2006年08月20日

「市民ケーン」オーソン・ウェルズ

市民ケーン2.jpg市民ケーン3.jpg

この映画は実際観た事がなくても観ていた気になってしまう作品の一つではないでしょうか。
実は私はこの映画を観ていたんだかいないんだかがよくわからなくて多分観ていたにしても実際の記憶はもう薄れていたのにどこかで得た情報であらすじとラストのシーンまで知っている、という気がするのです。

で、また何故突然「市民ケーン」かといいますと先日ジョニー・デップの「エド・ウッド」を観てたらオーソン・ウェルズ(の役の人)が出てきて、主人公に勇気を与えるのですが(つーか勝手にもらってしまう?)それを見て「あー、オーソン・ウェルズって観た気になってるけどはっきり記憶してないよね?」って自問自答して観てみることにしました。

はてさて最高の名作と名高いこの作品ですが、さすがに骨がありまして私の
鈍い頭にはすぐにぴんと来るような代物ではありませんでした。一応2度観て(一回目は半分眠りかけていた)少しだけ飲み込めてきたのですが、なんというか解りやすい人情モノやメロドラマではないのです。ただ物語の鍵となる「バラのつぼみ」という言葉が人々から怖れられあるいは嫌われていた
大富豪ケーンの幼少期の幸せの象徴だったと言うのでちょっと参ってしまうわけですね。

皆が注目するこの映画の凄さは製作が1941年(つまり65年昔のものというわけですね)というのに古さを感じさせない斬新な撮影方法であるということでしょう。
と言うと逆に今の時代の者が観ても当たり前に観てしまって「上手いけど?それで?」って気になってしまうのではないでしょうか。
それくらい(私の想像に過ぎませんが)多分これ以後の多くの映画が「市民ケーン」で用いられた手法で映画作りをしているのでは、と思えるのです。
このちょっと突き放したようなクールなタッチもその頃の映画人・映画小僧にとってたまらない感触だったに違いありません。
細かい手法の一つ一つはその当時観たわけではないからその斬新さのショックと言うのは判断できないのですが、小さい子が見上げた背の高い大人の見下ろす視線とか、こちら側の人間が手にした本の影に話している相手が隠れていた、とか。
朝食の光景を繰り返す事によって夫婦関係が次第に気まずくなっていく、だとか、影の使いかた、セリフなどなど衝撃の嵐だったのだろうなあ、と思ってしまいます。
そしてその後に「市民ケーン」の技法を真似て(と言うかその技術を学んで)作られたものを現在も観ているという気がするのですね。

またこの映画を作った時のオーソン・ウェルズがわずか25歳だったというのも驚きです。監督・脚本・主役という物凄さです。おまけにケーン氏を演じるのに適したかなり威圧的な嫌味な容貌をしているというのも凄い。25歳には見えないくらいですね。あごがすっきりしている所がまだ若いようには見えますが。どちらかというと共演のジョセフ・コットンの方が素敵に見えますしね。

ところで映画の中でもケーンの名前「KANE」と言う字がやたら出て来るんですが、日本人としてはこれはどうしても「かね=金」って呼んでしまいますよね。うーむ、まさかオーソン・ウェルズが日本語を知っていて大富豪に「KANE=かね(金)」って名前をつけたんじゃないよな。
そのケーンが着てる服にもやたらKの字を刺繍してるのがおかしかったです。

そうそう、凄いシーンっていえば、ケーンが2番目の奥さんに「明日はピクニックだ!」と威圧的に叫んで(そんな言い方じゃピクニックもいやだよな)海辺を真っ黒な車が物凄く連なって走っていくのも怖ろしく印象的だった。なんなんだろう、あれ。

監督・脚本: オーソン・ウェルズ  出演: オーソン・ウェルズ 、ジョセフ・コットン、ドロシー・カミンガー
1941年アメリカ
ラベル:映画
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2006年08月14日

ティム・バートンとジョニー・デップ

ティム・バートンというとても面白い映画監督がいて結構作品は観てる。つい最近も「チャーリーとチョコレート工場」「コープス・ブライド」「エド・ウッド」を観たし以前から「シザーハンズ」「スリーピー・ホロウ」も観て好きだ。だのになぜかここで取り上げてなかったし、あえて一つ一つの作品を批評したい、とまで思わない。それは彼の秘蔵っ子(?)のジョニー・デップもそうなんだけどデップが好きでかっこいいと思うんだけどひたすらのめり込むような感じにならずお二方とも「好きだなあ」の範疇である。いやホントに好きなんだけども。

ジョニデはさらに今現在人気ナンバーワンって感じなので私まで騒ぐ必要もないか、ってところ。どの作品でも素晴らしいですが。
彼の一番いい映画はっていうとどうしても最初に観た「シザーハンズ」の印象が強いんですよね。でも作品的には「スリーピーホロウ」が好きで結局ティム・バートンですね。「夜になる前に」の女装ゲイも捨てがたいけど。
それと最近観たせいだろうけどジャック船長も好きなんだけどね(笑)

ティム・バートンという方も好きなんだけどスゲエ好きってまではいかないのは何故だろう。
しかし「チャーリーとチョコレート工場」観るとどうしてこんなものを作るのか?と感心してしまう(変わっているよなー心底)「コープスブライド」ならまだわかるんだけど。

とか言っててもこの二人の作品は(別々でも)これからもずっと観ていくんだろうとは思うのだけどね。
勿論とても楽しみにして。
posted by フェイユイ at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」もう一つの見方

カリビアン5.jpg

「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」についてもう少し。
ただ今上映中ということでさすがにいつもよりネタバレが気になるが気をつけてどうぞ。

ジャック船長とその仲間達(?)が海の怪物たち(蛸のディヴィ・ジョーンズ船長やその他の海生物クラーケン(大だこ))に襲われる話だが、これはアメリカ人が観たら怖ろしい海の怪物だ!ということになるんだろうが海産物が大好きな日本人達はちょいと違った目でこの怪物たちを見てはしまいか?中には唾を飲み込みながらみてる人などいないかな。
私としてはディヴィ・ジョーンズ船長にしてもクラーケンにしてもちょっと切り取ってわさびとしょうゆで食ってみたら美味しいかも、と思ったが。きっと他にもこういう考えで観てた日本人(韓国人も生で蛸食べるよね)はいるに違いない。
ウィルがディヴィ船長から鍵を盗む時も私ならちょいと髭を切り取らせてもらい酢の物にしちゃうね。
クラーケンを○○した時もきっと香ばしい匂いが漂ったに違いない。できるならしょうゆ付きでやって欲しかったね。
クラーケンは大きすぎて大味かもしんないがディヴィ船長は旨そうだ。
生でもよし、火鉢なぞ用意してちょっとあぶって食べるのもいいね。じゅる。ビールもつけてね。
ラベル:海賊 グルメ
posted by フェイユイ at 18:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月23日

「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」

カリビアン.jpgカリビアン2.jpgカリビアン3.jpg

文句なくたっぷり楽しんだ。ジャック船長のふらふらな魅力に見惚れ、海賊達の大騒ぎに笑い、海の美しさ、アクションの迫力も堪能したよ!

