、もう少しだけ。

フットボールほど世界中に選手とサポーターがいてしかも熱狂的なスポーツはないと思うわけなのだが、この主人公サンチアゴはメキシコからアメリカへ不法入国してイギリスへ後ではリアルマドリッド=スペインへ行くということでまさに世界を股にかけちゃうわけですね。

観る方はどこかに感情移入できるというわけですな。日本は蚊帳の外だが、まあ日本人の特にオールドサッカーファンはどこかの国のファンと言う事が多いしね(ワールドカップに出場できないからどこかの国の応援をしていたわけさ)私なんぞはまったくの浮気モノなので色んな国に興味があるんだけど。て言うとつまらんからやはりラテンですね、フットバルはさ。じゃなぜ昔イングランドのリネカーだのドイツのカーンだのクロアチアのボバンだの(ただのミーハーですね)好きだったかっつー言い訳はできない。今観たいのはやっぱりロナウジーニョだしさ。(ははは)
まあ収拾つかないけど。
とにかく観てて面白いのはどうしても南米もしくはスペイン・ポルトガルなんだなあ私としては。
でサンチアゴはメキシコ生まれでレアルマドリッドに言って活躍する話にしてもよかったんだけどちょっとアメリカとイングランドを経由して観客を増やしてみたんだね。しかも北国イングランドでメキシコ人の選手が来るって言うのはなかなかエキゾチックでよろしかろう。アントニオ・バンデラスに似てるって言われたりするのがいかにも外国人的発言でおかしい。

で、サンチアゴは不法入国でアメリカへ行ってあちこちの国に行くみたいだけど、国籍さえ取ればどこの国の代表にもなれるというわけで但しその国の代表になったらもうメキシコ代表にはなれないんだけどね。

殆ど映画については書いてませんが(笑)もうすぐワールドカップ・ドイツ大会開催!どの国のどんな選手が活躍するのか、楽しみですな〜。モチ、日本がんばれよ〜!!バーモス、日本!

posted by フェイユイ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

「GOAL!」(ゴール!)第1弾

ゴールb.gifゴールc.jpgゴールc.jpgゴールd.jpg

とんとん拍子のサクセスストーリーでありながらなぜか感動してしまう。というか感動の嵐に巻き込まれてしまうのだった。

メキシコからアメリカへ不法入国したサンチアゴ。必死の思いでロサンジェルスに落ち着いたのだった。
時がたち、プロサッカー選手になりたいと願い賢明に練習するサンチアゴに父親は「人生には二通りしかない。豪邸に住むものとそこで働く私達のようなものと」と言うのだった。ひたすら働き家族を守るのが男だと言い切る父親。
ある日、イギリス・のニューカッスルの選手だったグレンがサンチアゴのプレイに目を留め彼をプレミアリーグに誘うのだった。父親は「夢を見るな」と相手にしない。だが見かねた祖母がそんなサンチアゴをイギリスへと送り出してくれたのだった。

貧しくて不法入国の過去がありかつてギャングでもあったサンチアゴが、ひたすら一直線にフットボールの道を進み続ける姿はやっぱり魅了されてしまうのだ。サッカーは上手いけどちょっと私生活に問題ありのガバンとの友情もなかなかいい感じなのである。
上手く行きすぎという人もいるだろうが、親とのいさかいがあったり女の子を好きになったり病気を隠していたりする葛藤がある。ただサンチアゴが羨ましいほど真直ぐな心の持ち主なので本当にうれしくなるような爽やかな物語なのだ。

昨日に引き続き頑固親父の話になったのがおかしい。が、どちらも心底息子を愛している物語だったな。そしてお母さんとかおばあちゃんとか女性の身内が助けてくれるわけなんだ。

いつも晴天のロスから雨の多いイギリス・ニューキャッスルで思うようにプレイができない場面ではどうなることかと心配。
けど神様は彼を見守っていてくれましたね。こんなに激しい高揚感のあるサッカー映画は他にはないものだと思う。満員の観客が入ったスタジアムのシーンは鳥肌モノだった!やっぱサッカーは世界で最も興奮するスポーツだと思わずにはいられない。


ベッカム、ジダン、ラウールなどのスーパースターも登場してくれるし(あまりにも唐突で浮いているのは目をつぶろう)
三部作の第1弾ということでサンチアゴの活躍をまたまた期待しよう!!

