2006年03月25日

ブロークバックマウンテンDVD発売予定!!

bbm.jpg

「ブロークバックマウンテン」DVD USバージョンということです。
yesasiaで4月11日発売予定。もう少し間がありますね。
USバージョンということでリージョンが1ですのでご注意。字幕の有無も未確定。中国語ではないってことで(勿論、日本語ではない)。

その上で早く観たい方はご予約を!!


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2006年03月16日

「ブロークバックマウンテン」でこられた方へ

アカデミー賞監督賞など3冠に輝いた「ブロークバックマウンテン」ですから、当然のことでしょうが、当ブログでただ「予告編が観られるよ」だけの記事にアクセスがかなり。
うーん、何も書いておらず申し訳ない。そこで私が最高におススメのブログをごらんいただきたい。
「夜目、遠目、幕の内」
(他にも素晴らしい関係記事をたくさん書いておられます)

「傍流点景」
「傍流点景・私的覚書」

私も映画を観てお二人にの足元にも及ばないまでもそれなりに記事を書きたいものですが、もう少し待たねばなりません。辛抱、辛抱。

それにしてもこの映画はカウボーイものなわけですね。西部劇、と言えば私は子供時代は殆どテレビで西部劇を観て育ったようなものです。
一体どれだけ観たのか?毎週何回も何かしらの西部劇がテレビであってた時代でしたからねー。今では信じられませんが。
特にジョン・ウェインでしたね。私のヒーローは。(あくまでもテレビですからね(笑)念のため)他はマカロニ。ウェスタンのジュリアーノ・ジェンマ。フランコ・ネロ。クリント・イーストウッド。
とは言っても中身は全然覚えてないのだ(とほほ)あれだけ観たのに。
しかしそれでもしょっちゅう観ていた者と今の若者とでは西部劇に対する気持ちは違うのだろうなあ、と思いつつ。
少女時代の西部劇と「ブロークバックマウンテン」をどう重ねてみてしまうのか、今から楽しみである。
(と書いてたら急に西部劇が観たくなった。何か観ようっと)

勝手にリンクさせていただいて、石公さん、shitoさん、すみません。ありがとうございます。もし問題ありましたらご連絡ください。
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2006年03月12日

「風と共に去りぬ」

風.jpgスか2.bmpスカ.bmpビビアン.bmpレット.bmp

もう何度となく観て来た作品である。なのにテレビで放送していたものだからまた観てしまった。
なので感想は大感激と言うわけにはいかないのだが、やはりとても面白い映画であるのには違いない。南北戦争を舞台にして若い女性が運命の荒波にもまれていく物語であるが、何と言ってもスカーレット・オハラとレット・バトラーの意地の張り合いが見ごたえなのだ。

それにしてもスカーレットと言うのは(そう思ってはいたのだが)信じがたいほど悪い女である。美貌を鼻にかけ高慢ちきで、あてつけに結婚したり、金目当てに妹の婚約者と結婚したり、そして2番目の夫は彼女のせいで死んでしまう羽目になったり、3番目の夫レットにも優しくできず、夫婦生活をしない宣言をしたり、そのくせレットに無理強いをされた翌朝は甘い夜を過ごした喜びでうふうふ笑ってたりする。かなりのアルコール依存症であり(レットから「隠れて飲んでいるのを知ってるぞ」と言われる)気を引くために泣きまねしたり、喪中なのにダンスしたり、既婚者であるアシュレーにつきまとい隙あらば「私が好きなんでしょ」などと迫ったり(しかしこのアシュレーも妻を愛してるといいつつスカーレットとキスしちゃだめでしょ)要するに子供であり純真なのだろう、としか言いようがない。が、現実にこんな女がいたら、嫌われてるに決まってるし、現に映画の中でもみんなから相当嫌われている。
彼女も他人にずけずけモノを言うが、スカーレットも女達やレットから手厳しくなじられてたりする。が、負けてやしないんだから見上げたものである。
そんな女が主人公の映画がアカデミー賞10部門(作品賞含む)を取ってるのだからアカデミー賞というのもよく解らんという気もする。
なにせ北軍に追われ命からがら故郷タラに逃れたスカーレットは畑の作物にかじりつきながら「殺人や強盗を犯してでも二度と飢えたりしない!」と誓う。
実際家に忍び込んできた北軍の兵士を撃ち殺す。が、ここで理想の淑女であるメラニーが死体の「ポケットを探ってみましょう」と言うのが凄い。やはり戦争と言うのは理屈ではないのだな。