次々と繰り出だされる大アトラクションに飲み込まれていくようで映画と言うより遊園地へ行ったかのような陶酔感はさすが。いかにも海賊らしい小物(宝箱や羅針盤)だの大蛸だの未開の地の原住民に捕らわれて食われそうだのこれでもかの大盤振る舞い。その原住民から逃げ出す海賊たちの頑張りがおかしい。

私が特に好きだったのはジャック船長の元恋人だったというティア・ダルマの住処の雰囲気。ここなんかも雰囲気あってディズニーランドにありそうだなあ。謎を秘めた予言者の家で色んな不思議なモノが家の中にごちゃごちゃと隠されているようでここに行ってみたい!っていうかティアになりたい(笑)ってことはジャック船長の元恋人なわけでうれしいし。

観てとても楽しい作品なのであまり書くことはない。もう一度前の作品も見直してみようかな、などと考えているところなのだ。

3作目にはチョウ・ユンファが登場するらしい。

監督:ゴア・ヴァービンスキー 出演:ジョニー・デップ、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ
2006年アメリカ

エンドロール後に何かがあるらしい!(私は見損ねた)皆さんは見てください!期待はずれという話もあるが(笑)

ラベル:海賊 アクション
posted by フェイユイ at 22:18| Comment(3) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

「ダーク・ウォーター」余談

dark.jpgダーク3.jpg

昨日書かなかったことを少し。

まず主役のジェニファー・コネリー。一時期かなり人気のあった女優さんなので勿論知ってますが演じたのを見たのは初めて(だと思う)記憶にある彼女は随分前なのですっかり大人になったのだなとびっくり。綺麗でかつ神経質な雰囲気がホラーにぴったり。大体ホラーのヒロインって神経質じゃないとダメだよね。図太いヒロインじゃ幽霊が逃げます。
娘セシー役のアリエル・ゲイドちゃん。ふっくりして可愛い!です。この可愛らしさも母親ダリアが心から愛しているからこそだと思うなあ。
謎の管理人さん。態度にはむかつくことがありますが、顔が好きです。
元ダンナ。ダリアの敵役で損な役回りですな。意地を張ってどんどん疑心暗鬼になってしまったダリアが自分のやっていることの間違いに気づいて夫にも優しい顔をする。きっとあの時元ダンナさんはダリアをまた好きになってしまったと思うよねー。凄く綺麗に見えたもん。
冴えない感じの弁護士(ティム・ロス)がよかったです。よれよれで。

それから、ちょっと疑問に思ったこと。
ウォルター・サレス監督は「ホラー映画を撮りたい!」ということでこれを作ったと書いてあったんだけど、まあ嫌々撮ったとは言えないだろうから真実のとこは判んないが、確かに怖い雰囲気は出ているけど昨今のホラー物としてホラーマニアが満足できたのだろうか。
私自身はホラーというジャンルは覗かないようにしているのだが、時々このように好きな監督が作ったりすると見る羽目になる。
そういう者が観てもホラーの要素は少なかったように思う。私が非常に好ましく思えたのは怪奇現象で驚かせようとする所もきちんと理由づけがされていたということ。ただの心霊現象で終わらせないのが私好みだったが、マニア的にはそう現実主義でやられても困ったりして。マニアの好みと言うのはとにかく怖がらせ驚かせて欲しいわけだから。
この作品がホラーと言うレッテルなしで製作、上映するのはできなかったのかな。
逆にホラー嫌いはどうしてもホラーのレッテルで観にいけなくなる。
ホラー映画でなくしたとして、もっと観客が増えたかどうかは不明だが、私はそちらの方が観たくなると思う。
あえてホラーにした事で評価が低くなりはしないのか。評価なんぞどうでもいい、というなら余計なお世話だが。

水が溢れている光景を観てツァイ・ミンリャンを思い出したけどツァイ・ミンリャンはホラーじゃないしな。でも何となくホラーっぽい雰囲気はあるのかも。ホラーにしなかったらツァイ・ミンリャンの真似だ!と言われたかもしれないけどね(笑)

ナンだか批判的な書き方のようだけど、別にホラーとか言うんでなしに観ても凄く重く暗い哀しい雰囲気のある映画で映像も美しくとても見ごたえのある映画だと思う。サレス監督の「ビハインド・ザ・サン」ではからからに乾燥した照りつける太陽の下の話だったのが、この作品では陰鬱でじめじめと湿気っているのが対照的だ。どちらにしてもイメージを作り出すのが抜群に上手い。前述した疑問もジャンルとしてのホラーではどうかな、ということで怖い雰囲気と言うのはすごくよかったわけで、なんだか勿体無く思ったわけです。サレス監督としてはご不満かもしれないが(怖い雰囲気を持つ)一般の映画として観て欲しい、と私は思う次第です。

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2006年07月04日

「ダーク・ウォーター」ウォルター・サレス

ダーク・ウォーター.jpgダーク・ウォーター2.jpg

今夜は酷い雨が降っている。ダーク・ウォーターの夜だ。

ダリア(ジェニファー・コネリー)は両親特に母親から愛されなかったという辛い過去を持っている。
彼女はやがて娘を持つが夫と上手くいかず離婚した。
ダリアは娘セシーと二人だけの住居を探した。

そこは華やかなニューヨークの中心とは違い影の場所なのだ。ルーズベルト島には暗く重い空気が澱んでいるかのようだ。降り続く雨も陰鬱な心を表している。
二人が借りた安いアパートは全てが古臭くセシーは気に入らない。
だが屋上でキティちゃんのバッグをからセシーは拾ってからそこに住みたいと言い出す。
その可愛いバッグに秘密が隠されている。

ダリアは移り住んだアパートで不可思議な現象と出会う。天井から水道から血のような汚れた水が溢れ出すのだ。
その汚れた水はダリアの心の中に溜まっていたものだ。
幼い頃から愛して欲しい母親から愛されなかった日々の悲しみ、絶望。そして愛するはずの夫への不信感、憎悪。
彼女の心からは汚れた水が溢れ出してくるのだ。
だがそれは彼女だけの念ではない。上の階に住んでいた少女ナターシャの想いでもあったのだ。

ナターシャも両親から見捨てられ一人ぼっちで死んでしまった。
愛して欲しいと呼ぶナターシャの声にダリア親子は反応してしまった。
娘は同じ年頃の少女として、ダリアは両親の愛を得られなかった同じ子供として。
ダリアとナターシャは同じ魂を持つために共鳴しまった。二人の苦しみを汚れた水として噴出してしまったのだ。

そのためにダリアはナターシャの部屋でナターシャの母親と自分の母親の姿を重ねた状態で見てしまうのだ。

親から虐待を受けたものは同じように子供に虐待を繰り返してしまうと言う。だがダリアはその過ちを繰り返すまいと誓っているかのようだ。
彼女は娘を溺愛していると言っていいほど可愛がっている。そしてダリアとナターシャは親に愛されなかったという点で繋がっている。
ナターシャはダリアに母の愛を求める。
ダリアは娘を愛しながらも自分の魂を持つ少女ナターシャをつい可哀想と思ってしまったに違いないのだ。