監督:ダニー・キャノン 出演:クノ・ベッカー、スティーブン・ディレン、アレッサンドロ・ニヴォラ
posted by フェイユイ at 23:33| Comment(0) | TrackBack(3) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

ダブリン上等!

ダブリン上等!.jpgダブリン上等!a.jpg

大爆笑はしなくともずっとクククと笑ってしまう映画でした。

大体、この出演者で一番有名なのはアレキサンダー大王を演じたコリン・ファレルのはずだけど、なんだかしょうがないチンピラで普通ならこれからっていう若者がやるような役だって言うのがもうふざけていないか。この言葉は勿論感心しているわけです。

私はアイルランドもケルトも詳しいわけではないのでうまく説明はできないが、使われている歌がとてもいい。
登場人物は皆、どこか傷を持ったぱっとしない連中ばかりで、町の様子もなんだかうらびれて殺風景で物悲しい。

髭の少女がいる(産毛が濃いわけですね、それを処理しないでいるがまわりは気になってしょうがない)彼女サリーは男性不信。サリーの姉デイドラは美人。でもボーイフレンド・ジョンは臆病でそのためにデイドラは銀行の支店長である中年男と付き合う。その男には妻がいる為、不倫状態。その妻は苛立って若い男を物色する。見つけた青年はジョンの親友・オスカー。オスカーは不能で悩んでいたが、熟女とのサディスティックな関係で復活。だが行き過ぎて別れ、サリーと意気投合。ジョンは性格破綻の乱暴者・レイフと子供に石を投げられてバスを横倒しにしてしまった運転士に誘われ銀行強盗を計画する。といっても元・恋人デイドラを人質にして恋人の支店長から金を巻き上げるのだ。支店長は金を持ち出してくるがそこを本妻から襲われてしまう。人質デイドラを見張っていたレイフはデイドラが逃げようとしたため殴る。それを見つけたジョンは怒る。レイフはジョンを撃って逃走。それを見つけたジェリー刑事はテレビ局のカメラマンと共に彼を追跡。もう一人の共犯者バス運転士は石を投げた子供を見つけて追跡する。
と言うようなぐるぐる回るような話でおもしろいのであった。

特に強烈なのはケルト伝説を愛する刑事・ジェリー。その風貌がまたよい。これがケルト魂を絵にしたような男なのだろうか。
そして酒場で車椅子に乗りギネスを飲むのを他人に手伝わせる老人がいる。そこへ石を投げた子供を追いかけて川に落ちてしまったバス運転士が車椅子で登場。車椅子老人はそれが気に食わず車椅子での勝負を挑む。これもケルト魂なのかな。

そして車椅子の老人。悪ガキを追跡して車ごと川に落っこちたバス運転士が車椅子で登場すると物凄いライバル意識を出して競走するのがおかしい。これもケルト魂であるのだろうか。

ちっとも判りはしないが思い切り訛りの強い英語が印象的であった。
ただし、ブラウンソース紅茶は絶対まずいと思うんだけど。

監督:ジョン・クローリー 出演:コリン・ファレル、キリアン・マーフィ、ケリー・マクドナルド、シャーリー・ヘンダーソン
2003年 アイルランド・イギリス
posted by フェイユイ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月23日