楽しい場面はまたたくさんある。有名なスカーレットのコルセットを締めるシーンはやはり素敵だ。何しろ出産して「20インチ(50センチくらい)になってしまうなんて!」というウエストである。黒人メイドのマミーが「昼間っから胸の開いたドレスを着るなんて」だとか「日焼けに気をつけてくださいよ」などと口うるさいのが楽しい。
レット・バトラーが印象的な場面はたくさんあるのだが、燃え盛る火事の中を逃げる場面で炎に怯える馬の目にショールをかけて火が見えなくなるようにするのはかっこいいね。
そしてキスシーン。今こんなに激しいキスシーンはないよというくらい濃厚です。くらくらしそうだ。
そして何の知識もないスカーレットがメラニーの出産を介助する場面。
昔はこういう医者がいないので自分たちで出産を手伝わねばならない、という状況が映画の中でもよくあったような気がする。今だって医者がいなければ何とかしなければいけないのだが。

これを観た当初、スカーレットと言う名前はかっこいいんだけど、姓の「オハラ」というのが日本語みたいでおかしかったものである。
この名前はアイリッシュの名前である、と後で知った。アイリッシュはoとかMacやMcが最初につくのだと知ってアメリカと言う国はいろんな人種の集まりなのだと次第にわかっていったのであった。
南部は「サザンベル」と言って美人が多いという。それはフランス系が多いからだと聞いたが、スカーレットはアイリッシュなのだね。
彼女の強い性格もアイリッシュならではなのだろう。


監督ビクター・フレミング 出演ビビアン・リー、クラーク・ゲーブル、レスリー・ハワード
1939年製作
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2006年03月06日

「第78回アカデミー賞」発表!

アメリカでアカデミー賞が発表されましたね。

監督賞はアジア人で初めてアン・リー監督が受賞されました!おめでとうございます。うれしいことですね。

が、作品賞は「クラッシュ」アン・リー監督の「ブロークッバクマウンテン」の対抗馬とされていましたが、結局「クラッシュ」がとってしまいました。残念です。

主演男優賞は「カポーティ」のフィリップ・シーモア・ホフマンということでこの映画は是非観たいものです。


しかしこの結果というものは・・・東洋人のアン・リー監督の受賞は本当にうれしいことですが、なぜ作品賞を逃してしまったのか・・・空しいものを感じてしまうのは私だけでしょうか。

アン・リー(李安)監督についての記事もどうぞ
posted by フェイユイ at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

「ブロークバックマウンテン」

「ブロークバックマウンテン」の予告編をスカパー!BBで見たりしました。
普通の予告編だとは思うんですが、好きな時に見れますね(笑)

まだ未見でして感想を書いておりません。どうぞこちらのブログをご覧になってください。どちらも素晴らしい記事です。

「夜目、遠目、幕の内」
(他にも素晴らしい関係記事をたくさん書いておられます)

「傍流点景」
「傍流点景・私的覚書」
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2006年02月13日

「アラバマ物語 To Kill A Mockinbird」グレゴリー・ペック

アラバマ.jpg

1932年、アメリカ南部の町モンローヴィル。黒人差別が当たり前の時代、町。
小学生の兄妹の目を通して田舎町の思い出が語られる。白人女性をレイプした黒人男性を助けようとする弁護士の父、アティカス・フィンチ。黒人を庇うのかと彼を責める町の人々。それに立ち向かう父親の姿を見て兄妹は成長していくのだ。

差別問題と言うのは特にどうしようもないもどかしい苛立ちを感じるものなのだが、子供たちが主人公となることでそのもどかしさをうまく演出している。

アメリカ映画誕生100年を記念してヒーローと悪役がそれぞれ50人選ばれた時、ヒーローの第1位となったのがこのアティカス・フィンチなのだ。(ちなみに2位はインディ・ジョーンズ。悪役1位はハンニバル・レクターなるほど)

私自身はこれを見て突然アティカス・フィンチが一番のヒーローになったりはしないが、映画自体は大変興味深く見た。
大変シンプルで力強い演出である。隣の家に閉じ込められた男がいると兄妹が確かめに行くシーンなどかなりスリルを感じさせる。
兄妹の母親は亡くなってしまっているのだが、家政婦をやっている黒人女性が母親のように2人を厳しくしつけているのも興味深かった。

裁判所で黒人の青年を懸命に弁護したフィンチが退廷する時、2階席で見ていた黒人達が立ち上がって見送る場面なども。声をかけたりするのかと思ったら、静かに見送るだけでフィンチは気づきもしなかった、と言うのが心に残る。

原作はハーパー・リー「ものまね鳥を殺すには」ベストセラーとなり、ピューリッツァー賞を受賞した。
また兄妹の隣の家にはブーという精神障害の男がいるのだが、これをロバート・デュバルが演じていて強い印象を残している。このブーが素敵で私としてはグレゴリー・ペックよりも目をひいてしまった。ロバート・デュバル「ゴッドファーザー」でもとてもよかった。この時凄くハンサムですねー。

監督:ロバート・マリガン 出演:グレゴリー・ペック、メリー・バーダム、フィリップ・アルフォード 1962年製作
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2006年02月07日

「未来世紀ブラジル」テリー・ギリアム

未来世紀ブラジル.jpg

アジア映画ブログである「藍空」で「アジア以外の国」は南米がなぜか多いのだが、この映画は南米・ブラジルというわけではない。その背後に流れるテーマ・ミュージック「ブラジル」によるものだ。