小さい頃、動物の死体を見たら「可哀想と思ってはいけない。思うととりつかれてしまう。夢見んな,と言って唾を3度吐かねばならない」というものがあった。(昔はやたらと道路で何かの虫や動物が死んでいたのだ)
誰から聞いたのか、恐怖のためにその言い付けを守ったものだ。今でも唾は吐かないものの同情しないように気をつけている。(とは言ってもやはり可哀想と言ってしまうものだ、仕方ない)

ダリアは愛する娘セシーと生きていく為にナターシャに唾を吐きかけるべきだったのだろうか。
でもそれができないほど彼女の心は過去の絶望で傷ついていたに違いない。
「あんたが憎い」と自分に言う母の思い出に向かって「私こそあなたを憎む」と言って泣くダリア。
ダリアは親に捨てられて死んでしまったナターシャを可哀想に、と思ったのだ。
これはダリアと娘の愛の物語であると同時にダリアとナターシャの物語でもある。
屋上のタンクで死んでいたナターシャをダリアは見つけ手を差し伸べた。
ナターシャは他のホラー映画のように怖ろしい顔をして見せることはなかった。寂しい顔をして「お母さんになって」と言っただけなのだ。かわいそうなナターシャ。どんなに寂しく生きていたことだろう。いけない。私もダリアと同じになってしまう。

ナターシャに心寄せられたダリアは娘セシーの命を引き換えにナターシャと永遠に暮らすことを約束する。怒涛のように溢れる水はナターシャの叫び声のようだ「私を愛して」と。ただ自分の娘を助ける為だけでなくダリアはナターシャのもとに行ったのではないのだろうか。

ナターシャを選んでしまったダリアは最後に娘に「お前を愛しているのよ」と告げるために姿を現す。娘はわかってくれた。よかった。
(このフレーズは「ビハインド・ザ・サン」の時と同じだ。愛する人のために自分を犠牲にした。そしてその人はそれをわかってくれるのだ)

激しく痛む心のように降り続けた雨がやんで空は晴れている。
最初はなぜウォルター・サレス監督がハリウッドホラー映画(しかも日本映画のリメイク)の監督を引き受けたのか、と訝しく思った。
だけどその気持ちは「ビハインド・ザ・サン」やチェ・ゲバラの心と変わりはしなかったのだ。

監督:ウォルター・サレス
脚本:ラファエル・イグレシアス
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
撮影:アフォンソ・べアト
編集:ダニエル・レゼンデ
プロダクション・デザイン:テレーズ・デプレス
原作:鈴木光司 「仄暗い水の底から」

出演:ジェニファー・コネリー
ジョン・C・ライリー
ティム・ロス
ピート・ポスルスウェイト
2005年アメリカ

日本版オリジナル及び原作は未見なのでここでの感想はこの作品のみでのものです。日本版にすでに演出があったとしてもまだ知らないことなのでご了承ください。
それにしても壊れてばかりのエレベーターの場面が一番怖い。シ○ドラー製かなと思って。
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2006年07月03日

ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション Amazonにて予約受付開始

bbm.bmp
(画像は輸入版サウンドトラックのものです)

ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション Amazonにて予約受付開始

発売予定日は2006/09/22ということで、まだまだ遠い道のりですが楽しみですね!

Brokeback Mountain [Soundtrack]←上のサウンドトラックはこちら
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2006年07月02日

「ミッドナイトエクスプレス」アラン・パーカー

ミッドナイトエクスプレス.jpgミッドナイトエクスプレス2.jpgミッドナイトエクスプレス3.jpgミッドナイトエクスプレス4.jpg

最初観たのがいつだったか定かではない程の時を経て再び観たのだが一番驚いたのは全く今観ても遜色のない迫力であったことだ。

だが以前観た時より感じるのはこのあくまでもトルコを未文明の土地であると言う描き方、主人公の犯罪に対する考えの甘さが観る者に反感を覚えさせてしまう危険性が非常に高いということだ。
だがそれは監督が描きたいものを強調する為に設定されたに過ぎない。

実際監督のアラン・パーカーは社会派映画監督というレッテルが貼られているのだと今頃気づいた。
というのは若かりし頃、非常に好きだったこの監督に対して社会派という意識は殆どなかったからである。
このアメリカ・トルコの政治を動かしたとさえ言われる「ミッドナイトエクスプレス」でも私にとっては青年の心の葛藤・成長を描いたごく個人的映画だという認識だったのである。

無論、この映画は実話であり、実在のビリー・ヘイズがちょっとした出来心で本人的には僅かなハシシの密輸でちょいとした金をもうけようとしたために当時のトルコの政治的な生贄となり4年の刑期がいつしか30年と言うものになってしまう。そして言葉も通じない刑務所で残虐嗜好の所長により同性愛的拷問を受ける。劣悪な環境の中でビリーは「ここから抜け出すには『ミッドナイトエクスプレス(脱獄の意のスラング)』に乗るしかない」とはアメリカ人仲間から言われる。

(実は私、この映画の暴力だの同性愛的場面だのガールフレンドのおっぱいだのは覚えていたのに肝腎の脱獄場面はすっかり忘れていた。つまりタイトルの意味も覚えていなかった、とほほ)

アラン・パーカーの映画というのは脚本の「小さな恋のメロディ」から「バーディ」「ザ・コミットメンツ」「アンジェラの灰」など主人公の成長、古い制度からの脱却を描いたものが秀逸である。
私にとっては「ミッドナイトエクスプレス」も甘い考えで怖ろしい監獄に入れられてしまった若者が家族や恋人の援助を受けながら自分で活路を見出すという映画だと感じられた。
劣悪とはいえトルコ刑務所の独特の雰囲気も(その悪さが)素晴らしかったし、パーカー監督の映画に感じられる同性愛的情景(この映画ではあのシャワーシーンのことね)も凄く好きなものだった。

そして何と言っても魅力を感じるのは主人公ビリーを演じたブラッド・デイビス。私はこれ以外では「炎のランナー」と「ケレル」でしか彼を観ていないのだが癖のある演技とあの表情がとても好きなのだ。小柄な体つきも顔もなんともゲイっぽくて(特に坊主になってから)アラン・パーカーの手にかかるとなんだかナルシスティックですらある。

ビリーが怒りで看守の舌を噛み切ってしまい次第に精神に異常をきたしていく。言葉が上手く話せなくなりガールフレンドに話す時にも発音がおかしく「シルブプレ」などと言ってしまう。最後に所長を串刺しにして自由に向かって駆け出すシーンは社会派にしては物騒な表現ではあるが、はっきり言って爽快感を感じてしまったものだ。

こういったアラン・パーカー独特のニュアンスと言うのは「エンゼルハート」にも色濃く出ていた。

国を動かすほどの問題性を含めながら実は個人の心の奥を覗き込んでいるという所がこの映画の妙である。

製作:デビッド・パットナム/アラン・マーシャル
監督:アラン・パーカー
原作:ビリー・ヘイズ/ウィリアム・ホッファー
脚本:オリバー・ストーン
出演:ブラッド・デイビス/ランディ・クエイド/ジョン・ハート/アイリーン・ミラクル/ポール・スミス/ボー・ホプキンス
1978年アメリカ