「マグダレンの祈り」後半及びドキュメンタリー「マグダレン修道院の真実」

少女たちを突然襲った過酷な運命。だが、なんだろう。アイルランドというところの特徴なのか、私はそれほど暗いばかりの映画とは思わなかった。少女たちはしたたかに生きてやろうという根性もあるし、神父にいたずらもする。クリスピーナという女性はとてもつらい境遇なのだが、変なおかしみもある。特にバーナデットとローズの行動はやはり応援せずにはいられない。恐ろしさと可笑しさを淡々と語っていく映画だった。
映画を見終わった後、ドキュメンタリー「マグダレン修道院の真実」という特典映像をみた。これは当時のそのマグダレン修道院に実際入っていたという今はもうかなり高齢の女性たちのインタビュー映像だ。映画そのまま、というより彼女たちの口から語られたのは、むしろ映画のほうが生易しいとすら思わせる生々しい言葉だった。性的虐待や暴力を年老いた人たちから聞くのはつらいことだ。そして、生まれたばかりまたは1年ほど育てた母親から子供を奪い取っていったということ。こんなに酷いことができるのだろうか。その罪の殆どは未婚の母ということらしい。その頃のアイルランド・カソリックにおいて未婚の母は、死罪に価するというのだ。その相手の男たちはどうなったのか全く語られてないのだが、女たちはそれだけで家族や社会から見捨てられ、マグダレン修道院において神父や修道女からの性的虐待と暴力をうけていく。それは全く信じられない悲惨さだ。映画で語られていたようにその容姿が美しいからというだけで入れられた孤児の方もいた。男と変なことになるのを未然に防ぐために。
昨日のエントリでは「カソリック側に言い訳はないのだろうか?」と疑問を抱いたものだが、少なくともドキュメンタリーに出演された女性たちにはもうカソリックとは悪魔のようにしか受け取られていないようだった。
magdarene2.jpg
主人公3人とまた別の地獄を生きる女性、右側の愛称クリスピーナは、息子との再会だけを夢見て生きている、だが、彼との絆であるペンダントを失ってから、彼女の歯車は少しずつ狂いだしていく。修道院のどす黒い部分を引き出していく役である。
ところで映画の冒頭に歌われる歌が奇妙な意味深げな歌なのだ。結婚式のようなのだが,こんな変な歌、歌ったりするんだろうか?
posted by フェイユイ at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月22日

「マグダレンの祈り」前半

このブログで2つ目のアジアでない映画。1つ目はブラジルの刑務所「カランジル」2つ目がアイルランドのマグダレン修道院。むう、私の趣味が見事に現されているな。大体、アジア映画ばかり見るようになってから、見たその他の国の映画って前記と「ショーシャンクの空に」と日本映画だけど「刑務所の中」だ。ちょっと自分が怖い。
前置きはこれくらいにして、この映画は1964年アイルランドが舞台。性的に堕落した女性を矯正させるというマグダレン修道院。その名は聖書に記されるキリストによって改心した娼婦マグダラのマリアからきたものだ。閉鎖された1996年までに延べ3万人もの女性がそこでの過酷な生活を味わったという。女性は少女からかなり年配の女性(勤務40年と威張る女性登場)までいる模様(解説に少女とだけあったが、お年よりは無視か?)
同時期に3人の娘が修道院に入れられる。一人はいとこにレイプされた罪(レイプされるのって罪だったんだね)のマーガレット。一人は孤児院で育ち、塀の中から外にいた男の子たちとしゃべった罪(とほほ)のバーナデット。もう一人は結婚せず子供を生んだ罪(もうなにがなんだかわからん)のローズ。彼女たちはわけのわからないままつれてこられ(さすがに本人たちはそんなに罪とは思ってなかったようだ)罪深い魂を清めるため、厳しい労働と自由のない生活を始めることとなる。一番院長からにらまれたバーナデットはおしゃべりしただけで男と寝たわけでもないのにと脱走を企てるが、彼女を待っていたのは精神的屈辱だった。
またお堅いはずのシスターたちがなぜか?少女たちを全裸にして裸の品評をするシーンがある。おっぱいが大きいとか陰毛賞だとか。またそれも少女たちに屈辱感を与えるのだが、シスターたちは単なる遊びなのよと一向に気にしてないのだ。一体何故ここのシスターたちはこんななのか。カソリックというものがもうそういうものなのか?その辺の説明までこの映画でされるのかどうかわからないが、ただシスターたちが狂気の如く描かれるだけではいけない気もするが。そういうものなんだ、ということなのか?そういう疑問も抱えつつ、明日後半を見たい。magdren.jpg
監督ピーター・ミュラン ノーラ=ジェーン・ヌーン(バーナデット)アンヌ=マリー・ダフ(マーガレット・マグワイア) ドロシー・ダフィ(ローズ・ダン)
イギリス・アイルランド制作 2002年
posted by フェイユイ at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。