とんと欧米映画を観なくなった私だが、昔好きだった人の映画はやはり観たくなる。テリー・ギリアムは「ジャバ・ウォッキー」からもしくはモンティ・パイソンから好きなわけだが、突然見直したくなったのである。

いやー、おもしろかった。さすがアニメーターの出だけあってその美術の楽しい事!あの気の滅入るような色彩感覚には参ってしまうのだ。未来のはずなのになぜかクラシックなデザインをわざと使うあたり実に心憎い。ファッションも車も機械類もみな古臭いのだ。あのコンピュータって何だろ。使ってみたいものだ。なぜ家の暖房の修理をすると家中からチューブがぶら下がるのだ。チューブがげぼごぼ言ってるし。昇進しても物凄く狭い個室があてがわれしかも机が隣の部屋の人と兼用で繋がっている。従ってお互いに引っ張り合う、っていうのは何。

この映画は管理されつくした未来社会の風刺だの警告だのと見るのもいいだろうが、そう難しく考えずにテリー・ギリアムの夢の表現を楽しめばよいと思う。
それにしても今観てると日本のアニメーションは随分この映画の影響を受けている気がする。アニメ狂いだった時代から遠く離れてしまったので誰のどれ、とか説明はできないのだが、捕らわれの理想の美女(日本では美少女になるが)を翼の生えた自分が救うとか、現実でその夢の美女(美少女)に出会ってしかもその人は夢と違ってガラッパチであるとか。まあ。主人公のキャラクター設定からしてオタクそのものではある。
主人公サム・ラウリーは度々夢を見る。そして夢の美女とそっくりな女性(格好と性格は違うが)ジルを現実で見つけ恋をする。それまでの事なかれ主義はどこへやら、サム・ラウリーは突然昇進の道を選び彼女を追いかける。
ジルはトラックの運転手。管理社会の批判をした、ということでお尋ね者である。サム・ラウリーは情報を混同してジルをテロリストだと勘違いして必死で守ろうとする。
ラウリーはジルが何者かに箱を手渡されるのを見てしまう。その後、デパートで爆破があり、血だらけの人々が倒れている中をラウリーはジルを助け出す。ラウリーはジルが持っていた箱が爆弾だと思い込んでいたがそれはジルが役所に付け届けとして渡すはずのただの贈り物だったのだ。そこへ警備員が入ってきてジルを捕まえようとする。立ち向かうラウリーは殴られて気を失う。
この後、ラウリーはジルがタトルというテロリスト(ロバート・デ・ニーロ)とつるんでいるのだ、と言われジルの存在を抹消したり、ジルとのラブシーンがあったりして「オタクがもてた」と言う事になるのだが、ここからラウリーの夢と現実のはざまが判らなくなっているのではないか。
美しいジルとのラブシーンはやはりラウリーの夢だったのではないか。ラウリーが英雄像として見ている謎の修理工・タトルの活躍もサム・ラウリーの夢なのだ。
サム・ラウリーは夢と現実がない交ぜになりどちらがどちらかわからなくなってしまう。現実が悪夢なのか、夢の中が現実なのか。
最後にサム・ラウリーを完全に夢の中に入らせてしまう拷問室のデザインの何と恐ろしいことか。その拷問台が歯医者の治療台のイメージというのはおかしいが大いにうなづける。
何とも言えず嫌ーな気持ちで終わる所が最高な作品となっている。心地いい音楽がその空虚さをさらに増幅してくれている。

謎の修理工タトルをロバート・デ・ニーロが演じているのがうれしい。ラウリーの上司のイアン・ホルムも。

テリー・ギリアムは久し振りに映画「ブラザーズ・グリム」を作っている。観たい事この上ない。

監督:脚本:テリー・ギリアム 出演:ジョナサン・プライス、ロバート・デ・ニーロ、イアン・ホルム、キム・グレイスト、キャサリン・ヘルモンド、ボブ・ホスキンズ
1985年製作
posted by フェイユイ at 22:24| Comment(2) | TrackBack(4) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

第63回ゴールデングローブ賞 最優秀作品賞『ブロークバック・マウンテン』

山.jpg

2006年1月16日(日本時間17日)第63回ゴールデングローブ賞で「ブロークバック・マウンテン」が、監督賞、作品賞(ドラマ部門)、脚本賞、最優秀オリジナルソング賞を受賞しました。20年にわたるカウ・ボーイの男同士の愛を描いた作品と言う事でアメリカでは賛否が分かれているようです。実際、上映を取りやめた映画館もあると言うことですね。
監督はアン・リー(「グリーン・ディステニー」「ウェディング・バンケット」)ということで期待しちゃいますね。