刑務所内で知り合ったマックスを演じたジョン・ハートが印象的だ。
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2006年06月26日

「シン・シティ」ロバート・ロドリゲス&フランク・ミラー

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犯罪以外は何もない“罪の街=シン・シティ”。最初から最後までこれでもかのかっこいい映画である。

アメコミを忠実に映画化した作品とあってワンカットそれぞれの構図がキマッている。
モノクロームに血、目、唇など印象的な箇所だけが鮮やかな色をつけられてこれも絵画的である。また主人公の心の声が絶えず語られるのも劇画ならではの手法だ。
そして何人かの思い切りデフォルメした容貌。女達のアメコミならではの美貌もたまらなく魅力的だ。

登場する3人のヒーローはどれも強くて女に優しいというタイプなのだが、それを演じているのが、ブルース・ウィリス=ハーティガン、ミッキー・ローク=マーヴ、クライブ・オーウェン=ドワイトという個性なのでそれだけでも見ごたえたっぷりなのである。昔から顔見知りのB・ウィリスとM・ロークは勿論だが、クライブ・オーウェンはこの前の「クローサー」ですっかりお気に入りになっていただけに再会できてうれしい。ここではクールな男っぷりがまたセクシーである。
とは言え、私は怪物タイプが好きなのであえて選ぶならやはりマーヴかなあ。美しいゴールディ(まあ他の二人にもそれぞれの美しい恋人がいるが)をひたすら思い続ける男。醜い顔と体(私的には醜くないけど(笑))にコンプレックスを抱いている。激しく痛めつけられ、さらに怪物的な力で他人を痛めつける男。傷に張ったバッテン絆創膏もキュートであった。
他の二人とは違い結局愛する人はすでにいない彼の切なさがまた魅力をいや増すのである。誰からも愛された事のない怪物。哀しい男であった。
演じているのはかつて色男の代名詞(!昔そうだったのよ、ええ)だったミッキー・ローク。特殊メイクで顔かたちはまったく判らないが時々見せる笑顔がミッキーである事を教える。

他にも変質者のひとり(より秘密めいて気持ち悪い奴)にイライジャ・ウッドだとかシン・シティの権力者ロアーク卿(これって英語でもそのまま?露悪っていうシャレじゃないよね、いかにも悪そう)に懐かしのルトガー・ハウワー(きゃいきゃい)など。そして美女達。デヴォン・青木=ミホ(最強の刺客)ジェシカ・アルバ=ナンシー(命を救ってくれたハーティガンを愛している)ロザリオ・ドーソン=ゲイル、ジェイミー・キング=ゴールディ / ウェンディなど目を離せないようなセクシーボディばかり。

エロ・グロなどと言われてしまう作品なのだろうがそこはモノクロームの魔法でそういう雰囲気を保ちつつも美しく仕上げられている、と感じさせてくれた。

そしてスペシャルゲスト監督のクウェンティン・タランティーノ。まだこのブログでは取り上げてないのが不思議だが、かなりはまり込んだ監督である。この映画ではドワイトがジャッキーボーイの死体を運んでいく一場面をとっているということだ。
冷静なドワイトが隣のシートに死体を乗せ、警察に見つかってはいけないという緊張感でしたいが話し出すように感じるというとても面白い場面となっている。
そしてこのジャッキー・ボーイを演じたベニチオ・デル・トロがまた独特の癖があって面白いキャラクターの一つだった。

また日本人ならどうしても気になる最強の刺客・ミホ。以前、モデルとしての姿をテレビで見たことはあったが、驚き。やはり美は強さなのか?(別に意味なし)

監督:ロバート・ロドリゲス、フランク・ミラー(ゲスト監督・タランティーノ)

出演:ブルース・ウィリス、ミッキー・ローク、クライヴ・オーウェン、ジェシカ・アルバ、ベニチオ・デル・トロ
2005年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:22| Comment(2) | TrackBack(2) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月09日

「クローサー」マイク・ニコルズ

closer.jpgクローサー.jpg

ロンドンを舞台に、ニューヨークからやってきたストリッパーの女の子、小説家志望だが新聞で死亡記事を担当する男、新進の美しき女性カメラマン、エロチャットで騙される医師の四角関係をきわどい会話で楽しむスタイリッシュな映画なのである。

セリフが多くて移動場面が少なくちょっと大げさ、と思ってたらもともと舞台だったらしい。

さて4人のうち、誰に自分を投影できるかと言うと誰にも当てはまらない、ので傍観者として観察する。
美男美女のスター役者さんばかりなので眺めているだけでもなかなかよいものです。
4人4様のキャラクターなのでしょうがかなり女性の方にえこひいきでありましたね。
女性は知的で冷静なのに男二人は自分勝手で横暴。男は男らしく女は女らしい映画でもありました。
一番年若のアリスが一番大人だったりして。ストリッパーだが一番身持ちがいいとかさ。
一番割りに合わないというか一番不可解な役にジュード・ロウ。美形だから何でもいいのよね、と言う声が聞こえてきそうな。
ジュリア・ロバーツ。いつも爽やかな美貌ですなー。自然な髪すらもすがすがしい。
そして何と言ってもこの映画中で最も美味しい(?)役はエロ医師のクライブ・オーウェン。彼を見たのが収穫でしたね。以前にも観てはいたんですが。
髭の剃り跡も青々しく野生的で素敵でございます。以前に見てたというのはマット・デイモン主演の「ボーン・アイデンティティー」で狙撃手役をやってたそうでその役は覚えてますが、そうでしたかー。
無口でクールなスナイパーに代わりここではエロいチャットに夢中になる医師役。だが、心は誠実、というか本能に素直。
すごくはまり役と言う感じがするのだが、その実舞台の方ではジュード・ロウのやったダンをやっていたそうな。判らないものです。

でこれも何故観たのかと言うとマット・デイモンがよかった映画にあげていたので(笑)観たのでした。
こちらは多分共演者が3人も(ジュリア、ジュード・ロウ、クライブ・オーウェン)出てるんで観たんじゃないかと思うんですがね。まあ、いいです。
私なりに結構楽しんで観れました。

監督:マイク・ニコルズ 出演:ジュリア・ロバーツ、ジュード・ロウ、ナタリー・ポートマン、クライブ・オーウェン
2005年アメリカ
posted by フェイユイ at 16:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

「サイドウェイ」アレクサンダー・ペイン

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何故いきなりこれ?って感じですが、何かの映画雑誌でマット・デイモンが名前を挙げていたのです。彼の好みの映画とか知らなかったので観てみました。

大変面白く頭のいい映画だと感じ楽しんで観ました。機知に富んだ会話、決して難しすぎないコメディであることがまた憎い。人生はやり直しがきくんだよと勇気づけてくれる映画なのですな。
私としてはもう「良い映画ですね」という感想です。文句の着けようもない自己完結した作品で、私の感想など別に必要ともしていないみたいです。完成された大人の映画ですね。だがしかし。

1週間後に結婚式を控えた親友と共にワインとゴルフを楽しむためにドライブしよう、という楽しい設定でしかもそこで主人公の男が今までの失敗ばかり(と思われる)の人生を考え直す、復活の物語でもあり、ラストも希望を感じさせると言う言うことなしの映画であります。
まあ、難を言えば、登場人物にゾクリとするような(ガエルみたいなさ)美形(男女とも)がいないってだけでね。そこがまたリアリティがあるっていうんで点数高くなるだろうし。