カポーティ.jpg
さらに最優秀主演男優賞(ドラマ部門)でフィリップ シーモア・ホフマン『Capote/カポーティ』が受賞しています。こちらも凄く気になりますね!!
勿論、カポーティと言うのは有名な小説家でありゲイであるトルーマン・カポーティですね。ノン・フィクション「冷血」を書いていた頃のお話のようです。彼の作品は「ティファニーで朝食を」「遠い声、遠い部屋」など。マリリン・モンローをフェア・チャイルド(純粋な子供)と呼んだ話が好きです。カポーティは「ティファニー」はマリリン・モンローでして欲しかったらしいしね。私もそっちが見たい(見たかった)
小柄なおじさん姿をよく見ますが(このポスターのような)、デビュー当時は凄い美少年なんですよー。天才美少年として売り出された彼だが、紹介写真に使われた、寝転んで誘うようにこちらを見ている美少年の彼の写真が当時センセーショナルだったらしい(実年齢より若く見えたので子供と思われたのだね)
カポーティ・ファンなんでついこっちが長くなる。
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2005年12月23日

お正月は「アレキサンダー」で東方遠征

アレキ.jpg

WOWOWで1月2日、午後8時から「アレキサンダー」が放送されますね!
信じられないけど、酷評されたというオリバー・ストーン監督の「アレキサンダー」(コリン・ファレル主演)お正月は壮大な英雄の夢を共に追ってみましょうか。お母様のアンジェリーナ・ジョリーも魅惑的。
posted by フェイユイ at 17:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月18日

「アレキサンダー」インドの戦いそして栄光への道

インド象.bmp
かわいい。

インド。アレキサンダーがついに突き進むことをあきらめた国。まったく観ていても気が滅入る。降り続く雨。乾いた国であろうマケドニア・ギリシャ地方から来たものには耐え切れぬ気功なのではないだろうか。レイ・ブッラドベリの小説にいつまでも雨が降り続きおかしくなってしまう男たちの話があった。猿・蛇などの動物たちに襲われる恐怖。
各地の人々と友好を結んできた彼らだが、インドでは人々が得体の知れない人種として描かれている。それでもアレキサンダーは「理解しろ」と妻を諭すのだが。

唯一の慰めとしてバゴアスの踊りの披露がある。素晴らしい舞踊にアレキサンダーはバゴアスに口づけを贈る。兵士たちのはやし声をうけて。
この辺りのアレキサンダーの長い金髪が好きだ。もう完全にいってる顔をしてる。特に側近のクレイトスの反逆に怒り、その腹を刺した後、落ち込んで部屋にこもっている王がたまらなく魅力的である。「私は暴君だ」と嘆くアレキサンダーに「皆、きみを誇りに思い許してくれる」と慰めるヘファイスティオン。「全てが間違っていたのだ」とアレキサンダーは泣き崩れる。

ここで場面は8年前に戻る。僅か8年前だ。父王・フィリッポスがまだ存命で司令官となった祝賀式典が行われようとしていた。ここでアレキサンダーは父王からクレイトスが信頼の置ける部下だと紹介を受けるのだ。父・フィリッポスを慕っている様子が伝わってくる。新しい妻と生まれたばかりの赤ん坊、そして母・オリンピアスの見守る中、父王は競技場へと入る。そしてそこでかつてフィリッポスの小姓であったパウサニアスによりナイフを突き立てられ絶命する。ヘファイスティオンはすぐさまアレキサンダーの腕を取り「マケドニアの新しい王アレキサンダー」と叫ぶのだった。
父王を殺したのは誰だったのか。アレキサンダーは父・フィリッポスからむしろ疎んじられていたのだが、彼自身は父を慕い続けていた。その父を殺害した首謀者の疑いが母にあることでアレキサンダーは一生苦しむことになる。

舞台がインドへ戻り、アレキサンダーはもう完全に心の離れてしまった兵士たちを説得する。だが彼らの願いは故郷の妻や子に会うことだけだ。だがアレキサンダーは彼らが帰ることを許さない。兵士たちはアレキサンダーをののしりだした。荒ぶる王は反逆者を処刑した。軍は崩壊していた。が、アレキサンダーは進軍を続ける。

密林での戦い。奇妙な夢の中の出来事のようだ。ギリシャ兵とインド兵との戦いの光景などSFの世界のようである。優秀かつ百戦錬磨のマケドニア兵も勝手が違う。密林の中を鎧姿で馬を駆る様子はなんとなく哀れな感じすら覚える。巨大な象の軍隊に恐れをなし「退却」と叫ぶマケドニア兵にアレキサンダーは「永遠に生きたくはないのか」と一人突き進むのだ。そして黒馬ブーケファラスの前に巨大な象がそそり立つ。インド兵が投げた槍がブーケファラスの首を貫きアレキサンダーの胸まで刺した。倒れるブーケファラスの背から堕ちるアレキサンダー。血が目に入ったのか周りは真っ赤に染まって見える。愛するヘファイスティオンまでが傷ついて倒れてしまった。凄惨な戦いだった。敵は逃げたらしい。アレキサンダーは盾に乗せられ掲げられて運ばれた。ヘファイスティオンが横たわる姿が見える。景色は真っ赤に染まっている。
傷も癒えたアレキサンダーは皆の前で宣言する「故郷へ帰ろう」と。いっせいに沸き起こる歓声。喜びアレキサンダーを讃える兵士たちのなかに父王・フィリッポスが立ってうなづく姿が見える。
後にプトレマイオスは語る。「アレキサンダーはインドで死ぬべきだった。そうすれば神話になれた」

ヘファイスティオンが突然具合が悪くなる。アレキサンダーは駆けつけ、アラビアへ遠征に行くのだ、と打ち明ける。そして二人が互いに子供を持ち、アジアとヨーロッパが一つになる未来を窓から眺めようと。だがヘファイスティオンは死に、そして後を追うようにアレキサンダーも毒入りのワインのためなのか突然具合が悪くなる。死に際にヘファイスティオンからもらった指輪を鷲の図柄の垂れ布に向かって差し出した。鷲がアレキサンダーの元へ舞い降りた、ように彼は感じた。アレキサンダーは死んだ。

プトレマイオスは望んでいたエジプト・アレキサンドリアでアレキサンダーの偉業を書物にしたためた。「結局アレキサンダーの夢だったヨーロッパとアジアの融合はかなわなかった。誰もその夢を信じてはいなかった。彼自身しか。全ては失敗に終わったのだ。しかしなんという壮大な失敗だろう。アレキサンダーの失敗は他の誰の成功よりも栄光に満ちている」

なんという哀しい物語なんだろう。アレキサンダーの求めた故郷・ホームと言うものはこの世に存在するものだったのだろうか。慕っていた父からも疎まれ、愛する母も彼には恐ろしい陰謀の女性としてしか感じられなかった。子供を欲したがついに生きている間に望みはかなわなかった。
人々がうんざりしこれ以上王が生きていたら王の夢に殺されてしまう。と思わせたアレキサンダーの理想。世界を一つに、なんてなんという高大な理想だったことか。あまりにも不可能すぎて何もいいようがない(まったく理想ですよ本当の)
そんな人々が笑うような理想に向かって世界の果てまで突き進んでいくアレキサンダーの姿のなんと言う悲しさ。

それにしても親友ヘファイスティオンは最後までアレキサンダーを愛し続けていたのだから、それだけがうれしいことだった。バゴアスの存在で苦しんでいるはずなのに、アレキサンダーを見捨てることはなかったのだから。

アレキサンダーの夢は叶わなかったが、彼の名前はいつまでも残るのだろう。彼の人生を知らなくともアレキサンダーが英雄であることは皆が知っているのだ。

 
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2005年08月17日

「アレキサンダー」移動する帝国・バビロン、バクトリアからヒンドゥークシュへ

東征.jpg
東方遠征

ガウガメラの戦いにおける完全な勝利。傷ついた兵士たちに涙する心優しきアレキサンダー。
そしてアレキサンダーはバビロンへと入る。
この世の天国のようなバビロン。我が姿を見るような獅子、降りかかる花びらに恍惚とするアレキサンダー。世界で最も華やかなる国を手中に収め、普通の物語ならここで終わっていいはずなのだ。だが、アレキサンダーの夢はバビロンではなかった。

ここから以降、アレキサンダーは次第に常人には狂気の人となっていくのではないのだろうか。彼自身はただ自分が目指す神話を実現させているだけなのだが。
アレキサンダーは現実を離れ、神の領域へと入っていく。他のものの目にはそれは、狂気でしかない。

アレキサンダーはヘファイスティオンにだけは自分の心が話せる。他の人が聞けば笑うような理想を聞いてくれるからだ。世界中にアレキサンドリアを造り、世界を統一すると言う理想を。だが、ヘファイスティオンさえアレキサンダーが離れていくようで怖いと感じているのだ。

ダレイオスの死を確認し、アレキサンダーはさらにアジアへと向かい、バクトリアの地で山岳民族の族長の娘ロクサネを妃にする。プトレマイオスは何故このような辺境の地の娘と結婚したのかと問いかけているが、アレキサンダーは初夜の床でなにかを取り出し(何だろうあれ)「男が北の果てまで女を探し、見つけた。神話の通りだ」と言っている。ここでも彼は自分が信じる神話をなぞっていっているのだ。

アレキサンダーはますます臣下の気持ちとは離れてしまっている。早く現実の故郷へ帰りたいと願う臣下たちとの軋轢が次第に深くなっても仕方がない。
古い臣下パルメニオンとその息子の裏切り。もう誰も信じられなくなる。ヘファイスティオン以外は。
アレキサンダーが他の人には狂気の人と感じられるだろう、と書いた。狂気の人、と感じるのはその目にも表れている。彼はもうこの世界を見てはいない。長い金髪もその異常性を表しているかのように思える。
まったくおかしな比較だが、彼がマイケル・ジャクソンのような気がする。世界征服の大王とアイドル・ミュージシャンを比較するのは奇妙だが、理想を追い求め、自分だけにしか解らない世界の住人になってしまっているということがだが。突然女性と結婚したこともだが。