なんか不満みたいですが観てる間はとても楽しい映画でしたよ。頭のいい人が作るとこういうソツのない作品に仕上がるわけですね。
マット・デイモンが映画を作ったらこういう頭のいい映画を作りたいんでしょうか?もう少し私としては破綻したモノのほうがめちゃくちゃで面白いんですけどね。

ですから主人公より友人ジャックがおかしかったですね。ていうかジャックの方で考えたらとても愉快な映画でした。男性的で優しくていい人です(浮気者だという意見もあるでしょうが私的にはどうでもいい、許される範囲の他人事)
情けない主人公が親友が浮気現場に置き忘れた財布(こともあろうに結婚指輪を入れていた)を奪回しにいく場面はスリルあってよかったです。
結局面白かったわけですね。いや面白かったんですよ。

でもなんだかもっと破綻して欲しいんだよなー。

追記:マット・デイモンて演じるのも観るのもこういう友情もの(しかも二人きりのっての)が好きなんですねー。よくあきないものです。マットがやるならやっぱ主人公マイルスなんでしょうなー。私はジャックが好き(笑)

監督:アレクサンダー・ペイン  出演:ポール・ジアマッティ 、トーマス・ヘイデン・チャーチ 、ヴァージニア・マドセン 、サンドラ・オー 、メアリールイーズ・バーク
2004年製作アメリカ
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2006年05月28日

「欲望という名の電車」

欲望3.gif欲望2.jpg欲望.jpgブランド.jpg

この前、自分でこのタイトルを書いたら急に観たくなってレンタルした次第。
ディレクターカット版という奴です。(と言っても普通版とどこが違うのか細かくは判らないのだけど)なぜディレクターカットなのかと言うとこの映画はテネシー・ウィリアムズの戯曲をエリア・カザンが演出した舞台が喝采を受けて映画化されたものなのだが、その際内容に問題があるとして当局から手直しを命じられたのであったのだ。

どの場面が問題なのかと言うと、最後にブランチが妹の夫スタンレーに強姦されてしまうのだが「これはいかん!しかも強姦したスタンレーは処罰も受けないのだからこれでは強姦を認めた事になる」と言うわけでなにやらほのめかしたような演出になっているのだが、昔の映画と言うのは強姦などは演出によってほのめかすのが通常だったわけで当時の観客なら「これは強姦だ」とわかるだろう。が、ディレクターカットだからこうであるのかも、通常版がどうなっていたかはわからない。
だが問題はむしろその後の場面、映画では夫スタンレーが姉ブランチを強姦したとあってステラは「今度こそはここにはいられない」といい捨てて2階の友人の家へ駆け上がっていくのだ(2階に行くって言うのは大した逃走ではないような気はするが)
戯曲ではステラはやっと姉がいなくなってむしろほっとした、と感じるのである。何たる違い!
だがこのことで行き場のないブランチの哀しみはより深まるのだし、こうでなければ物語の意味がないのだ。

もう一つは裕福な家の出身であるブランチが何故、教師の職も失う羽目になるような行為、男を漁り売春婦となっていったのかという理由である。
映画では若い頃に結婚していたブランチが少年のような夫に対して「詩を書くしか能がない。仕事のできない情けない男だ。臆病者」と罵ったことで若い夫は行き場をなくして自殺してしまう、と説明する。
これが理由なら理解しがたいではないか。そんなことがあるのだろうか?戯曲ではブランチの若くハンサムな夫はそれを隠していたゲイで男と密会しているのをブランチが見てしまう。そして夫に「見たわよ」と告げてしまい傷ついた夫が自殺してしまうのだ。これなら当時のゲイ差別を踏まえてみれば納得がいく。

つまりこの物語の重要な要素が二つとも変更されてしまったわけでこれでは戯曲を読まず、もしくは芝居を観ずにカザン監督のこの作品をみた者はナンだか意味がわからないのではなかろうか?と思われてしまう。
大変に面白い戯曲なだけに残念である。

が、それを我慢したとして(我慢できないけど)やはり観るべきものがある作品だと思う。何と言ってもマーロン・ブランドの溢れる魅力!むんむんとむせ返るようなマッチョな肉体美。端正な顔立ち。荒々しい言動。こんな人が「以前」の人だなんて信じられない。私の世代ではブランドと言えば「ゴッドファーザー」の迫力あるコルレオーネでやはり素敵だったが、若きマーロン・ブランドはまだ可愛いといっていいほどでしかもセクシーでありしかも男らしい!スタンレーを彼以外にやれるのか?と言うくらいのものである。

そしてビビアン・リー。私には彼女はやはり「風と共に去りぬ」である。アメリカ南部の金持ちのお嬢さんという設定がダブってスカーレットが落ちぶれてブランチになってしまったかのような錯覚に陥る。そのため余計にブランチが哀しく思われてしまうのだ。

が、このブランチと言う女性はビビアン・リーが熱演すればするほど変な女になっていく。この口ぶり、けたたましいおしゃべり、美と若さへの異常な執着。私には彼女の姿は女性と言うより女装したゲイの感覚に近いように感じられてしまう。
やはりゲイであるテネシー・ウィリアムズが自分の心を写し取ったかのようなブランチはどうしてもそうならざるを得なかったのであろうか。
無論、それがいやなのではない。そう思ってしまうことがブランチというキャラクターを本当に寂しい存在にしていると感じるのだ。

ところで人は登場人物に感情移入して観ていくものだが、私は思い切りスタンレーである。奥さんのステラには少し移入できるがブランチにはならない。
突然やって来て家庭内に入り込み好き勝手して高慢ちきな言葉を話すブランチには我慢できない。私なら1週間も無理である。スタンレーは優しいとさえ思う。いなくなった時は正直ほっとした。これでは映画の本質を理解していないか?
かといってブランチに全く自己を投影できないわけではない。次第に年取り若さを失っていく女の哀しさは女である身としては理解できる。突然現れた新聞代集金の若者に舌なめずりをする心境にも同感できるわけである。

さてここから先はお遊びコーナー。
このような名作は色んな俳優に是非演じて競ってもらいたくなるものである。どんなスタンレーやブランチが表現されるのかが見物だからである。
そこで今私の一番のお気に入り、マット・デイモンにも当てはめてみたい。
普通ならスタンレーをやってもらうんだろうけど、いくらマットが演技派とは言え野獣のようなスタンレーをやるのは無理のような気がする。友人ミッチは「身長185センチ体重92キロです」とか言わなければいけないからもう体格でアウトである。
となるとマット・デイモンにはブランチをやってもらおう。いい家庭の出身で高学歴を鼻にかけたブランチ役はまさにマットにぴったりではないか。
男女を入れ替えただけでは話がおかしくなるだろうからここで物語を大きく変更させてもらう。
寄る辺のないマットは仕方なくゲイパートナーと暮らすゲイの弟の家へ押しかける。(ここではマットはゲイではなくストレートと言う事になっている)心優しい弟はこころよくマットを迎えるがゲイパートナーの彼氏は高学歴を自慢するマットに我慢できない。しかも世話になっているくせにゲイである事を差別するのだ。しかしそういうマットは実はゲイ売春をしていた事を隠していたのであった。
最後に高慢ちきなマットは弟の彼氏に強姦された上に施設に送られてしまう。(弟は妊娠できないのでそこはどうする?)
(書いててちょっと怖くなったがあくまでもこれは冗談なのでお赦しを)
他の3人の配役はどうしたらいいかな。スタンレーはベン・アフレックならできそうな気がするけど(マットもうれしかろうし)でステラはケーシーがやるのか?(怖い、やめよう考えるの)