ヒンドゥークシュ山脈に登り、彼が友人プトレマイオスと話し合う。アレキサンダーが聞く「君は故郷を見つけたか」常人であるプトレマイオスは答える「アレキサンドリアだ。暖かいし妻も気に入っている」だがアレキサンダーはそれがわからないと言う。国境を越えるたび幻想を捨てて来た、最後に残るのは「死」だ」そして「それでも苦難の旅を続ける。きっとどこかに待つ故郷(Home)を目指して」「先へ進むのだ、世界の果てまで」なんと哀しい魂なのだろう。
鷲の姿を空に捜すが、何も見えなかった。

ところで、コリン・ファレルの外見についてなんだが、ずっと観ててとても好きになっていく。なんだかちょっと腐りかけてる感じがいい。けっこうごつい身体だというとこも。バビロンに入る時、腕を上げるんだけど、かなりぶっといんで華奢系が好きな日本女性には引かれるのかなあ。
一方、ヘファイスティオン。ハンサムな男性だとは思うんですが、私の好み的にはアレキサンダーの彼氏さんにはも少し男っぽい方がうれしかったかなー。アレキサンダーがわりかし女っぽいんでもちょっとがっちりめの方がよかったです。でもそしたらものすごいマッチョ系ゲイペアになっちまって益々大衆に引かれてしまうのでこの辺が妥当ですよね。意外とバゴアスの方が男っぽい?ですね。ラブシーンがまったくないんですが、そういうのが入ってる特別バージョンあったら楽しいですよね。でもアレックスの相手にはヘファイスティオンじゃなくマッチョ系でお願いしたいです。って、誰に言ってんだろ。
ところでコリン・ファレルというとプレイボーイで有名だそうですが、少し前「目覚ましテレビ」でまたいつものように美女と一夜をともにしたのですが、何とその美女は男だったのです、というのを芸能ニュースをやってまして、はるばる日本の朝のニュースで発表されなくても、と思いました。まあ、たまには変わったメニューを楽しみたかったのでしょ。
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2005年08月15日

「アレキサンダー」ガウガメラの戦場にて

フォボス.jpg
フォボス

このガウガメラの戦場におけるアレキサンダーの演説と戦いの高揚感は圧倒される。

戦いの前日、若き金髪のアレキサンダーは武将たちの中心で25万のペルシャ軍を倒し、敵王ダレイオスを捕らえる作戦を練っている。
多くの場面が絵画を思わせるがこの会議もその一つだ。金色の髪のアレキサンダーはプトレマイオスに神を思わせた大胆な作戦を持って戦いに挑もうとしていた。夜襲などは彼の理想に反していたのだ。が、それが却ってアレキサンダーを勝利に導くこととなる。
ところでコリン・ファレルの金髪に反感を持つ人が多いようなのだが、私は彼を初めて見るのでまったくそんなことは感じない。むしろ若き王の象徴であり、金の獅子を思わせるイメージとして大変印象的だと見えた。先入観のある観客は時として損をするようだ)

その夜、アレキサンダーは火星の衛星フォボスに祈りを捧げている。ヘファイスティオンが近づいて聞く「恐怖の星に?不吉な前兆だ」「ダレイオスにとってな」アレキサンダーは答える。フォボスは恐怖を表すということだが、同時に「敗走」をも意味しているという。アレキサンダーはて敵王の敗走を感じ取っていたのだろうか。

ガウガメラの戦場にて。
アレキサンダー率いる密集歩兵部隊の綺麗に揃った6メートルの長槍が美しい。アレキサンダーが兵士たちを賛辞しまた鼓舞する声が響き渡る。兵士たちの声がそれに呼応する。
かくしてアレキサンダーは兵士たちの心を捉え、激しい戦闘へと駆り立てた。「何のために戦うのか、と問われたら答えよ。自由と栄光そしてギリシャのために」アレキサンダーが見上げると空高く鷲が飛んでいる「ゼウスよ、守りたまえ」アレキサンダーは兵士の居並ぶ前を黒馬ブーケファラスに乗り颯爽と駆け抜ける。その短い衣装から出た太腿がまぶしく美しい。
この瞬間彼はまさに神となり兵士らの心をつかんでしまった。ペルシャ軍25万に対し、アレキサンダーのマケドニア軍は僅か4万。しかし結果はマケドニア軍500名の戦死者に対してペルシャ軍は9万以上もの戦死者であったという。神の力がなければ出来ない戦いであった。

アレキサンダーは先頭をきって敵・ペルシャ王ダレイオスを追い詰める。母のひざで甘えていたアレキサンダーとは思えない悪鬼の如き形相で血まみれになった様は壮絶だ。負けを感じて一人敗走するダレイオス。ここぞと後を追わんとするアレキサンダーに副将パルメニオンの部隊が危ういとの知らせを受け、アレキサンダーはとっさに懊悩する。だが、ここでアレキサンダーは味方を救うことを選択したのだった。この時、アレキサンダーが空に向かって咆哮する。その声が悲痛で心を貫く。
コリン・ファレル=アレキサンダーの最も心奪われる姿だ。

このときにアレキサンダーが被っている金の獅子の冑がまたかっこいい。黒い馬に白い装束、金の冑に赤い飾り、という何とも華やかないでたちである。
ところで塩野七生さんの「ローマは一日にして成らず」という文庫本をつい買ってしまったのだが、下巻の表紙がアレキサンダー大王発行(!)の金貨なのである。ご自分の横顔を金貨になさったようですが、これが何ともハンサムである。「風になびく長髪」で有名と言うことでこの図柄から見るとなびいてるのは赤い飾りではなくご本人の美しい長髪のようである(確かなことは解りませんが)だとしたら、映画以上にご本人は伊達男だったようですね。かっこいいー。まだ中身はよく読んでないのですが(塩野さんのだからおもしろいと思う)つい大王の横顔に惹かれて買ってしまいました。塩野さんはイタリアびいきの方ですから「アレキサンダーが東方へ征服に行ってよかった。まだイタリアはほんの小国だったから」と書かれていておもしろい。
また余談が長くなったが、この「ガウガメラの戦い」の場面を観て、コリン・ファレル=アレキサンダーの張り裂けるような魅力に戦慄を覚えた。ここに監督オリバー・ストーンのアレキサンダーへの憧れが全てこめられているのは間違いない。
posted by フェイユイ at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

「アレキサンダー」ガウガメラの戦いまで

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オリバー・ストーンの「アレキサンダー」が素晴らしい娯楽大作であると思う、ということはもう書いた。
改めて見直しているのだが、西洋における最大の英雄の生涯をよくもこう上手く凝縮させて描いているものだと感嘆してしまう。申し訳ないのだが、オリバー・ストーン監督の監督作品は「プラトーン」に次いでこれが2作目なのだ。私にとってOSは「ミッドナイト・エクスプレス」の脚本家、と言うイメージが強い。OSの履歴をみると「コナンザグレート」「イヤーオブザドラゴン」とやはり脚本家での作品をみている。「コナンザグレート」は遠い昔観たきりだが、なんとなく「アレキサンダー」の英雄像と重ならなくもない。まあそれは観たイメージが近いだけでどの作品も多分osの英雄像であるのだろうが。

といっても今回書き始めたのは難しい英雄論をしたいわけでもなく、もう少しちょこちょことコリン・ファレル=アレキサンダーについて書きたかっただけである。

出だしのプトレマイオスによるアレキサンダーへの回想。導入部としてすばらしい。海が一望でき風が感じられる部屋でかつての英雄の回想録をとっている。アレキサンダーは神に守られた存在であったと。

少年アレキサンダーが暴れる黒馬を乗りこなすエピソード。アレキサンダーが統率力を持つ証明であり、衝突の耐えない父王から認められ、しばし絆を深める場面だ。この後。父と子は洞窟内で壁画を見ながら、歴史と人生の栄光について語り合う重要な場面だ。

19歳のアレキサンダーをコリン・ファレルが演じている。このときのアレキサンダーは非常に幼くて可愛らしい。権力に執着する母に対してヘファイスティオンへの愛を素直に語っている。母親はいらだつがアレキサンダーは理想を持っている。アレキサンダーは最後まで理想だけを追い続けたのだ。人間にとって理想を追い続けると言うのは許されないことなのだろう。いつかは挫折し現実と言うものにひざを折らなければならない。そうしないものは彼のように狂気の中へ入っていかざるを得ないのだろう。

そして「ガウガメラの戦い」アレキサンダーが最も輝いた時。
前日にアレキサンダーは武将たちと作戦を練っている。その豪胆さに皆が驚く。ヘファイスティオンがアレキサンダーに夜討ちを提案する。が、アレキサンダーは理想として卑怯な手段を拒む。ところで歴史的にはペルシャ軍ダレイオスはあまりにも少数であるマケドニア軍は必ず夜討ちをかけてくると判断し、総勢が完全武装で待機していたため、戦いの時には疲労しきっていたという。映画ではそういう映像はなかったが、あえて言うならアレキサンダーの理想主義が敵の思惑をはずしてしまったわけで、ダレイオスとしては「そんな馬鹿な」と言うことだったのでしょう。
そして夜、アレキサンダーとヘファイスティオンのふれあいは眼差しにおけるものと言っていい。このコリン・ファレルの目だけで全てを物語る演技はまったくみとれてしまう。

ガウガメラの戦場にて。若きアレキサンダーは金色の髪を短くして短いスカートから出る太ももも若々しく美しい。まさに戦いの神と言った風情。黒馬ブーケファラスに乗って兵士を鼓舞するため疾走する様をみな神とみなしたであろう、美しい勇姿だった。
posted by フェイユイ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月07日

「アレキサンダー」オリバー・ストーン

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現在、書きたいことが怒涛のように溢れていて困っています。が、まず最初に言いたいことは「もうめちゃめちゃ破格におもしろいぜ、これ!」です。

なにせ、石公さんのブログ「夜目、遠目、幕の内」で紹介され、映画館に行けない私はこの何ヶ月かを歯噛みして待ち望み、やっとDVDで観たのですが。

この何ヶ月かの間に様々な批評なんかは見てしまっていたのですが、大体において悪評が書かれていて、そんなに酷い物なのか?むしろ興味津々であったのですが。で、やっと観れまして感想、一体何がおもしろくないのかが解らない?!