監督:エリア・カザン 原作戯曲・脚本テネシー・ウィリアムズ 出演:ビビアン・リー、マーロン・ブランド
1951年アメリカ
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2006年05月24日

「ブロークバックマウンテン/断背山」余韻に浸る

昨日見た「ブロークバックマウンテン/断背山」の余韻に浸りながらDVDに付属していた特典を眺めアニー・プルーの原作を読む。
特典のDVDにはあの二枚重ねのシャツの横にブロークバックマウンテンの写真が貼られている、あの絵柄が用いられている。

映画を観た後に原作を読むと自然とその映像が浮かび上がってくる。映画は原作をかなり忠実に映像化していると思える。
私が映画の中で一番好きな場面は4年ぶりにジャックから会えるという知らせを受けてイニスがいつものクールさはどこへやら。そわそわしながら待ち続け、やっとジャックが姿を現すと飛んでいって抱きしめキスをする。それを見た妻の涙ながらの言葉など耳に入る余地もなく頭の中は「うおお!早くやりたてえええ!!!」っていうことだけがぐるぐるまわっているに違いない、って顔をしながら再び飛び出して行くところ。どうしようもなく直情型のイニスがおかしいやら可愛いやら。
ここは小説でもかなり「来ちゃう」場面ですね。

また映画で「どうなのだろう」と思う箇所も小説では文章で説明されるわけで解答を得られる部分がありました。

DVDの特典では香港で「ブロークバックマウンテン/断背山」についてアン・リー監督を招いてのティーチ・インなどもありました。
突然、字幕もなく広東語をまくしたてられるので驚きながら見つめているとアンディ・ラウが登場!なぜかは判りません(笑)続いてアン・リー監督。監督と話す部分は勿論普通語で(監督は台湾出身ですからね)
これは日本盤DVD特典にはつかないでしょうからアンディ・ラウファン及び中国語が聞き取れる方は必見?!(あ、勿論監督のファンも)
posted by フェイユイ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ブロークバックマウンテン」アン・リー

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DVD中文字幕で「ブロークバックマウンテン」を観ました。
なので言葉による理解は完全ではないのですが、それでも深く心に染み込んで来る物語でした。

それほど内容について知っていたわけではないのですが、アン・リー監督の技量と言うものなのでしょうか。言葉ではなく映像によって伝わってくるものがあったと思います。

冒頭からカメラが映し出すものは荒涼と言っていいほどの淋しい風景です。広大な空間にぽつんと立てられた粗末な建物。そこへ走ってくる古ぼけたトラック。建物には男が寄りかかって何かを待っている。トラックからも男が降りてくるが二人の間には会話もない。

二人はブロークバックマウンテンで羊の放牧をまかされる。言葉数は少なく自然の中には羊達と二人の男の姿だけが存在する。二人をとりまくのは大自然の脅威だけ。この時が二人の最も美しい時間だった。

自ら愛を求め二人で暮らそうと願うジャックに比べ、イニスの心は怖気を振り切ることができない。幼い時に観た同性愛者の男達の悲惨な末路を忘れる事ができないのだ。
イニスの行動は奇妙なものだ。ジャックに素直に気持ちを伝えることなく彼が去った後に狭い路地に入って憤り、気持ちの定まらぬまま結婚し娘をもうけそれなりに賢明に父親を演じる。そして4年ぶりにジャックに再会した時にはまるで子供のようにはしゃいで駆けつける。妻にジャックとのキスを見られたのに気づかぬまま釣りに行くと言ってでかけ魚を釣ってきた事がない。やがて離婚するがそれがジャックとの逢引を増やす事にはならない。寡黙で沈鬱な魂の持ち主なのだ。だが、イニスのジャックへの想いは心を揺さぶらせずにはおかない。たとえそのために妻子が非常に辛い状態になってのだとしても。どうしようもなく不器用な情けない男なのだと思っても。

互いに結婚し子供も持ちながら二人は別れることはできない。が突然に別れが訪れる。それはジャックの死によって。
ジャックの妻に電話をかけながら、イニスは昔見た同性愛者の惨殺の場面を思い出す。ジャックの死もまたそうなのか。
イニスはジャックの両親の元を訪れ、彼の部屋の箪笥の奥に二枚重ねのシャツを道ける。それはかつて二人が心が通じ合わない為に殴り合いの喧嘩までしてしまった時にイニスの鼻血でシャツが酷く汚れてしまった、そのシャツだったのだ。イニスがそれを抱きしめて泣くシーンはそれまでの彼の寡黙さを打ち消すかのような切ないものだ。

映画の終わりでイニスが血のついたシャツを見つめながら「I swear…」とつぶやくシーン。上映の際には「永遠に一緒だ」となっていたようだが中文字幕では「ジャック、俺は誓うよ」となっていてやはりこちらの方がより気持ちが伝わってくるような気がする。

この映画を観る前にヒース・レジャーが気になる存在になっていたのでいくつか映画を観ていたのですが、そのどれとも違うイニス役に驚きました。本当に体の大きな西部男を演じきっている、と感じました。無骨な男という雰囲気がにじみ出る素晴らしいイニス役でした。
一方のジェイク・ギレンホールは初めて観たのですが、あえて比較していうとヒースのイニスよりジャックという役をこんなに魅力的に演じきったギレンホールに私は参りました。写真で見ていた印象よりもっと若々しくて深いものがあると感じさせてくれます。こういう役は本当に難しくまた偏見もより激しいのではないかと思うのですが、じっと見つめる眼差しが心に残ります。

監督:アン・リー 出演:ヒース・レジャー、ジェイク・ギレンホール
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2006年05月17日

「エレファント」ガス・ヴァン・サント

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この映画がコロンバイン高校の乱射事件をもとにしていること。イギリス人アラン・クラーク監督の同名映画からタイトルを取っていること。あのマイケル・ムーア監督の「ボーリング・フォー・コロンバイン」と同じ題材でありながら全く違った手法と仕上がりであること。この映画は若い俳優達の即興で語られているということ。物語が淡々と語られなんの解答も与えられないことは言うまでもないことだろうし、非常に優れた作品であることは観れば判るし、この映画に感銘を受けた多くの見識ある方々から語りつくされているようなのでもうあえて乏しい頭脳を振り絞って批評するはやめてなんとか自分の印象に残った部分を書けたらいいなと思う。