とにかく夢中で見入ってしまうほど破天荒におもしろかった。まず、理屈抜きでハリウッド娯楽映画として最高の出来栄えだと感じましたね。では、今まで見ていたあの批評は一体何だったのでしょう??私としては別の映画を観たとしか思えないのですが、しっかりオリバー・ストーン監督、コリン・ファレル主演なので間違いはないと思われます。

長すぎる、と言う批判も多いようですが、アレキサンダーの(短いとはいえ)一生を描ききるということでこの長さが長すぎると言うことはないし、2時間50分波乱に満ち満ちているので全く飽きることなく見切ってしまい、私的にはもう少し長くったっていいくらいですが、一つの映画としては申し分ない時間です。

まず、凄く素晴らしかったのが戦闘シーン。ガウガメラの戦場面は一体どうやって撮ったのか私の小さな頭脳では想像もつかないのですが、複雑かつ迫力ある演出で鳥肌立つような臨場感と恐怖感があってこんなに戦闘シーンに見とれてしまったことってありません。尚且つ軍隊を従えるアレキサンダーの人々を惹きつける魅力が表現されており、何と言っても若きアレキサンダーの勢いのある戦いなのでかっこいいんですよ、これが。マケドニア兵の先頭に立つアレキサンダーが黒馬ブーケファラスで駆け抜ける姿は戦慄です。

そして悲しいインド密林の戦場。これもアレキサンダーの悲劇を現すに充分な場面。赤く染まった映像処理、大きな像とアレキサンダーの馬が向かい合うシーンなどもうどっと涙が溢れるような悲しさに満ちています。私はこの映画の中でこの2つの戦闘シーンが特筆されるべき価値があると思いました。全く凄いとしかいえませんね。

主役のコリン・ファレルについても文句がある人もいますが、実は私はコリン・ファレル初めて映画で観ると言うとんでもない人間ですが、予備知識がないためもあるでしょうが、彼はアレキサンダーにとり憑かれたかのように魅力を溢れさせて演じきっています。
母に甘え恐れる時、最愛の友ヘファイスティオンを見つめる眼差し、裏切られ狂気を現す時、全て目を奪う力を持った方です。

お母さんアンジェリーナ・ジョリー。第一顔が大好きで(笑)文句なく素敵でした。あの独特の巻き舌英語、くせになりそう。アレキサンドルル。

アレキサンダーを描いた映画として最高傑作。規模の大きさも迫力も恋人への心の震える繊細さも完璧な作品です。が、あえて疑問を持った点を言えば、バクトリアの姫。アジアの山岳部族長の娘を妃に迎えるのですが、黒人女性??アジア人のはずなのに、混乱してそこだけ気持ちが入らなかったのですが、考えたらバクトリアは今のアフガニスタン。問題あり、の場所なのでそのままアフガニスタン風の女性を出演させにくかったのでしょうか。というか、そもそもマケドニア人をアイリッシュのファレルはじめ北国系の皆さんがやってて納得してるんだから、これは別にそういう問題でなしにアメリカ人として当たり前の人選かな、と気を取り直しました。結局この辺は私的には没問題です。

さて、アジア映画にこだわって「以外」でもハリウッドものはなかった(資本までは調べてませんが)「藍空」で初めてのハリウッドものですが、まあ舞台は殆どアジアなわけでした。
また、世界制服と言えばアレキサンダーの次にチンギス・ハーンだと思われますが(アレックスは東征、チンギスは西征)、ちょうどこのあたりアフガニスタン辺りは紀元前3世紀と1200年代と恐ろしく時代は異なりますが(そんなに違うのだね)アレキサンダーとチンギス・ハーン両方に攻め入られているわけですねー。そして二人ともインドであきらめているようです。気候が大変だったみたいですね。
チンギス・ハーンと言うと「射[周鳥]英雄伝」が記憶に新しいわけですが、あの中でもモンゴルの英雄には鷲が象徴的に撮られていて、アレキサンダーのイメージとほぼ重なるような映像だったので妙にリンクして不思議でした。
また映画の中で、アレキサンダーの血筋はことごとく消滅された、と言うのがあって、あのかっこいいアレキサンダーの子孫がいないって言うのは彼の性癖もあって難しいでしょうし、残念ですね。かたやチンギス・ハーンの子孫は現在ヨーロッパ系まで含めて1600万人いるそうです。すご。
この辺は「藍空」的余談です。
posted by フェイユイ at 00:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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