マット・デイモン主演のサント作品「ジェリー」がこの「エレファント」の前哨戦であるということだったので是非観たいと思ったのでした。
なるほど、セリフも極めて省略化されており、青い空と流れる雲が映し出されそれが心の不安を僅かにかんじさせますが極端な勘定表現は抑えられ観る者が何かを感じ取ればいい、という突き放した感覚があるのです。
そして登場人物が歩いて行く場面が多用されています。私はサント監督の移動する感覚がとても好きで「マイプライベートアイダホ」でも主人公たちは米大陸を横断しリバーは路上で倒れましたし、ベン・アフレック&マット・デイモン脚本の「グッドウィルハンティング」ですらウィルが電車や車で移動していく場面が美しく心惹かれたものです。「ジェリー」はその「移動する事」が映画そのものの映像になっているわけです。
出発点として「ジェリー」があると言っても「エレファント」では移動する場所は僅かな時間を除いては殆どが高校の建物の中の事です。生徒達は教室・トイレ・廊下・食堂を移動し続けています。
その事が何かの答えを導き出してくれると言うわけではないのですが、生徒が狭い廊下を抜けてドアを開けて外の空気に触れた時、その爽やかなほっとする風の音が聞こえたのです。

ガス・ヴァン・サントの映画の中には非常に魅力的な少年達が多く出てきます。この映画の中でも主人公と思われる透き通るような金色の髪の少年をはじめ、綺麗なガールフレンドと連れ立って歩いて行く少年。銃を乱射する少年にもピアノで「エリーゼのために」を弾く姿に惹かれてしまいます。
私は特に写真を撮る少年の様子に見惚れてしまいました。写真を現像している過程を映し出しているのはなぜでしょうか。
もう少し考えてみたいと思っています。
ラベル:学園モノ
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2006年04月16日

「ロスト・イン・ラ・マンチャ」観たかった「ドン・キホーテ」

「ドン・キホーテ」の映画製作は呪われた企画であるらしい。
以前にもオーソン・ウェルズが映画化しようとして失敗した事があるという。
「ラ・マンチャの男」と言うミュージカル&映画があるがこれはセルバンテスとドン・キホーテをミックスしたような仕上がりになっていた。ドン・キホーテが主人公というのは難しいのだろうか。
スペインの最大のヒーローであり、憧れを抱く人が多いが(大概は男性であると思うが)私にはこの気持ちがあまりよく判らなくて(正直言うと)それゆえ余計にテリー・ギリアムが作ったドン・キホーテを観てみたかった。
ギリアム監督が言うには「昔から好きだったが年をとってますます彼の生き様に憧れる」のだそうだ。理想主義の夢想家。まさしくテリー・ギリアムそのものなのでありましょう。他人に見えないものが見える、というのも共通点だとスタッフの一人が語っています。なるほど。
そういえばテリー・ギリアム監督はもうかなりの年齢なのですね。現在66歳?なのに「ブラザーズ・グリム」のようなチャーミングな映画が作れるんですねえ、改めて感動。年齢は関係ないか。
そしてまた年齢の話だが60歳ほどの時に挑戦したこの「ドン・キホーテ」の映画化に対しての天災・不運。まるで何者かが作らせまいとしているかのような逆境にギリアム監督は荒れ狂う事もなく、むしろ静かに立ち向かっていく。主役が病気になってもできる部分から少しでも映像にしていこうともがく姿は見ていて辛くなるほどだ。
外見からしてかなりの異世界人間に見える方だが、スタッフを庇いながら夢を捨てまいと努力する様子は本当にドン・キホーテのようである。

テリー・ギリアム監督のイメージアニメや絵コンテなども見ることができる。実に漫画が上手い(当たり前だ。アニメーターです)
ところで「バロン」は相当に製作に困難を生じ、その上興行失敗だったようで中で「バロンの二の舞になる」と言う言葉が何度も出てくる。が、「バロン」はそれでもきちんと作品になったのだからまだいいのだよね。
ジャン・ロシュホールの素晴らしいドン・キホーテ姿やジョニー・デップのいつもののめりこみ演技を見ていると本当に惜しいと思う。と同時に「ドン・キホーテがほんとに面白くできるのかな」とも思う。それを確かめたかった。

映画製作というのは非常に地道で大変な作業なのですね。そして多くの人が関わるために一人だけの思いではどうしようもないものだとも。
そしてお金。何と言っても制作費の不足はどうしようもないことで。保険会社とのもめごとなど頭の痛い話ばかりです。

ギリアム監督は最後まで「もう一度製作にとりかかりたい」と言う気持ちと「もうこのままにしておこうか」と言う気持ちを持ち続けている。
夢をかなえさせてあげたいです。
posted by フェイユイ at 21:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

「ロスト・イン・ラ・マンチャ」テリー・ギリアム

ラ・マンチャ.jpgラ・マンチャa.jpgラ・マンチャb.jpgラ・マンチャc.jpg

話を少し聞いていたがまさかこれほど大変な事だとは。多分「テリー・ギリアム自身がドン・キホーテのように不運に立ち向かって行った」と言われるのだろうと考えてはいたがテリー・ギリアムはどうしようもない気が遠くなるような困難に実に辛抱強く耐え抜いていたのだなと感心しました。

この映画というかドキュメンタリーは監督:キース・フルトン、ルイス・ペペによるものです。鬼才の映画監督テリー・ギリアムがスペインのセルバンテス原作である「ドン・キホーテ」を映画にしようと10年の構想、50億円の制作費をかけて挑んだのでした。
ドン・キホーテにはジャン・ロシュホール、サンチョ・パンサにはジョニー・デップ(現代からタイム・スリップしたのだそうだ)という美味しいキャスティング。ギリアムの監督の頭の中ではもう何度も完成したという明確なイマジネーションを持って取り掛かったにもかかわらず、映画製作は最悪のレールに乗ってまっしぐらに暗黒へと突き進んでいく。
全ては大掛かりのための制作費不足という気がするが、ぎりぎりの中で作っていくために役者も思ったように集合してくれず(結局ジョニー・デップが一番乗りだったのだろうか。熱心に監督と打ち合わせをしている)衣装はローマにあるしセットを組もうとしたスタジオは音響が酷くて使い物にならない。グチりながらもギリアム監督は様々な仕掛けやフィギュアなどを作っていく。

やっと撮影が始まる。
が、エキストラには説明不足。馬はなかなか言う事を聞いてくれない。その上、なんてこった、ドン・キホーテがセリフを言おうとすると上空をF−16機が爆音を響かせて飛んで行くではないか。さすがのドン・キホーテも立ち向かうわけにはいかない。爆音に苛立ちながらもギリアムは撮影を続ける「音は後でなんとかする」と言い聞かせながら。
だが、次に彼らを天災が襲う。突然の雷鳴。慌てて機材を片付けるスタッフたち。豪雨となり撮影現場の砂漠があっという間に濁流に飲まれる。なんということだろう。雨が上がっても地面はどろどろ。撮影どころではない。乾くのを待つしかないのだ。
「遅れを取り戻せるか?」この言葉が常に付きまとうようになる。その間にも費用だけは失われていくのだ。
さらに主役のために7ヶ月かけて英語をマスターした老年のロシュフォールが体の不調を訴え、検査結果、椎間板ヘルニアであることがわかる。それにも関わらず老体に鞭打って彼は馬に跨って演じ続けようとするのだが。

明日に続く。
posted by フェイユイ at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

「ロック・ユー!/A Knight's Tale」ブライアン・ヘルゲランド

ロックユーa.jpgロックユー.jpgロックユーb.jpg

観始めて少しの間は「こんなの観るか?」という懸念に包まれたが次第に面白くなり、最後には涙がこみ上げてくる感動作であった。

14世紀中世騎士の時代のイギリス・ヨーロッパ。貴族達は武術試合に出場し貴族のみならず民衆の人気者となった。特に馬上槍試合に人々は歓喜した。
主人公ウィリアムは平民出身の為、出場はかなわない。だが、貴族である主人の急死のために急遽代役する事になった(勿論密かに)

QUEENの“We Will Rock You”が流れその時代の馬上槍試合がいかに人々を熱狂させていたかが伝わってくる。
映画で表現される馬上槍試合はまさに馬が疾走し槍が敵に当たるごとに砕け散り勇壮で華々しい。砕け散る槍は大量のバルサ材とパスタで作られているらしい。昼食はそのパスタを食べたと言う。

この映画でのヒースは「ロック」という題材に相応しく髪をふんわりとなびかせている。試合の時につける冑を脱ぐときあふれる金色の髪が魅惑的だ。この映画ではまだ21歳と言うが抜群にうまい。
(平民なのだが)騎士という設定のため、馬に乗るシーンが多い。ヒースは監督にごく自然に乗りこなす事を命じられたらしい。この技術が後に「ブロークバックマウンテン」で役立つ事となる(と思う)しかも服装がカウボーイテイストである。
そして以前彼に似てると思うと言ったのは中国人俳優の高虎(ガオ・フー)なのだが、これを観ててますます似てると思った。背が高くて目が細くて垂れ目なとこと笑顔が似てると思う(背丈は高虎のほうが高いんだろうけど。あの方の手足の細長さは普通じゃないよね)
そしたらヘルゲランド監督は「ヒースはトム・ハンクスに似てるね」と言う。え〜?と思ったが観てると確かに似てる!ヒース・レジャーがトム・ハンクスに似てるなんてなんだかイメージ違うが少なくともこの時は似てるよ。

それにしても脇役がすごくいい。優しい太っちょのローランド(マーク・アディ)に短気なワット(アラン・テュディック)女だてらに鎧氏のケイト。(高河ゆんの「源氏」みたい)そして実在の人物ジョフリー・チョーサー役のポール・ベタニーがかっこいい(彼が一人で持っていった感もある)主人公ウィリアム(マットとヒース関連でウィリアムって名前が多すぎる)と共に歩いてくる場面は「ライトスタッフ」を現しているそうな。
そして最大のライバル・アダマーのブルーブラックの鎧が彼の魅力を際立たせておりますね。平民出身ウィリアムを苦しめる敵として最高である。
でもって有名な黒太子エドワード。一番おいしい役だ(でももう少し早く助けてね)結局この時代、貴族が助けてくれなきゃダメなのねーと判る。なぜ黒太子というのか、武術に優れいつも黒衣装を身につけていたからだそう。


監督・脚本:ブライアン・ヘルゲランド 出演:ヒース・レジャー、ルーファス・シーウェル、シャニン・ソサモン、ポール・ベタニー
2001年
posted by フェイユイ at 21:49| Comment(2) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

「12モンキーズ」テリー・ギリアム

12モンキーズ.jpg12モンキーズa.jpg

以前観てねじが外れてしまったブラピが特に好きだった作品である。

時間と空間が錯綜し、自分が観ている世界が現実なのか幻想なのかわからなくなる。という私が非常に好きな設定になっています。

今回観て当たり前なんだけど主人公ジェームズ・コールを演じたブルース・ウィリスが凄くよくてブルース・ウィリスというと「ダイ・ハード」で全身傷だらけになって闘う男のイメージであるがここでもそのイメージそのままでしかも悲しい。
自由を求めるために肉体も精神も血を流し錯乱状態に陥りながらも戦い続ける姿が胸をうつ。
精神科医の女性に対して尊敬を持ちながら好意を寄せていく姿もいじらしい。その精神科医ライリーも次第にジェームズに心を寄せていく様子が自然な感じで表されていて抜群に上手い。
力を持て余して人につい危害を加えてしまう大男と言うのは観ていて切ない。
一方のブラピくんは今観てもやっぱりそのいっちゃった顔がかわいいのには違いない。

肝腎の50億の人類を絶滅させたウィルスへの恐怖だが、結局映画で語られた1996年はクリアできたわけだけど、いつでもその恐怖はあるのですよね。
この映画から随分たってからサーズやら鳥インフルエンザの恐ろしい蔓延があったわけですが、この映画と重ねて考えてしまうと本当に怖いものです。エイズやB型肝炎のような恐怖もあるし。
いつでも恐怖は傍にあるわけで。

混乱していく物語の中で流れるバンドネオンの音色が印象的だ。

監督:テリー・ギリアム 出演:ブルース・ウィリス、マデリーン・ストウ、ブラッド・ピット 1995年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月29日

「悪霊喰」ヒース・レジャー

悪霊喰い.jpg

「ブラザーズ・グリム」の弟役・ヒース・レジャーも見ねば、と言うことで観てみました。

彼の「グリム」との共通点はおたくということでしょうか。宗教家というか神父の役なのでカソリックの方からは怒られるかもしれませんが、単なる普通の神父ではなく仲間内からも異端視されていた教会の住人ということでそう呼んでも差し支えないかもしれません。
違いは「グリム」弟はとてもおちゃめで可愛らしかったのにこちらでは眉間にしわのはいったかなり陰鬱な役でシリアスがお好きな方ならこちらのヒースはおススメです。
私はどうしても兄さんの後についていく弟ヒースが好きなんですがね。

と言ってもこの映画の見所は結局ヒースに尽きるのではないでしょうか。主人公でもあるからして出ずっぱりでお顔を拝見できますし、神父服を身にまとったストイックな彼の魅力を楽しめます(またカソリックからお怒りが)
「グリム」と違って陰のある何とも甘いハンサム顔でうっとり見つめる事ができますよ。
しかも途中から彼は神父である事を捨てて魂に傷を持った美少女(と言っていいかな)との恋に落ちるのですが、もうナンだろう。セクシー光線が飛び交ってますね、ヒースは。
眼差しが危険です。
特に彼女が倒れているのを見つけたときのヒースは色っぽさ爆発。とても冷静には見ておられませんよ。

私はこれをレンタルDVDで観たのですが、特典で監督の解説がかなり長時間ついており、まだ見終わってません。
ヒースを褒めちぎっているのでこちらも見る価値ありですね。

そして私、これを観ていてヒース・レジャーもある東洋人俳優に似てると思ってしまった。が、恥ずかしくてとても言えません。
ヒントはこのブログでよく取り上げた方です。もう一つのヒントはこの映画の役どころかな。また思い込みですのでは発表するほどもないでしょう。

監督:ブライアン・ヘルゲランド 出演:ヒース・レジャー、シャニン・ソサモン、ベノ・ファーマン、マーク・アディ 2003年 アメリカ
posted by フェイユイ at 23:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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